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登録日 : 2009年 04月 29日
bar-cover.jpgバルンツェ厳冬期登頂報告表紙カバー
1980年10月28日、キャラバン4日目の朝、ポカリパスから望むチャムラン(左)とマカルー(右)2009年 04月 29日
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登録日 : 2009年 04月 29日
bar-contents1.jpgバルンツェ厳冬期登頂報告あいさつ
北大山の会会長 朝比奈英三、 北大山岳部部長 山田真弓
1980年12月15日、われわれの遠征隊は、東部ネパールヒマラヤ・バルンツェ峰の厳冬季初登頂に成功した。これは北大山岳部・山の会がその総力を挙げて取り組んだ計画としては、1962年のチャムラン以来のものであった。
1976年の北大山岳部創立50周年に当たり、われわれは記念事業の一つとして冬期八千メートル峰登頂を計画した。しかし、この目標への実践的な歩みは決して容易なものではなかった。1975年12月、われわれはガルワルヒマラヤへ最初の偵察隊を送ったが、キャラバン中のトラブルのため遂にBC地点にも達することが出来なかった。この苦い経験によって、われわれは厳冬期のヒマラヤ高峰登山に対する全ての意味での準備の不足を、身をもって知ったのであった。
ーつづくー
2009年 04月 29日
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登録日 : 2009年 04月 29日
bar-contents2.jpgバルンツェ厳冬期登頂報告あいさつ続き
このような挫折にもかかわらず、その後のヒマラヤを目指す山岳部員の熱意は次々と受けつがれ、1978年8月現役部員だけの石村隊によるカラコルム・ドレフェカル(6,447m)の初登頂、次いで翌1979年7月現役・OB合同の越前谷隊によるカラコルム・シュマリクンヤンチッシュ(7,108m)の初登頂が成し遂げられた。今回のバルンツェの成功は、このように築いてきた山の会会員達の努力の成果であるといえよう。2009年 04月 29日
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登録日 : 2009年 04月 29日
bar-members1.jpgバルンツェ厳冬期登頂報告遠征隊メンバー2009年 04月 29日
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登録日 : 2009年 04月 29日
bar-members2.jpgバルンツェ厳冬期登頂報告遠征隊及び遠征隊事務局メンバー2009年 04月 29日
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登録日 : 2009年 04月 29日
bar-caravan.jpgバルンツェ厳冬期登頂報告キャラバンルート
1980年10月22日、バス及びトラックでダーランバザールへ向けカトマンズを出発。
10月26日、キャラバン開始
10月29日、ツムリンタール着
11月9日、セドア着
11月14日、シプトン峠を越える
11月17日、BC(5,000m)到着2009年 04月 29日
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登録日 : 2009年 04月 29日
bar-climb.jpgバルンツェ厳冬期登頂報告登攀ルート
11月19日、C1(5130m)予定地に荷物デポ
12月1日、C1建設
12月3日、C2(5720m)建設
12月5日、C3(6140m)建設
12月13日、C4(6700m)建設
12月14日、7000mまでルート工作
12月15日、浜名、池上、石村、花井、アン・ペンバ登頂に成功(7,220m)
12月23日、第二次アタック、悪天のため7000m付近の難所を乗り切ることが出来ず、撤退
12月28日、BC撤収2009年 04月 29日
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登録日 : 2009年 04月 28日
izumi-1.jpg泉を聴く 西岡一雄泉を聴く 西岡一雄2009年 04月 28日
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登録日 : 2009年 04月 28日
izumi-2.jpg泉を聴く 西岡一雄泉を聴く 西岡一雄2009年 04月 28日
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登録日 : 2009年 04月 25日
011.jpg月山山スキーやや緩斜面ながら快調に滑る清原ばばあ。向こうに見えるは仏が原。少し近づいてきた。2009年 04月 25日
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登録日 : 2009年 04月 25日
