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2026-11-4 7:59
山岳館
山の四季ー北大山岳部百年誌
2026-11-3 19:21
AACHお知らせ
山の四季ー北大山岳部百年誌
2026年で100年を迎える北大山岳部の記念誌。
1902年の八甲田陸軍歩兵連隊199人遭難死事故の時には日本になかったスキーが、すぐ後に北海道にやってきた。第一次大戦が終わって軍縮、デモクラシー、旅行、登山の芽生えた1920年代、日本の登山熱が生まれ、旧制大学山岳部が相ついで生まれた。北大では、スキー登山の中から、アルピニズムが生まれた。日高の未踏域という大きな夢を共有して、山岳部は100年間、20代の若者たちに延々その憧れを繋いできた。飽きもせず、みながみな、辺境のままの日高に憧れた。北大山岳部が続いているのは、日高山脈のおかげなのではないか、と感想を持った。
今回の特色はその資料的価値だ。全ての山行記録表、全ての遭難まとめ、全員の氏名、くりかえし校正を繰り返した編集委員のみなさんに感謝します。(84 米山記)
2026-11-3 19:20
AACHお知らせ
百年の青春 NHK
百年の青春 番組HP画像
9月に道内で放送、11月3日早朝に全国放送でしたが、きょうから一週間、NHKの見逃し配信Webサイトで見られます。11月10日まで。ディレクター氏が、100年分の部員の部室ノートを全部読んで、4人の話で作ってくれました。今月で100周年です。
おわかりでしょうが、本当にいいNHK番組は早朝深夜、BS教育でやるものなんです。
https://one.nhk/www.web.nhk/tv/an/hokkaidodo/pl/series-tep-2J211716Z5/ep/XL164R35KL
北海道道
百年の青春 北海道大学山岳部
配信中
放送日総合11月3日(火) 午前5:20
配信期限11月10日(火) 午前5:46
2026-11-3 17:21
投稿記事
北海道道 百年の青春 ...
百年の青春 番組HP画像
9月に道内で放送、11月3日早朝に全国放送でしたが、きょうから一週間、NHKの見逃し配信Webサイトで見られます。11月10日まで。ディレクター氏が、100年分の部員の部室ノートを全部読んで、4人の話で作ってくれました。今月で100周年です。
おわかりかと思いますが、本当にいいNHK番組は早朝深夜、BS教育でやるものなんです。
https://one.nhk/www.web.nhk/tv/an/hokkaidodo/pl/series-tep-2J211716Z5/ep/XL164R35KL 北海道道
百年の青春 北海道大学山岳部
配信中
放送日総合11月3日(火) 午前5:20
配信期限11月10日(火) 午前5:46
2026-11-3 17:13
投稿記事
山の四季ー北大山岳部...
2026年で100年を迎える北大山岳部の記念誌。
1902年の八甲田陸軍歩兵連隊199人遭難死事故の時には日本になかったスキーが、すぐ後に北海道にやってきた。第一次大戦が終わって軍縮、デモクラシー、旅行、登山の芽生えた1920年代、日本の登山熱が生まれ、旧制大学山岳部が相ついで生まれた。北大では、スキー登山の中から、アルピニズムが生まれた。日高の未踏域という大きな夢を共有して、山岳部は100年間、20代の若者たちに延々その憧れを繋いできた。飽きもせず、みながみな、辺境のままの日高に憧れた。北大山岳部が続いているのは、日高山脈のおかげなのではないか、と感想を持った。
今回の特色はその資料的価値だ。全ての山行記録表、全ての遭難まとめ、全員の氏名、くりかえし校正を繰り返した編集委員のみなさんに感謝します。
【構成】
●グラビア100年写真集16ページ
●通史 104ページ
黎明期〜1926、〜1945、〜1960、〜1970、〜1980、〜2000、〜2010、〜2026の8章にわけ、時代を背景に、北大山岳部の現役学生たちが、どんな山行をしてきたか、どんな運営をしてきたかを概説、評論する。年表には社会背景と関連出版物の欄がある。また、コラムとして、秀岳荘、つる、ヘルヴェチア、空沼などの経緯など13編挿入。
●日高の山行記録・断章 22ページ
過去100年の部報に載った、時代を画する山行記録10編が載っている。最新のものは2022年コイカクシュサツナイ岳北面直登沢冬季初遡行がある。
●忘れがたい先輩たち 17ページ
草創期〜戦前期を中心に北海道の山に、南極に、ヒマラヤへと導いた傑出した部員を23名を挙げて概要をまとめた。
●遭難史まとめ年表 2ページ
100年間の死亡遭難事故14件、31名の一覧をまとめた
●戦歿者追悼 8ページ
「学徒出陣」で帰らなかった12名の紹介
●山の会支部の歴史 14ページ
東京、関西両支部の成立とあゆみをまとめた
●全山行記録 215ページ
・100年の全ての山行記録の月日、メンバー、行程を一覧にまとめた(本書の半分量)
・100年の年度別山行数、山行日数、部員数の一覧と推移100年グラフ、全部員氏名
全385ページ
2026年9月発行
申し込みフォーム
100 周年記念誌「山の四季」購入申し込みとお支払いのご案内
1. 価格:送料込み単価1万円(複数冊購入時も同単価です)
2. 申し込み:以下のフォームをご利用ください
https://forms.gle/yfx3YCzxa2J5Rzj47 3. 支払い方法:以下へお振込ください。振込料金は送金者でご負担願います。
【ゆうちょ銀行 279 店、当座預金、口座番号 0014772、北大山の会】
入金を確認の上、発送させていただきます
4. 問い合わせ先:北大山の会 会計担当 志賀弘行
corsicaluke@live.jp B5 判、本文 410 頁
2026-10-21 5:09
ヤマレコAACH
石垣山・天人峡
石垣山・天人峡(フリークライミング/北海道)日程:2026-10-17〜2026-10-18メンバー: shibabemaru watanabeka Misora06 iwadousunao unoken0831写真:カマドウマさいこー宇野開脚ねこ第一食堂君と歩いた道12aRP🐞きもおやすみ鍋と焼き肉変な野生動物いたおはよーナルコホセ「ホット!ホットモット!」おきてー雪山への期待が高まる...ウノガンバレクラック良い朝cheers春琴抄宇野がテントとアツいキッスぱんぱんホセ「バカー」希望と石垣山おきてー感想:カム😢報告_2026.10.17-10.18(1-0)*2石垣山・天人峡渡邊(4岩同薗部(2宇野岡(1ホセ(体験柴部(2020◯10.17石垣山・ナルコレプシー5.9薗部渡邊RP宇野渡邊ノーテン岡ホセテンションTrTO・大きな岩の下10a柴部渡邊RP岩同宇野渡邊ノーテン岡ホセテンションTrTO・ガンバレクラック10b柴部OS渡邊ノーテン岩同宇野テンションTrTO岡敗退・野崎村b/c薗部2便目RP岩同テンションTrTO・ファイブテン10a柴部RP宇野ノーテンTrTO・君と歩いた道12a一便目MRP◯10.18天人峡・天人峡入門5.7薗部RP岩同・墓荒らし10c柴部OS宇野ノーテン岩同岡テンションTrTO・春琴抄10c薗部敗退柴部TO岩同TrTO<パーティー>薗部Zクリップ(野崎村)、柴部カムスタック(春琴抄)
2026-10-19 3:44
ヤマレコAACH
津梅川〜黒滝沢〜ウズラ石沢〜白神岳
津梅川〜黒滝沢〜ウズラ石沢〜白神岳(沢登り/白神山地・岩木山)日程:2026-09-15〜2026-09-17メンバー: onodera22 nagaharu_2022 kaneko23 watanabeka ichikawata00 shiotaromanコース状況/その他周辺情報:Day1:津梅川林道終点(5:30)黒滝(14:30)追良瀬川出会い(15:00)=C1[曇り]札幌に比べけた違いにあったかい。白神岳登山口に1台デポ。挨拶もそこそこに出発。堤防越えるまで林道跡をたどる。水は驚くほど透明。たまにはゆっくり歩くのも良い。我々はまだぎこちなく、喋っているのは金子と佐藤くんだけ。コルへの沢の分岐は出会いからすぐに二股になっているらしく、沢がありそうな枯滝の方を進むと右の沢に入っていた。途中で尾根をトラバースして復帰。何事もなく進んでいくとスラブ系小滝。意外と手強く後続にお助け出した。その後も慣れてないと厳しいスラブ系。ここで右岸尾根の頭に向かう沢型を進んでいたことに気付いたが、尾根頭までそんなに遠くないためそのまま進むことにする。先の沢型は岩地形なので迂回するために尾根に取り付く。藪漕ぎはほぼなし。黒滝は手前の屏風状小滝からまとめて右岸捲き。夜は自己紹介で盛り上がる。Day2:C1(6:45)ウズラ石沢出会い(7:50)白神岳避難小屋(13:00)=C2[晴れ]せめてブナの木だけでも分かるようにしておけば良かった。足元を沢山のイワナが走る。ウズラ石沢は少し函あるが問題なし。ところどころ後続にスタンス指示したり、お助け出したりして進んだ。地図読みは普通にやれば難しくない。藪漕ぎなしで稜線に出た。水は稜線から5分も掛からない場所で汲める。登ってきて初めて海が見えるというルートはなんだかいい。白神山地は、たしかに開発されてもおかしくなさそうな地形。適度に人が入ったきれいな森だった。避難小屋でC2。弘大のお米を炊いて鍋をひっくり返して蒸らすやり方には驚いた。Day3:C2(6:15)登山口(8:10)[晴れ]登山道下山。下山後はみんなで温泉に入って煮干しラーメンを食べに弘前まで。写真:がやがや行くのが交流山行の醍醐味白神岳からとにかく綺麗感想:「山が好き」でつながることが、年々徐々に増えている。狭いようで広いようで。こうして一緒に山に行けたのも縁なので、大事にしたい。終始、立ち止まって深呼吸したくなるような山だった
2026-10-18 12:54
ヤマレコAACH
錫杖岳前衛フェース・左方カンテルート
錫杖岳前衛フェース・左方カンテルート(アルパインクライミング/槍・穂高・乗鞍)日程:2026-10-16〜2026-10-17メンバー: saito1987 macchan90コースタイム:写真:感想:1日目 岐阜のjazzyな後輩宅で白猫キンちゃんと戯れ、錫杖沢の焚火で再会を祝う。26年前、南アルプス倉沢以来だ。あの時は走って登ってアッという間の山だったなあ。2日目 錫杖前衛壁のアルパイン古典ルートをじっくり味わう。あまりスッキリとはしないが弱線を繋ぐ好ルートではあった。3日目 締めは柳ヶ瀬のロイヤル劇場。これまた日本映画岸惠子主演の古典的名作?を鑑賞。場末のお好み焼き屋で山と映画の余韻に浸る。 お互い歳を重ね、たどったルートは若干異なるものの、根本は変わらぬまま。ほろ酔い気分で過ごせた大人の休日。 秋の週末、私には不相応なアルパインクライミングに興じた。10/16(金);拙宅までお越しの斉藤先輩と同乗して槍見温泉から入山。マルトースの香りに包まれ、錫杖沢出合で火を焚いて呑んだ。10/17(土);錫杖沢を詰め、取り付きでウロウロして登攀開始したのが7時半のこと。以降、奈良と富山のパーティーが後続する。◆錫杖岳前衛壁左方カンテ;50mロープで計7ピッチのルート。?ガリー。40m/?(斉藤)?チョックストンを噛んだルンゼ状。ピナクルのある左カンテに出る。30m/?(松)?スラブ状フェースを右上。高度感も手伝って右に出るところが悪い。40m/?(斉藤)?チョックストンを噛んだチムニー。25m/?+(松)?二本チムニーの左壁フェース。35m/?(斉藤)?左にハンガーボルトのある出だしチョックストンチムニー〜クラックフェース。かつてあった木が無くなったそうだ。35m/?(斉藤)?細かいフェースで斉藤さんの疑似吼えを聞き、ブッシュのあるリッジで終了。30m/?+懸垂下降❶;?を下降。懸垂下降❷;?上のカンテ状を下降。懸垂下降❸;北沢側フランケを下る。「注文の多い料理店」を登るパーティーの横を通るが、高度感アリ。50mダブルでビヨ〜ンでも僅かに足らず、怖い目に遭う。懸垂❹;沢に着地。ふ〜〜う。 左方カンテルートは、下から見上げてスッキリ明瞭なラインではないけれど、人気ルートだけあって変化もあり登って面白い。当日土曜は同ルートに我々含めて3パーティー、他に1パーティーあり。 山登りのイロハを教えてくれたサイトーさんとロープを結ぶのは実に36年振りのことだったが、違和無く実に楽しく登攀日和の秋の一日を過ごした。ガオロ氏が若き情熱を燃やした地をようやく訪れることが出来た。帰宅して祝杯〜。
2026-10-14 3:12
ヤマレコAACH
層雲峡・石垣山・天人峡
層雲峡・石垣山・天人峡(フリークライミング/北海道)日程:2026-10-10〜2026-10-12メンバー: shibabemaru kaneko23 watanabeka Misora06 iwadousunao写真:おや夜は鍋と酒第一食堂 豚丼美味しいけど多すぎ柴部さんonベスピュラとおせんぼ10bOS死ぬ気で木登り柴部さんFLとおせんぼこねこにこにこ星の指輪10bOSおめでとう君と歩いた道12a不朽の腐朽リベンジ感想:報告_2026.10.10-10.12(1-0)*3層雲峡・石垣山・天人峡金子渡邊(4岩同薗部(2越地(1柴部(2020<層雲峡発電所エリア>・ロクちゃん5.9 薗部RP 岩同越地テンションTrTO・麦の舞10b柴部FL薗部ノーテンTrTO岩同越地テンションTrTO・ライトハンドドリーム10c薗部RP越地Trロープスタック柴部TO・ベスピュラ11bTO<石垣山>・キューブ5.9柴部RP岩同Tr敗退金子越地薗部TrTO・ナルレプシー5.9金子柴部RP越地渡邊ノーテンTrTo・ファイブテン10a薗部RP金子RP岩同2テン越地渡邊ノーテンTrTo・星の指輪10b柴部OS岩同テンション越地渡邊ノーテンTrTo 6番だとランナウト・君と歩いた道12a薗部TO柴部TrTO薗部ノーテンTrTO・野崎村10b/c金子RP岩同越地渡邊TrTo<天人峡楽近エリア>・不朽の腐朽10a薗部RP金子FL岩同ノーテン越地渡邊テンションTrTO・ワイドハザード10a柴部OS岩同敗退薗部ノーテン越地テンションTrTO・木漏れ日クラック5.8金子OSRP岩同越地渡邊ノーテンTrTo渡邊擬似リード→RP・とおせんぼ10b薗部OS柴部FL
2026-10-13 7:46
ヤマレコAACH
一年班夏メイン大雪
一年班夏メイン大雪(沢登り/大雪山)日程:2026-08-22〜2026-08-29メンバー: shibabemaru nagaharu_2022コースタイム:写真:トムラウシ五色岳化雲岳忠別ナキウサギ!
