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最新記事一覧
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| 2026-5-27 12:19 |
ヤマレコAACH
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芦別・夫婦岩
芦別・夫婦岩(アルパインクライミング/芦別・夕張)日程:2026-05-23〜2026-05-24メンバー: saito1987 Iida_2017 watanabeka do__suketsune nagicoro0716コース状況/その他周辺情報:〈時間とルート〉Day1:旧道登山口(7:30)夫婦岩基部=BC(11:40)南西Kとりつき(12:10)南西K終了点(13:15)北峰(14:00-15)BC(15:15)洞穴スラブとりつき(15:30)洞穴スラブ引き返し(17:00)BC(17:30)〔快晴〕1h寝坊し、慌てて出発。工藤も寝坊。やらかした。ごめんなさい。旧道登山口で集合し、ギア類そろえて出発。もらった登山靴が歩き始めてすぐに加水分解で崩壊。みるみる間にボロボロになってしまった。斎藤さんにアプローチシューズを貸してもらう。旧道は、途中まではっきり踏み跡あるが、ユーフレ小屋過ぎたあたりから急に分からなくなり、ピンクテープ辿って行ったら夫婦沢に吸い込まれ、沢登りのち雪渓歩き。テンバの周りは噂以上のアイヌネギ畑に歓喜。すぐに準備し、斎藤さんと私は南西Kへ。〇南西カンテ 1h1p目 ? Kの子 中央ルンゼを回り込んだところにある顕著な短いチムニーを登る。左寄りに行かなければならなかったが、カンテぽいと思ったところを登ってしまった。草付きばかりで「ん?」と思っていたら、左の方の灌木にシュリンゲ見えたためトラバースしてそこまで。特に何もない。アルパイン初リードにして草ばかりの面白くないルートを行ってしまって草。テンバから見えるスカイラインを行くのが正解でした。2p目 ? SAITO そこから岩の部分を登って灌木まで。40mくらい。プロテクションも取りやすい。これがほんとのアルパインだ!終了点から灌木が生えており北峰まで。ここもアイヌネギ畑。ピークからは全て見渡せた。とってもいいところ。本山行目的達成。あの山はなんという山で、いつ行ったら面白いかもねみたいな話をたくさんしてくれた。行きたいところが山ほどある。中央ルンゼまでは踏み跡があり、コルから懸垂2回。残置は古いシュリンゲだったので新しいものに替えた。〇洞穴スラブ 1.5h(2pのみ)1p目 ? SAITO 洞穴を目指して登る。残置のハーケンがいくつかある。洞穴の中に終了点。手前が細かいが、4級という感じではあったような。2p目 ? SAITO 洞穴から出て、かぶり気味の凹角を直上。むずかしいが案外ガバがあった。右上し、凹角を行く。中間支点は、残置ハーケンもあるしカムがいくつかとれる。満足したので、2p目終了点からab1回で帰る。ビールを飲みながらみんなの帰りを待つ。飯田さん工藤澤井pは北西壁D~北峰~中央ルンゼで7.5hほど。水は雪渓の薄そうなところをシャベルで削ったら流れている。焚火。アイヌネギアスパラカレー。山が好きな人たち。お酒。こんなにいいこと尽くめでいいのだろうか。Day2:BC(8:25)北西壁Dとりつき(8:30)北西壁D終了点(12:00)BC(13:00-13:30)登山口(16:20)〔晴れのち曇り〕夏用シュラフで快適だが、朝は寒い。アスパラアイヌネギ茹ですぎパスタ&激甘ココア。ある程度暖かくなるのを待って取りつく。風が冷たい。斎藤さんと北西壁ダイレクトへ。〇北西壁D 3.5h1p目 ? SAITO 顕著なクラックの入ったところを行く。そこを抜けたら左に回り込み、スラブを行く。結構悪いところ3ⅿほど耐えたらガバ。ひやひや。残置のリングボルトとハーケンがある。丁寧に拾っていき、バンドの上部まで。2p目 ? Kの子 最初の出だしがちょっと微妙だったが、斜めにクラックが走っているのでプロテクションも取りやすくすいすい登れた。ハイマツテラスは、ハイマツが1本しか生えていない。3p目 ?~5.8 SAITO 目の前の岩を思い切って乗越し、すっきりとしたスラブを登ると、立った凹角に。ハーケンは3個ほどあり、クラックがあるのでカムも決まる。なんとかA0なしで越えた。ひゃっほー!斎藤さんすごい。すこし登ると、ビレイ点が見える。4p目 草付き Kの子 浮石だらけの部分を越えて、野原にでる。2つ終了点が見えたが左を選択。上部に突き出た岩がある。5p目 ?+ SAITO ぼろぼろ。浮石だらけ。天狗の鼻Kの右側より登り、リッジに上がる。脆い凹角に入る。とにかくぼろぼろ。中間支点は、カムや、残置ハーケン、細い灌木。取りにくそう。太い灌木でビレイ。ようやく太陽が当たって暖かい。ab4回。斎藤さんは現役2年目の時に山で拾った環付きを終了点に献上。37年間ありがとう。大満足!楽しいルートだった。雪渓を滑って、来た道帰る。車についたらちょうど雨が降ってきた。充実した山行だった。ご縁に感謝。写真:気持ちで撃て芦別本峰南西カンテへの取り付き(Team IKS)夕暮れ懸垂(Team IKS)北西壁ダイレクト1p目上部(SAITO-Kの子)夫婦岩北峰夫婦岩北峰から中岳(Team IKS)北峰への藪漕ぎ槙拍山南面の崩壊地(SAITO-Kの子)南西カンテ1p目(SAITO-Kの子)洞穴スラブ2p目(SAITO-Kの子)北西壁ダイレクト4p目トップのKの子(Team IKS)北峰十勝連峰を背景に補強必須(SAITO-Kの子)南西カンテ1p目Kの子アルパイン初トップ南西カンテの2p目中央ルンゼ(SAITO-Kの子)北西壁ダイレクト1p目リードのSAITOさんまったり過ごす朝(SAITO-Kの子)北西壁ダイレクト2p目トップのKの子(SAITO-Kの子)北西壁ダイレクト最終ピッチフォローのKの子(SAITO-Kの子)(SAITO-Kの子)北西壁ダイレクト1p目フォローのKの子ゴロ寝で観察のIida感想:チームらくように合流。登ったのは、1日目南西カンテ2p、洞穴スラブ2p2日目北西壁ダイレクト5p。いずれも燃える登魂Kの子と。若いっていいね!可能性しか感じない。オレも南北登頂\(^_^)/一日目のアプローチ、沢ジャージと汗が交じり合った匂いに夏を感じてドキドキした。工藤澤井と北西壁ダイレクトへ。ここまでひりつくとは良くも悪くも思っていなかった。付き合ってくれた二人に感謝したい。これでオレは夫婦岩南北登頂達成(^o^)。二日目はみんなが登るのを焚火をいじりながら眺めて過ごした。帰路、重荷で歩いたあとの下半身の火照った疲労感に顔がほころぶ。〈北西壁ダイレクト 5ps〉飯田工藤澤井1p目 ?級 20m 下部はクラックにカムがよく決まり快適。後半左に回り込んでからのフェースはプロテクションがほとんど取れずボルトありきという感じ。2p目 ?級 25m 特に記憶に残らなかった。3p目 5.8 40m 終了点の真上さ3mは傾斜があるが十分固いので思い切って乗っこす。中盤のジェードルは右に足を拾いながらフリーで越えられる。後続は2人ともA0。既存の終了点をスルーして次の段の基部の岩角でビレイ。4p目 草付き 40m 右に回り込んで少し登ると草付き。ノーピンで問題ない。左右に終了点が見えたが左へ。5p目 ?級+ 45m カンテ状の天狗の鼻?の右手から取り付く。そのまま右上するのが素直に感じたが残置も見えたのでカンテに乗る。と、急に脆くなる。中間支点もクソみたいな残置ハーケン数枚、ショボい灌木。追加で2枚打ったが耐えられそうなものは…。リードもフォローも一段ごとに嫌な声が漏れる。だましだましの押し付けクライミング。カンバ帯が見えた時の安心感たるや。圧倒的に一番悪かった。澤井1death。急なブッシュを掴んで北峰へ。一服してからコルへ。コルから懸垂2p、夕暮れの中テンバへ帰る。芦別は、すごくいい場所だった。初見5級リードできるようになってまた行きます。こんな動ける大人になりたいし、あそこもここも行きたいんだよねと言えてるそして行ってる人でいたい。気を遣わせない気の遣い方をできる人になりたい。大充実、大満足の週末でした。ありがとうございましたアーバンアウトドアと呼ばれる、スニーカーにスカルパと書いてあるだけのパチモン(ヤフオクで購入)で行った。登りの雪渓が1番怖かった。夏用のちゃんとした靴を買おうと心に誓った。初日に北西壁ダイレクトをフォローするも、ゲレンデとは違う楽しさと恐怖感を感じ、精神的に堪えた。頂上の草付きで想像以上に花や草の種類が多かったのが印象的だった。夕暮れ、北峰から見えた日本海が揺れていて綺麗だった。2日目はナギと南西カンテ。1P澤井、僕は2P。動き自体は難しくないが、プロテクションを多く設置して時間をかけてしまった。抜けるとカンテ直上は気持ちのいいラインで、この調子でピークまで抜けられれば文句なしだと思った。色々と気付きの多いクライミングで、星もよく見えて気持ちよかったです。ありがとうごさいました!初めて赤岩以外の岩場へ。連れて行っていただきありがとうございました。ルーファイの難しさや岩の脆さ、支点の危うさなど色々学ぶことがあった。これからの赤岩への取り組み方も変えていかねば。今シーズン初の焚き火。夏始まりましたな。
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| 2026-5-27 10:16 |
記事
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AACH山行記録データベース |
| 2026-5-21 6:12 |
ヤマレコAACH
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オプタテシケ山
オプタテシケ山(積雪期ピークハント/縦走/十勝連峰)日程:2026-05-03〜2026-05-06メンバー: shibabemaru misa2021 kaneko23 watanabeka ichikawata00 Misora06 itgktsk18z iwadousunaoコース状況/その他周辺情報:Day1 白金温泉(7:30)オプタテ西尾根末端Co1150付近(14:00)=BC〇市川以外p天気晴れ。鹿に激突して、入山が遅れる。両泉橋より林道を行く。雪が残っているのでスキーで歩く。靴擦れしたり股関節痛めたり、ゆっくり進む。オプタテがきれいに見えて顔がほころぶ。ポン水無川出会いよりBC方面にコンパスを切る。BCにてスキー練習。1年目は元気いっぱい。◯市川p白金温泉(11:20)BC(14:10)Day2 天気小雨のため、1日中停滞。各々過ごす。なちゅげで、昼からお酒を飲み、トランプしたり寝たり読書したり。Day3 オプタテ西尾根引き返し◯市川渡邊(4福島岩同(2越地岡吉田宇野(1齋藤(2020PtBC(4:15)Co1300くらい(6:15)オプタテ頂上直下(9:15)Co1300くらい(10:15)BC(12:15)天気晴れ。BCからスキーで上がる。視界は50-100ほど、ハイマツの生えているところまで進めることにする。Co1300ほどで斜度が強くなったのでシーデポ、EPに履き替える。その場で滑停をする。ハイマツとバリズボの雪で苦労する。稜線上に出ると微風〜気にならない風。視界が晴れたので進めることにする。すべて見渡せた!粘り勝ち。頂上直下はハイマツと岩が露出している。地形的にWコルとピークの間は強風。頂上直下は気にならない風、雪は少し硬いか。引き返しの際、所々でBS。シーデポ地点よりスキーで下る。スキーは順調。◯西園(5金子(4薗部(2佐々木(1蛭田(1大塩(1柴部(2025BC(4:15)Co1300付近(5:30-8:30)Co1500付近引き返し(10:30-10:45)BC(13:30)ガス後晴れ。出発してすぐに柴部さんの体調が悪く、柴部さん抜きでパーティを編成しなおす。シールトラブル少なく進むが、視界悪く森林限界手前の斜面で時間待ち。視界50-300でしばらく回復しなそうなのでみんなでスキー練習。例年より滑れた。8時過ぎに突然視界が晴れたので急いで準備をして出発する。午後から風が強くなる予報なので引き返しの時間を10時半に設定。すぐに新入生がシールで登るには厳しい斜度になったので、EPにする。アイゼンが合わずドキッとするが、金子がスノーシューを履くことで解決。西村君は靴擦れで辛そう。眺めの良い場所でP写とって引き返し。LはNHKのカメラの前で派手にこける。大塩のスキーがすぐに外れてしまうため、スノーシューに変える。BC手前で蛭田君のスキーを脱ぐ。苦労しながらBCまで。◯柴部齋藤宇野岡BC(13:00)林道(13:30)両泉橋(15:30)◯市川BC(16:15)両泉橋(17:45)体がかゆすぎて帰る。Day4 BC(5:30)白金温泉(10:50)スキーで林道まで下がる。林道からはシールを付ける。つけなくてもいける。そのまま下山。1年目はよくめげずに頑張ったなと思う。全員入部意思を固めてくれてうれしい。温泉からの小玉屋。〈パーティ〉春合宿1年班写真:出発Day3ガスガス自動下山感想:晴れてよかった。新入生も楽しそうでなにより。
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| 2026-5-16 8:17 |
ヤマレコAACH
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小樽赤岩
小樽赤岩(アルパインクライミング/札幌近郊)日程:2026-05-16(日帰り)メンバー: saito1987 onodera22コースタイム:写真:ドロン岩不動岩稜4P目不動岩稜2P目から大黒岩北面取付き感想:ドロン岩1p猫岩1p大黒岩3p(北面チムニー)不動岩稜5p現役の赤岩合宿?に参加。4月から新人がたくさん(8〜9人)入って上級生は大変そう、だけど楽しそう。今季初の赤岩は上級生のレベルアップ要員として。
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| 2026-5-13 20:02 |
北大山岳館FaceBook
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原始林の ニリンソウ Anemone flaccida
原始林の ニリンソウ Anemone flaccida
地下鉄の12条駅から山岳館にこられる途中、昔から原始林と呼ばれる小さな森の中を通ります。 この時期 歩く道沿いからもニリンソウの群落を見ることができます。 ニリンソウは山菜として人気もあるのですが、猛毒のトリカブトと似ていることから、事故も多く、今年の4月にも、誤食によって、亡くなる事件がありました。 両者の花は全く違うので、花のついたものを食べれば良いと言われますが、混生するところもあるとのこと。 やっぱり注意が必要(^_^;)。 トリカブトも きれいな花を咲かせますが、 個人的にはニリンソウの花のほうが ”癒し” のようなものを感じて いいですね。 あまり派手ではないし、北海道で普通に見られる花ですが、one of the best です。 (KY) ![]() (Feed generated with FetchRSS) |
| 2026-5-11 11:47 |
北大山岳館FaceBook
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HLC (HIKE LIFE COMMUNITY) の皆さんの来館
HLC (HIKE LIFE COMMUNITY) の皆さんの来館
HLCのツアー?の皆さんが、秀岳荘の橋本さんと一緒に山岳館に寄られました。 北大構内の秀岳荘にゆかりのある場所を訪れた後 山岳館に来られました。書籍だけではなく、古いピッケルやスキー、へルヴェチアヒュッテの模型などにも興味を持ってみておられました。 雑誌 ”山と溪谷” の創刊号(1930年)を直接手にとって、その歴史に触れられる方もおられました。 ご紹介したいものも多く、あっという間の短い時間でした。”またいつでもお寄りください” とお伝えして(といっても水曜日と土曜日ですが) 山岳館の前でみんなで集合写真を撮って 山岳館を後にされました。 HCLの沼田さんも秀岳荘の橋本さんも お疲れ様でした。(*^_^*) 自然に親しむスタイルは 様々な形があるのだと思っています。 山岳館も過去のいろんな山に関する資料を保存し、皆さんにご紹介することで、様々なアクティビティの展開のお力になることができればと考えています。(KY) ![]() (Feed generated with FetchRSS) |
| 2026-5-7 10:03 |
ヤマレコAACH
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明神岳主峰東稜
明神岳主峰東稜(アルパインクライミング/槍・穂高・乗鞍)日程:2026-05-04〜2026-05-06メンバー: saito1987 babaa1986コースタイム:写真:ブッシュ混じりの雪稜を伝い高度を稼ぐ前穂に朝の光差す入山日は明神まで山の上の方はガスで風も強そう午後から雨もパラつきはじめ、上の方はみぞれか雪に変わる日暮れまで前穂の南面や常念を眺めて過ごすアイゼン外して奥明神沢のコル目指す常念から大天井の山並みひょうたん池手前でアイゼン着ける翌日は朝から快晴明神橋を渡って下宮川谷へ東稜の核心部へ出発準備宮川のコルを経てひょうたん池のコルを目指す岳沢の夏道をのんびり下る1枚岩のフェースは右凹角を登る?峰南東面が朝日に輝く雪稜奥穂南面ひょうたん池から主峰東稜下部はグリセードで岳沢小屋へバットレスの手前のコルに泊まる奥明神沢のコルから下降頂上直下に出て東稜終了二峰に別パーティ主峰頂上奥明神沢は雪がベッタリで問題なく下れる雪壁の登り雪壁の登り明神主峰には残月明神主峰奥穂はまだ登っていないので、南面をじっくり観察感想:何かあっという間の気がするが、いろいろな経験を重ね、古典的アルパインルートを全身で味わう余裕ができたことをうれしく思う。それも同じく若い時代を共有する先輩と。
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| 2026-4-30 20:55 |
投稿記事
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【讀書備忘】『雪線』...
