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切り抜き詳細
- 発行日時
- 2025-10-7 1:17
- 見出し
- 地上の星
- リンクURL
- http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-8780797.html
- 記事詳細
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地上の星(フリークライミング/大雪山)日程:2025-10-04(日帰り)メンバー: Nakagawa2019写真:撮影:Yutaka kirihara撮影:Yutaka kirihara感想:2025シーズン。ひとつのラインに懸けた日々の記録。2023/10/4(Day1)舞台は北海道S峡・流星エリア。竹中さんがinnocent world(5.12c)、中川がMidnight Flight(5.12a)とそれぞれのプロジェクトを完成させた日。来々シーズン北海道に戻ってくることが決まってる自分は、次なるターゲットを探して彷徨う。エリアの中央、一段上の壁に垣間見えるクラックは以前から気になる存在だった。樹林が邪魔でよく見えないのでロープを出して偵察。想定以上にすっきりとした壁に、唯一の弱点として美しい弓状のクラックが走っていた。出だしが汚すぎて下から攻められそうにないこと・最後の数メートルはクラックが途切れていそうなことが懸念点だが、なにか直観めいたものを感じた。スマホで写真を撮ってお気に入りに登録しておく。2024休学して瑞牆・小川山でクライミングライフ。いろんなルートやクライマーとの関りを通じ、クライミングに対する創造力や発想力が養われたように思う。技術やフィジカル的なスキルよりも、こういった部分での学びは非常に大きかった。この夏も北海道に行くというマルボーさんがお店に来たとき、うっかりあのラインのことを口に出してしまう。氏はさすがの行動力でさっそくラッペルで偵察し、上から撮った写真がSNSで流れてきた。やはり鳥肌モノの美しさだった。興奮気味に連絡を取る。「最後数メートルのフェースは難しそうだが奇跡的にホールドはある。出だしの掃除が大変そうだけど登れれば5つ星間違いなし!」とのことだった。年明けは南米コチャモにクライミングに行った。とにかく壁がデカいから記録としては派手になるし、メディアで取り上げられたりもした。知らない世界を経験できた充実感があり、いい経験になったと思う。でもモチベーションという意味ではどうだっただろうか。正直、地球の裏側の縁もゆかりもない壁より、流星エリアのあのラインの方が自分にとっては大きかった。あれは絶対におれが登る。2025/6/23(Day2)出遅れた。ここまで6年間の学生生活を山に全振りしていたツケが回ってきて忙しい春だった。それでも流星Pを念頭に置き、大して好きでもないジムにはなんとか通っていたが、この日がコチャモ以来3か月ぶりの岩登りである。後輩達をうまく丸め込んで月天心に連行。これも素晴らしいルートなのできっと楽しんでもらえたと信じている。登攀後は「こっちからも降りれるんだ」と左のブッシュに突入し、思いのほか複雑な地形に偵察&登り返しを重ねて何とかプロジェクト壁の上に到達。ロープを投げおろし、緊張しながら降りていく。下から見ていると気が付かなかったのだが上部は若干前傾しており、壁のすっきり感も相まってすごい高度感だ。核心と見込まれるフェース部分は思っていたよりピースが散らばっており、切れ切れのクラックからプロテクションも得られそうだった。もっと絶望的なものをイメージしていたのでうれしい誤算だ。なんとなくムーブを探ってみて、どんなトレーニングが必要かだけでも考える。とりあえずカチトレだ!という結論になったが、それが大して的を得ていなかったことを知るのはずいぶん後の話である。7/5-6(Day3&4)単独。公務員就活の天王山的な2週間をなんとかやり過ごして戻ってきた。とりあえず掃除に励む。ラインが斜め過ぎて大変だ。フィックスロープを2本張り、パートごとに分けて作業する。出だしの10mの緩傾斜クラックは土がミチミチに詰まっておりもはや垂直の森状態。不動沢の「トトロ」開拓で、こんなんでも諦めなければ何とかなることを学んでいたので焦らず段階的に掘っていく。労力をかけるだけの価値がこのラインには必ずある。7/12-13(Day5&6)単独。S峡の他エリアに行くクライマーと乗り合わせさせてもらった。