2026-10-13 3:46
ヤマレコAACH
ようこそ瑞牆
ようこそ瑞牆(フリークライミング/奥秩父)日程:2026-08-22〜2026-08-23メンバー: Nakagawa2019 Mt-sunny tamaki_2023 Misora06写真:ビショビショズルムケチムニー1p目。全力A0の玉木と寝る薗部十一面奥壁トップアウト!また来てくれい雨でもなんとか遊べた感想:個人的に日本一のクライミングフィールドだと信じてやまない瑞牆に、北海道から後輩が遊びに来てくれた。当日は真夏×雨という最悪のコンディションだったが、それでも楽しめる「瑞牆の懐の深さ体験コース」を捻り出して登った。Day1霧末端壁や千日の瑠璃を見物↓ジョイフルモーメント↓アウトサイダーズルムケチムニー↓大面カンマンボロンを見物↓阿修羅を見物、近くのスラブボルダーを登るDay2雨カサメリ沢でゾウリムシ他↓瑞牆食事処またいつでも来てくれ!(今度はもうちょい良い時期に、、)
2026-10-13 3:46
ヤマレコAACH
名張ツアー(2026秋)
名張ツアー(2026秋)(フリークライミング/東海)日程:2026-09-18〜2026-09-22メンバー: Nakagawa2019 Mt-sunny写真:ホタルクラック絶対サイズ違うて人には人の渡渉法全部ハンドらしいブロードバンド紫電ムササビ君の休暇村スネークマンプルトニウムゴールデンジャムワイドうまい感想:台風に翻弄されたシルバーウィーク。素直に北海道に行かなかったことを悔やみつつ、直前まで西か東かで迷った挙げ句、なんか西の方が良さそうなので名張へGO。3月に登り損ねたルートたちをトライするつもりだったが、想像していたより暑く、成果としてはイマイチだった。とりあえず、2人とも怪我なくツアーを終えたこと、名張が素晴らしい岩場だと再認識できたのは良かった。涼しくなったらまた行きたい。~OSトライしたルート~(登れたり登れなかったり)・名張入門とか・ブロードバンド・ユビキタス・ゴジラパワー 中間で落ちた。普通に難しく感じた。・ホタルクラック 短いけど良い課題。直登・スネークマン・プルトニウム マジむずかった。膝スタックできない状態でリービテーションを上にずらすテクニックが必要?うまい人に教えてほしい。・ムササビ君の休暇村・ゴールデンジャム・紫電 隠れた名作の予感だが、苔で滑った
2026-10-13 2:51
ヤマレコAACH
ラ・カンパネラ(錫杖岳前衛フェイス白壁カンテフリー)
ラ・カンパネラ(錫杖岳前衛フェイス白壁カンテフリー)(アルパインクライミング/槍・穂高・乗鞍)日程:2026-10-10(日帰り)メンバー: Nakagawa2019写真:*\(^o^)/*勝利飯は甲府でぼんち!核心の4p目、5.13b3p目の5.11c R要は白いところを登る穂高連峰をバックに最終ピッチ(5.11b)を登るカンパネラ、というか滝だった良いテンバついでに深夜特急をOSおめでとう100周年#AACH錫杖デビューの日☔️感想:こんなに嬉しい完登は久しぶりだ。"山岳フィールドでの高難度フリークライミング"それは今の自分が最も心惹かれる分野であり、国内においてその最右翼に位置するのが本ルート、ラ・カンパネラ(5.13b 5p)だ。錫杖岳前衛フェイスで一際目を引く白壁カンテをオールフリーで貫くこのラインは、アルパインクライマー今井健司氏により見出され、増本亮氏をパートナーに2014年に完成された。このルートの存在は、北海道にいる学生時代から知っていた。というのも、雨猿ラジオに出演したジャンボさんが「国内で一番好きなルートは?」と聞かれて「ラ・カンパネラ」と即答していたのが印象に残っていたからだ。当時どこにあるのかも知らなかった錫杖岳という山に、すごいルートがあるんだなという程度の認識だったが、独特な響きのネーミングはずっと頭に残っていた。月日は流れ、本州に移住し、趣向も山からフリークライミングにシフトしてくると、小川山・瑞牆といった岩場で登ることが多くなった。地面でゆっくり休み、自分の限界にトライできる環境はとても快適で楽しい。が、それだけではどうしても満足しきれない自分もいる。集中力に欠けたトライが多く、夏の長雨も相まってグダグダの日々を過ごしていた。そんな折、同世代の友人にカンパネラに誘ってもらった。13bというのは、自分にとっては快適な環境でも登れたことのないグレードである。まだ早いとも思っていたが、憧れのルートに取り付くことを想像すると、久しぶりに心の底からやる気が沸いてきた。やっぱり、自分だから成せたと思えるようなクライミングがしたい。結果、初めてトライした週末から取り憑かれたように3週連続で錫杖に通い込み、通算5日目で全てのピッチをRPすることができた。身体への負荷はかなりのもので、平日は完全に廃人化していたが、集中した良いクライミングができたと思う。共に登ってくれた友人たちに感謝したい。限界へのトライは少なからず犠牲を伴う。今回も、家の事をほったらかしにして随分迷惑をかけてしまった。今日から切り替えてしっかりマイルを貯める所存であります。そして、年に一発でいいので、こういうトライを続けていきたい。核心を足下にし、最終ピッチを登りながら考えた。錫杖が、背後の穂高連峰が、自分にとって身近な山だったら、もっと素晴らしいだろうと。日高に残したプロジェクトのことを想っている。
2026-10-12 5:59
ヤマレコAACH
湯檜曽川本谷〜峠下山
湯檜曽川本谷〜峠下山(沢登り/谷川・武尊)日程:2026-10-11(日帰り)メンバー: yumepporo koichiro_mコースタイム:写真:入渓直後ウナギ淵天の川とベガ、デネブ思ったよりも長かった紅葉がきれい紅葉がきれい紅葉がきれい帰還沢がきれいロープ出したのはここだけ赤茶の滝着替えなどをデポ40m大滝と紅葉がきれい2段目左岸登ったらピリ辛だった右岸登った感想:全てがちょうど良かった一日。10月だから雪渓もなく、山は紅葉に彩られ、ゆっくり出たから星空も見れて、気持ちの良い沢締め。紅葉と星空の美しさにびっくり🍁⭐️
2026-10-11 11:36
ヤマレコAACH
アポイ岳〜ピンネシリ
アポイ岳〜ピンネシリ(無雪期ピークハント/縦走/日高山脈)日程:2026-10-11(日帰り)メンバー: saito1987 zeniya1990写真:人のいない幌満側から登ろうとしたら条例違反のようでこれが見たかった!ナデナデ。ピンネシリ冬島側から登る感想:マントル断面を愛でながら
2026-10-1 1:53
ヤマレコAACH
《小県郡》別所温泉【大明神山・夫神岳】保福寺峠経由で松本
《小県郡》別所温泉【大明神山・夫神岳】保福寺峠経由で松本(無雪期ピークハント/縦走/甲信越)日程:2026-10-01(日帰り)メンバー: yoneyamaコースタイム:写真:読めない岩切観音栗の実が豊富で、全て猪の野郎に耕されている八角三重塔踊り念仏の一遍上人ゆかりのウマ水。水筒に詰め込む桑畑の桑が巨木化してトンネルになっている木造三階建、いいですなあ。松本駅前マルキで松本ブラックラーメンで打ち上げ岩切観音保福寺集落峠全景奉納合戦絵図もありやや黄色い殻だけ北向き観音。いい感じの木造建築がひしめく八角三重塔保福寺峠についた。看板は何をいうのかわからない 温泉街、川にせり出したケヤキ、登って遊びたい。かわいそうである北向山とは北向き観音のことか?温泉街、川にせり出したケヤキ、登って遊びたい。尾根の上から谷地草原を見下ろす林道、自動車道開通の喜びを標した石碑城を作りたくなるような天然の切岸四賀側への古道八角三重塔保福寺集落の火の見やぐら石畳、整備しすぎ感気持ち良き古道開店祝いのコチョウランのようなトリカブト大明神岳現る 別所と鹿教湯のあいだの林道なんて、車も人も皆無夫神岳登山口降りてきたら、スゴい松が立っていた。胴回り3m子檀嶺岳と青木村諏訪神社 素通り桂の巨木と鐘楼ちょっとまずいけど無いより良い鹿島槍の手前はショナラ峠のあたり樹冠に八角三重塔こんな風に歩きやすい森展望も人気もなし、良いピーク観音があったここも外湯。メインのところ国宝への道、安楽寺湿原谷地から水流あり、思わず汲む。そろそろ手持ちの水1.5リットルがなくなってヤバいところだった。踊り念仏の一遍上人ゆかりのウマ水。おお、東山堂の動かぬ証拠気持ち良き古道ありがたや路線バス 19時10分稲架掛けと常念苔岩との配置がいいじゃん褐色の池これも凄い木造建築やはり茶店コーナー跡浦野道って何ズラ 青木村方面か?八角三重塔最終人家に降りてきた 内村?真田幸村ゆかりの外湯飲水も流れている。さっきよりうまい八角三重塔大明神岳現る常念岳見えている 槍が常念の右に見えるのは四賀村ならでは大明神の取り付き、暗い森である八角三重塔本堂の中こっちはお不動様広場あり一八〇九年、ナポレオン前世時代の作だ上田、塩田平を見下ろすテラス山頂。結構苦労してがんばった西日強し田の道 常念と槍北向き観音の参道は、メッチャ俗い。早朝で客はいないが土産物屋は完全スタンバイで怖い。自動車道路開通以前のしろものであろう。展望台にて 別所谷と塩田平 遠景は根子岳四阿山、湯の丸連峰松の枝で巨大な庇を作っちゃって、しかもそれが橋の上土台が盛り上がっているシダ素敵な山頂。鹿島槍が見えているよ道のような感じのものが続く道はないかと思ったら完全に道。ただしイノシシが耕しまくり本堂道は全然荒れていない巨木松 東山堂ゆかりかもしれない岩切観音峠の真下には車と冷蔵庫3つ捨ててあった気持ち良き古道常念をおいかけて夫神岳登山口善光寺平大地震の南無阿弥陀仏本堂の絵図奉納 電線コードが野暮残照を浴びる戸谷峰なんかまずそうに写った空に踊る仁王像狭い尾根の左の巨木はミズナラ、三本組だった稲架掛け終わってる別所一、やすい宿、快適だった。風呂は隣のホテル。メシは自前。さっきよりも澄んでいそうなので組み直すが、似たような感じ。この上自動車道路が通っているからあんまり美味しくない八角三重塔感想:明るくなって別所温泉を歩くと、北向観音と安楽寺の八角三重塔は見ておかねばと思い、八時の拝観開始と同時に国宝を見に行く。凄い斜面の窪地に立地。なんでここに?鎌倉末期、700年モノかあ、ため息が出ちゃうわ。北向観音の建築もウットリする。夫神岳は、諏訪神社と岩穴観音付き。道はよく整備されていた。山頂は刈り込まれ、鹿島槍や蓮華が東の光を浴びていた。屹立三角山。下りの村界尾根は、踏み跡付いていて快適に降る。林道乗ったり尾根に移ったり状況に応じてルート取る。大明神は急斜面でやめようかと思ったけどとりついてみる。適当な斜面でもイノシシの道があり辿るうちに尾根の上の快適なルートになる。どこから登り始めても多分いい感じに収束しそうだ。でも非常に疲れた。今日もここで午後三時回ったア。バスあるかな。三つ目の山は一番高い保福寺峠。なるべく自動車道ではなく、古代東山道と思われる地形を辿る。下の方では不明瞭だったが、大正期くらいと思われる石柱と、昭和59年青木村の案内柱を見つける。これが、ウェストンがカゴに乗って信濃に向かった東山道かあ。幅3mくらいの道が藪にも埋もれず続いている。自動車道がカブるとキョロキョロ探す。統計下はゴミだらけ。悲しむ。峠は、何もなくて良いのだが、ウェストンが初めてご対面した北アルプスのはずが、杉の植林が伸び過ぎて見えませぬ。落胆。四賀村側にも痕跡があるはず、とちょっと見たら、ありました。幅3mくらいの快適な道。一遍の水までは辿って行けたが、それより先は急な斜面しか無く、けっこう自動車道建設にカブられたのだろうか。おとなしく舗装路を行く。ヘアピン部分は近道で下り、最後は沢底の林道が右岸に渡ったところまで降りる。そこが鹿柵のある最終人家だった。ここからバス停まで徒歩1時間。夕焼け雲と常念岳と稲架掛け田んぼの道を歌いながら歩いていく。昨日も今日も、年末に合唱するベートーヴェンの第九の四楽章テノールパートを聴きながら歌って覚えている。歩きながら三〇回くらい歌ってずいぶん憶えた。まっくらい田んぼ道で、「デア・ガンツェンヴェールト」熱唱。バス停でバス待ち四〇分。とっくに日が暮れているがバスはうれしい。客は一人。松本駅から自転車で帰宅途中でラーメン一杯食べて帰る。疲れた、充実。別所から保福寺、矢室まで歩いちゃったよ。
2026-9-24 3:16
ヤマレコAACH
日高/上アブカサンベ沢からパンベツ山&大山
日高/上アブサカンベ沢からパンベツ山&大山(沢登り/日高山脈)日程:2026-09-21〜2026-09-23メンバー: saito1987 Yanke1987コースタイム:写真:上アブサカンベ沢の河原歩き頂上から先月登ったシビチャリ山ここからは1839のトンガリ具合が目立つ笹薮に足を取られながら尾根を下るフェルト底は苦労する秋の日差しを浴びながら沢を詰めるとCo980に15m×2の逆層連爆があり右岸の急な痩せ尾根からまとめて捲く2日目はパンベツ山へ延々と河原歩き平らな頂上の端っこの三角点岩魚1匹虹鱒3匹笹ヤブ突入そのまま過去の記録にあった右岸の尾根を詰めて大山まで。笹を漕ぎながら鹿の踏み跡を辿っていく。下弦の月が明るく照らす古い選別機?の残骸も発見ゴルジュ終わりの滝の捲きに鉄梯子の残骸ありかつての金鉱脈掘りの残骸だろうか?昨日の登ったパンベツ山(右奥の丸い方)日没近くなってシュンベツ川に戻るズームゴルジュの終わりはチムニー状ゴルジュを抜け、一枚岩の滝15mは左岸を捲くCo1000付近からはガレ大山頂上カムエクと南西稜を眺めるCo660〜740間のゴルジュは内部突破で行く3日目は大山南面(1/25,000で里半沢)感想:日高のイドンナップ帯に茗渓無し、と思っていたが、ここ大山南面の連爆帯、それと二岐山の北面は爽やかな印象。かつての金鉱脈堀のロマンに触れられたのも良かった。秋の日高の沢(特に中流域)は理屈抜きで美しい。登るピークも少なくなってきたが、来季も訪れたい。
2026-9-20 2:02
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釜の沢東沢
釜の沢東沢(沢登り/奥秩父)日程:2026-07-19〜2026-07-20メンバー: yumepporo Mt-sunny koichiro_mコースタイム:写真:入山〜初沢だったので捲いた綺麗な函・ナメが続く函も暖かい野菜のチーズフォンデュ
2026-9-19 8:10
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小樽赤岩/青い岩塔
小樽赤岩/青い岩塔(アルパインクライミング/札幌近郊)日程:2026-09-19(日帰り)メンバー: saito1987 zeniya1990写真:海側の顕著なクラックを登るゼニはトップロープで。ラテン音楽でアゲアゲにして挑んだが⤵赤岩峠から海岸沿いのアプローチ青い岩塔感想:海側クラック ?+脆 20m
2026-9-17 23:52
北大山岳館FaceBook
30年前の創立70周年のときのカーテンの取替えと100周年に関するNHK番組のご紹介
30年前の創立70周年のときのカーテンの取替えと100周年に関するNHK番組のご紹介
この山岳館は1996年の北大山岳部の70周年を記念する事業の一つとして北大に寄贈した建物で、すでに30年が経ちます。山岳部やその他の山岳関連の歴史的な書籍の収集と保存だけではなく、様々な講演や他のクラブの会議やイベントで利用していただいています。
8月の終わり、古くなった山岳館のカーテンを交換していただきました。 前のカーテンはかなりいたんでいたので、これで気持ちよく使っていただけるものと思います。
さて、今年は2026年ということで 北大山岳部は創立100周年を迎えます。 山岳部の歴史に興味を持っていただいた札幌NHKのスタッフが、関連の番組を制作していただきました。 明日金曜日の午後7時半からの北海道道 という番組です。
今日の明日というタイミングで申し訳ありませんが、時間の許す方はぜひご覧ください。
ちなみに 番組は北海道ローカル放送となりますが、NHKーONEネット配信で放送後一週間の見逃し配信では日本全国で視聴が可能とのことでした。
番組名 北海道道
副題 百年の青春〜北海道大学山岳部
放送予定 9月18日【金】19:30〜19:57 NHK地上総合 北海道内ローカル放送
ネット配信 NHK―ONEで放送後1週間の見逃し配信〜日本国内で視聴可
僕自身も楽しみにしています。(KY)
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2026-9-13 3:19
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コイカクシュサツナイ川右股本流
コイカクシュサツナイ川右股本流(沢登り/日高山脈)日程:2026-09-12(日帰り)メンバー: Iida_2017コース状況/その他周辺情報:参考記録:日高キチガイ(2010)、成田ら(2022冬)写真:ここまで帰ってきた二連CS滝いずれも右岸をフリーで抜けるあとは赤く燃え始めた沢を詰めるだけ一か月あけて再戦間髪入れずに第二核心上から7m+7m+15m+7mとりあえず中段へ左岸を登る最初の函滝右岸巻き15mF右岸側壁を登る2段目15m滝の途中から会心の登攀落ち口より撮影コイカクからサンキューお前が一番やはじまるヨレるさあ、これからかなりしんどかった1340三股左の苔ナメ沢に入るついに1823が微笑むトラバース懸垂で回収して登り返す小カール地形これともう一個上だけは巻いた雪渓はもうないかけた時間、コンタ差に対して距離が近すぎて変な感じコイカク北面直登沢さすがに手が出なかったが、アイスの対象としては確かにこっちか4m滝小さいがハングしていて登れないハンマー投げ+スリングアブミのシャワークライムCS滝左のルンゼ状を一段登ってトラバース二股、さあだんだん知ってる日高になってきて落ち着く落ち口ピラトコミが笑ってらぁ夕暮れダッシュ下山左屈曲の二段滝一段目を登ってから巻いたほうがよかった第一核心の30m滝突っ張りから右岸の弱い水流のほうを直登まだまだ続く感想:入山前のグダグダは日記に記載。車(7:40)上二股(8:40)コイカク(16:30)車(18:30)遅れを取り戻すため、文字通りダッシュで河原を駆け上がる。二股を右に入り、右手から支流を二本分けると奥に函滝が見える。これは前回左岸から突っ込んで危ない目にあったので、右岸の熊道から巻く。徐々に函状をなしてくる。15m滝は右岸側壁を登る。続くCS滝は左岸のルンゼ状を一段登ってトラバース。左に屈曲する二段滝は前回より手前から巻いたが終始悪く悪手だった。沢には懸垂なしで簡単に復帰できる。沢に戻るとここから核心部の始まり。200m程の長さの極狭ゴルジュが待っている。まずは二つのCS滝をいずれも右岸からフリーで越える。前回はこの上で頭上に雪渓が残っており、泣く泣く踵を返した。が、もう雪渓はない。やるかやられるかだけだ。20mほど進むと、4mほどの段差。これもCSが詰まっておりハングしている。側壁に取り付くも厳しいのでハンマー投げを選択。スリングでアブミを作ったりして、何回かトライしてようやく越える。シャワーを浴び水を飲みながらの登攀で辛かった。また2,30m歩くとデカい滝。30m程度で左右に別れ、右は上部でさらに二つに分かれている。アングルを二枚打ってロープソロで登る。下部は突っ張りシャワークライム、中間で左に移りキャメ*2を決めて左の弱い水流のほうへ、上部でハーケン打って再びステミングで落ち口まで。最後は太陽が鋭角に射してきて眩しい。こいつがこの沢で最も映える滝だろう。ザイルをFIXして回収し登り返す。食パンを一口齧って続く滝へ。次は4段、上から7m7m15m7mの連爆。遠くからだと上部が難しそうに見える。はじめ左岸からまとめて巻こうかと思ったが、スラブ状を巻き始めると詰まる未来しか見えないので、弱い心に鞭を撃って沢に向き合う。最下段は左岸から巻き気味に登り、2段目の途中で沢身に寄ってトラバースで2段目の落ち口を目指す。ここもアングル2枚でソロシステム。クラックにトライカムとキャメを決めながら、アンダー持ちとスメアリングの非常に悪い7m程のトラバース。喉からから。落ち口についてCSにフィックス、回収登り返しもトラバースなので緊張する。ザイル回収で2回スタックしてしまい、余計に降りたり登ったりした。こういう疲れてリズムが悪い時に事故るので、落ち着いてゆっくり着実に。上段の7m×2はシャワークライム。悪いは悪いが思ったほどではなく、フリーで抜けられた。ステミングばかりで股関節がしんどい。これを抜けると慣れ親しんだ日高という雰囲気に変わり、少し心が落ち着く。1070でコイカク北面直登沢に出合う。状況によってはこっちを遡行する気でもあったが、簾状の大滝となっていて、沢登りの対象としてはなかなか捉えられず、本流を遡行することにする。1340までは沢全体が滝。10〜20mスケールのものが延々と続く。ただし沢はすでに開放的な雰囲気になっており、巻こうと思えばどうにでもできる。明らかに難しい20m級のものを2つ左岸から巻いたほかは全て水線をトレース。長時間の行動や濡れ、基本的に強度の高いクライミングを求められてきたので、最後は簡単な滝でも腕がヨレて辛い。1340を左に入ると1823が微笑む。秋めく小カールをよろよろとコイカクへ。稜線に出ると正面に39が堂々と構えていた。思わず叫ぶ。俺は幸せだ。夏尾根頭でしばし秋晴れの日高を堪能。村の人たちに連絡を入れ、夏尾根を駆け降り河原をダッシュ、車を飛ばして飲み屋にアタマから突っ込む。翌朝、風呂浴びて図書館で記録を書いて帰る。日高の良さは山深さ、継続遡下降にある。それを十分わかったうえでも、この一本はグッとくること間違いなし。遠征に来た本州クライマーの日数調整にでも。満足してもらえる一本だと思う。これだけアプローチが良く、地形図でも極悪が読み取れるのにも関わらず、なぜこれまでほとんど記録が出なかったのか。万人にお勧めできるものでは決してないが、もっと登られてもいいと思う。俺はこれにて沢からコイカク4登頂祝\(^_^)/
2026-9-11 3:16
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カタルップ沢~カムイ岳~戸蔦別川8の沢
カタルップ沢~カムイ岳~戸蔦別川8の沢(沢登り/日高山脈)日程:2026-09-06〜2026-09-07メンバー: shu2019 yumepporo misa2021写真:懸垂せず左岸から捲けた結局下降で一回も懸垂せず紅葉信号をイメージ小滝たくさん戸蔦別川8の沢Co1270あたりの左岸快適テンバこの下はCo1020くらいまで良さそうなテンバはなさそうだった入山〜 ヌメヌメの河原歩きゾーンからの7m滝感想:久しぶりの!!に久しぶりの藪漕ぎからのピーク。北海道の沢の寒さも懐かしかった。インデアンも美味しいけど、来年ははげ天に行きたい!!