![]() 『雪線』―山に賭けた青春の群像ー 和田城志 大阪市立大学山岳部 大阪市立大学山岳会 2026年3月26日 発行 大阪市立大学山岳部の前身含めた部報22冊のダイジェストが届いた。 いまは大阪公立大学になった大阪市立大学は戦前大阪商科大学、更にその前身の大阪市立高等商業高校山岳部で1917年創立。その部報『雪線』の創刊号は1928年12月5日。戦前最後の18号(1942年12月25日)まではほぼ毎年発行。戦争期の空白を挟んで、戦後は19号が復活(1955年6月)、最後は22号(1965年10月10日)である。 大阪市大山岳部といえば1961年から1978年の初登成功まで数度の挑戦を続けたランタンリルンだ。第二次ランタンリルン遠征1964の報告を含む22号が最後。そのあとは、山岳部の活動を記録した部報は発行されなかった。その21冊(5号は欠損)の解題を和田城志氏が記したのが本書。和田氏とは、1969年〜1973年まで在籍し、1978年、念願のランタンリルン初登者となったうえに、その後生涯通じて雪劔、雪黒部横断、数次のナンガ・パルバットの敗退男にかけては世界一の和田城志である。 大阪市立大山岳部は、もう存続していないとのこと。残された貴重な部報の、読書家である和田氏によるダイジェスト、解題版である。 ※以下「 」は和田氏文面からの引用 創刊号、第二号は部室の火事を免れた貴重なもの。それ以降はWEBの古書市で探したという。初期の部報は、積雪期登山なども行われず、「見るべき記録はない」とのことだが、当時の優秀な学生たちの洋書翻訳を含む研究や文芸、それに随想が目を引く。 同書では同時代の文献なども和田氏が引用し、時代背景の解説も充実している。特に1930年からはAAVK(関西学生山岳連盟)報告との合わせ読みで、京都帝大AACKや同志社、大阪醫大、神戸商大、甲南高校、三高の活動内容との比較がある。また1933年創刊の『ケルン』(関西のクライマーの月刊誌・藤木九三らによる)との合わせ読みの背景解説も読みどころだ。 第七號(1932)電源開発盛んな黒部川を案内人夫とともに平の渡しまで歩いている。冠松次郎探検同時代、電源開発工事同時代だ。 第十號(1935)から積雪期の山行記録が見られるようになる。薬師岳北西尾根を3月に登るなど「あまり知られないルート記録」あり。3月、岳沢から畳岩のコルへ上がって、ジャンダルムと奥穂高の、17時間ダブルアタックなど。 第十二號(1936) 3月−4月春山劔岳西面、現在は(雪崩のため)条例で入域を禁じられている池ノ谷周辺を夜間含め縦横に一気に敢行している「うらやましい記録」。 第十三號(1937) 対中戦争が始まった。初の海外遠征 夏の台湾北部、次高山(現在の雪山)遠征記録あり。 第十四號(1938) 加藤文太郎遭難の2年後の北鎌尾根3月記録「スマートさには欠けるが慶応や立教に先立つ素晴らしい記録」日中戦争の2年目、入営、戦地歓送の言及あり。ためらいの時局言及。 第十五號(1939)「最も輝かしい記録集」とある。延々25日間の積雪期黒部横断記録がある。「AAVK報告8號(1935 )の関西大記録に触発されたのだろう」とのこと。総勢13名、「ヒマラヤ遠征を思わせる布陣」。同時期の関西大の記録も引用して、その黒部横断記録に関する分析と考察を称えている。黒部横断歴世界一の和田氏ならではの分析だ。 第十六號(1940)白頭山の鴨緑江源流3月遠征記録。数年前のAACKの白頭山遠征の報告がメイン。1935AACK白頭山遠征の後追い的ではあるが、来たるヒマラヤ遠征のステップとして当時の海外遠征山行は国内の「外地」に限られたのか。国連を脱退し孤立した日本でなければという思いはあったろうか。周辺解説としては、1935京大のほか、1940年三高のユニークな白頭山遠征も言及あり。梅棹忠夫、藤田和夫、伴豊の20歳トリオ、のちの名高い研究者たちだ「白頭山の青春」。それに吉良竜夫、川喜田二郎も別に入山していたという。みなのちの京大学派だ。チンネ左稜線記録の森本はその後ランタンリルンの雪崩で死に、入江はインパールで死んだ。二度読み返すと愛おしい。 第十七號(1941)対米英蘭戦争が始まった。時局を受けた部長の緒言「錬成登山」という新語との葛藤。春の毛勝、猫又縦走。まだ未踏だった劔までの縦走を計画したが、ブナ倉沢までとなった。関西大と合同で17名。外国文献の翻訳と研究は、「中央アジア探検史要」「外國旗の下極地に活躍せる諾威船舶」「橇」など極地探検分野が充実している。 第十八號(1942)戦前最後の部報。「臺灣行」戦時体制の当局が何度も電報を送ってまで「中止を勧告したのに」登山を強行、遭難の誤報まで浴びて「次局柄益々自重せよ」と叱責を受けたが、無視して敢行した。大覇次高山縦走―霧社ー新高山ー八通關越ー玉理ー關山越ー高雄。「強者」だ。3月西穂から奥穂往復、滑落遭難ありきわどく生還。 第十九號(1955)戦争を挟んで13年ぶりの発行。これまでの記録で活躍した部員たちのほとんどが戦死していた。1936−1943年入部の12人がフィリピン、ラバウル、インパール、沖縄で戦死し、シベリア、北京、武漢で衰弱死していた。丁重な追悼文。山岳部技術の継承はほぼなされていないようだ。1955年の前穂北尾根で滑落に伴うナイロンザイル切断事件は社会的に話題になった。このとき落ちたが生還した大島はランタンリルンの雪崩で死んだ。AAVKの戦後復刊第一号(1957)の引用で阪大、京都工芸繊維大、京大、甲南大、神戸大、大阪市大と、各大学戦後復興の10年歩みも紹介している。京都工芸繊維大の、御嶽山冬季初縦走に目が止まる。 第二十號(1959)日本山岳会マナスル(1956)、京大のチョゴリザ(1958)を始め、戦後の復興で部員も増え、ヒマラヤ登山にむけ、意識が高まる。戦前1941年、途中までだったブナ倉沢から剣岳までの続きを果たす。 第二十一號(1962)日本で初のヒマラヤ死亡遭難のあったランタンリルン1次遠征1961の報告は別冊として出ている。「商大山岳部の黄金期が1938−1941とすると、市大山岳部の黄金期は1958−1962ということになろうか」部員数は最大で、複数の充実した積雪期参考記録があるとのこと。61年の遭難をものともせず伴明を中心に、滝谷、甲斐駒ー聖岳縦走、笠ヶ岳西尾根、北アで黒部横断を含む烏帽子隊、薬師隊など3パーティーの大縦走を行った。多発する遭難死とヒマラヤへの熱情。当時の空気をルーム日誌からの引用が伝えている。「第21号は全編伴の心情があふれた部報である。それはヒマラヤのみならず国内の山行にも表れている。彼は多分熱狂していたのだ。」と物語る。 第二十二號(1966)『雪線』の最終号。失敗に終わった第二次ランタンリルン報告1964も含む。西穂―奥穂、笠ヶ岳東面、小窓早月、明神―北穂、北鎌尾根縦走、烏帽子ー白馬など、唯一の女子部員岡内の屏風岩第一ルンゼ記録あり。 本誌にはこのほか、1961、1964、のランタンリルン、1972カンジロバ・ヒマール、1980ランタンリルン初登、1990四光峰の報告書のダイジェストと写真・図版がある。 大阪市立大山岳部はもう途絶えていて、OB会の山岳会は解散になるとのことで、まとめた100年近くの記録冊子だ。ダイジェストのダイジェストとしてこの場にまとめた。冊子の部数は多くは無さそうだが、ぜひ和田氏に連絡を取って、一読してもらいたい。 北大山岳部は今年創部1926年から100年で、秋までに出す記念誌をいま一生懸命書いている。日本の山岳部的山登りが始まって100年。若者たちの熱狂に時代周期というものがあるなら、どんなものなのだろうか。時間を越えて伝わる同じ熱狂は確かにある。そんな記録に出会うと、ひたすらに泣けてくる。 |
| 2026-4-25 5:17 |
ヤマレコAACH
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春メイン2年班 中ノ岳〜ペテガリ〜コイカク
春メイン2年班 中ノ岳〜ペテガリ〜コイカク(積雪期ピークハント/縦走/日高山脈)日程:2026-02-22〜2026-02-27メンバー: Sugiyama_2022 kaneko23コース状況/その他周辺情報:報告_2026.2.22-27(6-0)春メイン2年班 中ノ岳〜ペテガリ〜コイカク 〜憧れ〜L杉山(4 AL金子(3〈時間とルート〉Day1:1つ目のゲート(7:30)2つ目ゲート(9:30)神居山荘(15:00)=C1晴れ。延長された通岳路を歩いて神居山荘まで。ゲート手前40分くらいまでは車の轍あり、ツボ。そこから重たい雪のスネ〜膝下ラッセル。初日から疲れた。Day2:C1(10:15)神居山荘裏尾根上(11:40)Co1125手前(14:30)=C2雨→くもり。4時半に起きたがまだ雨降っておらず寝る。6時半に朝食食べてたら降り始め、9時前に雨が止んだので、準備してスタート。ALは高難易度の転石渡渉、ひよったLはスノーシュー漬物袋渡渉。雪がなく、沢の巻きみたいな泥斜面をスノーシューの歯を立てて進む。鹿のフンだらけ。Lはその上で転倒。尾根上がってからは、重たい雪のスネ〜膝下ラッセル。途中1h前後雪ない区間があった。1125手前のかぜ防げそうなツエルト泊。初めてだかいい感じにできた。Day3:C2(5:20)中ノ岳(8:30)・1573から少し西(14:30)=Ω3晴れ。・1445直下は固くて急なので、EPに変える。そこからズボるのでストックスノーシューに変えるが、スノーシューだとズボラず危険。結局EPに変える。表面にカチカチのクラストした層があって、スノーシュー履くとその層を破れなく危険だが、アイゼンだとバリズボ膝ラッセルという感じ。メイン中、バリズボ区間はずっとそんな感じだった。バリズボ区間については過去の報告や今回の計画変わらずなので省略。そのため、稜線上は、腰まで埋まる区間もありながらもずっとEPで頑張る。中ノ岳肩あたりで気にならない風。中ノ岳超えたら風弱くなる。中ノ岳の下りはせっかく持ってきたので、アックス出した。なくてもいけるがあると安心感が違う。途中のバリズボでLが抜け出せなくなる珍事もあり。・1469からいよいよ核心で緊張。核心入ってすぐ前を歩いていたALの足元から雪庇崩落(下記詳細)。本当に危なかった。その後は十分にマージン取るようにし、日高側に滑落しないよう集中しながら、ハイマツや岩などが出ている上をトラバース気味に歩く。前爪トラバースも。・1573上は掘れそうじゃない。少し下ろして雪庇出てないところでΩ3。作成中にLが寒さを訴え途中リタイアし、作成途中のイグルー内に避難。イグルー内でお茶飲んで回復。精神的に大変に疲れた1日。Day4:Ω3(6:00)ペテガリ岳(7:00)ルベツネ(9:30)・1599(13:30)1599と1569の最低コル付近(14:20)=C4晴れ無風〜弱い風。アイゼン効かせてペテガリ岳まで。目標だったピークに立ててうれしい。が、まだまだ気は抜けない。ルベツネまではなんにもない。ルベツネ下りも一応アックス出した。岩が出てるかつ雪庇も出てて緊張感。・1688過ぎたあたりからりんご畑。昨日のこともありこの核心には気を張っていたが行ってみたらなんとも。ただりんご畑の中を行けばいいだけ。りんご畑も夏の藪漕ぎと比べたらなんともないストレスゼロ。予定テンバに着いたがまだ時間あるのでもうちょっと頑張って進める。が、腰まで沈むバリズボに入り意気消沈でC4。積雪量的にはイグルー作れるが、気温高くブロック取りづらいので、天気もいいし雪ブロ積んでツエルト泊。Day5:C4(6:30)ヤオロ(9:00)コイカク(11:00)尾根末端(14:30)札内川ヒュッテ(16:00)=C5快晴無風〜弱い風。超高速ポンピングをしてたらポンプカップが外れてDF修理で時間使う。ヤオロまでは大きな岩がたくさん。が、段差みたいになってて簡単に上行ける。ヤオロコイカクはアイゼンがよく効く。コルまでは細いところもあり、ワンポイントだけ馬乗り。固くBS多用で気は抜けない。コイカクピーク。アックス出し、気を引き締めて下りはじめる。雪固くなく問題なかったが、たしかにこれは固かったら難しい。こんなところに夏道がついてることに驚き。前述バリズボのストレスMAX下りが末端まで続く。AL何回か滑りかける。コイカク沢は、全層雪崩の跡多数。もう春だなという感じ。転石渡渉複数で札内川ヒュッテまで。本メインとこれまでの4年間を振り返りながらゆっくり歩いた。ヒュッテでお酒を飲みながら最後の夜。Day6:C5(7:00)札内川園地(9:00)長いトンネルをいくつも抜け、札内川ダムでゴール。だと思ったら、中札内村の方から札内川園地で通行止めだと連絡いただいた。荷物デポして車回収行くところだったので危ない危ない。山の四季をトンネルの中でこだまさせながら歩き、心のふるさと・中札内村へ。温泉や豪華な食事をごっつあんいただき一泊後、日勝峠で全山入山する飯田さんをお見送りしてから帰札。〈パーティー〉金子 雪庇落とし〈感想〉杉山:現役の最後に、ずっと憧れの稜線を、逞しい後輩とともに歩けてうれしい。集大成としていいメインができた。そしてこれからも。金子:中ノ岳からコイカクは美しくも厳しい稜線だった。この先ずっと生き続ける学びと経験を与えてくれた日高、杉山さんとルームに感謝。〈雪庇崩落について〉中ノ岳〜ペテガリ岳の間の・1469から30mほど進んだ所で、前を歩いていたALが幅2mくらいの雪庇を落とした。雪庇は十勝側の急な沢型を谷底まで滑り落ちていった。ALは切れ落ちた面から20cmほど横にいたが、足元にも小さなクラックが入っていて、足元が崩れてもおかしくはなかった。後で写真で確認したところ、ALの立っていた場所は稜線上のハイマツの上であった。原因︰雪庇の判断が甘かった。・1469から・1573までは常に十勝側に2mくらい雪庇が発達していて、日高側は急斜面で、踏み抜き地点までは日?側に出来るだけ寄って歩いていたが、踏み抜いた場所は手前から見てそれまでに比べて雪庇の発達度合いが小さいと思って雪庇側に寄ったルーファイをしてしまった。雪庇を確実に避けようとすると日?側の急斜面の緊張するトラバースを強いられるため少し楽をしたい気持ちがあった。改善︰この場所に於いては、日高側の急斜面に入って、ブッシュや岩が見えているラインをトラバースすれば問題ない。(急斜面トラバースに対するアイゼンワークと集中力(緊張感が続く場面における耐性)は必要。)写真:感想:このままだといつまでも記録あげるのサボりそうなので、とりあえずアップします。新歓期もう終わりそうですが、準山の記録もできるだけ早めに上げようと思います🙇※写真の順番が逆になってます。
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| 2026-4-19 12:28 |
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道南/メップ岳
道南/メップ岳(積雪期ピークハント/縦走/道南)日程:2026-04-19(日帰り)メンバー: Yanke1987コースタイム:写真:滑降すれば面白そうここはブナ帯ブナの樹間からピークピーク振り返る釣り尾根に出た奥尻が霞む雪ない、ニセコが宙に浮く狩場はどっしりメップ捉えるカスべ、ここより低い遊楽部山塊最高点には1x1mの雪田今朝のやつ感想:何年か前にカスべに登ったがメップはまだだった。その時とは打って変わって少ない残雪、スキーも持って行ったが、登る尾根を見上げると使えそうにないのでおいていく案の定尾根末端からしばらくは藪だった。無風快晴視界無限大のピーク、日本海・太平洋・羊蹄・日高まで見えた。
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| 2026-4-19 10:45 |
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志根津川から雷電山(幌別山〜岩内岳北斜面滑降)
志根津川から雷電山(幌別山〜岩内岳北斜面滑降)(山滑走/積丹・ニセコ・羊蹄山)日程:2026-04-19(日帰り)メンバー: saito1987 zeniya1990 toda1977コースタイム:写真:沢の源頭近く目国内とアンヌプリ方面雷電山を捉えるオサンナイ川方面雷電山頂上精進川からの吹き上げが強烈岩内の港と積丹を眺めながら岩内岳北斜面の滑降岩内岳へクルージング3条のシュプールスキー場を飛ばして昼前に下山志根津川左岸の林道からコックリ湖分岐を過ぎ、右股沢(左岸)を詰めていく。沢はCo450でほぼ埋まる尾根上の小さなポコは東側の雪面を捲いていく岩内岳へ岩内岳頂上自動運転で楽ちん幌別山の緩斜面は快調なザラメ広大なオサンナイ川の源頭斜面西風を受け全身を帆にし雪原を滑る感想:雪融けが早いのに驚いた。雷電山南面は、コックリ湖までの林道が使える今回のルートが一番遅い時期まで使えると思う。
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| 2026-4-12 11:57 |
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増毛/徳富岳(南東壁ルンゼ滑降)
増毛/徳富岳(南東壁ルンゼ滑降)(山滑走/増毛・樺戸)日程:2026-04-12(日帰り)メンバー: saito1987 zeniya1990 Yanke1987コースタイム:写真:クレヴァス帯徳富岳徳富ダムの左岸林道からスタート昨晩の雨が未明雪に変わり5〜15?の新雪が積もっていた南東壁ルンゼの上部を滑る高曇りとなって幸い晴れたら確実にゲタってた富士形山を横目にワッカウエンベツ川の上二股に下りる砂防事業の作業道が伸びているルンゼ上部を振り返る右岸の疎林帯を快調に滑る林道から支沢を詰めて徳富岳南の稜線へクレヴァス帯上部をトラバースして右岸の尾根へルンゼ下部は雪崩によるデブリで埋まっていた昨晩の降雪でやや重いパウダー斜面徳富岳南東面と滑降ルート徳富岳を捉える徳富岳頂上奥に見えるのは・833のポコ和歌貯水池に出る頂上から南東面へ導かれる緩い沢型を滑る黄金山が顔を出す南東壁ルンゼを振り返る緩斜面をラッセル感想:頂上から直接ドロップし、新雪を纏った美しい山襞を滑る。時期的に早ければ雪崩るし、遅いとクレヴァスに阻まれる。絶妙なタイミングに感謝。
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| 2026-4-8 8:02 |
ヤマレコAACH
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羅臼岳