1人で札幌から行くのは心身と財布にけっこう負荷がかかるのでありがたい。今回も無心で掃除に励む。さすがにだいぶ仕上がってきた。作業を終えた夕方、改めて見上げる壁の美しさを誇らしく思う。こうやって時間と労力をかけてルートを形にしていく過程はとても充実しており、自分が一番好きな時間である。8/13-14(Day7&8)今年も黒船御一行がやって来た。せっかく2本フィックスを張ってあるのでマルボーさんに手伝ってもらい分担して掃除の仕上げ。同時作業&文明の利器ブロアーの導入(前回まではホウキでやってた)で劇的に効率up。これまでほとんど一人で作業していたので、エリアに誰かがいるというだけで嬉しかった。14日、はじめてリードでトライ。が、比較的易しいのでプロテクションを省いていた下部でスリップしロングフォール。右半身を強打。まともな岩登りが6月以来で身体が硬かったか。手痛いしっぺ返しだ。マルボーさんは核心まで迫っていたが相当厳しそうだった。8/24-25(Day9&10)もう一つのプロジェクトであった就活はひと段落。まだ身体に違和感は残るがマルボーさんがいるうちにと登りに行く。やはり核心は全く勝負にならず、二人とも一手一手進めていくような感じ。セッション効果で何とか輪郭をつかめてきたが、真夏というコンディションの悪さを加味しても、こりゃ相当難しいなという話になった。9/11(Day11)満を持して切り札”kanozyo”を切る。前日までは名寄で楽しく登り込み、月の石やシェマリアなどがスムーズに登れて調子が上向いているのを感じた。この日は桐原さんにも来てもらい、トライの様子を撮影してもらう。相変わらずムーブはこなせなかったが、なんとかいい写真が撮れたのでよしとしよう(ちなみに写真のムーブは完登時のものとは異なる)。9/15(Day12)単独。マーラータワーやらモンベル報告会やらで近くに来たので、パートナーは見つからなかったが一人でワークしに行く。前日はすごい雨だったがピーカン&爆風で一瞬で乾き、季節の進みも相まって明らかにこれまでより岩のコンディションが良い。一気にあと2mのトラバースさえ解決できれば、というところまで進展。今日はポジティブな発見が多くすごく楽しい。足がとにかくシビアなのでシューズの選択も重要だ。メルカリでかき集めたいろんなシューズを片っ端から試していく。その中にパチッとはまる一足があり、それまで踏める気が全くしなかった箇所が、ポジション次第でスタンスとして使えるようになった。これであと1mだ。一旦地面に降りてマットに寝転がり、さっき思いついた体勢に入るためのムーブを逆算。複雑すぎて頭の中では構築できないので紙に書きだす。たどり着いた結論は、マジ?という感じだったがとにかくやってみよう。0から1を生み出す初登という行為においては、ダメと分かるだけでも収穫だ。慌ただしく核心に戻ってムーブを起こしてみる。できた。しかもかなりの再現性を持ってできてしまった。どうして壁に残っていられるのか不思議な体勢だが、最後のピースは自分の常識の少し外側にあったのだ。このルート、登れる。9/23-24(Day13&14)22日から北平さん来道。本当はワイドをいろいろ案内する役目なのだが、正直それどころではない。23日はアテンドを森さんに引き受けてもらい、自分は平井さんと流星へ。前日までの雨で下部がビチョビチョでリードトライはできなかったが、核心だけでもとTrでトライ。Trといえども、ビレイしてもらえることでグリグリをたどる手間がなくなり、核心をつなげて登るシミュレーションがかなりできた。感触はかなり良い。帰るころには壁も乾き、明日で決めるつもりで深追いせず上がる。24日。無理を言って北平さんに半日付き合ってもらった。日が当たる前午前中に勝負をかける。1便目まさかの上部クラックがビチョビチョ。想定外の事態。ここにきて判明したのだが、秋になると晴天の日は昼夜の寒暖差による朝霧が発生することが多く、上部のクラックは霧をトラップしやすい構造なのか濡れてしまうようだ。一応シャツで拭いて降り、2便目はシケリを感じながら核心入り口まで行ったがあえなくフォール。でも、その後も各駅ながら全ムーブをしっかりこなし初めてまともにトップアウトできた。不安要素の一つだった核心真ん中の小さなオフセットカムも墜落に耐えることが実証された。細かな積み重ねだが、着実に進歩している。9/27-28(Day15&16)岩のコンディションさえ整えば登れる感触はある。しかし2週間予報には雪マークの気配が。残された時間は多くない。27日、単独。