2026-9-10 3:43
ヤマレコAACH
鞍掛沢〜日向山
鞍掛沢〜日向山(沢登り/甲斐駒・北岳)日程:2026-08-08〜2026-08-09メンバー: yumepporo Mt-sunny koichiro_m Sugiyama_2022写真:雨の中の焚き火・・・どこも綺麗なエメラルドグリーン入山感想:本州の沢は雨でもガクブルしない程に暖かい
2026-9-10 3:38
ヤマレコAACH
和名倉沢
和名倉沢(沢登り/奥秩父)日程:2026-08-10〜2026-08-11メンバー: yumepporo Mt-sunny koichiro_m Sugiyama_2022写真:下山林業で使ってたと思われるケーブル小滝たくさん杉山は直登、他は捲いた
2026-9-8 1:10
ヤマレコAACH
天人峡クラック
天人峡クラック(フリークライミング/北海道)日程:2026-09-05〜2026-09-06メンバー: shibabemaru Misora06写真:ルート考えてみたSからシットスタートで6級か7級かルート考えてみたⅡ①ハイステップ・トド 6級 足限定手自由 岩に上がれればゴール②ローステップ・トド 推定4級薗部プロジェクト Sから横移動してハイステップ・トドに合流。もつ鍋だよ詰まってる第2登 岡
2026-9-3 11:01
ヤマレコAACH
暑寒別川本流
暑寒別川本流(沢登り/増毛・樺戸)日程:2026-08-29〜2026-08-30メンバー: shu2019 yumepporo misa2021コースタイム:写真:優しいミヤマ泥水スイミング花火ぷかぷか下山
2026-8-28 10:54
北大山岳館FaceBook
2026年度第一回山岳館管理委員会
2026年度第一回山岳館管理委員会
先週の土曜日 山岳館の管理委員が集まって ミーティングを行いました。北大山の会は 毎年7月のはじめに総会を行い、それを新年度のはじめとしているため今回は26年度最初の管理委員会となりました。
10名ほどの管理委員が集まり、今年度の活動とこれからの予定について話しました。
今年の秋には 北大山岳部・山の会は創立百周年記念祝賀会を控えており、それに伴ういくつかの行事や出版物の発行など、いつもとは少し違った活動も進められています。 山岳館の書庫の増設についても検討されており、これからの山岳館の活動についても有意義な議論が交わされました。
以下の予定変更について ご連絡します。
・ミニギャラリー 「写真で見る北大山岳部百年登山史」第1期(1927−36)の開催延長
北大山岳部百周年と連動して開催されている上記パネル展 これは当館矢野委員長の超力作です。前回のご紹介では先週の土曜日で開催終了とされていましたが、好評のことから 明日29日土曜日までの延長が決まりました。 見逃された皆さんは 是非。
次の「写真で見る北大山岳部百年登山史」 第2期(1937−1946) については11月開催を予定しています。 これについても 日程が決まりましたらご連絡します。 ご期待ください。
・北大全学の停電が9月13日(日)に予定されています。 山岳館は例年に従いその前日の9月12日(土)は閉館としました。年当初に全学停電の日を8月30日(日)と仮定し、8月29日(土)の閉館を予定していましたが、8月29日は開館となります。 ご連絡が遅れましたが ご了解、ご注意願います。
(KY)
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2026-7-26 12:25
北大山岳館FaceBook
オオウバユリ(大姥百合)
オオウバユリ(大姥百合)
先週(7月18日)の山岳館の管理当番
この季節の山岳館周辺は春からの一連の花も咲き終わって、 少しずつ葉っぱの緑も深くなっていく。
冬場の管理担当が多くて、夏のこの季節の当番は久しぶり。
で 外周りの点検に外に出ると、
オオウバユリの花茎が林立していました。 この草(花?) こんなにあったっけ?
そういえば山岳館への往路、原始林の道沿いにもたくさんのオオウバユリが 花をつけていました。
オオウバユリ(大姥百合)、 なんとなく 冬の枯れた実の殻?が印象的で その名前は”姥”にふさわしいと思っていたけど
”乳母”でもいいかな(*^^*)。
今年の札幌は予想に反してとても過ごしやすい。 まだまだこれからかもしれないけど、
夏の終わりも感じるのは季節(^_^;) (今日だけかも)
昨日から ミニギャラリー 「写真で見る北大山岳部百年登山史」第1期(1927−36)を開催しています。
いつものようにY委員長の力作です。 なかなか目にすることが出来ない昭和初期の冬の北海道の初登頂時代の頃の山登りの写真が、山行記録と一緒に紹介されています。 直行(坂本)さんが撮られた写真も残っています。白黒の写真ばかりですが、変わらない美しい山並みと当時の山登りの様子をこの機会に感じていただければと思います。(KY)
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2026-7-26 11:17
北大山岳館FaceBook
山岳館ギャラリー「写真で見る北大山岳部百年登山史」第1期(1927−36)開催のお知らせ
山岳館ギャラリー「写真で見る北大山岳部百年登山史」第1期(1927−36)開催のお知らせ
先日 山岳館の管理をしているときの来客のお二人。 北大創立150周年のために恵迪寮周辺の学生たちの写真を撮っていたとのこと。 山岳館の建物が目に入り ”この建物はなんだろう” と訪ねてこられました。 山岳館の管理をしているとそのような来訪者は時々あります。もちろん大歓迎。
おふたりとも山に興味のある方たちだったので、古い山スキーや二階のフロアにある”山と渓谷”(という雑誌)の創刊号に感動されていました。館内を案内して、 ”実は北大山岳部も今年100周年です” とお話しすると ”大きな節目ですね” とお応えいただきました(^_^;)
さて 北大山岳部の創部は1926年。今年100周年を迎えます。 そのためいくつかのイベントが計画されていますが、過去の写真や資料の整理も重要な事業と位置づけになっています。
今回、北大山岳館はミニギャラリーとして、これまでの山行の写真の一部を、時系列に並べて皆さんにご紹介することにしました。先ずは1927年から1935年までの国内山行について7枚のパネルを使ってご紹介します。
写真に添えて当時使用されていたゾンメルシーやピッケルなどもご紹介しています。
期日は 7月25日(土)〜8月22日(土)で、開館日は土曜日と水曜日の10時から16時の間という限りはありますが、ご興味のある方は是非ご覧いただければと思います。
以下 本ギャラリーをまとめられた矢野山岳館運営委員長のメッセージです。
2025年度からの企画として構想を立ち上げ作業を続けてまいりました山岳館ギャラリー「写真で見る北大山岳部百年登山史」のシリーズ第1期(初回)について、このたび開催に向け準備を整えることが出来ましたので、下記の通りお知らせいたします。多くの皆さまのご来場を、心よりお待ち申し上げます。
1.名称:写真で見る北大山岳部百年登山史 国内編 第1期(1926年〜1935年)
2.会場:北大山岳館 1階ホール・集会室
3.期間:2026年7月25日(土)〜8月22日(土)
※観覧いただけるのは毎週水・土曜日(開館日)午前10時から 午後4時までです
4.添付:山岳館ギャラリー2026第1期 開催案内資料
2025年度に、山岳館ギャラリー「写真で見る北大山岳部百年登山史(仮称)」が構想され、山岳部創立から1期10年ごとに、文章記録とともに枚数が揃った写真が残されている代表的な山行を選定し、写真登山記風な展示をシリーズものとして展開することを目標に掲げました。そのキッカケとなったのは、山岳部創立80周年記念事業として2005年に発足した記録写真保存計画(アーカイブス事業)により収集・整理された多くの写真と、このたび100周年事業の一環として完成された100年に及ぶ詳細な山行データベースの記録で、これらを合体させた「AACH写真山行DB」を作成したうえで、まず第1期10年間(1926〜1935)に取り上げる山行の選定に入ることとしました。
ちなみに 選定に当たっては以下の基準を目安としました。
1.写真が10点以上記録されている
2.エポックメーキングな登山として、歴代の部報で記録・紀行・随想などが取り上げられている
3.できるだけ山域や年代が偏らない
古い白黒写真はいいですね。 変わらない山に感動します。
お時間のある方は是非お寄りください。(KY)
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2026-7-24 12:32
AACHお知らせ
山岳館ギャラリー「写真で見る北大山岳部百年登山史」第1期開催のお知らせ
山岳館ギャラリー「写真で見る北大山岳部百年登山史」第1期開催のお知らせ
1.名称:写真で見る北大山岳部百年登山史 国内編 第1期(1926年〜1935年)
2.会場:北大山岳館 1階ホール・集会室
3.期間:2026年7月25日(土)〜8月22日(土)
※観覧いただけるのは毎週水・土曜日(開館日)午前10時から 午後4時までです
4.添付:山岳館ギャラリー2026第1期 開催案内資料
2026-5-27 10:16
記事
AACH山行記録データベース
2026-5-13 20:02
北大山岳館FaceBook
原始林の ニリンソウ Anemone flaccida
原始林の ニリンソウ Anemone flaccida
地下鉄の12条駅から山岳館にこられる途中、昔から原始林と呼ばれる小さな森の中を通ります。 この時期 歩く道沿いからもニリンソウの群落を見ることができます。
ニリンソウは山菜として人気もあるのですが、猛毒のトリカブトと似ていることから、事故も多く、今年の4月にも、誤食によって、亡くなる事件がありました。
両者の花は全く違うので、花のついたものを食べれば良いと言われますが、混生するところもあるとのこと。 やっぱり注意が必要(^_^;)。
トリカブトも きれいな花を咲かせますが、 個人的にはニリンソウの花のほうが ”癒し” のようなものを感じて いいですね。
あまり派手ではないし、北海道で普通に見られる花ですが、one of the best です。 (KY)
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2026-5-11 11:47
北大山岳館FaceBook
HLC (HIKE LIFE COMMUNITY) の皆さんの来館
HLC (HIKE LIFE COMMUNITY) の皆さんの来館
HLCのツアー?の皆さんが、秀岳荘の橋本さんと一緒に山岳館に寄られました。 北大構内の秀岳荘にゆかりのある場所を訪れた後 山岳館に来られました。書籍だけではなく、古いピッケルやスキー、へルヴェチアヒュッテの模型などにも興味を持ってみておられました。 雑誌 ”山と溪谷” の創刊号(1930年)を直接手にとって、その歴史に触れられる方もおられました。
ご紹介したいものも多く、あっという間の短い時間でした。”またいつでもお寄りください” とお伝えして(といっても水曜日と土曜日ですが) 山岳館の前でみんなで集合写真を撮って 山岳館を後にされました。 HCLの沼田さんも秀岳荘の橋本さんも お疲れ様でした。(*^_^*)
自然に親しむスタイルは 様々な形があるのだと思っています。 山岳館も過去のいろんな山に関する資料を保存し、皆さんにご紹介することで、様々なアクティビティの展開のお力になることができればと考えています。(KY)
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2026-4-30 20:55
投稿記事
【讀書備忘】『雪線』...
『雪線』―山に賭けた青春の群像ー
和田城志
大阪市立大学山岳部
大阪市立大学山岳会
2026年3月26日 発行
大阪市立大学山岳部の前身含めた部報22冊のダイジェストが届いた。
いまは大阪公立大学になった大阪市立大学は戦前大阪商科大学、更にその前身の大阪市立高等商業高校山岳部で1917年創立。その部報『雪線』の創刊号は1928年12月5日。戦前最後の18号(1942年12月25日)まではほぼ毎年発行。戦争期の空白を挟んで、戦後は19号が復活(1955年6月)、最後は22号(1965年10月10日)である。
大阪市大山岳部といえば1961年から1978年の初登成功まで数度の挑戦を続けたランタンリルンだ。第二次ランタンリルン遠征1964の報告を含む22号が最後。そのあとは、山岳部の活動を記録した部報は発行されなかった。その21冊(5号は欠損)の解題を和田城志氏が記したのが本書。和田氏とは、1969年〜1973年まで在籍し、1978年、念願のランタンリルン初登者となったうえに、その後生涯通じて雪劔、雪黒部横断、数次のナンガ・パルバットの敗退男にかけては世界一の和田城志である。
大阪市立大山岳部は、もう存続していないとのこと。残された貴重な部報の、読書家である和田氏によるダイジェスト、解題版である。
※以下「 」は和田氏文面からの引用
創刊号、第二号は部室の火事を免れた貴重なもの。それ以降はWEBの古書市で探したという。初期の部報は、積雪期登山なども行われず、「見るべき記録はない」とのことだが、当時の優秀な学生たちの洋書翻訳を含む研究や文芸、それに随想が目を引く。
同書では同時代の文献なども和田氏が引用し、時代背景の解説も充実している。特に1930年からはAAVK(関西学生山岳連盟)報告との合わせ読みで、京都帝大AACKや同志社、大阪醫大、神戸商大、甲南高校、三高の活動内容との比較がある。また1933年創刊の『ケルン』(関西のクライマーの月刊誌・藤木九三らによる)との合わせ読みの背景解説も読みどころだ。
第七號(1932)電源開発盛んな黒部川を案内人夫とともに平の渡しまで歩いている。冠松次郎探検同時代、電源開発工事同時代だ。
第十號(1935)から積雪期の山行記録が見られるようになる。薬師岳北西尾根を3月に登るなど「あまり知られないルート記録」あり。3月、岳沢から畳岩のコルへ上がって、ジャンダルムと奥穂高の、17時間ダブルアタックなど。
第十二號(1936) 3月−4月春山劔岳西面、現在は(雪崩のため)条例で入域を禁じられている池ノ谷周辺を夜間含め縦横に一気に敢行している「うらやましい記録」。
第十三號(1937) 対中戦争が始まった。初の海外遠征 夏の台湾北部、次高山(現在の雪山)遠征記録あり。
第十四號(1938) 加藤文太郎遭難の2年後の北鎌尾根3月記録「スマートさには欠けるが慶応や立教に先立つ素晴らしい記録」日中戦争の2年目、入営、戦地歓送の言及あり。ためらいの時局言及。
第十五號(1939)「最も輝かしい記録集」とある。延々25日間の積雪期黒部横断記録がある。「AAVK報告8號(1935 )の関西大記録に触発されたのだろう」とのこと。総勢13名、「ヒマラヤ遠征を思わせる布陣」。同時期の関西大の記録も引用して、その黒部横断記録に関する分析と考察を称えている。黒部横断歴世界一の和田氏ならではの分析だ。
第十六號(1940)白頭山の鴨緑江源流3月遠征記録。数年前のAACKの白頭山遠征の報告がメイン。1935AACK白頭山遠征の後追い的ではあるが、来たるヒマラヤ遠征のステップとして当時の海外遠征山行は国内の「外地」に限られたのか。国連を脱退し孤立した日本でなければという思いはあったろうか。周辺解説としては、1935京大のほか、1940年三高のユニークな白頭山遠征も言及あり。梅棹忠夫、藤田和夫、伴豊の20歳トリオ、のちの名高い研究者たちだ「白頭山の青春」。それに吉良竜夫、川喜田二郎も別に入山していたという。みなのちの京大学派だ。チンネ左稜線記録の森本はその後ランタンリルンの雪崩で死に、入江はインパールで死んだ。二度読み返すと愛おしい。
第十七號(1941)対米英蘭戦争が始まった。時局を受けた部長の緒言「錬成登山」という新語との葛藤。春の毛勝、猫又縦走。まだ未踏だった劔までの縦走を計画したが、ブナ倉沢までとなった。関西大と合同で17名。外国文献の翻訳と研究は、「中央アジア探検史要」「外國旗の下極地に活躍せる諾威船舶」「橇」など極地探検分野が充実している。
第十八號(1942)戦前最後の部報。「臺灣行」戦時体制の当局が何度も電報を送ってまで「中止を勧告したのに」登山を強行、遭難の誤報まで浴びて「次局柄益々自重せよ」と叱責を受けたが、無視して敢行した。大覇次高山縦走―霧社ー新高山ー八通關越ー玉理ー關山越ー高雄。「強者」だ。3月西穂から奥穂往復、滑落遭難ありきわどく生還。
第十九號(1955)戦争を挟んで13年ぶりの発行。これまでの記録で活躍した部員たちのほとんどが戦死していた。1936−1943年入部の12人がフィリピン、ラバウル、インパール、沖縄で戦死し、シベリア、北京、武漢で衰弱死していた。丁重な追悼文。山岳部技術の継承はほぼなされていないようだ。1955年の前穂北尾根で滑落に伴うナイロンザイル切断事件は社会的に話題になった。このとき落ちたが生還した大島はランタンリルンの雪崩で死んだ。AAVKの戦後復刊第一号(1957)の引用で阪大、京都工芸繊維大、京大、甲南大、神戸大、大阪市大と、各大学戦後復興の10年歩みも紹介している。京都工芸繊維大の、御嶽山冬季初縦走に目が止まる。
第二十號(1959)日本山岳会マナスル(1956)、京大のチョゴリザ(1958)を始め、戦後の復興で部員も増え、ヒマラヤ登山にむけ、意識が高まる。戦前1941年、途中までだったブナ倉沢から剣岳までの続きを果たす。
第二十一號(1962)日本で初のヒマラヤ死亡遭難のあったランタンリルン1次遠征1961の報告は別冊として出ている。「商大山岳部の黄金期が1938−1941とすると、市大山岳部の黄金期は1958−1962ということになろうか」部員数は最大で、複数の充実した積雪期参考記録があるとのこと。61年の遭難をものともせず伴明を中心に、滝谷、甲斐駒ー聖岳縦走、笠ヶ岳西尾根、北アで黒部横断を含む烏帽子隊、薬師隊など3パーティーの大縦走を行った。多発する遭難死とヒマラヤへの熱情。当時の空気をルーム日誌からの引用が伝えている。「第21号は全編伴の心情があふれた部報である。それはヒマラヤのみならず国内の山行にも表れている。彼は多分熱狂していたのだ。」と物語る。
第二十二號(1966)『雪線』の最終号。失敗に終わった第二次ランタンリルン報告1964も含む。西穂―奥穂、笠ヶ岳東面、小窓早月、明神―北穂、北鎌尾根縦走、烏帽子ー白馬など、唯一の女子部員岡内の屏風岩第一ルンゼ記録あり。
本誌にはこのほか、1961、1964、のランタンリルン、1972カンジロバ・ヒマール、1980ランタンリルン初登、1990四光峰の報告書のダイジェストと写真・図版がある。
大阪市立大山岳部はもう途絶えていて、OB会の山岳会は解散になるとのことで、まとめた100年近くの記録冊子だ。ダイジェストのダイジェストとしてこの場にまとめた。冊子の部数は多くは無さそうだが、ぜひ和田氏に連絡を取って、一読してもらいたい。
北大山岳部は今年創部1926年から100年で、秋までに出す記念誌をいま一生懸命書いている。日本の山岳部的山登りが始まって100年。若者たちの熱狂に時代周期というものがあるなら、どんなものなのだろうか。時間を越えて伝わる同じ熱狂は確かにある。そんな記録に出会うと、ひたすらに泣けてくる。
2026-3-11 16:16
山岳館
北大山岳館の30年
2026-3-11 15:29
AACHお知らせ
北大山岳館の30年
北大山岳館の30年 1995〜2024年
PDF(2024年4月発行)
北⼤⼭岳館は北⼤⼭岳部創⽴70周年の記念事業として1995年に建てられた。それから30年がたち、⼭岳館は、当初想定されていた、⼭岳資料館や集会・会議室としての機能のみならず、さまざまな⽂化活動の拠点となってきた。2026年に、北⼤⼭岳部は創部100年の節⽬を迎える。この機会に、⼭岳館運営委員会では、⼭岳館の30年史をまとめることにした。北⼤⼭の会の会報や⼭岳館運営委員会の記録類ほかを参照して作製した年表のほか、項⽬別の⽂献数、地形図、出版物、講演会・展⽰会活動、登⼭装備や絵画などの収蔵物品の⼀覧表を作製した。以下、⼭岳館の建設構想から建設後30年間の活動について、いくつかの時代区分を設けて、述べてみたい。
⼩泉章夫
小泉章夫
2026-3-8 9:31
北大山岳館FaceBook
フロンティア(辺境の地)
フロンティア(辺境の地)
本州の友人からのメール
”北海道に行くけど 会えないかな 長女の娘が北大に合格 手続きに付き合うのだけど”。
”大学生の娘に親が付き添いかい” ってツッコミを入れようとしたけど よく読んだら 娘の娘・・・
・・・孫かぁ・・・。 付き添い役は孫の方なのかも(*^^*)。
”フロンティア” 少々使い古された言葉のような気もするけど かつての北海道は この”フロンティア” という言葉が馴染みました。 北大特有のアイデンティティもまた、この地勢的な影響を受けて、培われてきたといえます。 北大は今年150周年を迎え、山岳部も100周年となります。 このアイデンティティを再確認するのに良い機会となるのでしょう。
ちなみに 山岳館は北大の北西の ”フロンティア領域?!” 恵迪寮の隣にひっそりと佇んでいます。北大のメインストリートからは少し離れていますが、地下鉄北18条駅からだと西に真っすぐ、獣医学部を右手に眺めながら、それをすぎると左に原始林、その原始林の縁(へり)でサクシュコトニ川の小さな流れをまたぐ仮設の橋を渡ればすぐです。 このあたりは北大のなかでも 辺境(フロンティア)感が残っている魅力的な場所です。雪が溶けて季節が良くなれば、是非足を運んでみてください。
4月になれば多くの新しい学生たちがやってきます。 友人のお孫さんもまた、この地で何かを得られるものと確信しています。
ようこそ北海道に ”エルムはまねく” (*^^*)
(KY)
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2026-3-7 21:30
イグルースキー
イグルスキー講習会2026 9回目 岳都松本山岳フォーラム3/7
ことしも2度目の開催です
岳都松本山岳フォーラム主催で今回も30人定員パンパン、キャンセル待ちごめんなさい。来年はもう少し回数増やせそうです。
県内各地はじめ、関西、関東、甲信越、愛知県とあちこちからありがとうございました。ほとんどの人が完成出来て喜んでくれました。完成できなかった人もたくさん新しく知ったと思う。
イグルスキー作成しながら説明
ダメだったら穴からでて、隣からでかいブロックとれ!