羅臼岳(積雪期ピークハント/縦走/道東・知床)日程:2026-03-15〜2026-03-18メンバー: shibabemaru watanabeka ichikawata00 Misora06 itgktsk18zコース状況/その他周辺情報:Day0.2日目に天気がいい日を合わせるために3日遅れの入山。例会をやって、そのまま知床へ8hドライブ。最後の下界のご飯は山岡家。準備万端。Day1.熊の湯(6:00)羅臼平下=Ω1(12:00)曇り、ガス。熊の湯清掃のおじさんに見送られて出発。12日間の荷物は過去一重い。ペースが上がらない。柴部さんの荷物分ける。コンタ上がるにつれて視界なくなる。羅臼平からの沢が見えているが、詳細な位置までは分からない。一度GPS見る。Co1300あたりでこれ以上行くと真っ白で引き返せなくなりそう。風も強くなってきた。午後から天気が良化する読みだったが、全くよくなる気配もない。たまたまそこで全イグルーが掘れたので泊まる。梁が何度も折れて市川乱心。5回は崩した。時間かかったので渡邊に交代。2人+3人用。Day2.Ω1(10:15)羅臼岳(12:00)Ω1=Ω2(13:30)ガス後曇り時々晴れ。まだ羅臼岳に行っていないが、乗越しのほうが優先ということになり、乗越すつもりで準備。気合い入れてイグルーを出るが、真っ白。乗越のリミットになっても変わらないので諦める。8時過ぎに視界出てくる。羅臼平までテン場上げようと全装で出発するが、10分で羅臼平到着。さすがに近いので元のイグルーに戻りアタック装に変えて再出発。霧が晴れたりかかったり(視界50⇔∞)で何とも言えない天気。岩清水からEP。ピークまで意外と難しい。D尾根の急なところがずっと続く感じで楽しい。ピークもパッとしない天気。一瞬、本当に一瞬知床岳くらいまで見える。わあ。来た道帰る。お茶漬け雑炊はおいしい。明日は北風が強そうで寒気も入り込んでくるらしい。動けなさそうなのでお酒。薗部からラム肉とコークハイのごっつぁん。みんなで3人用イグルーに集まり、市川から永遠に過冷却とはどういう現象なのかを聞かされる。Day3.Ω2=Ω3停滞。真っ白。イグルー補強する。明日は移動性Hだ。さすがにルシャまで行きたい。水欲しいと薗部に言ったら、自分でDFやって作れよと言われ悲しむ。イグルーを2つに分けるのはよくない。Day4.Ω3(9:15)熊の湯(13:00)ガス後晴れ。今日は予報も天気図もいい。が、テントを出ると視界ゼロ。乗越しのリミットまで待つも、全く変化なし。今日を逃すと悪天周期に入ってしまう。この場所にはいられないので下山することにする。9時頃に外に出ると上は全く見えないが、うっすらと下の景色が見えたので下山開始。10分ほど下ると視界が晴れていて暑い。別世界。なんとも言えない気持ちでだらだら来た道下山。熊の湯にも入らず、中札内村へ。ちょうど早稲田の山岳部などが知床貫徹しているのを知って羨む。<パーティー>1年班知床メイン敗退DF不調<感想>市川 うまくいかないことばかりだったがしかたない。またリベンジに行く。渡邊 不完全燃焼。メインの重さを知った。ありがとうございました柴部 6年間で最も緩いメインでした。これはこれで良い経験になりました。山はうまくいかないもんだと心に刻んでこれからも頑張りたいです。パーティに感謝。福島 短いメインとなりましたが、知床の入り口までやってこれたパーティに感謝します薗部 岬は遠かったー。でも納得はしています。また必ず知床に来たい。もっと強くなりたい。写真:なんともすっきりしない気分羅臼直下イグルーを作る流氷が見えてテンションが上がる。少しずつ稜線から雲がとれてゆく。もう少し早く晴れてくれたらな今晴れてもなあ、、出発岩清水
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| 2026-4-7 8:34 |
ヤマレコAACH
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頚城/焼山
頚城/焼山(積雪期ピークハント/縦走/妙高・戸隠・雨飾)日程:2026-03-29〜2026-03-30メンバー: Yanke1987コースタイム:写真:北面台地から頂部の火口壁焼山霞むザラメ快調シーデポしてアイゼンで登るあっという間にピークが遠のく噴煙を吐く焼山に近づく噴煙に行ってみる去年登った昼闇山を見下ろすもうここには来ないだろう火口壁を登りきるとここからが遠い妙高山、三田原山方面Penitenteか?ヒマラヤでもっと大きいモノを見たことがある翌朝つづら折りのてっぺんからシーデポから、これから滑る大斜面を見下ろす。C1雪に埋もれたピーク看板ふり返ると鉾ヶ岳火打と影火打感想:快晴の2日間をかけてじっくりと新潟焼山登った。昨年には昼闇山、何十年か前には火打から澄川滑降をやった。もうこの山域に来ることもないだろう。飛行機・新幹線乗ったり。レンタカー借りたりで結構高くついたが十分満足した。数日後にはS,B両氏と守門岳に行く予定なので、それまで新潟の低山登ったり酒蔵巡りしたりして過ごす。結局守門は天気悪く断念。
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| 2026-3-29 11:44 |
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狩勝峠から奥佐幌岳
狩勝峠から奥佐幌岳(山滑走/日高山脈)日程:2026-03-29(日帰り)メンバー: saito1987 toda1977コースタイム:写真:正面に佐幌岳佐幌岳近づく霞む下ホロ奥佐幌岳から椎空知山疎林帯を滑るカラマツ植林帯をのんびりスキー場まで最後にオープン斜面シャバ雪で快調肩の小屋中でしばし寛ぐ奥佐幌岳Co980のポコから東斜面を滑降稜線振り返る快調そうな斜面を見つけ、さらに次のポコ(Co980)目指す狩勝峠から稜線を北上背後に狩勝山の北西面が白いCo980のポコから奥佐幌岳を振り返る奥佐幌岳から次のポコは西側ネグる感想:狩勝峠から佐幌岳を越え、快調そうな斜面を探しながら北上。今回滑った斜面が一番かな。
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| 2026-3-26 12:00 |
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上ホロ北西稜
上ホロ北西稜(アルパインクライミング/十勝連峰)日程:2026-03-25(日帰り)メンバー: onodera22 watanabekaコース状況/その他周辺情報:凌雲閣(6:15)取り付き(7:10)上ホロ(11:00-10)H(11:30)凌雲閣(13:15)快晴無風!高気圧バッチシを狙って北西稜へ。神々しく輝く上ホロに見とれながら取り付きまで。雪はしまっていて歩きやすい。北西稜は全体を通して雪ばかりで岩は全くと言っていいほど出ていない。P1は、印象がない。ボコボコしたP2は、1度BSで左におり、ザイル15m出して登りやすそうなボコボコの間を行く。雪壁登り。渡邊リード。下の支点はキャメ#0.5、ハーケン、アックス。上はトライカム、キャメ#0.2、アックス。そこからしばしトラバースし、緩い斜面を直上。P3は右に回り込み、ルンゼを行こうとしたが、意外にもとりときまで急なBSが必要でそのまま直上することにする。1p 50m 渡邊リード。下の終了点は、イボイボ、ハーケン、アックス。中間支点はかろうじて小さいナッツ1つとれた。平なとこに出て切る。上の終了点は、スコップで岩を掘り出し、岩角タイオフとアックス*2。そこから60mほど雪壁を登り稜線へ。いつ振り返っても、見上げても、惚れ惚れとする景色、アックスもアイゼンもサクサク決まる快適コンディション、卒部前に2人で行けたこと、たくさん検討してもらったこと、ずっと行きたかったとこ、色々相まって、良い山行だった!あとはD尾根をおちおち歩いて凌雲閣まで。写真:北西稜から上ホロに行くことを夢見てた小野寺さん最後稜線出る前P2前P3前感想:雪が少ない時も行ってみたい
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| 2026-3-24 12:33 |
ヤマレコAACH
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燧ヶ岳
燧ヶ岳(山滑走/尾瀬・奥利根)日程:2026-03-21(日帰り)メンバー: babaa1986写真:思いもよらぬパウダー楽しみながら、あっという間に林道。ミニ尾瀬公園駐車場、出発。風が強い。橅平を進み、御池に通ずる道路を横切り、モーカケ沢に。時折り薄日さす中、橅平めざして斜面を登る。七入橋あたりから燧ヶ岳を望む。東の田代。風は強いが、すっかり晴れた。ポカポカの駐車場に戻ってきた。俎?からの尾瀬沼。風が強すぎ柴安?は諦め下山。強風で雪煙が舞い上がる燧ヶ岳。
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| 2026-3-23 3:04 |
ヤマレコAACH
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日高山脈全山縦走
日高山脈全山縦走(積雪期ピークハント/縦走/日高山脈)日程:2026-02-28〜2026-03-18メンバー: Iida_2017コース状況/その他周辺情報:日勝峠周辺、ピリカ〜十勝岳、豊似岳〜追分峠はトレースあり写真:夏尾根頭の棒1967峰ピパイロ方面うりゃあ野塚奥に見える1068がとりあえずの終点夏の大人気区間トヨニでシエスタ楽古岳にて やはりあの看板は葬られたようだ天馬街道1967峰17日目 稜線は続く全力で綴った日高へのラブレターピリカ「貴方」を「ギュッ」と抱きたくなってるあった!とおもったら…いい写真だが、実態はラッセルしんどすぎて意識朦朧ペテガリへ最終19日目の朝 海が聞こえるヒトだアイゼンがサクサク効くΩ15とオムシャ、Ωを作る必要?粋かどうかでしょうに芽室岳1903の分岐への稜線煙草の煙も夕焼けも、やけに目に染みたぜラッコの帽子も遥か遠く針金で修理。ベガとデナリが一番日高に似合う。なんか書いてあったこういうことです39へ11日目 今日も休めねえ、、、Ω14北トッタと以前6連泊した額平山ミゾレなので初日だけカッパ、おばちゃん配色ぼちぼち南斜面に雪の少ない所が出てきた二つ池の朝Ω3、この手のブロック取りやすい雪のほうが隙間を埋めにくいので不得手海12日目 また晴れかい広尾の街明かりが愛おしいコイカク岩稜青春の道朝夕これタ分岐上から。大雪まで見える笹が見えるところも出てきたあぁ春(飲んだ)北へと返る雁の列よく頑張った好きです神威3日目も無事終わった8の沢パッとしない天気ピラトコミ分岐へ、なんじゃいこりゃ!眩しいトッタベツ流域の山々リャンメンセッピ風が強すぎるトッター北トッタの岩稜の巻き4日目、朝の十勝平野ピパイロ分岐と1967峰サッシビチャリコイカク夏尾根から1823冴えない39の南面一直線の防風林が美しいオキシマップ18日目 蜃気楼か、日の出がずいぶん海上高い位置に見えるまきばの朝夕張芦別山域もバッチシスペイン流にSiestaを採用1903手前の岩稜は埋まって雪稜になっていたテント泊は△エサオマンピークのΩ6遠いよ10日目 いい天気で今日も休めない振り返ると芽室の向こうにウペトッタの向こうに幌尻帰りはアイゼンでピリカピーク、髪も眉も髭もすごいルベツネ方面さすがに登らんとね9日目 カムエクと思しきところ、残念2日目の朝39ピークにてコイボク本流沢中は穏やかそうで、冬に沢に泊ってのんびりすごすのも楽しそう、などと思う靴幅へΩ1 入口側をフライでふさぐのが定石芽室川沈む太陽もずいぶん後ろになった林道に出たお前は何処へうーん...最初の核心日だったが余裕なく写真も少ない好きです神威二つ池左手は札内川9の沢カール、右手はシュンベツ川カムエク沢対照的太陽から熱烈な歓迎を受けるかわいい後輩(アホ面×2)に見送られ1823へ神威かなソエマツにて、だいぶ顔が育ってきた快適Ω生活稜線に上がったとこ、ガスガスやっぱり「また会おう」と言ってしまった支七の沢、今年行きたい意識朦朧脱力ラッコ登りすごいラッセルルベツネ視界なし15日目 もうこのままいくぞ滑った後で怖い稜線を振り返るカムエクじゃいルベツネでガスに巻かれるカチポロ方面2月1日に埋めたデポさらに50センチは埋まってたエサオマンの西尾根からジャンクションピークまでがとりわけ美しいあぁ細めBカール夏尾根頭へ登り返し羊蹄も駒ケ岳も山親爺も起きたか春(虫)春39じゃいΩ窓から16日目の旭光ラッセルえぐいずっぼずぼ遠いピラミッドあたりから先の稜線海が近いカンバの尾根を気持ちよく登る(辛い)コイカクへ芽室岳トレースだカネサビルの階段最上部と全く同じメンタル日高にガンを飛ばす雪上仕様の軽トラ中ノ岳ーニシュオマナイ間、技術的にはこの辺が全山の核心部1823峰、辛いこうしてみるとまだまだ主稜線Aカール最初のピーク1573まで、ひどいラッセル野塚東峰から北アポイがだいぶ近い北日高の母、幌尻振り返る稜線は美しい23はこの画角が一番絵になる結局カムエクはガスの中嬉しい誤算、蛇足かとも思ったが確かにいい山だラッセル、雪庇、クレバスの三重奏C4=C5 すごい雪この向きで見てカムイとつけたと思うとうとうラッコが見えた1917峰広尾分岐から広尾岳14日目の朝 青の時間3度目の積雪期ペテガリ、はじめて晴れた落ちてた、ごっつあん一気に開けてフィナーレのある記念橋、風がなきゃテンバに最高感想:中札内でC0。現役Pのメイン下山と一緒になり、村の方々に宴会を開いてもらう。毎度毎度、本当にあったかい輪、縁。自分だけの為の登山が本当の登山だ、なんて思っていたけれど、頑張れる理由があること、下山を待ってくれる人たちがいること、周りにこうして面白がってもらえる、それらはとてもステキなことだ。1日目:日勝峠(10:45)ペケレベツ岳(14:05)ウエンザル手前Co1470(16:30)=Ω1雪のちガス 南岸Lの通過でミゾレなのでゆっくり起床、札幌へ帰る現役カーに乗っかり峠まで。拓郎をかけてくれる心遣いが嬉しい。ふたりの見送りを背に、いざ。日勝ピークへ行くスキーヤーのトレースから外れてしばらくするとペケレベツ。ここからウエンザルへはスノーシューのトレースがうっすらある。ラッセルもズボりもなく快調。14時頃から風。遅くまで動いてΩ1。イグルーの作り方が下手になっている...まずは一日一日丁寧にいこう。2日目:Ω1(6:15)ウエンザル岳(7:00)1498周辺(8:15~11:00)芽室岳(14:50)二つ池(15:30)=Ω2晴れ・風 バチバチの冬型で強風。ゆっくり出る。風にあおられながらジリジリ進むも、次第に耐風姿勢を強いられる時間も長くなり、行動開始から2時間でKO。十勝側に穴掘って休むこと3時間、風は依然強いが、太陽が出たので仕方なく再出発。強風に思った通りスノーシューの足が踏む出せないこともしばしば。西から東への大気の移動を全身で感じる。何とか芽室岳を越え、ピパイロ流域へ突入。夜まで風が残りそうなので、二つ池でΩ2。序盤で停滞するには勇気がいるので昨日今日と動いたが、2日とも0.7日分位しか動けていない。ま、長期山行でこんなことを考えても仕方ない。3日目:Ω2(5:30)1726(11:00)ルベシベ分岐(12:20)1967東コル(14:45)=Ω3晴れ・風 引き続き冬型で晴れ、昨日ほどではないが風もある。今日はピパイロ分岐の下くらいまで行きたい。足元はサクサクでよく進み、順調にルベシベ分岐を越える。1712周辺は少し岩が出ているがスノーシューのままで行ける。ピパイロ分岐の下で13時。今日からそろそろ天気図をとりたいので、ここで泊まるか少し迷ったが、ペース的に間に合いそうなこと、分岐近くに掘れそうな雪庇も見えることから分岐まで登ってしまうことにする。スノーシューのまま上まで行けた。そして正面にカムエクが登場、振り返ると芽室、その向こうにはウペペサンケ。ここからはトッタベツ流域だ。1967東コルの直前に急な岩稜の下りがあり、最後の最後でEP。下から見えていた北向き雪庇にシビアな北風が吹く中Ω3を作成。雪が硬くて大変だったがなんとか気象通報に間に合った。今夜も強風予報。明日は少しでも静かだと嬉しいのだが。4日目:Ω3(7:00)1967峰(7:40)北戸蔦別岳(9:30)戸蔦別岳(10:45~11:00)幌尻岳(12:50)戸蔦別岳(15:00)Co1700付近=C4晴れ 動ける天気であることは予想がついていたが、目覚ましの時点でビュービュー音がしていること、疲れていることからごろごろしてしまう。6時に再び目を覚ますと風も落ち着きドピーカンなので急いで出る。いやはや、だらしない...これを直さないことにはうまく進んでいかないぞ。Eストックで1967を登る。少し進んだ下りのワンポイントでピッケル出してバックステップで降りる。再びEストックに戻し、北トッタへ。北トッタ・トッタ間の岩稜は日高側を巻く。ここは難しいこともあるが、今回は雪がサクッとくるぶしまで入る好条件で、ピッケルを出すまでもなかった。快晴のトッタに着く。私くらいは登りなさい、と幌尻が呼ぶ。膝に悪い下り、ニセピークにうんざりする登りをこなして日高の最高峰へ。エサオマンの西尾根から札内JPまでの雪稜が言葉では表現しきれない美しさを見せている。この上空は帯広空港への航路なのか、ジェット機が頻繁に頭上を飛んでいく。トッタへの帰りをヨロヨロと歩いていると、今度は後ろからヘリコプターがやってきた。頭上かなり近くまでやってきて神威岳のほうへ飛んでった。なんだよなんだよ。トッタに復帰すると予報通りガスってきたので駆け足でカンバ帯まで降ろしてC4。テントに入ると小雪がちらちら。明日はさすがに停滞したいなあ。5日目:C4=C5雪 停滞。それなりに勢力のある南岸Lの通過により大雪。朝、夕と除雪に出る。それでも飛行機の音は聞こえるので、タイヘンな雪というほどでもないのだろうか。日中は「サイゴンから来た妻と娘(著:近藤紘一)」を読む。結構捗る。あとはラジオ。停滞日に聞くAir-G松尾さんの声はやはりいい。流れてきた竹原ピストルの新曲も◎。明日の午後位から冬型に移行して快晴強風のパターンに入れば無事にコイカクまで行けそうなのだが。新雪ズボズボで捗らなくなりそうなのが不安だ。6日目:C5(7:00)神威岳(10:30)エサオマントッタベツ岳(14:30)=Ω6ガス 大樹ではなんと67センチも降ったそうな!こちらも雪が止むまではテントを出たくないので二度寝。あまりの降雪にテントが潰れそうなので、仕方なく5時半に除雪と排泄に出る。両方を終えてテントに戻り、メシを食う頃には雪も落ち着いたので出発。視界は50~100m、風なし。予想通りの新雪に膝ラッセルを課せられる。うげ。神威まではそれでも平らなのでよかったが、神威からエサオマンへはラッセルに雪庇、巨大クラックも追加された三重苦。途中、どこかから変な声がするなと思って見上げると、隊列を組んだハクチョウが北東の空へと飛んで行った。最後の登りでEPにして何とかエサオマンまで。ようやく言えるぜ「俺とお前とエサオマン」(AACH語録お気に入りNo.1)。