013.jpg月山山スキー仏が原からの月山。大きい山だけあって全体がなかなか見渡せない。2009年 04月 25日
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登録日 : 2009年 04月 25日
018.jpg赤沢川源頭からの登り返し。あたりは美しいぶなの森。2009年 04月 25日
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登録日 : 2009年 04月 25日
020.jpg月山山スキーようやく大森山手前のコルに着いた。でも雪がない。あってもかなり急な登りを強いられる。行動食を食べてシートラで行くことにする。2009年 04月 25日
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登録日 : 2009年 04月 25日
022.jpg月山山スキーやっとたどりついた大森山。山頂には雪がたくさんあった。シートラ姿の高橋GG。2009年 04月 25日
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登録日 : 2009年 04月 25日
023.jpg月山山スキー大森山山頂での石橋兄、銭谷、高橋GG。日が傾いてきたので西の空が少し赤くなってきた。下りは北斜面だけあってタップリの雪。体はかなり疲れているが最後の滑りを楽しもう。2009年 04月 25日
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登録日 : 2009年 04月 25日
024.jpg大森山からの林道をへて雪の原に出た。周りは畑か。これで今日の山行はおしまい。あとは肘折温泉を目指すだけ。少し夕暮れっぽいが4月だけあってまだ明るい。2009年 04月 25日
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登録日 : 2009年 04月 25日
027.jpg月山山スキー今宵の宿、肘折温泉三春屋前の高橋GGと清原ばばあ。湯治客の夕飯準備で忙しいさなかに到着した予約していない私たちであったが、6,000円の料理ならと暖かく迎入れてくれた。
詳しくは、http://miharuya.da-te.jp/d2009-04-11.html を。2009年 04月 25日
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登録日 : 2009年 04月 25日
030.jpg月山山スキー翌朝は8時頃には出発かと思いきや新庄行きのバスは6時代の後は10時時過ぎまでない。朝食をとった後は温泉街をそぞろ歩きしたりスキーの汚れを拭いたりと思い思いの一時を過ごす。銭谷は足湯で昨日酷使した足を癒す。2009年 04月 25日
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登録日 : 2009年 04月 25日
031.jpg月山山スキー三春屋をあとにバス乗り場まで歩く3人。バスは10:14の定刻に出発。
この季節、バスに乗りながら昨日登った山が遠ざかって行くのを見ているとなんだか白金温泉から美瑛までの道のりを思い出した。昔と同じ面々でいるからだろうか。2009年 04月 25日
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登録日 : 2009年 04月 25日
title.jpgナラカンカール遠征(北大西ネパール遠征隊1963-1964)報告書表紙
巻頭言
北大山岳部長、北大山の会会長 渡辺千尚
われわれ山仲間から1962年にはじめて第一次ヒマラヤ遠征隊をヒマラヤの地に送り、チャムラン峰の山頂に足跡を印すことが出来た。ついで1963年に第二次ヒマラヤ遠征隊がナラカンカール峰をめざして進発し、幾多の困難な山旅を続けた後、このほど無事に帰ってきた。そして遠征の記録をまとめてここに報告書を出版する運びに至ったことは誠に喜びに耐えないところである。
第二次遠征隊は思わざる伏兵のために第一次隊のようにめざす山峰の初登頂には成功しなかった。しかし今次遠征もまた色々の点で登山界に裨益するところが大きいものと信ずるしだいである。
もとより登山隊は人の輪、すなわちメンバーの完全な融和をもって第一義とすることは周知のことであるが、海外遠征に当たっては特にその感が深い。今次の遠征隊はこの点に関しては少しも心配するところがなく、必ずや立派にやってくるものと期待していた。またとかく海外遠征にあたっては事を余りに重大に思いすぎたり、悲壮感さえ抱くような傾向がないでもない。だがこの隊は極めて坦々としていたところに好感が持てた。最近次第に出国の煩雑さが取り除かれたために、ヒマラヤの山旅も気軽に出来るようになりつつある。今次の隊は仰々しいことは一切排除して、少ない経費で簡潔な山旅をするように心掛けたので、この意味においてもこの報告書は今後のヒマラヤの山旅のよき参考となるであろう。------2009年 04月 25日
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