イグルスキーの動画を100回も見たって言ってくれた人がいて、ほかにもたくさん。著書も読んでくれていて、山スキーのことも話した。イグルーで自由な山登りをしたいって思っているのがわかった。
みんな、どんなところで作れる?って聞くけど、答えはどこでも作れるよ、なのだ。半径1mのここで、っていうとムズいけど(でもできる)、半径50mだったらどこでも探せる。雪がいまいちなら、2m変えるだけで全く違うのも何人かに知ってもらった。今年気付いた知見は、ダメそうなら見切りをつけて、すぐ隣に雪取り場所を作れってことです。この助言で何人も完成させた。
台中から大町に移り住んでいる呉さん。雪が好きだから来たんだって!いい人生だよね
イグルー講習、今シーズンはこれにて最後。今期は山にも行かず朝から晩までお絵描きムービーの修行をしていましたが、あと31日で満足行く完成品を作りたく、4月8日までは山に行きませぬ。みんな、楽しんでくれてありがとう。
来シーズンまでには、イグルー製作法必見お絵かきムービー動画をつくるからね。
とりあえず、今年はこれを見といてください。
VIDEO
山行記録: イグルスキー講習会2026 9回目 岳都松本山岳フォーラム3/7
2026年03月07日(日帰り) 槍・穂高・乗鞍, 講習/トレーニング / yoneyamaの山行記録
全員写真。このまま7人が泊まった。
2026-3-6 21:56
イグルースキー
イグルスキー講習会2026 8回目 関西ガイド協会3/4
関西山岳ガイド協会7人引き連れてユカさんがやってきた
男3人女4人。昨日松本雨、昨夜は雪だったけど晴れた〜。前回までのイグルー遺跡だらけの森を抜けて、今日もスタート。イグルスキーの55分イグルーに続いて個別で製作開始。きょうは、新雪20センチをどけた下にまあまあの雪層。下の方は霜ザラメ化しているから、良い層を見つけたらそこから余さず取るのがよい。
美濃のタカイさんが、にこにこバンバン楽しそうに積み上げて、カイラス山みたいな立派なやつを1時間で完成。お見事!
タカイさんの巨大イグルー。天井高くて居住性良し。テーブルに食卓も作っていたよ
ユカさんは完璧すぎるレアチーズ状の墓石ブロックをコツコツ量産して、ゆっくりながら切り出し方は完全に自分のものにした。
ナカツジさんは、コツコツ積んで、長細いので屋根まで完成させたし、バンバさん、キトクさんは、初期のジャガイモブロックを全排除して、長いやつに変えた。攻め攻めに中に寄せ積みして完走。ヒラカさんは長いやつ並べて完成。
マイペースで一作目から着々積み上げました。特に助言無かったよ
オータさんはなかなか長いブロック取れず場所も変えてみたけど、トレンチきちっとやって、最後の屋根は、薄くて軽いフレークで塞いで完成。全員時間内に作り終えて14時下山できた。みんな喜んでうれしい。
トンネルで3つ連結。モグラ合戦だ
トレンチの下準備、攻め攻め積みの二つが、ポイントだ。
ユカさんは仲間二人がこのあと登ってきて合流し、泊まって乗鞍アタックとのこと。
ほかはみな下ってツルヤへ向かった。ツルヤいいよね。信州の宝だね。
来年は伯耆大山でやろうってことになった。
集合しました。全員完成のうれしい日です
山行記録: イグルスキー講習会2026 8回目 関西ガイド協会
2026年03月04日(日帰り) 槍・穂高・乗鞍, 講習/トレーニング / yoneyamaの山行記録
2026-3-2 22:44
イグルースキー
バンド式シールの北大式処理
今ではほとんど使わないバンドシールの調整
先日イグルー講習会に来てくれた、グリンランドの北氷洋カヤックもした山口さんが、山地の移動手段として、バンド式シールを使いたいということだったので、ウチのシールで図解します。今やシールといえば糊式ですが、1980年代まではこのバンド(ベルト)締め式でした。今じゃ買おうったってなかなか。秀岳荘にはあるかも知れませんが。
なぜバンド式が良いのか
(良くないところ)
●トップとテールに引っ掛けて、グイグイ締めて固定します。糊でついていないから横づれもするし、雪質によっては板との間に雪が入って、それが下駄になって「オモイ〜ッ」ってことにもなります。そういうときは立ち木に横蹴りして落としたりします。
(良いところ)
●糊の調整がいらないから、単純。絶対使用不能にならない安定感は長期山行で最適。糊シールは糊が強ければ剥がすのに一苦労、薄ければすぐ外れて、登り返しが全然できなくなる。低温でも糊が効かなくなるので、悲惨。これで救助を呼んだ話も聞いた。
●着脱がとにかく速い。次に紹介する下準備をしておけば、あっという間に着脱できる。脱ぐだけだったら、スキーを靴から外さなくても外すことができる。上り下りが延々繰り返される稜線縦走など、有利です。
北大式の調整
●踵の後ろのYの字にバンドが交差するところ、金具で引っ掛ける仕組みですが、この三方向のバンドを引っ掛け金具をペンチで潰して永久固定しておきます。凍えた手でこんな小さい金具を引っ掛けていられないので、オーバー手やテムレスのままでも操作できるように。ここは固定しておいて、先にテールを通してからトップをひっかけ、最後に尻尾の紐を閉めればよいだけのこと。
ペンチで潰した金具
●外すときにこの二重リングにはさんだバンドが取れなくて困ります。凍ったりしていたら更に大変。だからひっぱれば緩むように、オーバー手の親指が入る直径6センチくらいのワッコを通しておきます。ここを引っ張ればバンドが緩むしかけです。ちなみに写真の、木綿のような安いロープは、先週、引っ張ったら、一発でキレました。ちゃんとシュリンゲの細いやつ使いましょう。
バンド式は長期山行によい
糊のシールは、日帰りの山行なんかで、登ったらもう降るだけ〜、パウダー楽しむだけ〜というようなBCさんには良いと思います。しかし、ガビガビのザラメ斜面や藪漕ぎ急斜面を登っては下ったりするようなイグルスキーには、着脱しているうちに糊が効かなくなったり、肝心なときに凍ってくっつかなくなったりと、最近、1980年代のシールが懐かしくなって、戻ってしまいました。構造が単純で、自分で修理できる信頼感が何より頼もしいです。
2026-3-1 15:15
イグルースキー
イグルスキー講習2026 第7回大町岳陽高校山岳部
高校山岳部とイグルー
大町岳陽高校山岳部のイグルー講習会。雪山に泊まるのは数年ぶりだそう。みんな雪山泊初めて。そして初めてがテントじゃなくてイグルー。日本の高校生で雪山登山はほとんど今ない。大町岳陽と作るのは3度目かな?
はじめにイグルスキーが50分で作って見せてスタート。今週は気温が高くて、表面ザラシャビなので全体に重い。でもイグルーはどんな雪でも作れるから。男子4人、女子3人、大人5人の、全員個室を建設。トレンチ掘るのだ。長いやつ切るのだ。ノコギリはヘソの前で使え。重いブロックは縦割りだ。運ぶ時は姿勢を低くしてヘソを使え。ブロックのせは引きずるな。内側へ限界攻めろ。
男子は飲み込みハヤ!女子は、重いブロックの運び方も教える。なんとかなる。全員個室、なんとかなった。
ばんめしはトクタケ担当の寿司めし豪華乗せ。すごくうまい。職員室イグルーでは、砂漠の話も出た。気温高いとはいえ、つま先は寒かった。月明かりがスキマからさした。
楽しかったって行ってくれた。
もし将来、引きこもりたくなったら、イグルー作れ。もし将来、かみさんとケンカしたら、イグルー作れ。
忘れないで、また作ってほしい。山の中で自由に過ごす力をつけてほしい。
2026-2-26 10:55
北大山岳館FaceBook
入試と春一番
入試と春一番
昨日管理当番で山岳館に。 ちょっと用事があったので教養部(総合教育部?)の学務部に寄ろうとしたら、
試験会場の看板が立ててあって、 入口でお兄さんが立っていて ”今日は入れません” とのこと
そういえば 昨日、今日は大学の入学試験の日だったのですね。
52年前 関西から友人とやってきて この旧教養部で試験を受けました。 北大はもちろん雪の中。
大学構内をみた瞬間 ”落ちたら来年も受けるぞ” と心に決めたことを思い出します。
(幸いなことに次の年にあらためて来る必要はありませんでした。 ただし一緒に来た友人は翌年京大に (^_^ゞ)
雪の景色は 魔物だと思いました。
札幌のこの季節。 春一番で大荒れになることが多い。
大学に入って 入試の日 研究室の窓から荒れ狂う吹雪を何度か眺めていました。
ちなみに自分の子供たちの受験の日も大荒れ。 列車も止まるし、車で送ったのは良いけど、
渋滞に捕まりヒヤヒヤしたことを思い出します。
それも北海道の魅力。 不謹慎かもしれないけど、自然と同折り合いをつけて生きていくのか。
たぶん それを普通に感じることができるのは決して悪いことじゃないような気もします。
さて 今日も試験かな。
あの頃は 合格(不合格も)電報打ちます という看板を立てて
現役の学生が構内のあちこちに座っていたような記憶があります。 あれは幻かな
祈る ”桜咲ク”
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2026-2-26 0:14
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ヘルヴェチア山スキー...
2日目は朝から晴れ!焼き鮭入りお茶漬けをかきこんで出発。前日のシュプールを使って白樺林を抜けタケノコ山の中腹を南にトラバース。
現役には、雪崩の危険(雪庇の崩落、全層雪崩のクラック、弱層の存在等)を現地アピールした。全員ビーコン携帯だが、危険予知や捜索訓練はこれからも課題。
白井岳東の1020mピーク下から滑降開始。昨日程良い降雪があったが雪は安定。かなりの傾斜をものともせずに滑るプロカメラマンのM。今回は滑りに(仕事を忘れて)徹し、映像提供はわずか
青空をバックに皆快適なシュプール。
ここからは股下山に向かってシールを張り直し登り返す.右は最長老のT、まだまだ健脚できれいなシュプールを作っていた
股下山を越えて、ここは3年前のNHKワールドで山岳部が取材を受けた時に出演披露したオープンバーン。
1年目の神奈川出身のS君、これだけ滑るのはたいしたもの、ストックでタイミング良くきっかけを作るとさらに上達
これまた北広島出身1年目のF君、ウェーデルンが決まっていた。道産子でも最近はスキーしない若者やボードに行ってしまうので、スキーを指導できる上級生になれる期待大
群馬の沼田からのSと後ろは宮城出身のT 毎回滑りでSが挑戦してくる。今回はザックを置いて滑りだしてTに運んでもらって負け
テレマークのY、今回は1本杖でなかったが相変わらず見事なスプレーをあげる豪快滑り
私もテレマーク、気持ち良かった。年寄りは2〜3回、現役は4〜5回滑っては登りを繰り返しパウダーを堪能。1枚バーンで降雪直後の少し重めの雪だったが安定していて雪崩れる感じはなかった
まだ未練顔の現役を引っぱって春香山小屋駐車場に下り、小屋の後片付けをして解散。
本州組とTら計5名はさらに1泊して翌日はワールドで行ったツゲ山934m。4日目、さらに3名は南富良野の社満謝タケノコ山を滑って白金温泉に泊し、5日目は快晴の旭岳の北西斜面を滑りたっぷりパウダーを味わって本州組は大満足。
今回は「学校」ではなく「山スキーの集い」として、年寄りと若者が交流しつつ雪山の楽しさを共有でき意義があった。5年間の「学校」のなかで、スノーシュー主体の山岳部現役は年寄りの技術・道具に接し、山スキーに対する考え方が多少とも変わり、スキー道具が更新され、貼り付けシールもOKという進化があった。新しい道具には新しい使いこなしの苦労と工夫が伴うが、それを含め山スキーを楽しんでくれることを願いたい。
現役からはスキー技術の指導含めたスキー学校を再開して欲しいとの要望もあった。昨年閉校したヘルヴェチア学校がそれなりの効果をもたらしたことを実感し大変うれしい。
2026-2-25 23:09
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ヘルヴェチア山スキー...
52年も昔の1974年、1週間通しでヘルヴェチアスキー学校と称するスキー練習に参加した。それを復活しようと2021年2月に再開した同学校は5年続けた結果、当初の目標であった現役の山スキーへの関心の回復につき確実な前進があったとして昨年で閉校した。
一方、支援参加してくれたOBにも再び山スキーに目覚めた者が多く、シルバーヘルヴェチア学校と称しスキー山行と情報交換を活発化してきた。今回はこの開催に合わせ、現役も自主参加し年代を越えたスキー山行を楽しむことができた。
写真は2日目朝、小屋前での集合写真。以下は参加者から頂いた写真と動画の切り抜きを拝借
2/16、雪降りの中を現役4人、年寄り8人が小屋を出発、1時間ほどで白井岳北東の尾根末端934m(通称タケノコ山)の中腹に到着。この無立木のオープンバーンは50年以上も前からパイパンスロープと称し、秘密のスキー練習場であった。
現在バックカントリーブームのなか、平日でも札幌国際スキー場下の駐車場から外人含めた多くのパーティがやってくるようになり、ここも穴場ではなくなった。でも斜面を選べばバージンスノーを滑れる
雪がひどくなり視界は50m程だがシルバーは4回、元気な現役は6回登っては滑る。最新の兼用靴とツアービンディングが初体験の女子Wさんは、最初こけていたが、後半には深雪の中で谷回りもできるようになっていた。当人いわく「道具でこんなにも変わる!ことを実感した」
他の現役男子3名は幅広板+兼用靴を使いこなし、なかなかの腕前で深雪をウェーデルンぽく滑ってくる。「こんなに楽しく滑ったのは初めて」と、現役でこれだけ滑れるのは驚き、写真は主任幹事のI君、3年目になってスピードある堂々の滑りに上達
こちらは群馬からの刺客S、スピードあるウェーデルン
東京支部のまとめ役Fも果敢に攻める
雪が濃くて早めに切り上げる。屋根の雪は先月泊った後輩のHらが落としてくれたのもあり、いつもの1/3位。調理以外の者があっという間に下ろした。外の水場も雪を掘ったら水が流れて快調
料理も年寄りが腕をふるい、肉たっぷりの豚汁や炊き込み御飯やサラダ、おつまみと現役も感激。腹が満たされてからは自己アピール、山行やスキーの情報交換。氷壁登りの師匠Sは現役にピッケルの刃先の研ぎ講習、その後の層雲峡で早速役立ったそう。年寄りの説教はそこそこに現役と関西支部寄贈の歌集を開き、夜更けまでたっぷり歌った
2026-2-25 21:31
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【讀書備忘】凪の人 ...