ピークにΩ作成している途中、作りかけのΩから一旦出ようとして雪庇下のカリカリ斜面を10m滑落した。アブネ〜。7日目:Ω6(6:30)1855峰(9:30)1917峰(11:30)カムエク北Co1720コル(13:30)=Ω7ガス めずしく朝きちんと起き、準備を終えるも外はガスガス。Ω内で体育座りをして過ごすも、1時間で寒くなったので出発してしまう。視界はひどいと5m程だが、雪庇の判断さえできればいいのでジリジリ進む。ただ、楽しくはない。一応作った計画では1760南西コルからカムエクまで3時間で行けることになっており驚愕。んな訳あるか。テキトーな過去の自分を呪う。1855峰からは岩稜が出てきてほどほどに緊張する。ガスは1917の下りくらいからはれ出す。ところが、右ヒザ頭の左上の靭帯?がハードユースの為だろうか、炎症を起こして痛み出す。何とかカムエクを明日数時間の射程圏内に入れたところで痛みの限界。行動中にすぐに腹が減るようになってきた。また、テンバでもちょっとした行動が雑になっていることが自分でも分かる。寒くてあまり寝られていないせいか、結構疲れが溜まってきている。痛み止めの薬を飲んでから寝る。ひとまずコイカクまでは...8日目:Ω7=Ω8ガス? 停滞。「低気圧の接近で全道的に厚い雲に覆われる」とのこと。5時過ぎに外の様子を窺おうとΩ入口に小穴をあける。途端風雪が吹き込み、一撃で萎えて寝る。7時くらいに再び様子を見るつもりだったが、ぐっすり寝てしまい、次に目を覚ますとまさかの10時。外は明るく穏やかな気もするが真相は不明。停滞と決めたので風の音がしてくれたほうが嬉しいのだが、あまり吹かないどころか午後からは完ペキな無風。とにかくよく寝た。ラジオによると日本海側や道北は大荒れらしい。明日以降は冬型で好天だといいのだが。というよりオレ自身に気合が入るといいのだが。9日目:Ω8(5:45)カムイエクウチカウシ山(6:30)ピラミッド峰(8:00)1823峰(12:15)ピラトコミ分岐(14:00)コイカク夏尾根頭(16:20)デポ地Co1550付近(16:40)=C9ガスのち晴れ Ωは風下の入口に雪が1m程吹き溜まっており、天井から脱出。やはり昨日は結構降ったようで安心。今日は冬型で曇り時々晴れの予報だったが、出てみると視界10m強風。しかし出ると決めてしまったので出る。朝イチでカムエクへ。視界がなく雪庇を必要以上に避けるせいで、雪の溜まったズボズボの斜面に突っ込んでしまう。と、上から50cmの層が足元から下でスパッと切れ、カムエク沢へ消えていった。アヒィ。気を取り直してしばらく登ると、なんだかよく分からないが一番高いところに着いた。コンパス方向を変えてピラミッドを越え、1807右岸尾根頭を小さくネグると、次は大好きなピーク1823だ。しかし、ここからがかなりシンドかった。アイゼンとスノーシューの履き替えを何度もさせられる。1823は見えたと思ってから全然つかない。スノーシューで膝ラッセルさせられる始末。結局視界も微妙なままヒラヒラで越えた。ピラトコミ分岐まではさらに大変。昨日のLとその前の南岸Lの雪がちょっとしたポコに大量に乗っかっており、えげつない傾斜でえげつないラッセルをさせられる。こんなのワタシはじめて〜!だんだん腿の靭帯も痛み始める。分岐を越えるとようやく少し正直な稜線になり、13時過ぎにコイカク岩稜の下に着く。明日デポ回収と39アタックをするなら、今日コイカクまで登り切ってしまいたいので、天気図は諦めてコイカク岩稜に取り付く。途中振り返ると岩稜から1823へと続く稜線が美しい。問題なく登りきるが、稜上は爆風でとてもΩを掘れる状況にない。ヨレ切った体でデポ地まで夏尾根を降りる。と、下降開始5秒でベタに滑落。すぐにピッケルで止まったからよかったが、相当キテいる。20分ほどでデポ地のピンテを発見、頑張って掘り出し、整地してテントを張るともう18時過ぎ。とっても疲れた長い一日、1823が少し嫌いになった。夜もテントを煽る風の音で全然寝られない。10日目:C9(6:00)コイカクシュサツナイ岳(6:40)ヤオロマップ岳(9:20)1839峰(12:00)ヤオロマップ岳(14:20)ヤオロの東Co1700付近(14:40)=Ω10晴れ 久しぶりの晴れ。1823峰や十勝平野がよく見える。と、思ったらヤオロに着くころにはガス。気温低めで風もあって嫌な感じ。でもまあ、何とかなるしょとヤオロに食料等デポして1839アタックへ。くじょぐじょ両面雪庇だが、丁寧に歩けばスノーシューでもある程度行ける。前衛峰の登りからEストック、このあたりからガスがはれ出す。直下のかなり急な斜面からはピッケルも出し、前爪を蹴り込んで登る。様々な思い出のある1839峰、最後の最後は晴れてくれた。ピー写をパシャパシャと取り、ヤオロへ帰る。帰りはトレースがある分沈まず、結局ヤオロピークまでアイゼンで戻れた。デポをザックに詰めて西風の稜線からとっとと退散。再び重くなった背中とバックステップも出てくる割にはズボズボの下りにウンザリしていると、ガスガス&降雪に。これ幸いとΩを作ってもぐりこむ。やっぱりΩカイテキ!「日高山脈のピークで打線組んでみた」をやったら結構盛り上がりそう、1839は四番サード的なカッコよさがある、1967は足の速い一番っぽい、などと下らないことを考える夜。足先が冷たく、熱を奪われている感じで全然寝られなかった。それでもなんだかんだ明日から後半戦だ。11日目:C10(7:30)1599峰(9:40)ルベツネ山(13:30)ペテガリCカールのコル付近(14:40)=C11晴れのち雪 寝不足。とりあえず目覚ましを無視したが、外は無風な様子なのでしぶしぶ起床。晴れている...停滞できない...昨夕からの雪で昨日のトレースが消えている...どんだけ降るんだよ...朝から強烈なラッセルでスノーシューが膝まで埋まる。1599を越え、ルベツネへ。ここもエグいラッセル。最後の登りの前に細い岩稜がありEP。ピークを踏み、アイゼンのままCカールのコルまで降りてΩ作成。場所が悪く、ハイマツが出てきたので入口雪庇側に大胆にスコップを入れたら崩壊。仕方なくテント泊にする。ポールのゴム紐が伸びきっていてまごついたせいもあり、結局天気図に間に合わなかった。早めに行動を切り上げた意味がない。7時間動いてはいるが、進まないのでそんな気もしない。毎日、気づくとテンバにいる気がする。行動食は午前中に食べきってしまうし、テント内でも湯こぼしなどしてしまうし精彩を欠く。自己肯定感ダダ下がりの一日だった。疲れている!グズグズと惰性で進めてはいるものの、先が見えない。まだ中盤ということがとても辛い。正直もう終わりたい。あと最長で10日?とにかく明日は停滞させてくれ。12日目:C11(6:00)ペテガリ岳(7:30)1314(9:30~10:30)中ノ岳(13:15)ニュシュオマナイ岳手前Co1300(16:15)=C12晴れ・無風 今日も休めない。今日はニシュオマナイの先まで行きたい。まずはペテガリへ。アイゼンで出たが、ズボるのですぐにスノーシューに。ピークからはピリカあたりまでよく見える。振り返ると39も。1573から1469の稜線はひどいラッセル。1314までガツンと降り、ここでシエスタを採用。30分程ザックに倒れ込み大休止。ラジオを聞きながらほげほげ過ごし復活。中ノ岳へ。ここはわりと素直な登り。最後までスノーシューのまま行ったが、結構おっかなかった。ピークから風衝地をしばらく下りると細く急な岩稜・雪稜となりEPにする。ズボズボでしんどい。おまけに行動食はシエスタで食べきっているので腹ペコ。稜線が太くなってスノーシューにしてもラッセルをさせられる雪。気温が高く風がないのが唯一の救いだが、休憩の度にザックに倒れ込み、気づくと5分ほど意識が飛んでいる。右膝の痛みも再発、根性で進むが1300で限界。全山って大変なんだ、とようやく身をもって分かってきた。明日以降、今日の高温で雪が締まってくれることを期待していたが、天気概況はまた低気圧の到来を告げている。頼むからもう降らないでくれ。13日目:C12=C13風 夜中から荒れだし、目覚ましの音も聞こえず、明け方にはフライも吹っ飛びかける強風になる。視界はニシュオマナイまで見えるだけあるが、風は昼までずっと強い。Ωだったら出発する気になったのかもしれないが、テントで泊まると必要以上に風が気になる。食料の消費と回復のために停滞でいいことにする。客観的にはあと行動6停滞2程度と余裕があるのだろうが、当事者としてはそんな余裕はないし、終わりが見えてきたことで焦りや計算が出てしまうので精神的に疲れる。ここ数日は毎日残りの予定を書きなおしてしまう。14日目:C13(5:20)ニシュオマナイ岳(5:50)神威岳(8:20)靴幅山(10:30)ソエマツ岳(13:20)ピリカヌプリ手前Co1420(15:30)=Ω14晴れ・無風 朝早く出る。ニシュオマナイまでやさしい青の時間が流れる。ここからだんだん稜線が広くなり、昨日までとは打って変わって快調に進む。ここ数日の日射と強風の影響で、雪もスノーシュー向きの程よく締まった状態。十勝周辺で雪崩事故が連発したらしいが、それもナットクという感じ。南日高の中で割と好きなピーク、神威岳を越え、靴幅山へ。靴幅リッジでEP。まあまあ細いが問題なし。ソエマツ方面に少し下ってからEP解除。ソエマツはニセピークからが割と遠く疲弊するが、振り返るたびに神威の南面が元気をくれる。ソエマツを下ると稜線はさらに広くなる。あとは海を遠くに眺めながらだらだら歩く。14時頃、のんびりと穏やかな日高の港を眺める。いよいよ穏やかで落ち着いた暮らしにシフトしてもいいなという気になってくる。さすがの日高大好きっずも15時半からピリカの登りをやる気にはなかなかならないのでテンバる。Ωを作りながらシュラフ類を乾かしてみるが効果は不明。今日も完璧なΩを作成。「ただ繋げるだけ」「だけ」なのは確かにそうなのだが、それこそが大変。14日もやると分かる。今までの最長11日とはわけが違う。また一つ、自分と日高の間に新しいものが生まれた嬉しさを感じて眠りにつく。15日目:Ω14(5:40)ピリカヌプリ(6:30)トヨニ岳南峰(10:30~11:00)野塚岳東峰(14:30)オムシャヌプリ手前Co1180(15:45)=Ω15晴れ 今日もいい天気。野塚付近を目標に出る。アイゼンサクサクピリカピーク。下りきってからも履き替えが面倒なので1512までそのままで行く。ピークからうっすらトレースがあるなと思っていると前から人が。入山後初めて、久しぶりにしゃべった。その後も続々と。この日全部で20人くらい会っただろうか。そういえば今日は土曜日だもね。みんな応援してくれる。ホワイトデーということでスニッカーズをくれた人も。一組だけ泊まり装備のパーティーもあり、その中の楽しいおばちゃんとは「やっぱ山は泊まんなきゃ、みんな泊まればいいのに」と話が合う。トヨニから少し下って30分のシエスタ。ザックの上で爆睡して回復。トヨニの下りから雪が腐りはじめる。疲れた足腰で結構おっかない。左右もそれなりに切れており、事故が多いのもナットク。天馬街道のパーキングには大量の車、大人気だ。野塚西峰に14:00。今日(結局下山まで)最後の一人と話す。名前まで聞いてくれ、応援してくれて嬉しい。俺も渋いルート取りをしている彼女に「いい山やってますね」の一言ぐらい言えれば良かったなと、後になって思う。そのあとオムシャのコルまでと思ったが16時前に気力体力の限界。今日も完璧なΩを作成。テンバで聞く大相撲春場所が毎日面白い。今日は人とたくさんしゃべって心が回復した。明日は楽古越えだ!16日目:Ω15(5:40)オムシャヌプリ西峰(6:30)十勝岳(9:30)楽古岳(13:00)1886付近(13:40)=Ω16ガス 海と雲の隙間から見える日の出とともに出発。朝の稜線はガリガリ。オムシャからなんとか3時間で十勝岳。1285を越えたところで、体から空気が抜けたように力が入らなくなってしまう。空腹とかそういうレベルの話ではなくなってきた。よろよろと楽古へ向かうが、ストックを握る手に力が入らない。最後の急な登りは視界10m位。なんとかこなして十勝から3時間半でピーク着。下りはハイマツが出ているが急なのでアイデンに替え、降りきってからスノーシューに戻す。平らになると今度は目が疲れているのか、雪面の印影がつかめない。ガスのせいもあるとは思うが、目の前の傾斜変化やちょっとした段差に気づくことができず、何度もズッコケる。今日含め、あと4日のつもりだったが、+1日はやむなしとして早めに行動終了。Ωを掘って長く休むことにする。もうぜんぜん頭がはたらかない。力を使うところすべてが疲れている。歩く力、考える力以外にも。今日顕著だったのが、おしっこを我慢する力。普段なら我慢とも思わない位の尿意でおしっこが我慢できない。もう忍耐力だけで頑張っている。ぐえぇ。17日目:Ω17(5:40)広尾岳分岐(11:40)戻り(13:00)1068(16:45)=C17曇りのち晴れ 朝のうちは気温が低くカリカリなのでアイゼンで出る。あまり頑張りすぎないほうが結局よく進む気がする。標高1200くらいより上と十勝側はガスの中。全道的に高気圧圏内とのことだが、こういう時に限って曇るのが十勝。あまり頑張らずジリジリ歩いて広尾岳分岐1186。ザックデポして空身でアタック1.5時間、戻ってきて13時。まだ元気なので、この日2つ目の行動食を開け、行けそうなところまで進む。このあたりから標高はとうとう1000mを切るが、まだ日高の稜線らしさは十分に感じられる。その上、特に広尾岳から1086の間は街や林道が再び遠ざかり、カンバが稜線のすぐ近くまで来ており、原始を感じる良い区間だ。とはいえ主稜線の終わりがあいまいで困る。計画では1086を終わりにして猿留川沿いの林道に降りることにしている。1086で稜線はいったん東西に分岐するが、どちらも尾根な気もするし、稜線な気もする。そんなことをずっと考えてしまう。ということは、ここから林道に下ってしまうことにはやはり納得がいっていないのかもしれない。どこかやり残し感がある証拠かもしれない。が、まあよい、そんなことを言ってもきりがない。切りよく夕暮れ時に着けそうな1086まで頑張る。途中、ズボりがちな区間もあったが、雪庇側の堅い所を選んで歩き、結局一日アイゼンで動けたため、スノーシューに比べてだいぶ足が楽だった。ここまで来たらやっぱりあと2日で下山できるだろうか。テントを張りながら眺めていた太陽が自分よりずいぶん後ろに沈んでいった。18日目:C17(6:00)猿留川林道418の先(7:30)記念橋(12:30~14:30)豊似岳北尾根Co740ポコのコル=C18晴れ 朝の準備中、ラジオからはブルーハーツの「君のため」。いい一日になりそうだ。ここで一度日高の稜線に別れを告げる。718を過ぎたあたりで木がうるさくなったので、林道めがけて南東に降りる。猿留川林道はかなりしっかりしているが、昼が近づくにつれて雪が濡れてズボり出す。重たいザラメ雪に心まで疲れる。AMラジオを流し、気を紛らわせながらなんとか記念橋まで。茶を沸かし、ラジオを聞き、眠る。今日は甲本ヒロトの63歳の誕生日らしく、ブルーハーツの曲がよく流れる。2時間休憩したのち、明日下山すべく豊似の北尾根に取り掛かる。取り付きはかなり急だが、落ち着いたリズムを意識して登り、何とか740のポコまで。この山行は、俺から日高への「ラブレター」だ。19日目:C18(5:20)豊似岳(6:50)オキシマップ山(8:00)追分峠(10:15)道道34号分岐(11:30)襟裳岬(15:00)晴れ 目を覚ますと外から船外機の音。最終日。カリカリの尾根を登りきると遥か後方に楽古のトンガリ帽子が見える。そして正面には。はじめて目にする岬。いよいよだ。ここで嬉しい大誤算、オキシマップ経由で追分峠までまさかのトレースあり。最後に再び稜線を振り返り、「さらば」と一言。でもそのあと「また会おう」と結局行ってしまう。やっぱりダメだった。牧場跡を少し歩き、雪の少し融け残った道をつぼ足にして追分峠へ。電話をもって入山していないので、下山連絡のために少し遠回りだが公衆電話のある日高側へ降りる。街に近づくにつれ、爆増する情報量。つい先ほどまで杭の1本、看板1つに一喜一憂していたので単調な道路歩きが全く苦にならない。山から街へを感じられるこんな終わり方がいつだって好きだ。国道が海に出たところで休憩。岬まであと12km。再び歩き出し、岬まで残り5kmほどの東洋小学校向かいの公衆電話に入る。が、なんと不通。公衆電話でそれやっちゃダメでしょNTTサン。結局近くの民家の方にスマホを貸していただき、下山連絡を入れる。一人で山をやっているようでいて、結局こうして色んな人に、そのやさしさに、世話になっているんだ。と、また実感できたからまあいいや。岬まで最後の1ピッチ。予想はしていたが、やっぱり今更特に感慨はなかった。「もうこういう山は辞める」なんて言わない。結局俺はこういう山が好きだ。もう十分わかった。自分の中で大きなものだったこの山行の存在や意味について。「この山行があったからこそ、周囲をより思える、山についてもそれ以外のことについても本当に大切なことは何かということを考えられる人間に成長したな」と、10年20年後に振り返った時に思える、そういう山行になったらいいなと、していきたいなと。そんなまとまりのないことをなんとなく考えながら、西日差す海を眺めながら、岬へと歩いた。さて、これから、どこでなにをしようか。
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| 2026-3-23 1:06 |
ヤマレコAACH
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道東/ペンケトーからクッチャロ外輪
道東/ペンケトーからクッチャロ外輪(積雪期ピークハント/縦走/道東・知床)日程:2026-03-21〜2026-03-22メンバー: saito1987 zeniya1990 Yanke1987コースタイム:写真:凍った湖面をスキーで横断コトニヌプリ頂上クッチャロに向かって冬季閉鎖の道道を自動運転で下山(途中ショートカット)ペンケトーからパンケトーへの狭窄部近く双岳台からペンケトーへ向けて樹林内を滑降クッチャロ見えたサマッケヌプリを振り返るサマッケヌプリ頂上下山の沢筋へパウダー溜まっていた頂上付近は樺の疎林オサッペヌプリへ原生林の森をラッセル気温上がって下駄履き苦行の始まりサマッケヌプリへ翌朝快晴の朝ポンサマッケ(△931)へ向けて再び湖面を行くペンケトーに降り立つサマッケヌプリの滑降コトニヌプリまでもうすぐ雄阿寒オジロワシ舞うパンケトー対岸の森へ上陸至福の時間コトニヌプリの滑降沢筋へ滑降ポンサマッケ(△931)頂上パンケトーもスキーで横断オサッペヌプリ頂上感想:凍てついた森と湖の彷徨、名も知れぬマイナーピークの滑降。僕らのハイマートがここにもあった!