前回のトライ後、屈曲点のカム用にDMMリボルバー、朝のシケリを吹き飛ばす用のブロアーを買った。出費は痛いがもう止まれない。やれることは全部やる。28日、パートナーはユキエさん。ほぼ初対面の人間の訳の分からないプロジェクトに付き合ってくれる広い心に感謝あるのみ。必殺ブロアーで湿気を吹き飛ばしての一便目、やっぱりぬめってダメ。日が当たる直前11時過ぎに2便目。岩の感触は良い。最大核心のランジで足が抜けて落ちるが最高高度を記録。日が陰った16時過ぎに3便目。それまで2便で体幹がヨレており不安定だったがランジを飛ぶところまで到達し最高高度を更新。いまさらながらトレーニングすべきはカチじゃなくて体幹の持久力だったと理解する。10/2(Day17)平日だがユキエさんが付き合ってくれるというので行く。行くしかない。ムーブがエンドレスに頭の中で再生され、普段思い悩むことなどない自分にしては珍しく寝つきの悪い日々が続いていた。いろんな角度から追い詰められてきている。いまさら意味があるのかわからないが、ここ3日間は意識的に極端な減量を試みた。それくらいしかもう思いつかない。結果、全然パワーが出ずとくに惜しくもないトライになってしまった。大きな筋肉を使うので、しっかり食べないと3日くらいじゃ回復しないみたいだ。本気トライは11時が良いというのが分かったのがこの日の収穫。10/4(Day18)今週末のパートナー濱田さんとS峡へ向かう道中は、シーズンで最も濃いレベルの朝霧に包まれていた。それでいて日中は気温が高いようだったので、こりゃ今日も厳しいなと半分投げやり。現実から逃げるように先の天気予報を見ては、迫りくる冬の気配に頭を抱える。モチベーションのピークが過ぎ、段々弱気になってきているのを否めない。今日こそ決めると意気込んで岩場へ向かう日々に精神が疲れ果ててしまったのだろうか。それまでと変えたことといえば、前日しっかり米を食べたことくらいだ。当日の朝も塩コショウを振ったご飯1合を無理やり詰め込んだ。もしかしたらアスリートがやっているカーボンなんちゃらみたいなやつに偶然うまくハマったのかもしれない。中一日のレストしか挟んでいないとは思えぬほど、とにかく土壇場で力の出る日だった。9時、どうせ濡れているだろうとタオルをぶら下げてアップトライ。シケリは感じるが想定よりかなりマシ。キーホールド群にチョークを叩き込んで降りる。11時、本気トライ。実のところあまり期待していなかったので、気持ちはかなりリラックスしていた。気温の上昇を感じ、途中の穴レストポイントでTシャツを脱ぐ。これで少しはソニートロッターに近づけないかなあなどと考える余裕あり。テンポよくフィンガークラックをこなし、核心手前のレストポイント。傾斜に吸われるので長居はせず、流れるように核心へ入る。頭の中で何百回と繰り返したムーブを、考えるより先に身体がこなしていく。最初は全くできなかったパートも、呼吸を意識しながら突破する。頭より高い位置にフットジャム。右手を握りこんで体幹を意識しながら次のカチへ。スタティックに捉えて微妙すぎる足運びを3つ。まだ呼吸できている。気合を入れてアンダーを引き付け、躊躇わず飛ぶ。体が大きく旋回するがギリギリで止まった。吼える。久しぶりのレストだが、急に降ってきた”完登”というリアルを前になかなか心拍数が下がらない。これは決めるべきトライだ。慌ただしくチョークアップを繰り返し思考を整理する。大丈夫。できるはずだ。こういう局面で決め切る人間であることは自分が一番よくわかっている。自信をもって最後の旅に出よう。トウフックとジャムでカチをいなしトラバース。足をクロスでテンポよく運び小レスト。左手を食い込ませ、右足をハイステップ。肩を意識して渾身の引き付け。右手を遠いカチへデッド。完璧に捉えた。世界から音が消える。無我夢中で残りの数ムーブを起こし、緩傾斜帯へ這い上がる。息は上がりっぱなし。信じられない。現実感を失ったまま、最後の易しいフェースを登り岩頭に腰を下ろす。登れた。登れてしまったんだ。〜〜初登といってもピンクポイントである。それでも自分にとってはすごく大きなクライミングだった。いつかはレッドポイントにトライすると思うが、その前に消化の時間が必要だ。ちょっと離れて休まないと、今はこれ以上のトライは考えられない。グレードに関しては、自己最難であったということ以上はわからないので暫定的である。でもそれは同時に、クライマーとしてとても恵まれた時間を過ごせたことを意味していると思う。これからも、心にプロジェクトを持ち続け、充実した日々を生きていきたい。ルート名は「地上の星」。グレードは5.13aとする。