世界で最も気になる女、山野井妙子の評伝。妙子は1956年生まれで、私の8年上だ。山岳部では清野さんと同年ということになる。生い立ちはもちろん、80年代〜90年代の若い頃から、2000年代以降の山野井泰史とともに高峰クライミングに登る歴史がまとめられている。同時代で生きてきた、折々の記憶が、この本で整理された。
80年代の奔放な若い頃の話がいい。自由で同じ夢を持つ仲間とのシャモニーの雰囲気、ヨーロッパからヒッチハイクで帰る自由な懐かしい時代だ。クライミングが好きだという柱からブレないところがこの人の個性なのだとわかるが、それは元にもあったけれど、時間を経て確かになっていったのだと思う。
原真の高山研究所にもいた。若い時、確かなことはわからないときは招かれたところにも行ってみる、そうしたことがなにかの作用になっていくけれど、本人を含めて、あとになってみなければ誰にもわからない。エリザベスさんとケーキを食べに行って体重を減らさなかった話がとても面白かった。
夫、山野井泰史氏と、眼の前でお互いに何度死にかけているんだ。相手が死んでいないとわかれば淡々とやるべきことをこなして生還への段取りに入る二人。戦国最強のカップル、木曽義仲と巴御前を思い起こす。ともに登るクライマーたちは妙子に誘われればみな喜んで二つ返事で加わる。
ぼくは、この二人に関しては、いつ死んでも悲しまないと思う。人生を自分の舵を切って進んできたのだということをずっと昔からよく知っているから。死そのものを越えていると思っている。死ぬ時自体に意味はなくて、それまでの生を、いつもいつも生きているかが人生なんだ。人生とは何かを、山を通して僕なりに考え続けてきたひとつの完成形が、この二人だ。
彼女の魅力はクライミング以外の世界にも満ちている。器用な倹約家、というけれど、僕のじいちゃんはまさにそういう人であり、以前の日本ではよくあった価値観だと思う。そんななつかしい価値観も、彼女の魅力の一端だ。
妙子氏は自分で本を書くような人では無さそうだし、たぶん詳しく憶えてない、と言われてしまうであろう大昔の話のインタビューを隅々までまとめ、記録や記事を辿り、評伝をまとめてくれた著者にとても感謝したい。表紙絵もタイトルもすごくいい。
2026-2-24 22:40
イグルースキー
能楽師とイグルー
お師匠さんとイグルー
お能稽古の師匠、能楽師の澤田先生にイグルー講習会。忙しい公演と稽古の合間に捻り出した二日間をお楽しみいただいた。
始めイグルスキーが50分で作ってみせて、その後、先生もあっという間に作ってしまった。勉強熱心でイグルスキーの動画を見てきたとは言え、すごく勘の良い人だ。トレンチもノコギリの使い方も、体の使い方も文句なし。長年の稽古修行をしてきただけあり。人の動きを見て理解するのが早い。
天気も良く、気温も高い。今日の雪は表面が濡れている感じだったが、下30センチほどに良い層あり。
イグルー脇で歓談飲酒
早々に出来上がってしまい、午後のポカポカ陽気の中テーブルを作り、火を焚いてお酒をたしなむ。すぐ横の小川から水も汲める。流木も立ち枯れも取れる。日が暮れてからイグルーに入り、とり鍋、白菜と玉ねぎと鶏もも肉とごぼう。うちの冷蔵庫にあったものを持ってきた。先生の林学科学生時代、芦生の演習林で雪の中過ごしたことがある話など聞く。また、黒塚という演目の話など。
初めてイグルーに泊まって感じるいろいろな気づき感想を聞く。翌朝は明るくなるまで眠りスキー場の始まりと同時に下山、乗鞍岳山頂が見えていた。
帰りに波田の往年の信濃日光、若澤寺(にゃくたくじ)の遺跡に案内。滅びの場所はお能の演目のほぼ全部に通じる霊の現れるテーマだ。
インター近くの山彦食堂でメンチカツ&焼き肉定食850円で打ち上げ、京都の学生街にあった昭和食堂の話に。
次回は京大能学部や自治医大能学部の学生を連れてこようってことになった。
娘は今日現地入りで明日大学入学試験だ。山頂目指してラッセルも終えたところ。
2026-2-11 20:14
イグルースキー
イグルスキー講習会2026 5回目乗鞍岳 まつもと山岳フォーラム
まつもとフォーラムの一般公募参加、今年もすぐに定員に達した
イグルスキーは簡単に積んじゃうんだけど、やってみるとなかなかこうは行かないんだよね。
二人のイグルー連結式。手前のも後ろくらい高くサイロになったが、解体再建したら低くて全く問題なし。
参加者は何度か自分でトライしてきた人も多い。今回で長いブロックの切り出しを身に着け、満足して帰った人が多数。やはり、ノコギリの使い方、ブロック周辺の清掃、切断面の整形が重要であることを繰り返し伝えた。全員を見きれなかったけれど、長いブロックの切り出し方はひとりひとりに伝えた。
うまく行かないケースはふたつ
●失敗は、それが伝わらず長いブロックが切れない(折れる)ケースが半分と、
●長いブロックを切っても床が下がりすぎたり、内側に攻めて積んでいないので壁がサイロになり手が届かないケースが多かった。
イグルーファンがどんどん増える
中に足を下ろすトレンチを掘ると、椅子とテーブルが自動的にできる。お茶でも酒でもグイグイ飲むがいいよ。
最後に多少話せたミネさんは、スキー場からやってきたひと。中村さんは、熊本から移住したひと。面白い人たちが、山をもとめて信州にやってくる。首都圏から毎週のように片道4時間かけてやってくる山好きもいる。今回3回目のユカさんは豪快な落城でいちばんの絶叫クイーンとなる。きょうは泊まるっていうんで、また作っていた。またどっかでイグルー山行やろう。たくさんのひとのイグルー熱をもっと話してもらいたかった。
早くイグルー制作解説お絵かきムービーを作りたい。いまのところの最先端動画↓
202602092254
★以下、今回のあたらしい修正箇所です01:34じいちゃんのフンドシ干し、04:19イグルー出会い、05:39受信料、06:28ヒマラヤ山麓撮影、07:14知床へ、08:07WEBディスられ、08:46めまいの7箇所描き直し撮り直し◯前回2/5試験講評FB時の描き直し未満レベルの修正(ポン出し補正多数)と、◯12:...
中山さんとの松本への帰り道、鎌倉街道や、白骨街道の話。まだまだみんなが忘れた山のものがたりはたくさんある。画一的な山の楽しみだけから、抜け出せ、抜け出せ、とおもう。
ほぼ完成して、最後の屋根塞ぎピースを載せようとして、自分で掘った横広げの落とし穴を踏み抜いて、何もかも失った嘆きの女王。叫べ!大声で。
2026-2-8 22:10
イグルースキー
イグルスキー講習会2026 第4回宮城蔵王山麓
仙台山想会の招きで宮城蔵王山麓へ
NHK山岳カメラマン時代の先輩、東野良さんは20年前に引退して、仙台山想会にいる。今回はその会の若手の希望で、イグルスキーを呼べということになったとのこと。ありがたや。
20年ぶりに会うが、変わらぬ人柄で、山想会でも敬愛されているよう。81歳でもまだ山に普通に登れる。NHKでは、数カ月にわたる3度のヒマラヤ山岳番組ロケを共にし8000mにも登った。イグルスキーにとっては、誰よりも付き合いの深い人だった。ふるさとの山に戻っているところもイグルスキーと同じだ。昔と同じような会話をした。変わらない。
イグルスキーのデモイグルー50分隙間は積んでいるときは気にしない。どんどん内側に攻めるんだ。低く作るんだ。
今回の講習は34人が集まった
会以外にも話をきいて集まった人は東京、山梨、長野県、大阪からも。イグルーを試したけどダメだったという人多し。やる気満々。イグルスキー著書も何人も持っていてくれて、読んでくれていて、サインを求められた。ありがたや。
仙台山想会は年齢層広く、人を引き込む力のある若手がいて、活気のある会だった。青森のたがじょみたいだ。たがじょといえば、仙台在住ながらたがじょに入っている谷本さんが来ていた。何度もトライしていて、今回は技を会得したと喜んでいた。素晴らしい。本や動画では伝わらなかった点は、やはりノコギリの操作法である。眼の前で見せても、わからない人も多いポイントだ。
イグルスキーのデモは、中から雪クズを出さずに積み上げるので、掘った穴の分でドームができる。それをだいたい容量計算暗算していた人もいた。感心の仕方も様々だ。
現場は冬季閉鎖の道路だが、樹林は落葉樹林で風があるところで雪は均質、積雪1mで充分だった。長くて大きなそれほど重くもない良いブロックがばんばんとれた。
これはデカい!のこの使い方次第なのです
山小屋周辺でも、もう一回製作
14時半に聖山平の小屋に移動して、そこでイグルー泊する7人5つを更に作る。たか、テル、マイ、ゲキ、福井、みよこ、山上さんが、暗くなるまでに完成。晩御飯後に次々イグルー泊に出撃していった。
回数やれば、それだけ腕が上がる。ゲキさんは今回、自力で屋根を防げたと喜ぶ、もう3回目くらいかな、きょうもいてびっくりした。顔が広い。
隙間はあっというまに塞げます、気にしないでくださいね
山想会創設の話
鈴木会長には会の設立時の文筆家、岡田喜秋氏の話を聞く。ちょうど絢子さんが、岡田氏著作の一部を持ってきて見せてくれた。旧制松本高校から東北大学、学徒出陣のあと焦土の仙台に戻って街を囲む山並みに惹かれた経緯が書いてあった。コミュニティーの創世神話を聞くのが好きだ。岡田氏も、すみかの街から見える山並みの、山麓を含めた旅に魅入られたのだった。共感である。そんな冬の旅には、この地域なら、イグルーがぴったりなんだよね。
翌日はみんな上に登っていった。田山さんとスキーで降り、仙台へ降りた。きのうはなかなか眠れず、電車ではずっとウトウトしていた。この冬はお絵かきざんまいで、イグルーの旅山行ができない。やっぱり行きたいなあと思った。
お絵かきといえば、今回、参加者の多数から、マイムービーを見たと感想があり、とても感銘を受けたとの声をたくさん聞いて嬉しかった。東野さんにも褒められて、昔のようにうれしかった。
最新版です。今月中には完成させます。
https://youtu.be/N6dalHrncII?si=rZQqypi2dMXDwUIC
2026-1-31 10:04
イグルースキー
イグルー講習会2026 三回目は清野女子大学山岳部
北大山岳部センパイの清野さんが山慣れた面々を引き連れて来た!
1976年入部の清野さんは20代、30代のイグルスキーを谷川岳の沢や雪稜に誘ってくれて、絶え間ない最先端のクライミング技術(イグル‐以外)を磨き続けた師匠。諦めない登山活動と面倒みの良さから幅広いクライマーに大変指示されている、弟子300人はくだらないセンパイだ。今回もノリノリの30代雪山登山愛好家を4人も連れてきて会わせてくれた。
沼田の社長・清野さん、仕事電話かけまくりながら山(ヤッホ〜)はやめない約70歳
みんな雪山達人ばかりなので、雪扱いがバリバリにうまい。
はじめ1時間ちょっとでイグルスキーが作って見せて、その後の各自タイムはみな長いブロックを量産シフトに。トレンチを作って、壁際を掃除して、ノコ切断面を意識することでどんどん完成。とくに言う事無し。
朝イチ、奈川渡で工事していたのと、話に夢中で奈川方面に間違えて進んだので戻る。リフト乗るところでメンバーのテックビンディングのネジが外れて、バネとネジを落とした。最上部で気づいて、スキー場の人に伝えた。一個はハルさんが拾っておいてくれた。下りのときはスキー場のおいさんが「あったよ!」って拾ってくれてた。乗鞍スキー場はこんなふうに最高なのです。
ヨシダウォール・クライマーから、いまはみなかみのガイド、ナオコさん、すげえ力持ち、墓石みたいなブロックを頭上に持ち上げる
きょうの現場は上部新雪を30センチほどどけた下にやわ雪20センチ、その下に本命のかるかた雪を発見、ここから長いブロックを取り放題だった。
みんなのノコでは、モンベルのスノーソーがしならないのとグリップがしょぼいのがあった。スコップは全体にサイドの反りが高いものが多かったなか、山口さんはなんと、中古でBDクラシックスコップを手に入れていた。やはり比べると違うのだ。清野さんは得意の手仕事で、ゴム太郎のグリップを木製で自作。改良して小指グリップも強調したタイプあり。道具を作っちゃうのが凄いのだ。
スークーニャン・姑娘、ハルさん、弾丸滑降女で清野さんをコテンパンにした
最後に大きいイグルーの中に座って集まってあちこちの山や友人たちの話になった。今回清野さん以外は会うの初めてだったけど、みな共通で知る山愛好家がいて楽しく過ごす。若い頃から山を始めて今30代、みんな1番ノっている時期じゃないかな。いやいや40、50代もすごく面白いけど。
イグルスキーの岳人記事を前から読んでいてくれたナオコさん、翌日はハルさんと快晴の乗鞍山頂を往復滑降してきたよ
ハルさん、ナオコさんは泊まるというのでお別れして、三人下る。登山靴での滑降に挑戦した山口さんは、そう簡単ではないことを悟り歩きで下る。登山靴滑降は難しいのだ。みな、靴のお陰で華麗に滑っているのだ。でも長距離山行や登り重視では登山靴がいいんだよね。スキー場でかっこよく滑るのは狙ってない。
グリンランド・カヤックでセイウチと命のやり取り男、山口さん。イグルスキーの本、読んでいてくれた、漂白山行愛好家、近々駅前でかみさんが古書店始めるってよ!
長距離山行の話、吉田寮、恵迪寮の話、山口さんの知床、積丹、グリンランドのカヤックの話 岳人の記事や、冒険登山のすすめで、イグルスキーのイグルー記事を読んでいてくれて、実践したけどうまく行かなかった、でもきょうできるようになった話。うれしいね。
帰りにおそば。稲核の「わたなべ食堂」が閉まっていたので郊外のなご味でそば・ラーメンセット。これ、40年くらい前の松本の人のパターンだったそう。梓川右岸古道「鎌倉街道」の話。
またいつか、山であいそうな人たち。
2026-1-31 9:08
イグルースキー
イグルー講習2026 二回目はチームかわうそ女子大山岳部と
ガイド山行の助っ人で、イグルー講習
かわうそガイド山行の住久さん夫妻とイグルー講習会と合宿でした。
東京周辺からの6人と合流して、スキー場トップへ。やっぱ白馬エリアのゴンドラ料金は高額化している。地吹雪で視界100mくらいの中、地蔵の頭(じぞうのかしら)近くの緩い斜面でスタート。
イグルスキーの実演、長くてデカいブロックさえ取れれば隙間だらけでもOK。後で30秒で塞げる。
真ん中に集会イグルー、周りに個室。あとでつなげて出入りする予定。
イグルスキーが50分で説明しながら作り、見ていてもらって各自がその後作る。イグルスキーが真ん中2つの集会用を作り、その周りをサテライト状に囲む感じ。13時スタートくらいだった。17時までに8人中4人完成。
ブロック切りでずんずん積むのに感激で「いや〜ん、楽しい??」の声上がる。うれしいですね。
なかなかできない人は、長いブロックが切れず、途中で折れるとのこと。また深く深くなって手が天井に届かなくなる。見ればブロック積みを中へ中へと攻めず、真上に積んで煙突状だ。日が暮れたので、できた人はマイイグルー、できなかった人は集会所で眠る。集会所はつながっている大きなの3つくらいのイグルーだけど、やはり全員は集まれず。肉野菜鍋を用意してもらった。あったまるね。中は氷点下3度くらいかな。外はもちろん2桁台。
隣とのトンネルは広くもできる。ここは3人寝られるスペース
寒いんだけど塞げば吹き込まない。ほとんどの人が雪の中で寝るのが初めてってことで、コーフンしています。みんな参考歴10年くらいだけど、冬はガイドと小屋泊が多いんだそうです。同じ冬山登山といってもすぐ近くに、こんな楽しみがあるんだよ。
「楽しいんだけど、ひとりじゃコワ〜イ」というあたりなのだそうだ。わかるよ。
みなさんにいろいろ話をきいて楽しかった。東京に住んでいると、この雪国までやってくる長距離移動時間それ自体にも意味があるという気がしてきた。地元の人にはわからないよね。
トンネルくぐって、鍋やお茶やお酒のやり取り。
翌日は昼まで再度稽古して、やって全員完成した。こどもみたいに良い笑顔だ。
山は移動時間も大事だ
白馬村は雪景色。信濃大町駅では白馬→松本の特急に乗ってみた。30分短くて1290円高いという微妙な設定。山からは鉄道で帰るのが好きだ。山は移動時間も大事だ。大町を南下すると雪が溶け南北安曇の境では天候が変わった。松本は青空。でも帰宅したら雪かきする5センチ降雪だったそうだ。駅のバス待ちで醤油ラーメン食べる。余裕で店を出たのだが異様に長い信号待ちで5秒差でバスに行かれてしまい、丸善書店で更に30分過ごす。バスでも眠りこけて終点まで行ってしまった。でも帰りにそのまま載せて戻ってくれた。シートラして帰宅。特急で30分早かったけど、松本駅周辺でぐるぐるしていた。まあそれもいいか。
手、冷たい。まえより弱くなった。手袋も靴下もしょぼいからなあ。30年くらい使っている?湯たんぽで温める。
外界も降雪の荒れ模様天気。イグルーの中は構わないし、外でも作っていれば体はあったかい。
2026-1-28 22:54
北大山岳館FaceBook
いつが良いのか
いつが良いのか
久しぶりのアップとなります。
先週末(日曜日を週末として)の札幌の大雪。 昨日火曜日、愚息が東京からの飛行機で札幌に戻ってきました。 飛行機をなんとか確保して午後3時に千歳空港についたのは良かったけど、自宅にたどり着いたのは午後9時。 5時間ほどの高速バスに消耗して帰ってきました。
さて 今日は山岳館の管理当番で北大に。 とても良い天気。 北大までの街の道は除雪が不十分でちょっとイライラするし、昨日までの自宅周辺の除雪で疲れ気味でしたが、 北大構内に入ると真っ白で、綺麗な景色が広がって居て、癒やされました。
大阪出身の自分、故郷の縁者や友人から ”北海道はどのシーズンが良い?” という問いをよく受けます。 ”どのシーズンも良いよ” と外交的な回答をするけど、 やっぱり北海道は冬が圧倒的に美しい。それも 真冬日(最高気温が氷点下)の続く大雪のあと・・・ 飛行機が飛ばなかったり、飛んでも 60km弱(千歳空港から札幌駅)を6時間かけるのはちょっときついけど・・・・
管理当番前に寄った平成ポプラ並木 少し長くなった陽の光が暖かく感じる(気温はマイナス5度)一日でした。
山岳館は 今年も水曜日と土曜日の10時から16時まで開館しています。 山や自然に興味のある方は面白い本を見つけることができるかもしれません。 今日もUL Hike という僕自身初めて聞く言葉、スタイルの ”山歩き?” をする方が寄られました。 色々とお話が弾みました みなさんも 遠慮なくお寄りください。
(KY)
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2026-1-28 22:54
北大山岳館FaceBook
いつが良いのか 久しぶりのアップとなります。 先週末(日曜日を週末として)の札幌の大雪。 昨日火曜日、愚息が東京からの飛行機で札幌に戻ってきました。 飛行機をなんとか確保して午後3時に千歳空港についたのは良かったけど、自宅にたどり着いたのは...