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| 2026-3-21 1:58 |
ヤマレコAACH
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奥手稲山
奥手稲山(積雪期ピークハント/縦走/札幌近郊)日程:2026-03-19(日帰り)メンバー: Omote76コース状況/その他周辺情報:林道はトレース有り、上二俣からはsuncrust、その下は軟雪でスキー不快調写真:左斜面で昔、ヤンチョとスキー練習をしたとか林道合流点スノーシュと山スキー奥手稲から手稲山帰路沢沿いのトレース奥手稲頂上感想:前日はMの体調不良により余市岳(雪洞予定)を途中下山、当日もシャーボウ(小屋番)、ボンタ・ハチは体調・予定により林道から引き返し、リーダーは難聴でコールが届かず。Senior(Ave.76歳)は体調管理が難題である。翌日、快晴の下でイグルーづくりに勤しみました。
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| 2026-3-15 10:17 |
ヤマレコAACH
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Le tour de Moiwa
Le tour de Moiwa(雪山ハイキング/札幌近郊)日程:2026-03-11(日帰り)メンバー: Omote76コースタイム:写真:樹皮を失った末路か?白枯れが陽に照らされる周回ルートなので、左足が常に山足となる藤野スキー場とクマゲラの餌場マイルドセブン、West Slopeのルート付近では食害痕は無かった春の陽が眩しいビル群の向こうに樺戸山塊沢の横断は上がるか、下がるかの選択。North Slopeの食害は少ないNorth Slopeの食害はEast Slopeから鹿が侵入している唯一のpeak 170、周囲に食害、足跡、糞多数スタート地点から街並み市民スキー場、平日なので閑散としているSouth Slopeの食害が目立ち出す終点(人家)近くの食害痕、枯れるのは時間の問題か一般道は高速道路状態、藻岩山頂へと続く感想:数年前から構想していた「Le tour de Moiwa」を実践した。East slopeはこれまでも何度か歩いていたが、North〜Southは一部以外歩いたことが無い。事前に地図読みして大まかなルートと戦略?を設定、現地で地図読みしながら積雪、沢横断でルート修正、スノーシューでひたすら歩く。夕暮れがせまり、South slopeとEast Slopeの境界で完走を断念した。藻岩山発電所の導水管がルート上の障害でもある。MS発着の全徒歩時間は7時間半、札幌では街中から雪山ツアーができるのに、山頂を目指すトレース4〜5本と交差したのみ。鹿の食害を観察しながら、この時期しか歩けないMoiwaを満喫した。
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| 2026-3-15 9:44 |
ヤマレコAACH
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積丹/滝ノ沢山
積丹/滝ノ沢山(山滑走/積丹・ニセコ・羊蹄山)日程:2026-03-15(日帰り)メンバー: saito1987写真:頂上から滑降はじめはアイスバーン北西尾根登るCo280で滝の沢川左股をスノーブリッジで渡り北西尾根に取りつく滝ノ沢山捉える訓縫層の大露頭頂上から反対側に熊追山北斜面から天狗山昨シーズン登って滑った天狗岳奥に両古美山天狗山を正面にカタ雪の林道をすすむ尾根はシャバ雪と化す積丹岳周辺は終始ガスの中Co380で北西尾根に復帰ややオープンな北斜面を滑る神恵内沖の日本海をバックに頂上感想:昨シーズン行きそびれた滝ノ沢山へ。展望の利くピークで、数年前トレースした地味な分水嶺の山々を眺めて悦に入る。下りは途中から北斜面へ。適度な斜度があり、灌木の間隔も広い。たとえ悪雪であっても悠然と。
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| 2026-3-11 16:16 |
山岳館
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北大山岳館の30年 |
| 2026-3-11 15:29 |
AACHお知らせ
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北大山岳館の30年
北大山岳館の30年 1995〜2024年
PDF(2024年4月発行) 北⼤⼭岳館は北⼤⼭岳部創⽴70周年の記念事業として1995年に建てられた。それから30年がたち、⼭岳館は、当初想定されていた、⼭岳資料館や集会・会議室としての機能のみならず、さまざまな⽂化活動の拠点となってきた。2026年に、北⼤⼭岳部は創部100年の節⽬を迎える。この機会に、⼭岳館運営委員会では、⼭岳館の30年史をまとめることにした。北⼤⼭の会の会報や⼭岳館運営委員会の記録類ほかを参照して作製した年表のほか、項⽬別の⽂献数、地形図、出版物、講演会・展⽰会活動、登⼭装備や絵画などの収蔵物品の⼀覧表を作製した。以下、⼭岳館の建設構想から建設後30年間の活動について、いくつかの時代区分を設けて、述べてみたい。 ⼩泉章夫 小泉章夫 |
| 2026-3-11 7:44 |
ヤマレコAACH
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D尾根~上ホロ~十勝岳
D尾根~上ホロ~十勝岳(積雪期ピークハント/縦走/十勝連峰)日程:2026-03-05〜2026-03-06メンバー: shibabemaru watanabeka ichikawata00 itgktsk18zコース状況/その他周辺情報:Day1:凌雲閣(6:00)H(8:00)上ホロ避難小屋(8:30-9:00)十勝岳(10:15-10:30)十勝岳避難小屋(12:30)雪崩コンディション悪く、稜線も雲に包まれて視界もなさそうなので、引き返すつもりで出発。視界2.300。稜線上白くなったところでデポ旗打つ。しかし、進んでいるとどんどん視界は良くなっていく。視界500以上。上富良野(H)直下も吹き溜まっておらず雪崩問題ない。雪壁のようでEPにした。天気図的には回復傾向かつ、天気予報は外れている。デポ旗打ってしまったが、今シーズンのうちに上ホロに必ず行く予定なので乗越すことにする。上ホロ避難小屋はドア付近に雪が詰まっていて使えない。不届者め。上ホロ避難小屋で、もう1回話して進む。十勝岳まではあっという間。美瑛まで見える。十勝岳からの下り、火口より下でところどころ視界50まで落ちるが、特に問題なく避難小屋まで。途中尻滑りを楽しむ。避難小屋はドアを掘り出す必要があった。1年目の天気図はもうすぐで合格。Day2:C1(5:30)十勝岳(7:15-8:45)十勝岳避難小屋(9:30)白銀荘(9:50)凌雲閣(11:10)引き返し(12:20)凌雲閣(13:30)曇り。スープパスタは吐きそうなほど不味いと言われてしまったのでメインでは不採用。十勝岳までは視界50未満。前日のトレースたどって上がる。十勝岳のピークのみ雲の上に出ていた!普段感情をあらわにしない福島も「わーお!」と嬉しそう。雲海に一同感激。時間待ちしてもよかったが、回復するにしても結構待たないといけなそうなので降りてD尾根行ってデポ旗回収することにする。小屋までは視界50未満、小屋より先は視界無限。体力づくりのため道路を歩いて凌雲閣まで。アスファルトは一気に疲れる。みんなでデポ旗回収して下山。凌雲閣に雪崩講習会で見たことのある人が何人かいたので何事か聞くと、三方沢ででかい雪崩が起きたらしい。あと2週間はよくないコンディションが続くらしい。市川の強い希望で未来亭へ。ザンギ食べきれず。1年班知床 最終準山 長時間行動 EPワーク 総合確認写真:十勝岳避難小屋上ホロ避難小屋いえーいソリ十勝岳から視界ない白銀荘へD尾根青空が見える気がするHへの登りみんなで尻滑り雪の塊がうれしいお年頃再びD尾根。感想:雲海は思わぬご褒美だった。
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| 2026-3-8 9:31 |
北大山岳館FaceBook
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フロンティア(辺境の地)
フロンティア(辺境の地)
本州の友人からのメール ”北海道に行くけど 会えないかな 長女の娘が北大に合格 手続きに付き合うのだけど”。 ”大学生の娘に親が付き添いかい” ってツッコミを入れようとしたけど よく読んだら 娘の娘・・・ ・・・孫かぁ・・・。 付き添い役は孫の方なのかも(*^^*)。 ”フロンティア” 少々使い古された言葉のような気もするけど かつての北海道は この”フロンティア” という言葉が馴染みました。 北大特有のアイデンティティもまた、この地勢的な影響を受けて、培われてきたといえます。 北大は今年150周年を迎え、山岳部も100周年となります。 このアイデンティティを再確認するのに良い機会となるのでしょう。 ちなみに 山岳館は北大の北西の ”フロンティア領域?!” 恵迪寮の隣にひっそりと佇んでいます。北大のメインストリートからは少し離れていますが、地下鉄北18条駅からだと西に真っすぐ、獣医学部を右手に眺めながら、それをすぎると左に原始林、その原始林の縁(へり)でサクシュコトニ川の小さな流れをまたぐ仮設の橋を渡ればすぐです。 このあたりは北大のなかでも 辺境(フロンティア)感が残っている魅力的な場所です。雪が溶けて季節が良くなれば、是非足を運んでみてください。 4月になれば多くの新しい学生たちがやってきます。 友人のお孫さんもまた、この地で何かを得られるものと確信しています。 ようこそ北海道に ”エルムはまねく” (*^^*) (KY) ![]() (Feed generated with FetchRSS) |
| 2026-3-7 21:30 |
イグルースキー
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イグルスキー講習会2026 9回目 岳都松本山岳フォーラム3/7
ことしも2度目の開催です岳都松本山岳フォーラム主催で今回も30人定員パンパン、キャンセル待ちごめんなさい。来年はもう少し回数増やせそうです。 県内各地はじめ、関西、関東、甲信越、愛知県とあちこちからありがとうございました。ほとんどの人が完成出来て喜んでくれました。完成できなかった人もたくさん新しく知ったと思う。 ![]() イグルスキー作成しながら説明 ダメだったら穴からでて、隣からでかいブロックとれ!イグルスキーの動画を100回も見たって言ってくれた人がいて、ほかにもたくさん。著書も読んでくれていて、山スキーのことも話した。イグルーで自由な山登りをしたいって思っているのがわかった。 みんな、どんなところで作れる?って聞くけど、答えはどこでも作れるよ、なのだ。半径1mのここで、っていうとムズいけど(でもできる)、半径50mだったらどこでも探せる。雪がいまいちなら、2m変えるだけで全く違うのも何人かに知ってもらった。今年気付いた知見は、ダメそうなら見切りをつけて、すぐ隣に雪取り場所を作れってことです。この助言で何人も完成させた。 ![]() 台中から大町に移り住んでいる呉さん。雪が好きだから来たんだって!いい人生だよね イグルー講習、今シーズンはこれにて最後。今期は山にも行かず朝から晩までお絵描きムービーの修行をしていましたが、あと31日で満足行く完成品を作りたく、4月8日までは山に行きませぬ。みんな、楽しんでくれてありがとう。 来シーズンまでには、イグルー製作法必見お絵かきムービー動画をつくるからね。 山行記録: イグルスキー講習会2026 9回目 岳都松本山岳フォーラム3/7 2026年03月07日(日帰り) 槍・穂高・乗鞍, 講習/トレーニング / yoneyamaの山行記録 www.yamareco.com
![]() 全員写真。このまま7人が泊まった。 |
| 2026-3-6 21:56 |
イグルースキー
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イグルスキー講習会2026 8回目 関西ガイド協会3/4
関西山岳ガイド協会7人引き連れてユカさんがやってきた男3人女4人。昨日松本雨、昨夜は雪だったけど晴れた〜。前回までのイグルー遺跡だらけの森を抜けて、今日もスタート。イグルスキーの55分イグルーに続いて個別で製作開始。きょうは、新雪20センチをどけた下にまあまあの雪層。下の方は霜ザラメ化しているから、良い層を見つけたらそこから余さず取るのがよい。 美濃のタカイさんが、にこにこバンバン楽しそうに積み上げて、カイラス山みたいな立派なやつを1時間で完成。お見事! ![]() タカイさんの巨大イグルー。天井高くて居住性良し。テーブルに食卓も作っていたよ ユカさんは完璧すぎるレアチーズ状の墓石ブロックをコツコツ量産して、ゆっくりながら切り出し方は完全に自分のものにした。 ナカツジさんは、コツコツ積んで、長細いので屋根まで完成させたし、バンバさん、キトクさんは、初期のジャガイモブロックを全排除して、長いやつに変えた。攻め攻めに中に寄せ積みして完走。ヒラカさんは長いやつ並べて完成。 ![]() マイペースで一作目から着々積み上げました。特に助言無かったよ オータさんはなかなか長いブロック取れず場所も変えてみたけど、トレンチきちっとやって、最後の屋根は、薄くて軽いフレークで塞いで完成。全員時間内に作り終えて14時下山できた。みんな喜んでうれしい。 ![]() トンネルで3つ連結。モグラ合戦だ トレンチの下準備、攻め攻め積みの二つが、ポイントだ。 ユカさんは仲間二人がこのあと登ってきて合流し、泊まって乗鞍アタックとのこと。 来年は伯耆大山でやろうってことになった。 ![]() 集合しました。全員完成のうれしい日です 山行記録: イグルスキー講習会2026 8回目 関西ガイド協会 2026年03月04日(日帰り) 槍・穂高・乗鞍, 講習/トレーニング / yoneyamaの山行記録 www.yamareco.com |
| 2026-3-4 12:10 |
ヤマレコAACH
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積丹岳コンタ尾根
積丹岳コンタ尾根(積雪期ピークハント/縦走/積丹・ニセコ・羊蹄山)日程:2026-02-27(日帰り)メンバー: shibabemaru watanabeka ichikawata00 itgktsk18zコース状況/その他周辺情報:車(5:50)ピーク(9:30-40)積丹岳南西ポコ引き返し(11:30)車(14:50)次の日は気温が高く雨予報なのでワンデイで積丹コンタ尾根〜余別北尾根で行く方針。大滝川を渡渉してコンタ尾根に取り付く。ラッセルなし。サクサク進む。春を感じる。Co1000で急でかたいとこがあったが、ルート選べば問題ない。ハイマツが出ている。振り返ると海。コンタが上がるにつれて雲のなかに入り、視界悪くなる。50〜100。ハイマツやかんばが出ていて、尾根は分かるので進む。ピークも真っ白。方向感覚が狂った市川が東尾根方向に歩き出す。びっくり。余別北尾根の様子が分からないので、引き返せるように余別岳リミット12時で進める。岩峰は北に大きく巻く。そんなに難しくない。視界悪く、地図読みなどに時間がかかったため、あっという間に11時半。どう頑張っても間に合わないので引き返しを決める。やっぱり徳を積まないとだめかと前回のしゃばい準山といい今回の準山といい、ぬるりと終わってなんだかやった感がない。来た道戻る。1年目もちょくちょく口出しをしてくれる。Co1000でBS。1年班知床準山3回目 EPワーク、長時間行動?写真:引き返す海積丹直下捲くところ。積丹岳積丹〜余別の尾根はずっと雲がかかっている感想:春だった
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| 2026-3-2 22:44 |
イグルースキー
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バンド式シールの北大式処理
今ではほとんど使わないバンドシールの調整先日イグルー講習会に来てくれた、グリンランドの北氷洋カヤックもした山口さんが、山地の移動手段として、バンド式シールを使いたいということだったので、ウチのシールで図解します。今やシールといえば糊式ですが、1980年代まではこのバンド(ベルト)締め式でした。今じゃ買おうったってなかなか。秀岳荘にはあるかも知れませんが。 なぜバンド式が良いのか (良くないところ)●トップとテールに引っ掛けて、グイグイ締めて固定します。糊でついていないから横づれもするし、雪質によっては板との間に雪が入って、それが下駄になって「オモイ〜ッ」ってことにもなります。そういうときは立ち木に横蹴りして落としたりします。 (良いところ)●糊の調整がいらないから、単純。絶対使用不能にならない安定感は長期山行で最適。糊シールは糊が強ければ剥がすのに一苦労、薄ければすぐ外れて、登り返しが全然できなくなる。低温でも糊が効かなくなるので、悲惨。これで救助を呼んだ話も聞いた。 ●着脱がとにかく速い。次に紹介する下準備をしておけば、あっという間に着脱できる。脱ぐだけだったら、スキーを靴から外さなくても外すことができる。上り下りが延々繰り返される稜線縦走など、有利です。 北大式の調整●踵の後ろのYの字にバンドが交差するところ、金具で引っ掛ける仕組みですが、この三方向のバンドを引っ掛け金具をペンチで潰して永久固定しておきます。凍えた手でこんな小さい金具を引っ掛けていられないので、オーバー手やテムレスのままでも操作できるように。ここは固定しておいて、先にテールを通してからトップをひっかけ、最後に尻尾の紐を閉めればよいだけのこと。 ![]() ペンチで潰した金具 ●外すときにこの二重リングにはさんだバンドが取れなくて困ります。凍ったりしていたら更に大変。だからひっぱれば緩むように、オーバー手の親指が入る直径6センチくらいのワッコを通しておきます。ここを引っ張ればバンドが緩むしかけです。ちなみに写真の、木綿のような安いロープは、先週、引っ張ったら、一発でキレました。ちゃんとシュリンゲの細いやつ使いましょう。 バンド式は長期山行によい糊のシールは、日帰りの山行なんかで、登ったらもう降るだけ〜、パウダー楽しむだけ〜というようなBCさんには良いと思います。しかし、ガビガビのザラメ斜面や藪漕ぎ急斜面を登っては下ったりするようなイグルスキーには、着脱しているうちに糊が効かなくなったり、肝心なときに凍ってくっつかなくなったりと、最近、1980年代のシールが懐かしくなって、戻ってしまいました。構造が単純で、自分で修理できる信頼感が何より頼もしいです。
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| 2026-3-1 15:15 |
イグルースキー
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イグルスキー講習2026 第7回大町岳陽高校山岳部
高校山岳部とイグルー大町岳陽高校山岳部のイグルー講習会。雪山に泊まるのは数年ぶりだそう。みんな雪山泊初めて。そして初めてがテントじゃなくてイグルー。日本の高校生で雪山登山はほとんど今ない。大町岳陽と作るのは3度目かな? はじめにイグルスキーが50分で作って見せてスタート。今週は気温が高くて、表面ザラシャビなので全体に重い。でもイグルーはどんな雪でも作れるから。男子4人、女子3人、大人5人の、全員個室を建設。トレンチ掘るのだ。長いやつ切るのだ。ノコギリはヘソの前で使え。重いブロックは縦割りだ。運ぶ時は姿勢を低くしてヘソを使え。ブロックのせは引きずるな。内側へ限界攻めろ。 男子は飲み込みハヤ!女子は、重いブロックの運び方も教える。なんとかなる。全員個室、なんとかなった。 ばんめしはトクタケ担当の寿司めし豪華乗せ。すごくうまい。職員室イグルーでは、砂漠の話も出た。気温高いとはいえ、つま先は寒かった。月明かりがスキマからさした。
もし将来、引きこもりたくなったら、イグルー作れ。もし将来、かみさんとケンカしたら、イグルー作れ。 忘れないで、また作ってほしい。山の中で自由に過ごす力をつけてほしい。
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| 2026-2-26 10:55 |
北大山岳館FaceBook
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入試と春一番
入試と春一番
昨日管理当番で山岳館に。 ちょっと用事があったので教養部(総合教育部?)の学務部に寄ろうとしたら、 試験会場の看板が立ててあって、 入口でお兄さんが立っていて ”今日は入れません” とのこと そういえば 昨日、今日は大学の入学試験の日だったのですね。 52年前 関西から友人とやってきて この旧教養部で試験を受けました。 北大はもちろん雪の中。 大学構内をみた瞬間 ”落ちたら来年も受けるぞ” と心に決めたことを思い出します。 (幸いなことに次の年にあらためて来る必要はありませんでした。 ただし一緒に来た友人は翌年京大に (^_^ゞ) 雪の景色は 魔物だと思いました。 札幌のこの季節。 春一番で大荒れになることが多い。 大学に入って 入試の日 研究室の窓から荒れ狂う吹雪を何度か眺めていました。 ちなみに自分の子供たちの受験の日も大荒れ。 列車も止まるし、車で送ったのは良いけど、 渋滞に捕まりヒヤヒヤしたことを思い出します。 それも北海道の魅力。 不謹慎かもしれないけど、自然と同折り合いをつけて生きていくのか。 たぶん それを普通に感じることができるのは決して悪いことじゃないような気もします。 さて 今日も試験かな。 あの頃は 合格(不合格も)電報打ちます という看板を立てて 現役の学生が構内のあちこちに座っていたような記憶があります。 あれは幻かな 祈る ”桜咲ク” ![]() (Feed generated with FetchRSS) |
| 2026-2-26 0:14 |
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ヘルヴェチア山スキー...
2日目は朝から晴れ!焼き鮭入りお茶漬けをかきこんで出発。前日のシュプールを使って白樺林を抜けタケノコ山の中腹を南にトラバース。 現役には、雪崩の危険(雪庇の崩落、全層雪崩のクラック、弱層の存在等)を現地アピールした。全員ビーコン携帯だが、危険予知や捜索訓練はこれからも課題。 白井岳東の1020mピーク下から滑降開始。昨日程良い降雪があったが雪は安定。かなりの傾斜をものともせずに滑るプロカメラマンのM。今回は滑りに(仕事を忘れて)徹し、映像提供はわずか 青空をバックに皆快適なシュプール。ここからは股下山に向かってシールを張り直し登り返す.右は最長老のT、まだまだ健脚できれいなシュプールを作っていた 股下山を越えて、ここは3年前のNHKワールドで山岳部が取材を受けた時に出演披露したオープンバーン。1年目の神奈川出身のS君、これだけ滑るのはたいしたもの、ストックでタイミング良くきっかけを作るとさらに上達 これまた北広島出身1年目のF君、ウェーデルンが決まっていた。道産子でも最近はスキーしない若者やボードに行ってしまうので、スキーを指導できる上級生になれる期待大 群馬の沼田からのSと後ろは宮城出身のT 毎回滑りでSが挑戦してくる。今回はザックを置いて滑りだしてTに運んでもらって負け テレマークのY、今回は1本杖でなかったが相変わらず見事なスプレーをあげる豪快滑り 私もテレマーク、気持ち良かった。年寄りは2〜3回、現役は4〜5回滑っては登りを繰り返しパウダーを堪能。1枚バーンで降雪直後の少し重めの雪だったが安定していて雪崩れる感じはなかったまだ未練顔の現役を引っぱって春香山小屋駐車場に下り、小屋の後片付けをして解散。 本州組とTら計5名はさらに1泊して翌日はワールドで行ったツゲ山934m。4日目、さらに3名は南富良野の社満謝タケノコ山を滑って白金温泉に泊し、5日目は快晴の旭岳の北西斜面を滑りたっぷりパウダーを味わって本州組は大満足。 今回は「学校」ではなく「山スキーの集い」として、年寄りと若者が交流しつつ雪山の楽しさを共有でき意義があった。5年間の「学校」のなかで、スノーシュー主体の山岳部現役は年寄りの技術・道具に接し、山スキーに対する考え方が多少とも変わり、スキー道具が更新され、貼り付けシールもOKという進化があった。新しい道具には新しい使いこなしの苦労と工夫が伴うが、それを含め山スキーを楽しんでくれることを願いたい。 現役からはスキー技術の指導含めたスキー学校を再開して欲しいとの要望もあった。昨年閉校したヘルヴェチア学校がそれなりの効果をもたらしたことを実感し大変うれしい。 |
| 2026-2-25 23:09 |
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ヘルヴェチア山スキー...
52年も昔の1974年、1週間通しでヘルヴェチアスキー学校と称するスキー練習に参加した。それを復活しようと2021年2月に再開した同学校は5年続けた結果、当初の目標であった現役の山スキーへの関心の回復につき確実な前進があったとして昨年で閉校した。
一方、支援参加してくれたOBにも再び山スキーに目覚めた者が多く、シルバーヘルヴェチア学校と称しスキー山行と情報交換を活発化してきた。今回はこの開催に合わせ、現役も自主参加し年代を越えたスキー山行を楽しむことができた。 ![]() 写真は2日目朝、小屋前での集合写真。以下は参加者から頂いた写真と動画の切り抜きを拝借 2/16、雪降りの中を現役4人、年寄り8人が小屋を出発、1時間ほどで白井岳北東の尾根末端934m(通称タケノコ山)の中腹に到着。この無立木のオープンバーンは50年以上も前からパイパンスロープと称し、秘密のスキー練習場であった。 現在バックカントリーブームのなか、平日でも札幌国際スキー場下の駐車場から外人含めた多くのパーティがやってくるようになり、ここも穴場ではなくなった。でも斜面を選べばバージンスノーを滑れる 雪がひどくなり視界は50m程だがシルバーは4回、元気な現役は6回登っては滑る。最新の兼用靴とツアービンディングが初体験の女子Wさんは、最初こけていたが、後半には深雪の中で谷回りもできるようになっていた。当人いわく「道具でこんなにも変わる!ことを実感した」 他の現役男子3名は幅広板+兼用靴を使いこなし、なかなかの腕前で深雪をウェーデルンぽく滑ってくる。「こんなに楽しく滑ったのは初めて」と、現役でこれだけ滑れるのは驚き、写真は主任幹事のI君、3年目になってスピードある堂々の滑りに上達 こちらは群馬からの刺客S、スピードあるウェーデルン 東京支部のまとめ役Fも果敢に攻める 雪が濃くて早めに切り上げる。屋根の雪は先月泊った後輩のHらが落としてくれたのもあり、いつもの1/3位。調理以外の者があっという間に下ろした。外の水場も雪を掘ったら水が流れて快調 料理も年寄りが腕をふるい、肉たっぷりの豚汁や炊き込み御飯やサラダ、おつまみと現役も感激。腹が満たされてからは自己アピール、山行やスキーの情報交換。氷壁登りの師匠Sは現役にピッケルの刃先の研ぎ講習、その後の層雲峡で早速役立ったそう。年寄りの説教はそこそこに現役と関西支部寄贈の歌集を開き、夜更けまでたっぷり歌った |
| 2026-2-25 21:31 |
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【讀書備忘】凪の人 ...
![]() 世界で最も気になる女、山野井妙子の評伝。妙子は1956年生まれで、私の8年上だ。山岳部では清野さんと同年ということになる。生い立ちはもちろん、80年代〜90年代の若い頃から、2000年代以降の山野井泰史とともに高峰クライミングに登る歴史がまとめられている。同時代で生きてきた、折々の記憶が、この本で整理された。 80年代の奔放な若い頃の話がいい。自由で同じ夢を持つ仲間とのシャモニーの雰囲気、ヨーロッパからヒッチハイクで帰る自由な懐かしい時代だ。クライミングが好きだという柱からブレないところがこの人の個性なのだとわかるが、それは元にもあったけれど、時間を経て確かになっていったのだと思う。 原真の高山研究所にもいた。若い時、確かなことはわからないときは招かれたところにも行ってみる、そうしたことがなにかの作用になっていくけれど、本人を含めて、あとになってみなければ誰にもわからない。エリザベスさんとケーキを食べに行って体重を減らさなかった話がとても面白かった。 夫、山野井泰史氏と、眼の前でお互いに何度死にかけているんだ。相手が死んでいないとわかれば淡々とやるべきことをこなして生還への段取りに入る二人。戦国最強のカップル、木曽義仲と巴御前を思い起こす。ともに登るクライマーたちは妙子に誘われればみな喜んで二つ返事で加わる。 ぼくは、この二人に関しては、いつ死んでも悲しまないと思う。人生を自分の舵を切って進んできたのだということをずっと昔からよく知っているから。死そのものを越えていると思っている。死ぬ時自体に意味はなくて、それまでの生を、いつもいつも生きているかが人生なんだ。人生とは何かを、山を通して僕なりに考え続けてきたひとつの完成形が、この二人だ。 彼女の魅力はクライミング以外の世界にも満ちている。器用な倹約家、というけれど、僕のじいちゃんはまさにそういう人であり、以前の日本ではよくあった価値観だと思う。そんななつかしい価値観も、彼女の魅力の一端だ。 妙子氏は自分で本を書くような人では無さそうだし、たぶん詳しく憶えてない、と言われてしまうであろう大昔の話のインタビューを隅々までまとめ、記録や記事を辿り、評伝をまとめてくれた著者にとても感謝したい。表紙絵もタイトルもすごくいい。 |
| 2026-2-24 22:40 |
イグルースキー
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能楽師とイグルー
お師匠さんとイグルーお能稽古の師匠、能楽師の澤田先生にイグルー講習会。忙しい公演と稽古の合間に捻り出した二日間をお楽しみいただいた。 始めイグルスキーが50分で作ってみせて、その後、先生もあっという間に作ってしまった。勉強熱心でイグルスキーの動画を見てきたとは言え、すごく勘の良い人だ。トレンチもノコギリの使い方も、体の使い方も文句なし。長年の稽古修行をしてきただけあり。人の動きを見て理解するのが早い。 天気も良く、気温も高い。今日の雪は表面が濡れている感じだったが、下30センチほどに良い層あり。
イグルー脇で歓談飲酒早々に出来上がってしまい、午後のポカポカ陽気の中テーブルを作り、火を焚いてお酒をたしなむ。すぐ横の小川から水も汲める。流木も立ち枯れも取れる。日が暮れてからイグルーに入り、とり鍋、白菜と玉ねぎと鶏もも肉とごぼう。うちの冷蔵庫にあったものを持ってきた。先生の林学科学生時代、芦生の演習林で雪の中過ごしたことがある話など聞く。また、黒塚という演目の話など。 初めてイグルーに泊まって感じるいろいろな気づき感想を聞く。翌朝は明るくなるまで眠りスキー場の始まりと同時に下山、乗鞍岳山頂が見えていた。 帰りに波田の往年の信濃日光、若澤寺(にゃくたくじ)の遺跡に案内。滅びの場所はお能の演目のほぼ全部に通じる霊の現れるテーマだ。 インター近くの山彦食堂でメンチカツ&焼き肉定食850円で打ち上げ、京都の学生街にあった昭和食堂の話に。 次回は京大能学部や自治医大能学部の学生を連れてこようってことになった。 娘は今日現地入りで明日大学入学試験だ。山頂目指してラッセルも終えたところ。
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| 2026-2-11 20:14 |
イグルースキー
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イグルスキー講習会2026 5回目乗鞍岳 まつもと山岳フォーラム
まつもとフォーラムの一般公募参加、今年もすぐに定員に達した![]() イグルスキーは簡単に積んじゃうんだけど、やってみるとなかなかこうは行かないんだよね。 ![]() 二人のイグルー連結式。手前のも後ろくらい高くサイロになったが、解体再建したら低くて全く問題なし。 参加者は何度か自分でトライしてきた人も多い。今回で長いブロックの切り出しを身に着け、満足して帰った人が多数。やはり、ノコギリの使い方、ブロック周辺の清掃、切断面の整形が重要であることを繰り返し伝えた。全員を見きれなかったけれど、長いブロックの切り出し方はひとりひとりに伝えた。 うまく行かないケースはふたつ●失敗は、それが伝わらず長いブロックが切れない(折れる)ケースが半分と、 ●長いブロックを切っても床が下がりすぎたり、内側に攻めて積んでいないので壁がサイロになり手が届かないケースが多かった。 イグルーファンがどんどん増える![]() 中に足を下ろすトレンチを掘ると、椅子とテーブルが自動的にできる。お茶でも酒でもグイグイ飲むがいいよ。 最後に多少話せたミネさんは、スキー場からやってきたひと。中村さんは、熊本から移住したひと。面白い人たちが、山をもとめて信州にやってくる。首都圏から毎週のように片道4時間かけてやってくる山好きもいる。今回3回目のユカさんは豪快な落城でいちばんの絶叫クイーンとなる。きょうは泊まるっていうんで、また作っていた。またどっかでイグルー山行やろう。たくさんのひとのイグルー熱をもっと話してもらいたかった。
早くイグルー制作解説お絵かきムービーを作りたい。いまのところの最先端動画↓ 202602092254 ★以下、今回のあたらしい修正箇所です01:34じいちゃんのフンドシ干し、04:19イグルー出会い、05:39受信料、06:28ヒマラヤ山麓撮影、07:14知床へ、08:07WEBディスられ、08:46めまいの7箇所描き直し撮り直し◯前回2/5試験講評FB時の描き直し未満レベルの修正(ポン出し補正多数)と、◯12:... www.youtube.com 中山さんとの松本への帰り道、鎌倉街道や、白骨街道の話。まだまだみんなが忘れた山のものがたりはたくさんある。画一的な山の楽しみだけから、抜け出せ、抜け出せ、とおもう。 ![]() ほぼ完成して、最後の屋根塞ぎピースを載せようとして、自分で掘った横広げの落とし穴を踏み抜いて、何もかも失った嘆きの女王。叫べ!大声で。
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| 2026-2-8 22:10 |
イグルースキー
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イグルスキー講習会2026 第4回宮城蔵王山麓