いつが良いのか 久しぶりのアップとなります。 先週末(日曜日を週末として)の札幌の大雪。 昨日火曜日、愚息が東京からの飛行機で札幌に戻ってきました。 飛行機をなんとか確保して午後3時に千歳空港についたのは良かったけど、自宅にたどり着いたのは午後9時。 5時間ほどの高速バスに消耗して帰ってきました。 さて 今日は山岳館の管理当番で北大に。 とても良い天気。 北大までの街の道は除雪が不十分でちょっとイライラするし、昨日までの自宅周辺の除雪で疲れ気味でしたが、 北大構内に入ると真っ白で、綺麗な景色が広がっていました。 大阪出身の自分、故郷の縁者や友人から ”北海道はどのシーズンが良い?” という問いをよく受けます。 ”どのシーズンも良いよ” と外交的な回答をするけど、 やっぱり北海道は冬が圧倒的に美しい。それも 真冬日(最高気温が氷点下)の続く大雪のあと・・・ 飛行機が飛ばなかったり、飛んでも 60km弱(千歳空港から札幌駅)を6時間かけるのはちょっときついけど・・・・ 管理当番前に寄った平成ポプラ並木 少し長くなった陽の光が暖かく感じる(気温はマイナス5度)一日でした。 山岳館は 今年も水曜日と土曜日の10時から16時まで開館しています。 山や自然に興味のある方は面白い本を見つけることができるかもしれません。 今日もUL Hike という僕自身初めて聞く言葉、スタイルの ”山歩き?” をする方が寄られました。 色々とお話が弾みました みなさんも 遠慮なくお寄りください。 (KY)
2026-1-27 17:05
AACHお知らせ
AACH-ML利用の手引き
AACH-ML利用の手引き
本メーリングリスト(以下「本ML」)は、AACH関係者間の情報共有・交流、・連絡を目的として運営されています。円滑な運用のため、以下の利用ルールと注意事項をご確認ください。
2026-1-18 21:17
イグルースキー
イグルー講習2026 一回目は大阪のチーム・アケミと
大阪と名古屋の、アドベンチャーゲーム愛好家で雪山、ボーダーの4人からオファーあり
今シーズン初の講習会、現場の積雪は1.5mはあり、悪い層もなく充分。あさから乗鞍岳はバチ〜んと晴れてイグルー日和。
はじめにイグルスキーが50分で4人用くらいのデカメのやつを作って見せて、その周りに4つのサテライトを作る感じで進める。イグルスキーのは油断して、門柱にしょぼいブロックを置いたので、しばらく崩落の危機の可能性があったのだが、なんとか逃げ切って固まってくれた。頑張って大きめに作ったけど、5人しゃがんでばんめし囲むのにはややキツめだった。
5人で座るのできつきつだった。ネルのは3〜4人行けそうなサイズ
4人は各々2時間ほどで完成。完成後、イグルー近くの、下を掘り広げたところの上をうっかり歩いて、踏み抜き崩落を2回やって、おおいに学んだ。崩落しても、積み直せば良いことも学ぶ。
隣2つと母屋をトンネルで連結、みんなで鍋をつついて満腹の後は、各々マイイグルーで泊まる。着込んで寝て暖かった人も、寒くて寝られなかった人もあり。それぞれが工夫で次回に活かせば良い。イグルスキーは最近足が冷たくなりがちなのに象足を忘れた。いつもは象足に湯たんぽPTボトルいれるのだけど、象足がないと何処かに行ってしまい、すぐに冷たくなってしまった。
吹き込み防止や保温のため、ツエルトをかける練習。四隅に1mの紐をつけておく必要がある。
翌日は各自一個ずつ作る。二個目になるともうみな自分で問題点を見出し、取り組む。さまざま手応えを掴んで満足の模様。だいたい1時間半でできた。どうやるとできるか、どうやるとできないかは、やってみて分かったと思う。
みなバックカントリーするそうで、緊急事態の際には自信になると思う。ノコギリを持っているかどうかで全然違うと掴んでもらった。
ことし初イグルー、楽しいんでもらって満足のイグルスキー
2026-1-13 16:01
イグルースキー
イグルー講習会開催のおしらせ
2026-1-4 20:38
投稿記事
【讀書備忘】43歳頂点...
探検家かつ書き手として20代から一貫して歩んできたその振り返りが面白い。一回り後の世代ながら、ずっと著作を追ってきたので。
体力のピークと、経験値がほどよく合致したのが43歳と論じる。43という数字は植村直己はじめビッグネームの享年が重なっているから。「死の余白」をもとめて再び出かけ死んでしまう。
我が身を振り返ってみても、人生のある種の頂点はたしかに気がついたら過ぎていた。下りに入ると見える景色の違いでわかる、それも確かだ。平ガ岳のたとえはふさわしいな。そして下り道のほうが尾根が分岐して間違えやすく遭難しやすいのだが。
43歳にこだわるのは、パフォーマンスギリギリを狙う角幡氏クラスならではの切迫感だろう。一般的には生涯をかけての、体力と知力を総動員した最高傑作を意識している人は多くはない。執筆中にK2西壁で45歳で死んだ平出和也の話も。彼にしか到達できない「自分の山」が見えたのだった。
三島由紀夫、植村直己の氏の間際のインタビューなども拾っている。開高健の50代のオーパは、以前から謎だったのだがそういうことですか。荒地を目指す若い頃から土地への一体感に変わる流れとして紹介している。
最終章はたのしそうな50代である。なってみなければわからなかった自分だけの集めてきた経験に裏打ちされた新しい道がある。それは私も同感だ。エキサイティングな探検活動ではなく、土地に根ざした一体感を手繰る山だ。これは人それぞれ違う。
「角ちゃん」の場合は北極圏広域横断と、北海道で犬ぞり狩猟という前人未到の道だ。あるときからは、もう精一杯やったんで、いつどこで死んでもいいやって思うのは僕も同じだ。
きょうはたまたま現役チームが東大雪で疲労凍死寸前のピンチから生還した報告を読んだ。「まだ何者でもない20代」だからこそがむしゃらに登って体験するうらやましい体験だ。積むべきことを積んで、いつか糧になっていくんだ。
風邪の床で読んだはいいが、全然まとまってないので、またかきなおすかも。
2025-12-25 0:20
投稿記事
【讀書備忘】シリアの...
もはや日本初のK2女性登頂者というより、戦国シリアのフォトグラファーという存在になった小松由佳氏。学生時代の登山活動からラクダ遊牧で暮らす大家族ベドウィン族取材に転じて、内戦前の平和だったシリアを知り、ベドウィン家族の一員になり、2012年以降家族は難民生活を13年、昨年12月8日のアサド政権滅亡で難民の夫ともに念願の帰郷をするノンフィクション。
小松さんの人生そのものが充分破天荒ストーリーなのであるけれど未来にどうなるのかは本人含めて誰にも予測できなかった。そして何かを期待して、何かを目指して進んできたというより、20代に関わった、ある魅力ある人々との関係を、とことんやめなかったのだ。やり抜く力を持った人なのだと思う。私は、K2の氷壁も、砂漠のラクダ使いたちとの暮らしも、同じようにそこにともにいる人々の魅力なのだと思う。小松さんを推し動かしてきたのは、周りの魅力ある人々なのだと思った。そして、人生の舵だけは人に渡さず、子供も背負って嵐の波間を進んで来た。
前書2020年「人間の土地」のあと、2022年の圧政下、かつて家族がいたパルミラの、家族の廃墟の写真を撮るために入国。秘密警察に妨害されながらの取材がこの本の山場かと本人も思ったかもしれないが、現実は世界情勢の影響で大きく変わり、その2年後、政権崩壊の10日ほど後に再びパルミラを訪ねた。行方不明の兄が獄死したサイドナヤ刑務所の生々しい廃墟のルポと生存者のインタビュー、旧体制下を生きてきた人と難民帰還者との関係など、1989年東ドイツ、1976年文化大革命終焉、それに1945日本とドイツその占領地にもあった、混乱と希望の混在するカオス。最後まで読ませる、メタファーに満ち巧みなレトリックあり、スジの通った文章だった。しんどい経験だけど、見て伝える人がいてほしい。同時代なんだ。
人は20代でその後の人生に影響の強い人間関係を築き、30代で仕事を一人前に身に着け40代でマスターピースを作る。その後も優れた傑作は生まれ続けるけど、小松由佳43歳、良い人生を歩んでいるな、と思う。二人の息子の未来も楽しみだ。
【以前の書評】
オリーブの丘へ続くシリアの小道で
https://aach.ees.0g0.jp/xc/modules/AACHBlog/details.php?bid=745&cid=7 人間の土地へ
https://aach.ees.0g0.jp/xc/modules/AACHBlog/details.php?bid=779&cid=7
2025-11-21 19:36
投稿記事
重厚長大 正木喜啓君...
およそ一年前の年末年始、戸隠で遭難死した正木喜啓さんの追悼、山行記録集を読んだ。正木さんの山行人生は「記録帳」と書いた2冊のキャンパスノート(2009−14と2022−24)とその間(2015−2022)のブログ記事に残っていた。
大阪生まれ1986年2005年信州大学士山岳会(山岳部)で単独長期縦走を始め、20代30代で南ア・笊ヶ岳〜北岳〜光岳の馬蹄形縦走、糸魚川〜黒部五郎岳、前穂北尾根〜立山など、冬季黒部横断も繰り返し、3度成功している。
長野県の教員採用試験を受け続け、2019年から高校教員として松本へ。2023年たぶん日本一山に登っている高校山岳部のある大町岳陽高校の山岳部副顧問に。
その同僚で顧問、おなじく大阪から信州の山登りに惹かれて来ている河竹康之氏が、遭難初動捜索連絡に携わり本誌の編集を務めた。
登山愛好家は数あれど、冬季黒部横断や一ヶ月クラスの重厚長大単独冬季縦走を長年にわたり志向する人は、割合としてはほぼいない。何人か名前が浮かぶ人は(和田さん以外は)ほぼ故人だ。生きている間にブログやツイッターで華々しく記録を出す人も多くない。でも、その記録を読めば、生きていようが故人であろうが、同じあこがれを持っていたことがわかる。
正木さんの記録は、携帯ノートに手書きだから簡潔だ。ルートと天候で追い詰められた言葉のほかは、お決まりの朝寝坊と、甘い物をとっておきで食べた話。文面からは読者を意識している様子が見られない。本にして読んでもらおうと書いたわけではなさそうだけれど、希少なる同好の輩にとっては本にしてもらって感謝だ。
正木さんが初めて冬季単独長期縦走をした2007年大学3年目のとき、信大山岳部は部員一人だったという。一人だからこの志向になったというとわけでもなく、やる人は、一人でも何人でもやるものだ。ずっと部員が多い印象の信大でも、一人部員の時期があったのを知った。
20代、30代で自分の志向の山行を苦しみながらも着々と続けてきて、大阪で9年の自宅ぐらしのあと信州の高校教員にようやく採用され赴任した。教え子たちの追悼文からは正木さんが高校教員として充実した暮らしをしていたことがうかがえる。
登山愛好家人生にとって40歳前後は曲がり角だ。若いときは体力はあるが危なっかしい。経験を積むと、多少馬力が落ちても若い者以上の高レベル山行が可能だ。その両方の変わり目がこの年頃に来るのではないか。山に限らず人生も。そして遭難死するのもこの年頃は多いという印象だ。登山そのものと同じく、人生も下り道が危ない。
下山連絡係を受けた河竹氏による、時間軸に沿った遭難捜索事故報告記録が非常にわかりやすく、今どき最新のココヘリと警察連携の、知りたい情報がある。最終下山日まで警察に連絡するのを待った焦燥の気持ちはいかばかりか。自力下山にこだわった本人を知ればこその敬意だと思う。私にも、自力下山しても遭難扱いになった不名誉な経験がある。
正木さんは大町に転居してからは近くの頸城山塊、戸隠山塊に惹かれたようだ。一夜山から戸隠連山へ、最後になったこの計画のラインの美しさに、少し嫉妬を感じた。僕も昨冬は、この戸隠の隣の東山山脈を完全縦走しようと何度かトライした。雪庇と細いヤブ急斜面を遠望して、かなわないと思い引き返した。正木さんのラインはエグくて長いので、今の僕には単独でいく算段が立たない。でも似ている山行計画趣味を感じた。遠いヒマラヤにいくわけでもない、ワンデイでスピード長距離を狙うでもない、重い荷物で低速で、住処のまちの近くの、誰も試みない美しい山脈の全山縦走。
人がなんとみなそうが、正木さんは幸福なときを過ごしていた。雪庇を踏み抜いて落ちるときさえもそうだったと思う。
本人のブログ(2015-2022のみ)
https://solomountain.naganoblog.jp/
2025-7-17 10:00
AACHお知らせ
AACH WBサイトの引っ越し
1996年の開設以来これまで北大内に設置していましたAACHのWebサーバーをレンタルサーバーに移しました。
これにより、URLが下記のように変更になっています。
旧)https://aach.ees.hokudai.ac.jp
新)https://aach.ees.0g0.jp
旧サイトはすでにアクセスできなくなっております。仮に今後復活したとしても新サイトへ自動的に転送されます。
新サイトはGoogleなどの検索エンジンにはまだ十分に捕捉されていませんので、検索結果には古いサイトがでる状態が数ヶ月は続くと思われます。
リンクなどを張っている場合は新サイトに変更をお願いいたします。
2025-6-25 12:51
AACHお知らせ
創立100周年記念事業への募金のお願い
創立100周年記念事業への募金のお願い
北大山岳部は2026年に創立100周年を迎えます(特設サイトは【こちら】)。
100周年に当たり、記念祝賀会の開催や「100周年記念誌」「写真集」の発刊等と併せて、山岳部70周年記念事業として建設した「北大山岳館」の改修を計画しています。特に山岳館改修にあわせて新設する書庫の建設には多額の費用を要するため、会員の皆様はもとより、山岳館建設時にご支援を頂いた企業、団体等に再度ご協力をお願いするとともに、新たなご協力先を求め、必要な資金を確保したいと考えております。本記念事業の趣旨をご理解頂き、募金にご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
詳しくは以下の続きをご覧ください。
2025-5-25 12:43
山岳館
100周年記念事業への募金のお願い
2025-5-18 18:36
山岳館
100周年記念事業用ロゴマーク
2025-5-5 18:03
投稿記事
【読書備忘】『チベッ...
北海道大学山岳部OB、京都大学学士山岳会会員ほか、また南極越冬隊経験者らによる、2015年のチベット西端・アリへの自動車旅行の紀行。ラサから西へ往路はヤルツァンポ川沿いに、西端の拠点都市アリから東への復路はチャンタン高原の南縁をたどり、ラサへ戻るという総行程約3,500kmの往復およそ2週間の旅が記録されている。
メンバーは1960〜70年代に学生生活を送り、ヒマラヤやチベットに強い思い入れを持つ60〜70歳代の世代(2015年当時)。1960〜70年代のチベットは文化大革命で完全に立入禁止で、ヒマラヤは南側だけからだった。チベットは1980年代改革開放以降、外国人旅行者(特に日本登山隊)に対して徐々に開放されてきたが、その後尖閣諸島以降は日中間の冷え込みムードや北京政権の方針(チベット問題)により、再び閉鎖的な空気に包まれるようになった。だが、2015年当時は、制限がありながらもこれほどの広範な旅行が可能だった。変わりゆくチベットの貴重な「西域ルポ」と言える内容だ。
筆者(米山)は1991年と1996年に東チベットのナムチャバルワとチョモラーリ登山で訪れており、当時との比較の視点から本書を読んだ。2000年以降、中国政府はチベットの開発を加速させ、高速鉄道や自動車道路の整備を進めてきた。この結果2015年にはラサから西端のアリまで、自動車で7日間あれば到達できるようになっていた。1日あたり100〜500kmの走行が可能な道路網が整っていたということだ。スヴェン・ヘディンの時代なら半年かかっただろうとある。
また、漢族住民の流入が進み、北京や上海からの観光客が非常に多く訪れるようになっていたという印象とのこと。チベット高原の道路整備について、専門家である住吉氏が詳細に記述している記事が興味深い。
また、19世紀以降の英露日瑞のチベット探検史のダイジェストもよく整理されている。1980年のチョモランマ三国合同登山に参加した貫田氏や、1963年の北大ナラカンカール越境事件に関わった渡辺氏が、それぞれ当時の体験と事情を自ら触れている。
後半には、地質学や雪氷学を専門とする渡辺氏、在田氏によるチベット地質構造の概説が掲載されている。チベット高原がゴンドワナ大陸由来の三つの地質ブロックとその縫合帯によって形成されていること、ポタラ宮は三畳紀の石灰岩層にできたカルスト地形の上に建っていること、インダス川ーヤルツァンポ川の断層には、ユーラシア帯の下に沈み込むテーチス海の海洋プレートが突き進んだことで形成された貫入閃緑岩や花崗岩層が見られること、カイラス山の地質構造など、よくまとめられている。荒涼たる景観の自動車旅行とはいえ、こうした地質的読解力を持った眼があれば風景が意味を持つ。こうした研究者たちが長年取り組んだ研究のフィールドをようやくこの眼で見る旅なのだ。
刊行は旅から10年後の2025年だが、近年では珍しいチベット旅行記だ。ただし、10年のタイムラグがあるため、記述が2015年時点の情報なのか、2025年時点の視点を含んでいるのか判別しづらい点は残念だ。なにしろ、この間の中国およびチベットの変化のスピードは極めて速く、まして自分が知っている1990年代の状況とは、今やまったく異なるはずだ。
2024年のあとがきによれば、この旅行の翌年2016年以降、チベットは外国人に閉ざされたとある。久ぶりにして、当分出てこないであろうチベット旅行記となりそうだ。
いつの日か、チベットを自由に旅行したい。生きている間に叶うかはわからない。
編著:北大山の会チベット調査隊
発行 いりす(同時代社)
2025年2月刊
3500円
2025-5-3 19:36
投稿記事
【映画・読書備忘】〈...
単館上映のドキュメンタリ映画ながら異例のヒットの映画公式ガイド本。映画もいいけどガイドブックもいい。
信州諏訪の信仰世界は諏訪大社以前の縄文時代由来ののミシャグジ神をベースにさまざまな信仰が重なる。映画は諏訪に残るさまざまな神事のドキュメンタリに加えて中世に行われたミシャグジ神事の再現シーンという冒険に出た。その背景、研究者たちの解説、それに1976年以来諏訪の信仰世界に関わってきたビジュアルフォークロアの北川皆雄氏と監督・弘理子氏の寄稿をはじめ、映画の持つ最大の魅力、「謎」の側面を読むことができる。
遠山郷の霜月祭、奥三河の花祭を、かつてオールナイトで取材したことがある。湯釜の周りで、次々と面を付け替えて、もはや今となっては意味を知らない神楽を次々に舞うまつり。同じ天竜川水系の流れを組む系譜ではないかという指摘があり、納得した。今回の中世神事の再現シーンを見て。
カメラマンは北大山の会の毛利立夫会員(1976年入部)。作品中最も私が惹かれたのは山の中を駆ける野生の鹿のギャロップ、長い長い疾走シーンだった。山は鹿だらけとはいえ、あれだけの尺の野生鹿の疾走を撮影するのは困難だと思った。
今年はこの映画を見た影響で、諏訪大社上社本宮から守矢山〜辰野への山越え、それに入笠山から釜無山へのスキーロングアタック、鉢伏山から三峰山〜和田峠〜下社へのスキー山行を連発した。尖石の縄文博物館にも。
諏訪の神さまが気になるの!