仙台山想会の招きで宮城蔵王山麓へNHK山岳カメラマン時代の先輩、東野良さんは20年前に引退して、仙台山想会にいる。今回はその会の若手の希望で、イグルスキーを呼べということになったとのこと。ありがたや。 20年ぶりに会うが、変わらぬ人柄で、山想会でも敬愛されているよう。81歳でもまだ山に普通に登れる。NHKでは、数カ月にわたる3度のヒマラヤ山岳番組ロケを共にし8000mにも登った。イグルスキーにとっては、誰よりも付き合いの深い人だった。ふるさとの山に戻っているところもイグルスキーと同じだ。昔と同じような会話をした。変わらない。 ![]() イグルスキーのデモイグルー50分隙間は積んでいるときは気にしない。どんどん内側に攻めるんだ。低く作るんだ。 今回の講習は34人が集まった会以外にも話をきいて集まった人は東京、山梨、長野県、大阪からも。イグルーを試したけどダメだったという人多し。やる気満々。イグルスキー著書も何人も持っていてくれて、読んでくれていて、サインを求められた。ありがたや。 仙台山想会は年齢層広く、人を引き込む力のある若手がいて、活気のある会だった。青森のたがじょみたいだ。たがじょといえば、仙台在住ながらたがじょに入っている谷本さんが来ていた。何度もトライしていて、今回は技を会得したと喜んでいた。素晴らしい。本や動画では伝わらなかった点は、やはりノコギリの操作法である。眼の前で見せても、わからない人も多いポイントだ。 イグルスキーのデモは、中から雪クズを出さずに積み上げるので、掘った穴の分でドームができる。それをだいたい容量計算暗算していた人もいた。感心の仕方も様々だ。 現場は冬季閉鎖の道路だが、樹林は落葉樹林で風があるところで雪は均質、積雪1mで充分だった。長くて大きなそれほど重くもない良いブロックがばんばんとれた。 ![]() これはデカい!のこの使い方次第なのです 山小屋周辺でも、もう一回製作14時半に聖山平の小屋に移動して、そこでイグルー泊する7人5つを更に作る。たか、テル、マイ、ゲキ、福井、みよこ、山上さんが、暗くなるまでに完成。晩御飯後に次々イグルー泊に出撃していった。 回数やれば、それだけ腕が上がる。ゲキさんは今回、自力で屋根を防げたと喜ぶ、もう3回目くらいかな、きょうもいてびっくりした。顔が広い。 ![]() 隙間はあっというまに塞げます、気にしないでくださいね 山想会創設の話鈴木会長には会の設立時の文筆家、岡田喜秋氏の話を聞く。ちょうど絢子さんが、岡田氏著作の一部を持ってきて見せてくれた。旧制松本高校から東北大学、学徒出陣のあと焦土の仙台に戻って街を囲む山並みに惹かれた経緯が書いてあった。コミュニティーの創世神話を聞くのが好きだ。岡田氏も、すみかの街から見える山並みの、山麓を含めた旅に魅入られたのだった。共感である。そんな冬の旅には、この地域なら、イグルーがぴったりなんだよね。 翌日はみんな上に登っていった。田山さんとスキーで降り、仙台へ降りた。きのうはなかなか眠れず、電車ではずっとウトウトしていた。この冬はお絵かきざんまいで、イグルーの旅山行ができない。やっぱり行きたいなあと思った。 お絵かきといえば、今回、参加者の多数から、マイムービーを見たと感想があり、とても感銘を受けたとの声をたくさん聞いて嬉しかった。東野さんにも褒められて、昔のようにうれしかった。 最新版です。今月中には完成させます。
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| 2026-1-31 10:04 |
イグルースキー
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イグルー講習会2026 三回目は清野女子大学山岳部
北大山岳部センパイの清野さんが山慣れた面々を引き連れて来た!1976年入部の清野さんは20代、30代のイグルスキーを谷川岳の沢や雪稜に誘ってくれて、絶え間ない最先端のクライミング技術(イグル‐以外)を磨き続けた師匠。諦めない登山活動と面倒みの良さから幅広いクライマーに大変指示されている、弟子300人はくだらないセンパイだ。今回もノリノリの30代雪山登山愛好家を4人も連れてきて会わせてくれた。 ![]() 沼田の社長・清野さん、仕事電話かけまくりながら山(ヤッホ〜)はやめない約70歳 みんな雪山達人ばかりなので、雪扱いがバリバリにうまい。 朝イチ、奈川渡で工事していたのと、話に夢中で奈川方面に間違えて進んだので戻る。リフト乗るところでメンバーのテックビンディングのネジが外れて、バネとネジを落とした。最上部で気づいて、スキー場の人に伝えた。一個はハルさんが拾っておいてくれた。下りのときはスキー場のおいさんが「あったよ!」って拾ってくれてた。乗鞍スキー場はこんなふうに最高なのです。 ![]() ヨシダウォール・クライマーから、いまはみなかみのガイド、ナオコさん、すげえ力持ち、墓石みたいなブロックを頭上に持ち上げる きょうの現場は上部新雪を30センチほどどけた下にやわ雪20センチ、その下に本命のかるかた雪を発見、ここから長いブロックを取り放題だった。 みんなのノコでは、モンベルのスノーソーがしならないのとグリップがしょぼいのがあった。スコップは全体にサイドの反りが高いものが多かったなか、山口さんはなんと、中古でBDクラシックスコップを手に入れていた。やはり比べると違うのだ。清野さんは得意の手仕事で、ゴム太郎のグリップを木製で自作。改良して小指グリップも強調したタイプあり。道具を作っちゃうのが凄いのだ。 ![]() スークーニャン・姑娘、ハルさん、弾丸滑降女で清野さんをコテンパンにした 最後に大きいイグルーの中に座って集まってあちこちの山や友人たちの話になった。今回清野さん以外は会うの初めてだったけど、みな共通で知る山愛好家がいて楽しく過ごす。若い頃から山を始めて今30代、みんな1番ノっている時期じゃないかな。いやいや40、50代もすごく面白いけど。 ![]() イグルスキーの岳人記事を前から読んでいてくれたナオコさん、翌日はハルさんと快晴の乗鞍山頂を往復滑降してきたよ ハルさん、ナオコさんは泊まるというのでお別れして、三人下る。登山靴での滑降に挑戦した山口さんは、そう簡単ではないことを悟り歩きで下る。登山靴滑降は難しいのだ。みな、靴のお陰で華麗に滑っているのだ。でも長距離山行や登り重視では登山靴がいいんだよね。スキー場でかっこよく滑るのは狙ってない。 ![]() グリンランド・カヤックでセイウチと命のやり取り男、山口さん。イグルスキーの本、読んでいてくれた、漂白山行愛好家、近々駅前でかみさんが古書店始めるってよ! 長距離山行の話、吉田寮、恵迪寮の話、山口さんの知床、積丹、グリンランドのカヤックの話 岳人の記事や、冒険登山のすすめで、イグルスキーのイグルー記事を読んでいてくれて、実践したけどうまく行かなかった、でもきょうできるようになった話。うれしいね。 帰りにおそば。稲核の「わたなべ食堂」が閉まっていたので郊外のなご味でそば・ラーメンセット。これ、40年くらい前の松本の人のパターンだったそう。梓川右岸古道「鎌倉街道」の話。 またいつか、山であいそうな人たち。 |
| 2026-1-31 9:08 |
イグルースキー
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イグルー講習2026 二回目はチームかわうそ女子大山岳部と
ガイド山行の助っ人で、イグルー講習かわうそガイド山行の住久さん夫妻とイグルー講習会と合宿でした。 ![]() イグルスキーの実演、長くてデカいブロックさえ取れれば隙間だらけでもOK。後で30秒で塞げる。 ![]() 真ん中に集会イグルー、周りに個室。あとでつなげて出入りする予定。 イグルスキーが50分で説明しながら作り、見ていてもらって各自がその後作る。イグルスキーが真ん中2つの集会用を作り、その周りをサテライト状に囲む感じ。13時スタートくらいだった。17時までに8人中4人完成。 ブロック切りでずんずん積むのに感激で「いや〜ん、楽しい??」の声上がる。うれしいですね。なかなかできない人は、長いブロックが切れず、途中で折れるとのこと。また深く深くなって手が天井に届かなくなる。見ればブロック積みを中へ中へと攻めず、真上に積んで煙突状だ。日が暮れたので、できた人はマイイグルー、できなかった人は集会所で眠る。集会所はつながっている大きなの3つくらいのイグルーだけど、やはり全員は集まれず。肉野菜鍋を用意してもらった。あったまるね。中は氷点下3度くらいかな。外はもちろん2桁台。 ![]() 隣とのトンネルは広くもできる。ここは3人寝られるスペース 寒いんだけど塞げば吹き込まない。ほとんどの人が雪の中で寝るのが初めてってことで、コーフンしています。みんな参考歴10年くらいだけど、冬はガイドと小屋泊が多いんだそうです。同じ冬山登山といってもすぐ近くに、こんな楽しみがあるんだよ。 「楽しいんだけど、ひとりじゃコワ〜イ」というあたりなのだそうだ。わかるよ。みなさんにいろいろ話をきいて楽しかった。東京に住んでいると、この雪国までやってくる長距離移動時間それ自体にも意味があるという気がしてきた。地元の人にはわからないよね。 ![]() トンネルくぐって、鍋やお茶やお酒のやり取り。 翌日は昼まで再度稽古して、やって全員完成した。こどもみたいに良い笑顔だ。 山は移動時間も大事だ白馬村は雪景色。信濃大町駅では白馬→松本の特急に乗ってみた。30分短くて1290円高いという微妙な設定。山からは鉄道で帰るのが好きだ。山は移動時間も大事だ。大町を南下すると雪が溶け南北安曇の境では天候が変わった。松本は青空。でも帰宅したら雪かきする5センチ降雪だったそうだ。駅のバス待ちで醤油ラーメン食べる。余裕で店を出たのだが異様に長い信号待ちで5秒差でバスに行かれてしまい、丸善書店で更に30分過ごす。バスでも眠りこけて終点まで行ってしまった。でも帰りにそのまま載せて戻ってくれた。シートラして帰宅。特急で30分早かったけど、松本駅周辺でぐるぐるしていた。まあそれもいいか。 手、冷たい。まえより弱くなった。手袋も靴下もしょぼいからなあ。30年くらい使っている?湯たんぽで温める。 ![]() 外界も降雪の荒れ模様天気。イグルーの中は構わないし、外でも作っていれば体はあったかい。 |
| 2026-1-28 22:54 |
北大山岳館FaceBook
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いつが良いのか 久しぶりのアップとなります。 先週末(日曜日を週末として)の札幌の大雪。 昨日火曜日、愚息が東京からの飛行機で札幌に戻ってきました。 飛行機をなんとか確保して午後3時に千歳空港についたのは良かったけど、自宅にたどり着いたのは...
![]() いつが良いのか 久しぶりのアップとなります。 先週末(日曜日を週末として)の札幌の大雪。 昨日火曜日、愚息が東京からの飛行機で札幌に戻ってきました。 飛行機をなんとか確保して午後3時に千歳空港についたのは良かったけど、自宅にたどり着いたのは午後9時。 5時間ほどの高速バスに消耗して帰ってきました。 さて 今日は山岳館の管理当番で北大に。 とても良い天気。 北大までの街の道は除雪が不十分でちょっとイライラするし、昨日までの自宅周辺の除雪で疲れ気味でしたが、 北大構内に入ると真っ白で、綺麗な景色が広がっていました。 大阪出身の自分、故郷の縁者や友人から ”北海道はどのシーズンが良い?” という問いをよく受けます。 ”どのシーズンも良いよ” と外交的な回答をするけど、 やっぱり北海道は冬が圧倒的に美しい。それも 真冬日(最高気温が氷点下)の続く大雪のあと・・・ 飛行機が飛ばなかったり、飛んでも 60km弱(千歳空港から札幌駅)を6時間かけるのはちょっときついけど・・・・ 管理当番前に寄った平成ポプラ並木 少し長くなった陽の光が暖かく感じる(気温はマイナス5度)一日でした。 山岳館は 今年も水曜日と土曜日の10時から16時まで開館しています。 山や自然に興味のある方は面白い本を見つけることができるかもしれません。 今日もUL Hike という僕自身初めて聞く言葉、スタイルの ”山歩き?” をする方が寄られました。 色々とお話が弾みました みなさんも 遠慮なくお寄りください。 (KY) |
| 2026-1-28 22:54 |
北大山岳館FaceBook
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いつが良いのか
いつが良いのか
久しぶりのアップとなります。 先週末(日曜日を週末として)の札幌の大雪。 昨日火曜日、愚息が東京からの飛行機で札幌に戻ってきました。 飛行機をなんとか確保して午後3時に千歳空港についたのは良かったけど、自宅にたどり着いたのは午後9時。 5時間ほどの高速バスに消耗して帰ってきました。 さて 今日は山岳館の管理当番で北大に。 とても良い天気。 北大までの街の道は除雪が不十分でちょっとイライラするし、昨日までの自宅周辺の除雪で疲れ気味でしたが、 北大構内に入ると真っ白で、綺麗な景色が広がって居て、癒やされました。 大阪出身の自分、故郷の縁者や友人から ”北海道はどのシーズンが良い?” という問いをよく受けます。 ”どのシーズンも良いよ” と外交的な回答をするけど、 やっぱり北海道は冬が圧倒的に美しい。それも 真冬日(最高気温が氷点下)の続く大雪のあと・・・ 飛行機が飛ばなかったり、飛んでも 60km弱(千歳空港から札幌駅)を6時間かけるのはちょっときついけど・・・・ 管理当番前に寄った平成ポプラ並木 少し長くなった陽の光が暖かく感じる(気温はマイナス5度)一日でした。 山岳館は 今年も水曜日と土曜日の10時から16時まで開館しています。 山や自然に興味のある方は面白い本を見つけることができるかもしれません。 今日もUL Hike という僕自身初めて聞く言葉、スタイルの ”山歩き?” をする方が寄られました。 色々とお話が弾みました みなさんも 遠慮なくお寄りください。 (KY) ![]() (Feed generated with FetchRSS) |
| 2026-1-27 17:05 |
AACHお知らせ
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AACH-ML利用の手引き
AACH-ML利用の手引き
本メーリングリスト(以下「本ML」)は、AACH関係者間の情報共有・交流、・連絡を目的として運営されています。円滑な運用のため、以下の利用ルールと注意事項をご確認ください。 |
| 2026-1-18 21:17 |
イグルースキー
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イグルー講習2026 一回目は大阪のチーム・アケミと
大阪と名古屋の、アドベンチャーゲーム愛好家で雪山、ボーダーの4人からオファーあり今シーズン初の講習会、現場の積雪は1.5mはあり、悪い層もなく充分。あさから乗鞍岳はバチ〜んと晴れてイグルー日和。 はじめにイグルスキーが50分で4人用くらいのデカメのやつを作って見せて、その周りに4つのサテライトを作る感じで進める。イグルスキーのは油断して、門柱にしょぼいブロックを置いたので、しばらく崩落の危機の可能性があったのだが、なんとか逃げ切って固まってくれた。頑張って大きめに作ったけど、5人しゃがんでばんめし囲むのにはややキツめだった。 ![]() 5人で座るのできつきつだった。ネルのは3〜4人行けそうなサイズ 4人は各々2時間ほどで完成。完成後、イグルー近くの、下を掘り広げたところの上をうっかり歩いて、踏み抜き崩落を2回やって、おおいに学んだ。崩落しても、積み直せば良いことも学ぶ。 隣2つと母屋をトンネルで連結、みんなで鍋をつついて満腹の後は、各々マイイグルーで泊まる。着込んで寝て暖かった人も、寒くて寝られなかった人もあり。それぞれが工夫で次回に活かせば良い。イグルスキーは最近足が冷たくなりがちなのに象足を忘れた。いつもは象足に湯たんぽPTボトルいれるのだけど、象足がないと何処かに行ってしまい、すぐに冷たくなってしまった。 ![]() 吹き込み防止や保温のため、ツエルトをかける練習。四隅に1mの紐をつけておく必要がある。 翌日は各自一個ずつ作る。二個目になるともうみな自分で問題点を見出し、取り組む。さまざま手応えを掴んで満足の模様。だいたい1時間半でできた。どうやるとできるか、どうやるとできないかは、やってみて分かったと思う。 みなバックカントリーするそうで、緊急事態の際には自信になると思う。ノコギリを持っているかどうかで全然違うと掴んでもらった。 ![]() ことし初イグルー、楽しいんでもらって満足のイグルスキー |
| 2026-1-13 16:01 |
イグルースキー
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イグルー講習会開催のおしらせ
イグルー講習会開催のおしらせ2026年シーズンもはじまりました。松本から見る常念岳は真っ白で、何度か雪雲をまとい、順調に積雪を重ねています。もういつでもイグルー山行できますね。ぼくは常念を見るたびにあのへんにイグルーで泊まったな、と場所を確認します。いいでしょう? おひさしぶりです。雪が降らないと始まらないウェブサイトですが、ことしはスタートが遅くなりました。 毎年松本市の主催で行われているイグルー講習会、ことしも開きます。まだ空きがあるようなのでご興味ある方はリンク先のフォームから見てみてください。講習は日帰りですが、そのあと作ったイグルーに泊まるのは自由です。翌日も自主練で何個も作れば、自信も強まります。 【開催日時】2026年2月11日(水) 10:00 2026年3月7日 (土)10:00 【参加費】?2,500/名 松本市|上高地 乗鞍 美ヶ原| 岳都松本 山岳フォーラム 「岳都・松本」から、山の魅力を発信します。 そして、次世代の子どもたちに、その魅力を伝えます! 岳都・松本 山岳フォーラム実行委員会では、上高地 乗鞍 美ヶ原 北アルプスの自然を愛し、山の環境保全に努め、訪れる方の安全登山に向けて様々な情報を発信します。 www.sangaku-forum.org イグルスキームービーのお知らせイグルスキーは2025年の初夏から、新しい表現手法にハマってしまって、日々絵を書いています。アナログ手書きのホワイトボードムービーです。イグルーの製作法を紹介しようと始めましたが、人生ストーリーのシナリオと絵コンテ作りの特訓を受けているうちに、夏も秋も過ぎて、いつの間にかイグルーシーズンになっていました。 暫定的な作品のリンクを置きます。これはイグルー製作法ムービーではなくて、イグルスキーの人生ストーリーで、このようなビジネスツールとしての「お絵かきムービー」の製作依頼をしたい人に向けた作品です。春までには納得いくものにしたいと思っています。 1208試験1642 未完成です先週の試験提出12/1以降に書き直し、12/5作業会やチャット12/7でFBいただいていない箇所は以下です08:32 片耳難聴 新しい絵コンテで描いてみました。08:47 めまい 新しい絵コンテで描いてみました。没予定のシーン含めて、絵と音あわせ、1秒静止画、1秒消去で揃えました www.youtube.com
今年の冬も、上記のフォーラム以外に山岳会や学校山岳部の講習予定が10件入っています。講習1000人も越えました。長期イグルー山行も計画しています。今期もよろしくお願いします。
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| 2026-1-4 20:38 |
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【讀書備忘】43歳頂点...