(概要 寄稿)
中沢新一、藤森照信、夢枕獏、守矢早苗、松井優征、弘理子、北村皆雄、北條勝貴、いとうせいこう、能登麻美子、原摩利彦、大小島真木、中西レモン、吉松章、塩原良、山本ひろ子、宮嶋隆輔の寄稿。鵜飼幸雄、石森三千穂、田中基、北村皆雄による座談会
https://shikanokuni.vfo.co.jp/ https://www.amazon.co.jp/dp/B0DTHBL2R6
2025-5-2 16:50
イグルースキー
残雪期イグルーの失敗シリーズ?雫ポッタポタで崩落
暖かくて天井崩落
前回の翌日です。白馬岳北方稜線の朝日岳から、北東面の沢に滑り込んで標高差1000mの沢を休み無し47分でずんずん滑りました。楽しかったです。一週間くらいは誰も滑っていなかったみたいです。白高地沢橋のたもとでイグルー。積雪は十分ですが標高が1300mで前日より暖かかった。
こんなときは周りに壁だけ作って、天井はタープを張るのが良いのです。どうせ気温が高いと溶けて屋根が落ちるので。でも、良いブロックがたくさんとれたので、うっかり屋根を塞いでしまいました。やめておけばよかったです。
ブロックはまあまあ固くて重かったけど、わりとしっかりしたものが切れたので、つい作ってしまったイグルー。The blocks were fairly solid and heavy, but they cut well and held together nicely, so I ended up building the igloo almost without thinking
炊事中から、ガソリンストーブの上の屋根ブロックからは雫が落ち始めていて、火を止めて寝袋を広げても雫は止まらず。そのまま眠ったら天井の一個が21時ころ腰の上に落ち、それを脇に置いてまた眠っていたら、あちこちで雫が落ち始めて寝床はずぶ濡れ。気温も低くなく風もないのに寒くて安眠できず。午前3時半には大規模に屋根が崩落して、起床しました。
やはり雫が落ちてきて火をけしてもとまらない時点で、もう屋根は撤去したほうがよいでしょう。何年やっていても、疲れちゃうと面倒になってしまって駄目ですね。
イグルー泊まりは季節の進行に応じて少しずつ対応が変わるところがまた、おもしろいです。
翌朝の崩落あと。この程度に作っておいてタープを被せておけばよかったです。The collapsed roof the next morning. I should’ve just left it at this level and covered it with a tarp
Warm Weather and a Collapsing Ceiling
This happened the day after my last outing. I skied down from Mt. Asahi on the northern ridge of Mt. Shirouma, descending a 1,000-meter vertical drop on the northeast-facing gully without a break in just 47 minutes. It was a lot of fun. It looked like no one had skied there for about a week. I built an igloo at the foot of the Shirakōchizawa Bridge. There was plenty of snow, but at 1,300 meters elevation, it was warmer than the previous day.
In conditions like this, it’s better to just build walls around you and use a tarp as the ceiling. When it’s warm, the roof will melt and collapse anyway. But since I managed to cut a lot of good snow blocks, I carelessly went ahead and built a roof. I should’ve known better.
Even during cooking, drops of water started dripping from the ceiling blocks above the gasoline stove. Even after I turned off the stove and spread out my sleeping bag, the dripping didn’t stop. I fell asleep anyway, but around 9 p.m., one of the ceiling blocks fell onto my waist. I moved it aside and went back to sleep, but then drips started falling all over the place, soaking my bedding. Even though the temperature wasn’t that low and there was no wind, I was cold and couldn’t sleep well. Around 3:30 a.m., a large part of the roof collapsed, waking me up.
Really, once drips start falling and don’t stop even after you turn off the stove, it’s probably best to just take the roof down. No matter how many years you’ve done this, when you’re tired, it’s easy to get lazy and make bad decisions.
What’s fascinating about staying in an igloo is how the way you use it gradually changes with the progression of the season.
2025-4-29 16:37
イグルースキー
残雪期の失敗イグルーシリーズ?風バッタバタタープ
残雪期白馬はBC天国
大型連休前半の白馬連峰北部山域に行ってきました。イグルー達人のイグルスキーでも、失敗イグルーで寝不足になりました。過剰な自信で攻め攻めの姿勢で最前線を歩いているので、参考にしてくださいね。
栂池からのルート、途中ロープウエイでは「センセイ!」と呼ばれました。一昨年のイグルー講習にきてくれていたBCさんで、きょうは蓮華温泉に下って周辺の滑降をする予定とか。その後イグルーも挑戦してくれていてうれしい限り。
栂池湿地平原から「船越の頭」に登って、小蓮華岳の南西の・2719の風下側に吹き溜まりの雪があったので、そこでイグルーをつくりました。きけば三国境周辺は風が強くて有名だそうで、あと30分歩いた先ならもう少し弱かったのにと今は思うけど、稜線は結構ガレが多くて、雪質としてはマシな感じに見えたので決めました。
掘り下げ1段で十分ブロックが取れたので壁2段積んだ上は、もうスキーを載せて塞ぎ始める I got plenty of blocks with just one layer of digging, so after stacking up two layers for the wall, I went ahead and started capping it with my skis
スキー板で屋根をすばやく作る
緩い傾斜地で斜面上方向に向かってブロックを切り出して進めていくと、下方向では30センチくらいの深さだったのが自動的に1メートルくらいの壁になり、風上側が安心の壁になります。それはいいのだけど結構疲れていたので、下に一段しかブロックを取らず、下2段目に進む元気が出なかった。なのでちょっと低い天井だけど、スキー板を載せて無理やり屋根ブロックを載せました。前回この方法ですぐ作れたのでまたやりました。
風上を壁にできて吹き込みは無かったが、張りの不十分な張り綱が風でバタバタして猛烈にうるさかった The wall on the windward side kept the draft out just fine, but the guy lines weren’t tight enough, and they flapped like crazy in the wind?it was insanely noisy
タープをかけて隙間風を防いだけど、うるさかった
隙間を塞ぐのが面倒で、上からタープを被せ、4隅をピッケルやアイゼンを埋めて固定。風上側は裾の上にブロックを固めて載せておきました。早々に中へ入り込む。風が強くてタープがバッタンバッタンとオールナイトでうるさかったです。イグルーの強みはテントと違って静かなこと。防音性の強い雪の壁を通してもうるさい。張り綱を締めたつもりでしたが、朝見たら、甘かった風下側がちぎれてしまっていた。
あれだけ風が強いのならツエルトにしろタープにしろ、外ではなく内側に張って、強風による吸い着き効果でやればよかったです(過去記事)。疲れて頭が回らなかったなあ。
史上最悪イグルー@乗鞍岳
乗鞍岳・標高2640m、暴風域でのイグルー泊
春の気圧配置で、すごい風の日に乗鞍岳を独自ルートで山越えしました。相棒の長年の設計ラインで鋭鋒・烏帽子岳に直登する尾根です。美しい針葉樹林を10時間近くラッセルして山頂から火山台地に出たところで...
それでも眺めは最高の場所でした。朝日を浴びる白馬連峰を窓から眺めることも出来ました。
やっぱりイグルーの強みは展望の良いところで泊まれること あんなうるさい風、テントだったら発狂クラスだ What I love about igloos is that you can sleep in places with killer views. That wind was so loud?if I’d been in a tent, I seriously would’ve lost my mind.
Failed Igloo Series in the Lingering Snow Season ? Flapping Tarp in the Wind
Hakuba in the Snowmelt Season ? Backcountry Heaven
I headed out to the northern part of the Hakuba range during the first half of Golden Week. Even as a seasoned igloo builder?Igluski style?I ended up getting barely any sleep thanks to a failed igloo. I tend to charge ahead with too much confidence, always pushing the limits, so… yeah, learn from my mistakes!
On the ropeway up from Tsugaike, someone suddenly called out, “Sensei!” It was BC-san, who came to my igloo workshop two years ago. They were planning to ski down toward Renge Onsen and explore the area today. I was super happy to hear they’ve been trying out igloos on their own since then!
From the Tsugaike marshland, I climbed up to Funakoshi-no-Kashira. There was a nice drift of snow on the leeward side of Point 2719, just southwest of Mt. Kogarasu, so I decided to build there. Turns out the area around Mikuni-sakai is famous for being super windy. Looking back, if I’d walked another 30 minutes, I probably could’ve found a calmer spot… But the ridge ahead looked pretty rocky, and the snow here looked decent, so I went for it.
Fast Roof Build with Skis
It was a gentle slope, so I started cutting blocks upward along the slope. At the bottom, the snow was only about 30 cm deep, but as I dug higher, it naturally turned into a 1-meter wall? a solid windbreak on the upwind side. That part was great, but honestly, I was exhausted. I only managed one row of blocks at the base and couldn’t bring myself to do a second. So yeah, the ceiling was a bit low… but I slapped on my skis and forced the roof blocks into place?same quick trick I used last time.
Tarp On Top = No Drafts, But So Noisy
I didn’t feel like stuffing all the gaps with snow, so I just threw a tarp over the top, anchoring the four corners with an ice axe and crampons. On the windward side, I piled snow blocks on the tarp edge to keep it down. Crawled in early, hoping for some rest…
But nope. The wind was crazy, and the tarp kept flapping loudly all night long. One thing I love about igloos is how peaceful they are compared to tents. But even with snow’s soundproofing, it was still loud. I thought I’d tightened the guy lines well, but in the morning, I found the leeward side had ripped? I hadn’t pulled it tight enough.
With wind like that, I should’ve pitched the tarp (or even a bivy) inside the igloo instead of outside, using the suction effect from the wind pressure to keep it in place. (Like I wrote about in a previous post.) But man, I was too wiped out to think straight.
Still, the view made it all worth it. I got to watch the Hakuba peaks glowing in the morning sun, right through my little igloo window.
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-8076945.html
2025-4-25 19:43
イグルースキー
日高山脈本が出版されました イグルー史詳細解説です
久しぶりの、日高山脈本が出版されました
1970年代〜80年代には日高山脈の航空撮影を含む大型写真集があり、冬期縦走の地形研究のため、大真面目にその写真を毎日見ていました。もとより登山道のない特殊山域だから、参考になる記録としては部室にあった手書きでヨレヨレの山行記録か、活字で読みやすいのは部報だけでした。
久しく経った今も、日高の最深部はまだまだ当時と変わらず無垢であるのが嬉しいです。頓挫した日高横断道路計画の経緯も記されています。
実のところ、登山愛好者でさえおいそれとは行けない日高の奥に、多くが求めるようなガイド本はつくれません。今回のように日高を扱う総合的な本が出版されるチャンスなど、ずっと無かったのではないだろうか。
そんな本に寄稿する僥倖をいただきました。
日高の物語として、いつでも読み返したい北大山岳部の黎明期の先人(須藤宣之助、伊藤秀五郎、相川修)たちの紀行文紹介、コイカク沢と十ノ沢の遭難、福岡大のヒグマ遭難、画家・坂本直行氏の足跡などをグラフィック豊かに辿ります。
深い深い日高の、冬と夏の魅力を(小泉章夫、米山悟、松原憲彦)が書きました。美しい写真を沢山提供してくれた若手OBたちの21世紀の超人的冬期長距離縦走山行について、それから今では北大山岳部の得意技に育ったイグルーの生い立ちについても詳しく書きました。
1990年に、卒業論文と同時並行で編集作業に没頭した北大山岳部部報13号の折込特大付録で、私が日高山脈の鳥瞰図を手描きで描いたものを、今回再掲載していただきました。35年も経って彩色され、よみがえった力作を見ていると、一つ一つの線の上を歩いた時間を愛おしく思い出します。
地質、地形、アポイの植物の記事も、写真と図版の豊かな編集です。南日高の2つの山岳古道についても興味深くまとめられています。「日高山脈と人」をテーマに多面的なテーマを盛り込んだ本です。
表紙写真と巻頭には、山スキー部OBの伊藤健次さんの撮りたてホヤホヤ写真。雪渓の底をトコトコ歩くクマが見えるだろうか。
大きくて、重くなくて、手触りの良い本。
書店のほか、アマゾンでも購入可能とのこと。発売日は4月27日。
共同文化社
2025年5月15日 初版
編著者 黒川伸一
2700+税
A Long-Awaited Book on the Hidaka Mountains Has Been Published
Back in the 1970s and 80s, there were large-format photo collections of the Hidaka Mountains, some of which even included aerial photography. I used to study those photographs intently every day for winter traverse terrain research. Given that the region has no established hiking trails, the only references we had were either crumpled, handwritten trip reports left in the clubroom or the club bulletins, which were at least printed and easier to read.
Even now, after all these years, I’m happy to see that the innermost parts of the Hidaka range remain untouched and pristine. The book also documents the background of the ill-fated plan for a Hidaka crossing road, which was eventually abandoned.
In truth, it’s impossible to create the kind of hiking guide that most people expect for a place like the deep Hidaka?so remote that even experienced mountaineers can’t easily access it. I can’t recall another chance like this when such a comprehensive book on the Hidaka Mountains has been published.
I was fortunate enough to contribute to this special volume.
As a narrative of Hidaka’s story, it includes graphic-rich presentations of early expedition accounts from pioneers of the Hokkaido University Alpine Club’s formative years (Nobuyuki Sudo, Shugoro Ito, Osamu Aikawa), reports on accidents in Koikaku-sawa and Ju-no-sawa, the bear attack involving Fukuoka University, and the journeys of painter Chokkou Sakamoto.
Three authors?Akio Koizumi, Satoru Yoneyama, and Norihiko Matsubara?wrote beautifully about the profound appeal of the Hidaka Mountains in both winter and summer. It also includes detailed descriptions of the nearly superhuman winter long-distance traverses carried out by young alumni in the 21st century, along with the origins and development of the igloo technique, which has become a hallmark of the Hokkaido University Alpine Club.
In 1990, while simultaneously working on my graduation thesis, I hand-drew a bird’s-eye map of the Hidaka range as a large fold-out supplement to the 13th issue of the club’s bulletin. I’m delighted that this piece has been republished here, now beautifully colored 35 years later. As I gaze upon it, memories come flooding back?memories of walking along each of those drawn lines with great care and affection.
The book also includes richly illustrated articles on geology, topography, and the flora of Mt. Apoi. There are fascinating explorations of two ancient mountain routes in the southern Hidaka region. Altogether, it’s a multifaceted book themed around “The Hidaka Mountains and People.”
On the cover and at the beginning of the book are brand-new photographs by Kenji Ito, an alumnus of the alpine ski team. Look closely?you might spot a bear walking across a snowfield in one of them.
It’s a large-format book, yet light in weight and pleasing to the touch. Available not only at bookstores but also on Amazon. Release date: April 27.
Published by Kyodo Bunka-sha First Edition: May 15, 2025 Editor and Author: Shinichi Kurokawa Price: 2,700 yen + tax
2025-4-24 20:56
投稿記事
【読書備忘】北海道の...
久しぶりの、日高山脈本が出版された。
1970年代〜80年代には日高山脈の航空撮影を含む大型写真集があった。冬期縦走の地形研究のため、大真面目にその写真を毎日見ていた。もとより登山道のない特殊山域だから、参考になる記録としては部室にあった手書きでヨレヨレの山行記録か、活字で読みやすいのは部報だけだった。
久しく経った今も、日高の最深部はまだまだ当時と変わらず無垢であるのが嬉しい。頓挫した日高横断道路計画の経緯も記されている。
実のところ、登山愛好者でさえおいそれとは行けない日高の奥に、多くが求めるようなガイド本はつくれない。今回のように日高を扱う総合的な本が出版されるチャンスなど、ずっと無かったのではないだろうか。
そんな本に寄稿する僥倖をいただいた。
日高の物語として、いつでも読み返したい北大山岳部の黎明期の先人(須藤宣之助、伊藤秀五郎、相川修)たちの紀行文紹介、コイカク沢と十ノ沢の遭難、画家・坂本直行氏の足跡などをグラフィック豊かに辿る。
深い深い日高の、冬と夏の魅力を(小泉章夫、米山悟、松原憲彦)が書いた。美しい写真を沢山提供してくれた若手OBたちの21世紀の超人的冬期長距離縦走山行について、それから今では北大山岳部の得意技に育ったイグルーの生い立ちについても詳しく書いた。
1990年に卒業論文と同時に編集作業に没頭した北大山岳部部報13号の折込特大付録で、日高山脈の鳥瞰図を手描きで描いたものを、今回再掲載していただいた。35年も経って彩色されよみがえった力作を見ていると、一つ一つの線の上を歩いた時間を愛おしく思い出す。
地質、地形、アポイの植物の記事も、写真と図版の豊かな編集だ。南日高の2つの山岳古道についても興味深くまとめられている。「日高山脈と人」をテーマに多面的なテーマを盛り込んだ本だ。
表紙写真と巻頭には、山スキー部OBの伊藤健次さんの撮りたてホヤホヤ写真。雪渓のカールボーデンをトコトコ歩くクマが見えるだろうか。
大きくて、重くなくて、手触りの良い本。
書店のほか、アマゾンでも購入可能になるとのこと。発売日は4月27日。
共同文化社
2025年5月15日 初版
編著者 黒川伸一
2700+税
2025-4-10 8:58
投稿記事
出版のお知らせ 【北...
国立公園の制定を機に、この春、日高山脈を巡る山と人の関りに焦点を当てた書籍が出版されます。
内容は5章からなり、写真豊富な構成です。
「先縦者たちの感慨」として山岳部のパイオニア、須藤宣之助、伊藤秀五郎、相川修の紹介。
地形・植物の恵み、日高山脈百年物語として、ルームの登山史が多く触れられます。
また、「魅惑の登山フィールド」として積雪期登山を米山悟会員(1984年入部)が、渓谷登山を小泉章夫(1974年入部)、松原憲彦(1990年入部)会員が執筆します。
更に猿留山道と様似山道という古道、坂本直行氏に関する記事、日高の山々の登山案内と山麓施設の
紹介まで、日高山脈に関する新旧のテーマの記事が盛り込まれています。
近年の若手OBたちの相次ぐ日高全山縦走等の際の美しく厳しい山行写真もふんだんに使わせていただきました。
書店に並びましたら手にとっていただければ幸いです。
表紙写真:伊藤健次(山スキー部OB)
発売日:2025年4月24日
出版社:共同文化社
2700円(税込2970円)
2025-4-9 16:32
AACH現役
2025.2.27-3.4?(4-2) 2年班プチメイン・トヨニ?ピリカ→十勝岳
〜耐え抜いてピリカ、駆け抜けて野塚〜 L杉山(3AL柴部(5M西園(3市川渡邊(2 <時間とルート> Day1:野塚トンネル十勝側(5:45)トヨニ岳(11:00)トヨニ岳北峰西側(12:15)=Ω1 晴れ。風はやや強め […]
2025-4-9 15:05
イグルースキー
この冬のイグルー記録、たくさん!
ヤマレコで表題に「イグルー」含む山行記録今季(途中)は70件
ヤマレコの山行記録検索で表題に「イグルー」含む記録を検索するとたくさん、70件出てきました。表題に書いていない人も含めると、数え切れません。雪山登山界ではずいぶん増えました。
何回もやって技が向上する過程、「まとめ記事」
中には、何度もトライして、始めは時間がかかったり屋根が出来なかった頃からの自分のイグルー歴を写真でまとめ記事にしてくれている人もいて、とてもおもしろいです。
満足行くできになるまで諦めずにイグルーを繰り返したのは、作るのが面白いから、とありました。全くそうだと思います。このお二人は、講習には来ていないけれど、メキメキ腕を上げていく様子が写真を見ればよくわかります。
きやさんのまとめ
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-7772670.html
swkzmさんのまとめ
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-7817202.html
自分で考えて得たスキルは、身につく
イグルー講習会などをやって、40分で作れる実演をしてみせますが、あれは、完成形を見せて「作ることができるんだ」と信じてもらうためだけのもので、やっぱり本当に身につく技術は自分でやって失敗して、それを自分で考えて、自分で工夫したらうまくできるようになった!といううれしさの実感が最も大切なんじゃないかな。
あんまり細かい手順を前もってたくさん教わっても、頭に入らない上に指示待ち姿勢にもなってしまう。自分で考えて工夫するよう誘うのが最良の方法なんだよね。
というようなことが、最近読んだ篠原信著の本でも書いてありました。部下じゃないし、タイトルだけからは決して読まない本ですが、エネルギー問題や農業時給論など時代の転換に関する著者のツイッターが面白くて、著書を読んだらとても面白い。人の学びについての示唆がありました。人の学びってそういうものだ。
イグルー作りは、誰でも作れる雪洞と違って、けっこう個人差が出ます。それだけ自分で工夫発見する楽しみがあり、伸びしろだらけでやりがいがあるってことですね。魅力いっぱいですよ。
この冬のイグルー中間まとめ
数えてみたら今季は講習会を10回やりました。松本市山岳フォーラム2、大学山岳部2、山岳会3、知人や小グループ3。加えて自分の山行で6泊。まだこのあと連休まで長期山行を二回計画していて、4つや5つは泊まりそうです(ダラダラ入山延期してきたけど明日から行こうかな)。この冬は史上最悪暴風天候でのイグルー作りも経験して、ますます経験を深めました。
「イグルー」を表題に含む山行記録
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/search_record.php?place=?&isphoto=1&request=1&submit=submit
山の用語集 > 「イグルー 」から検索した山行記録
https://www.yamareco.com/modules/yamainfo/wordrec.php?wid=188
70 Igloo-Themed Trip Reports on Yamareco So Far This Season
A search for mountain trip reports on Yamareco with the word “イグルー” (igloo) in the title yielded a surprising number?70 entries already this season. If we include those who didn’t put it in the title, there are far too many to count. Clearly, igloo-building has become much more common among winter mountaineers.
Documenting Skill Progression Through Repeated Practice
Some users have compiled “summary articles” using photos to document their own igloo-building journey?starting from early attempts when they struggled to build a roof, to gradually improving over multiple tries. These are very interesting to read. One person wrote that they kept at it not because they had to, but because it was simply fun to build. I couldn’t agree more.
Although these two users never attended any official workshops, it’s clear from their photos that their skills have significantly improved:
Skills Gained Through Personal Trial and Error Are the Ones That Stick
At igloo-building workshops, I often demonstrate how to build one in 40 minutes. But that’s really just to show that “yes, it is possible to make one.” Ultimately, the skills that truly stick are the ones you gain by trying yourself, failing, thinking through the problem, and discovering your own tricks that make it work. That feeling of success is the most important part of learning.
Even if you’re taught every little step in advance, it often doesn’t stick, and it tends to lead to a passive, “waiting for instructions” mindset. The best approach is to encourage people to think and experiment on their own.
I recently read a book by Makoto Shinohara that echoed this same idea. Though I probably wouldn’t have picked it up based on the title alone, I found his Twitter commentary on energy policy and agricultural self-sufficiency during these times of change fascinating. His book provided great insights into how people learn?and this is exactly how learning works.
Igloo-Building Has Huge Potential for Personal Growth
Unlike snow caves, which anyone can dig, igloo-building tends to show a lot of individual variation. That’s what makes it so enjoyable?there’s plenty of room for creativity and personal growth, making it incredibly rewarding. It’s an activity full of charm.
Mid-Season Summary of My Own Igloo Activities
So far this season, I’ve held 10 workshops:
2 at the Matsumoto City Mountain Forum
2 with university mountaineering clubs
3 with mountaineering associations
3 with friends or small groups
In addition, I’ve spent 6 nights in igloos on my own mountain trips. I still have two long expeditions planned for the holiday period, and I expect to spend 4 or 5 more nights in igloos (I’ve been putting it off, but maybe I’ll finally head out tomorrow). This winter, I even had the intense experience of building igloos in the worst storm conditions I’ve ever faced, adding to my experience all the more.
2025-4-6 22:16
AACH現役
2025.3.12-18(5-2) 春メイン1年班増毛メイン
〜海への長い長い寄り道〜 L小野寺(3 AL齋藤(4M金子(2竹下鶴留(1 <時間とルート> Day1(3/12):丸山登山道入り口(6:30)丸山(7:40)夏道分岐(9:40)?察来山(11:00)・581の台地辺 […]
2025-3-29 12:32
北大山岳館FaceBook
春の風景。
春の風景。
山岳館の二階のクラブルームには 東に開いた窓があります。
今日 その窓から覗いてみると 白い道がサクシュコトニ川にかけた仮橋に向かって
続いていました。
冬の間 沢山の人が踏み固めて、春になっても融けないで 残っている ”道” です。
雪が凍った道は、けっして歩き易い道じゃないけど
逸れると嵌まる ので みんな器用にその上を歩いていきます。
(結構それて雪や泥に嵌まることも多いのですが)
恵迪寮と北大の教養部や地下鉄十八条駅をつなぐ近道(*^_^*)。
のどかな春らしい構内の景色です(KY)。
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2025-3-29 12:32
北大山岳館FaceBook
春の風景。 山岳館の二階のクラブルームには 東に開いた窓があります。 今日 その窓から覗いてみると 白い道がサクシュコトニ川にかけた仮橋に向かって 続いていました。... 冬の間 沢山の人が踏み固めて、春になっても融けないで 残っている ”...
春の風景。 山岳館の二階のクラブルームには 東に開いた窓があります。 今日 その窓から覗いてみると 白い道がサクシュコトニ川にかけた仮橋に向かって 続いていました。 冬の間 沢山の人が踏み固めて、春になっても融けないで 残っている ”道” です。 雪が凍った道は、けっして歩き易い道じゃないけど 逸れると嵌まる ので みんな器用にその上を歩いていきます。 (結構それて雪や泥に嵌まることも多いのですが) 恵迪寮と北大の教養部や地下鉄十八条駅をつなぐ近道(*^_^*)。 のどかな春らしい構内の景色です(KY)。
2025-3-25 15:10
山岳館
北大山岳館
2025-3-23 20:03
イグルースキー
史上最悪イグルー@乗鞍岳
乗鞍岳・標高2640m、暴風域でのイグルー泊
春の気圧配置で、すごい風の日に乗鞍岳を独自ルートで山越えしました。相棒の長年の設計ラインで鋭鋒・烏帽子岳に直登する尾根です。美しい針葉樹林を10時間近くラッセルして山頂から火山台地に出たところで暴風域に入りました。テント(もっていないけど)ではぶっ飛ばされる事必定。
風で屋根が落とされてできない→スキーで屋根掛け
翌朝撮影。この暴風では隙間は塞げず吹き込んだ雪はツエルトとの間を流れ落ち、側面から溜まった。屋根にスキーの先端が見える。
スキーを引っこ抜いてもブロックはくっついていて屋根は落ちなかった
乗鞍スカイラインはアイススクリューが要るほどの青氷。吹き溜まりにノコギリの入る積雪を見つけ、そこにイグルー作製開始。ブロックは下一段は切り出せるがその下は青氷。広くブロック供給場を設けて運んで組んでいく。三段目くらいで長いブロックを屋根かけすると、眼を離した隙に風で落とされる。落ちて皆半分に折れてしまう。3回くらい繰り返し落とされて、スキーとストックを梁にする方法に切り替える。あっという間に屋根完成。
風上側に二重にブロックを積んで隙間ふさぎ
いつもみたいに悠長に隙間ふさぎをできないので、風上側にはもう一重外側に壁を載せて二重の厚さにする。それでもこの地吹雪の粉雪は、隙間から吹き込むやつだ。前に富士山でやられた感じだ。相棒は始めブロック取りに勤しんでいたが、そのうち顔面にシュカブラができてメガネがアウト。目潰しの雪つぶてで、風上を見られない。ツエルト被って待っていてもらう。そのツエルトもぶっ飛ばされないようにかぶるのがまたタイヘン。
内張りのツエルトはベルヌーイの定理でピシッと張り付く
中はやっぱり隙間から吹き込みまくりだ。でも中でツエルトを被ったら不思議なことが起こった。ツエルトが、固定もしないのに壁に張り付いて落ちて来ない。風で流速の早い外部はイグルー内よりも気圧が下がるせいだろう。飛行機の翼が上面の流速に吸われて浮き上がる「ベルヌーイの定理」である。中学生の頃から航空工学好きで知ってるんだ。ベルヌーイは翌朝まで続いた。でも風、弱まってほしかった・・。
イグルーの中は結局雪まみれ。でも風は音だけだ。
壁とツエルトの間に入り込んだ吹込み雪が、外側からずんずん攻めてきた。両側は雪がつもり、吹き込んだ雪が寝袋の上に積もり、やがて体の下にも落ちて体温で溶けて冷たい水たまりになり、一晩中ブルブルだ。でも死ぬほどじゃない。風は時折ドカンドカンとパンチのように壁を叩く。壊れたらどうするかシミュレーションはしてある。でも壊れなかった。
膝の上でストーブを焚き、ミルクティーを何杯も飲んで晩飯も朝飯も終わり。明るくなっても風は止まず。ドボドボに濡れた寝袋をザックに突っ込んで、樹林限界まで鼻をつまんで脱出した。視界があるってありがたい。強風晴天のなか、安全圏へ下る。計画は半分だったけどあの風では仕方ない。なんとかやり通せてきた満足が大きい。
風が強く積雪が少ない場所のイグルー
同じような状況は以前富士山で体験した。積雪が少ないので貧相なブロックの上、隙間から転がりまくったザラザラの雪粒が絶え間なく吹き込む。その時のメンツは「イグルー懲り懲り」に。今回は内側にツエルトで快適とまでは言えないがなんとか凌いだ。もっと大きいタープならば外側に被せて張る手もある。でも、固定する雪面が青氷なので、スクリューが要るしあの風ではちぎれて飛ばされそう。こういうところに泊まらないのがベストだけど、注文通りに行かないのが山だ。そうなったら手持ちでやりくりするしか無い。
山行記録: ほおのき平~烏帽子岳北西尾根~乗鞍岳スキー場
2025年03月20日(3日間) 槍・穂高・乗鞍, 積雪期ピークハント/縦走 / yoneyamaの山行記録
Igloo Night in the Storm Zone at Norikura-dake (Elevation 2,640m)
Crossing Norikura-dake on a Unique Route in Fierce Winds
During a spring weather pattern with intense winds, I traversed Norikura-dake via a unique route. My partner’s long-established route design follows a ridge leading directly up to the sharp peak of Eboshi-dake. We spent nearly ten hours breaking trail through beautiful coniferous forests before reaching the volcanic plateau at the summit, where we entered the storm zone. A tent (not that we had one) would have been blown away for sure.
Roof Collapsing in the Wind → Ski Roof Construction
The Norikura Skyline road was covered in blue ice, requiring ice screws for traction. We found a snowdrift with packable snow deep enough for a saw to cut through, and we began constructing our igloo there. The first row of blocks was easy to carve, but beneath that was solid blue ice. We widened the block supply area, transported them, and stacked them.
Around the third row, we attempted to place long blocks as a roof, but the wind knocked them down the moment we looked away. Every time they fell, they snapped in half. After this happened three times, we switched to using skis and poles as beams. That worked like a charm, and the roof was up in no time.
Double Layering the Windward Side to Seal Gaps
Unlike usual, I couldn’t afford to leisurely fill in the gaps. On the windward side, I added an extra exterior wall for a double-thickness defense. Even so, the powder snow carried by the ground blizzard kept infiltrating through the cracks?just like what happened to me on Mt. Fuji before.
My partner was busy collecting blocks at first, but soon, his face was covered in frost formations (sastrugi), and his glasses became useless. The wind-driven snow kept striking his eyes, blinding him from looking upwind. I had him wait under a bivy sack, though even that was a struggle to keep from being blown away.
Bivy sack Sticking to the Wall Thanks to Bernoulli’s Principle
Inside the igloo, snow was still blowing in from the gaps. But when we wrapped ourselves in a bivy sack, something curious happened?it clung to the walls without any support. The fast-moving wind outside created lower pressure compared to the inside, making the tarp stick to the surface. It was a real-life demonstration of Bernoulli’s principle?the same aerodynamic effect that makes an airplane wing generate lift. I’ve been interested in aeronautical engineering since middle school, so I recognized it immediately.
Bernoulli’s effect lasted until morning. But I sure wished the wind would die down sooner…
The Igloo Filled with Snow, but at Least the Wind Was Just Noise
The snow that blew in between the walls and the bivy sack kept creeping inside. Snow piled up on both sides, covered my sleeping bag, and eventually fell underneath me, melted from my body heat, and turned into a freezing puddle. I shivered all night, but it wasn’t life-threatening.
The wind occasionally slammed against the igloo like a powerful punch. I had simulated an emergency plan in case the walls collapsed, but fortunately, they held.
I lit my stove on my lap, only drank multiple cups of milk tea, and skipped both dinner and breakfast. By morning, the wind was still howling. I stuffed my soaking wet sleeping bag into my backpack, had to bite the bullet and push through the storm to reach safety.The visibility was a blessing. Under clear but violently windy skies, we descended to safety. The trip was only half of what we planned, but given the conditions, that was inevitable. More than anything, I felt deeply satisfied that we managed to push through.
Building an Igloo in Strong Winds with Minimal Snow
I had encountered similar conditions before on Mt. Fuji. There, with little snow, we had to stack flimsy blocks while an endless stream of granular snow particles tumbled through the gaps. That time, my companions swore they were done with igloos for good.
This time, the bivy sack inside made it somewhat bearable, though certainly not comfortable. A larger tarp might have helped if we had stretched it over the exterior, but anchoring it on blue ice would have required screws, and the wind would likely have shredded it anyway.
Of course, the best option would be to avoid camping in such places. But mountains don’t always follow orders. When faced with the unexpected, you just have to make do with what you have.
https://www.youtube.com/watch?v=s3MojBBEFHg
2025-3-18 3:15
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息を呑む 今年から北大に入学するみなさん 期待にむねをふくらませている日々を過ごしておられるのでしょうか? 大学生活 楽しみですね。 さて、今日の北大 ちょっと幻想的な風景を見せてくれました。 低気圧の通過の後、 風が止んで 少し重めの雪...
息を呑む 今年から北大に入学するみなさん 期待にむねをふくらませている日々を過ごしておられるのでしょうか? 大学生活 楽しみですね。 さて、今日の北大 ちょっと幻想的な風景を見せてくれました。 低気圧の通過の後、 風が止んで 少し重めの雪が降ると、 その雪が木々の枝にまとわりつきます。 風が吹いたり、 気温が上がったりすると すぐ消えてしまう風景ですが このタイミングに出会うと ちょっと得した気分になります。 写真は山岳館に向かう途中、理学部(博物館?)の横辺りからメインストリートを北に望んだ写真です。 写真では十分にうまく表現できないのですが、 ”息を呑む” 景色でした。 街のほぼ真ん中で こんな風景に出会える。 足元は悪かったけど、今日 北大や円山公園を訪れた人たちは シンプルに良かったとおもいました (^_^;)。(KY)
2025-3-18 3:15
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息を呑む
息を呑む
今年から北大に入学するみなさん 期待にむねをふくらませている日々を過ごしておられるのでしょうか?
大学生活 楽しみですね。
さて、今日の北大 ちょっと幻想的な風景を見せてくれました。
低気圧の通過の後、 風が止んで 少し重めの雪が降ると、 その雪が木々の枝にまとわりつきます。
風が吹いたり、 気温が上がったりすると すぐ消えてしまう風景ですが このタイミングに出会うと ちょっと得した気分になります。
写真は山岳館に向かう途中、理学部(博物館?)の横辺りからメインストリートを北に望んだ写真です。
写真では十分にうまく表現できないのですが、 ”息を呑む” 景色でした。
街のほぼ真ん中で こんな風景に出会える。 足元は悪かったけど、今日 北大や円山公園を訪れた人たちは シンプルに良かったとおもいました (^_^;)。(KY)
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2025-3-12 18:55
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今日の最高気温が12℃ 昨日も10℃。 消えてゆく雪を惜しんで?! ストーを持って管理当番の山岳館へ。 天気も良いし サクシュコトニ川の仮橋のあたりまでトコトコ。 川の畔でスケッチをされている方がおられたので、 ”今日は山岳館開いていますの...
今日の最高気温が12℃ 昨日も10℃。 消えてゆく雪を惜しんで?! ストーを持って管理当番の山岳館へ。 天気も良いし サクシュコトニ川の仮橋のあたりまでトコトコ。 川の畔でスケッチをされている方がおられたので、 ”今日は山岳館開いていますので、興味がお有りならお寄りください”と お誘いだけしておきました。 グランドはまだ真っ白。 山岳館から南を望むと白銀の平原のむこうに平成ポプラ並木の東半分が目に入ります。 温かな日差し。山岳館の周りも確実に春が訪れています。(KY)
2025-3-12 18:55
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今日の最高気温が12℃ 昨日も10℃。 消えてゆく雪を惜しんで?! ストーを持って管理当番の山岳館へ。 天気も良いし サクシュコトニ川の仮橋のあたりまでトコトコ。 川の畔でスケッチをされている方がおられたので、 ”今日は山岳館開いていますので、興味がお有り...
今日の最高気温が12℃ 昨日も10℃。 消えてゆく雪を惜しんで?! ストーを持って管理当番の山岳館へ。 天気も良いし サクシュコトニ川の仮橋のあたりまでトコトコ。 川の畔でスケッチをされている方がおられたので、 ”今日は山岳館開いていますので、興味がお有りならお寄りください”と お誘いだけしておきました。
グランドはまだ真っ白。 山岳館から南を望むと白銀の平原のむこうに平成ポプラ並木の東半分が目に入ります。 温かな日差し。山岳館の周りも確実に春が訪れています。(KY)
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