![]() 探検家かつ書き手として20代から一貫して歩んできたその振り返りが面白い。一回り後の世代ながら、ずっと著作を追ってきたので。 体力のピークと、経験値がほどよく合致したのが43歳と論じる。43という数字は植村直己はじめビッグネームの享年が重なっているから。「死の余白」をもとめて再び出かけ死んでしまう。 我が身を振り返ってみても、人生のある種の頂点はたしかに気がついたら過ぎていた。下りに入ると見える景色の違いでわかる、それも確かだ。平ガ岳のたとえはふさわしいな。そして下り道のほうが尾根が分岐して間違えやすく遭難しやすいのだが。 43歳にこだわるのは、パフォーマンスギリギリを狙う角幡氏クラスならではの切迫感だろう。一般的には生涯をかけての、体力と知力を総動員した最高傑作を意識している人は多くはない。執筆中にK2西壁で45歳で死んだ平出和也の話も。彼にしか到達できない「自分の山」が見えたのだった。 三島由紀夫、植村直己の氏の間際のインタビューなども拾っている。開高健の50代のオーパは、以前から謎だったのだがそういうことですか。荒地を目指す若い頃から土地への一体感に変わる流れとして紹介している。 最終章はたのしそうな50代である。なってみなければわからなかった自分だけの集めてきた経験に裏打ちされた新しい道がある。それは私も同感だ。エキサイティングな探検活動ではなく、土地に根ざした一体感を手繰る山だ。これは人それぞれ違う。 「角ちゃん」の場合は北極圏広域横断と、北海道で犬ぞり狩猟という前人未到の道だ。あるときからは、もう精一杯やったんで、いつどこで死んでもいいやって思うのは僕も同じだ。 きょうはたまたま現役チームが東大雪で疲労凍死寸前のピンチから生還した報告を読んだ。「まだ何者でもない20代」だからこそがむしゃらに登って体験するうらやましい体験だ。積むべきことを積んで、いつか糧になっていくんだ。 風邪の床で読んだはいいが、全然まとまってないので、またかきなおすかも。 |
| 2025-12-25 0:20 |
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【讀書備忘】シリアの...
![]() もはや日本初のK2女性登頂者というより、戦国シリアのフォトグラファーという存在になった小松由佳氏。学生時代の登山活動からラクダ遊牧で暮らす大家族ベドウィン族取材に転じて、内戦前の平和だったシリアを知り、ベドウィン家族の一員になり、2012年以降家族は難民生活を13年、昨年12月8日のアサド政権滅亡で難民の夫ともに念願の帰郷をするノンフィクション。 小松さんの人生そのものが充分破天荒ストーリーなのであるけれど未来にどうなるのかは本人含めて誰にも予測できなかった。そして何かを期待して、何かを目指して進んできたというより、20代に関わった、ある魅力ある人々との関係を、とことんやめなかったのだ。やり抜く力を持った人なのだと思う。私は、K2の氷壁も、砂漠のラクダ使いたちとの暮らしも、同じようにそこにともにいる人々の魅力なのだと思う。小松さんを推し動かしてきたのは、周りの魅力ある人々なのだと思った。そして、人生の舵だけは人に渡さず、子供も背負って嵐の波間を進んで来た。 前書2020年「人間の土地」のあと、2022年の圧政下、かつて家族がいたパルミラの、家族の廃墟の写真を撮るために入国。秘密警察に妨害されながらの取材がこの本の山場かと本人も思ったかもしれないが、現実は世界情勢の影響で大きく変わり、その2年後、政権崩壊の10日ほど後に再びパルミラを訪ねた。行方不明の兄が獄死したサイドナヤ刑務所の生々しい廃墟のルポと生存者のインタビュー、旧体制下を生きてきた人と難民帰還者との関係など、1989年東ドイツ、1976年文化大革命終焉、それに1945日本とドイツその占領地にもあった、混乱と希望の混在するカオス。最後まで読ませる、メタファーに満ち巧みなレトリックあり、スジの通った文章だった。しんどい経験だけど、見て伝える人がいてほしい。同時代なんだ。 人は20代でその後の人生に影響の強い人間関係を築き、30代で仕事を一人前に身に着け40代でマスターピースを作る。その後も優れた傑作は生まれ続けるけど、小松由佳43歳、良い人生を歩んでいるな、と思う。二人の息子の未来も楽しみだ。 【以前の書評】 オリーブの丘へ続くシリアの小道で https://aach.ees.0g0.jp/xc/modules/AACHBlog/details.php?bid=745&cid=7 人間の土地へ https://aach.ees.0g0.jp/xc/modules/AACHBlog/details.php?bid=779&cid=7 |
| 2025-11-21 19:36 |
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重厚長大 正木喜啓君...
およそ一年前の年末年始、戸隠で遭難死した正木喜啓さんの追悼、山行記録集を読んだ。正木さんの山行人生は「記録帳」と書いた2冊のキャンパスノート(2009−14と2022−24)とその間(2015−2022)のブログ記事に残っていた。大阪生まれ1986年2005年信州大学士山岳会(山岳部)で単独長期縦走を始め、20代30代で南ア・笊ヶ岳〜北岳〜光岳の馬蹄形縦走、糸魚川〜黒部五郎岳、前穂北尾根〜立山など、冬季黒部横断も繰り返し、3度成功している。 長野県の教員採用試験を受け続け、2019年から高校教員として松本へ。2023年たぶん日本一山に登っている高校山岳部のある大町岳陽高校の山岳部副顧問に。 その同僚で顧問、おなじく大阪から信州の山登りに惹かれて来ている河竹康之氏が、遭難初動捜索連絡に携わり本誌の編集を務めた。 登山愛好家は数あれど、冬季黒部横断や一ヶ月クラスの重厚長大単独冬季縦走を長年にわたり志向する人は、割合としてはほぼいない。何人か名前が浮かぶ人は(和田さん以外は)ほぼ故人だ。生きている間にブログやツイッターで華々しく記録を出す人も多くない。でも、その記録を読めば、生きていようが故人であろうが、同じあこがれを持っていたことがわかる。 正木さんの記録は、携帯ノートに手書きだから簡潔だ。ルートと天候で追い詰められた言葉のほかは、お決まりの朝寝坊と、甘い物をとっておきで食べた話。文面からは読者を意識している様子が見られない。本にして読んでもらおうと書いたわけではなさそうだけれど、希少なる同好の輩にとっては本にしてもらって感謝だ。 正木さんが初めて冬季単独長期縦走をした2007年大学3年目のとき、信大山岳部は部員一人だったという。一人だからこの志向になったというとわけでもなく、やる人は、一人でも何人でもやるものだ。ずっと部員が多い印象の信大でも、一人部員の時期があったのを知った。 20代、30代で自分の志向の山行を苦しみながらも着々と続けてきて、大阪で9年の自宅ぐらしのあと信州の高校教員にようやく採用され赴任した。教え子たちの追悼文からは正木さんが高校教員として充実した暮らしをしていたことがうかがえる。 登山愛好家人生にとって40歳前後は曲がり角だ。若いときは体力はあるが危なっかしい。経験を積むと、多少馬力が落ちても若い者以上の高レベル山行が可能だ。その両方の変わり目がこの年頃に来るのではないか。山に限らず人生も。そして遭難死するのもこの年頃は多いという印象だ。登山そのものと同じく、人生も下り道が危ない。 下山連絡係を受けた河竹氏による、時間軸に沿った遭難捜索事故報告記録が非常にわかりやすく、今どき最新のココヘリと警察連携の、知りたい情報がある。最終下山日まで警察に連絡するのを待った焦燥の気持ちはいかばかりか。自力下山にこだわった本人を知ればこその敬意だと思う。私にも、自力下山しても遭難扱いになった不名誉な経験がある。 正木さんは大町に転居してからは近くの頸城山塊、戸隠山塊に惹かれたようだ。一夜山から戸隠連山へ、最後になったこの計画のラインの美しさに、少し嫉妬を感じた。僕も昨冬は、この戸隠の隣の東山山脈を完全縦走しようと何度かトライした。雪庇と細いヤブ急斜面を遠望して、かなわないと思い引き返した。正木さんのラインはエグくて長いので、今の僕には単独でいく算段が立たない。でも似ている山行計画趣味を感じた。遠いヒマラヤにいくわけでもない、ワンデイでスピード長距離を狙うでもない、重い荷物で低速で、住処のまちの近くの、誰も試みない美しい山脈の全山縦走。 人がなんとみなそうが、正木さんは幸福なときを過ごしていた。雪庇を踏み抜いて落ちるときさえもそうだったと思う。 本人のブログ(2015-2022のみ) https://solomountain.naganoblog.jp/ |
| 2025-7-17 10:00 |
AACHお知らせ
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AACH WBサイトの引っ越し
1996年の開設以来これまで北大内に設置していましたAACHのWebサーバーをレンタルサーバーに移しました。
これにより、URLが下記のように変更になっています。 旧)https://aach.ees.hokudai.ac.jp 新)https://aach.ees.0g0.jp 旧サイトはすでにアクセスできなくなっております。仮に今後復活したとしても新サイトへ自動的に転送されます。 新サイトはGoogleなどの検索エンジンにはまだ十分に捕捉されていませんので、検索結果には古いサイトがでる状態が数ヶ月は続くと思われます。 リンクなどを張っている場合は新サイトに変更をお願いいたします。 |
| 2025-6-25 12:51 |
AACHお知らせ
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創立100周年記念事業への募金のお願い
創立100周年記念事業への募金のお願い
北大山岳部は2026年に創立100周年を迎えます(特設サイトは【こちら】)。 100周年に当たり、記念祝賀会の開催や「100周年記念誌」「写真集」の発刊等と併せて、山岳部70周年記念事業として建設した「北大山岳館」の改修を計画しています。特に山岳館改修にあわせて新設する書庫の建設には多額の費用を要するため、会員の皆様はもとより、山岳館建設時にご支援を頂いた企業、団体等に再度ご協力をお願いするとともに、新たなご協力先を求め、必要な資金を確保したいと考えております。本記念事業の趣旨をご理解頂き、募金にご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。 詳しくは以下の続きをご覧ください。 |
| 2025-5-25 12:43 |
山岳館
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100周年記念事業への募金のお願い |
| 2025-5-18 18:36 |
山岳館
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100周年記念事業用ロゴマーク |
| 2025-5-5 18:03 |
投稿記事
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【読書備忘】『チベッ...
北海道大学山岳部OB、京都大学学士山岳会会員ほか、また南極越冬隊経験者らによる、2015年のチベット西端・アリへの自動車旅行の紀行。ラサから西へ往路はヤルツァンポ川沿いに、西端の拠点都市アリから東への復路はチャンタン高原の南縁をたどり、ラサへ戻るという総行程約3,500kmの往復およそ2週間の旅が記録されている。メンバーは1960〜70年代に学生生活を送り、ヒマラヤやチベットに強い思い入れを持つ60〜70歳代の世代(2015年当時)。1960〜70年代のチベットは文化大革命で完全に立入禁止で、ヒマラヤは南側だけからだった。チベットは1980年代改革開放以降、外国人旅行者(特に日本登山隊)に対して徐々に開放されてきたが、その後尖閣諸島以降は日中間の冷え込みムードや北京政権の方針(チベット問題)により、再び閉鎖的な空気に包まれるようになった。だが、2015年当時は、制限がありながらもこれほどの広範な旅行が可能だった。変わりゆくチベットの貴重な「西域ルポ」と言える内容だ。 筆者(米山)は1991年と1996年に東チベットのナムチャバルワとチョモラーリ登山で訪れており、当時との比較の視点から本書を読んだ。2000年以降、中国政府はチベットの開発を加速させ、高速鉄道や自動車道路の整備を進めてきた。この結果2015年にはラサから西端のアリまで、自動車で7日間あれば到達できるようになっていた。1日あたり100〜500kmの走行が可能な道路網が整っていたということだ。スヴェン・ヘディンの時代なら半年かかっただろうとある。 また、漢族住民の流入が進み、北京や上海からの観光客が非常に多く訪れるようになっていたという印象とのこと。チベット高原の道路整備について、専門家である住吉氏が詳細に記述している記事が興味深い。また、19世紀以降の英露日瑞のチベット探検史のダイジェストもよく整理されている。1980年のチョモランマ三国合同登山に参加した貫田氏や、1963年の北大ナラカンカール越境事件に関わった渡辺氏が、それぞれ当時の体験と事情を自ら触れている。 後半には、地質学や雪氷学を専門とする渡辺氏、在田氏によるチベット地質構造の概説が掲載されている。チベット高原がゴンドワナ大陸由来の三つの地質ブロックとその縫合帯によって形成されていること、ポタラ宮は三畳紀の石灰岩層にできたカルスト地形の上に建っていること、インダス川ーヤルツァンポ川の断層には、ユーラシア帯の下に沈み込むテーチス海の海洋プレートが突き進んだことで形成された貫入閃緑岩や花崗岩層が見られること、カイラス山の地質構造など、よくまとめられている。荒涼たる景観の自動車旅行とはいえ、こうした地質的読解力を持った眼があれば風景が意味を持つ。こうした研究者たちが長年取り組んだ研究のフィールドをようやくこの眼で見る旅なのだ。 刊行は旅から10年後の2025年だが、近年では珍しいチベット旅行記だ。ただし、10年のタイムラグがあるため、記述が2015年時点の情報なのか、2025年時点の視点を含んでいるのか判別しづらい点は残念だ。なにしろ、この間の中国およびチベットの変化のスピードは極めて速く、まして自分が知っている1990年代の状況とは、今やまったく異なるはずだ。 2024年のあとがきによれば、この旅行の翌年2016年以降、チベットは外国人に閉ざされたとある。久ぶりにして、当分出てこないであろうチベット旅行記となりそうだ。 いつの日か、チベットを自由に旅行したい。生きている間に叶うかはわからない。 編著:北大山の会チベット調査隊 発行 いりす(同時代社) 2025年2月刊 3500円 |
| 2025-5-3 19:36 |
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【映画・読書備忘】〈...
![]() 単館上映のドキュメンタリ映画ながら異例のヒットの映画公式ガイド本。映画もいいけどガイドブックもいい。 信州諏訪の信仰世界は諏訪大社以前の縄文時代由来ののミシャグジ神をベースにさまざまな信仰が重なる。映画は諏訪に残るさまざまな神事のドキュメンタリに加えて中世に行われたミシャグジ神事の再現シーンという冒険に出た。その背景、研究者たちの解説、それに1976年以来諏訪の信仰世界に関わってきたビジュアルフォークロアの北川皆雄氏と監督・弘理子氏の寄稿をはじめ、映画の持つ最大の魅力、「謎」の側面を読むことができる。 遠山郷の霜月祭、奥三河の花祭を、かつてオールナイトで取材したことがある。湯釜の周りで、次々と面を付け替えて、もはや今となっては意味を知らない神楽を次々に舞うまつり。同じ天竜川水系の流れを組む系譜ではないかという指摘があり、納得した。今回の中世神事の再現シーンを見て。 カメラマンは北大山の会の毛利立夫会員(1976年入部)。作品中最も私が惹かれたのは山の中を駆ける野生の鹿のギャロップ、長い長い疾走シーンだった。山は鹿だらけとはいえ、あれだけの尺の野生鹿の疾走を撮影するのは困難だと思った。 今年はこの映画を見た影響で、諏訪大社上社本宮から守矢山〜辰野への山越え、それに入笠山から釜無山へのスキーロングアタック、鉢伏山から三峰山〜和田峠〜下社へのスキー山行を連発した。尖石の縄文博物館にも。 諏訪の神さまが気になるの! (概要 寄稿) 中沢新一、藤森照信、夢枕獏、守矢早苗、松井優征、弘理子、北村皆雄、北條勝貴、いとうせいこう、能登麻美子、原摩利彦、大小島真木、中西レモン、吉松章、塩原良、山本ひろ子、宮嶋隆輔の寄稿。鵜飼幸雄、石森三千穂、田中基、北村皆雄による座談会 https://shikanokuni.vfo.co.jp/ https://www.amazon.co.jp/dp/B0DTHBL2R6 |
| 2025-5-2 16:50 |
イグルースキー
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残雪期イグルーの失敗シリーズ?雫ポッタポタで崩落
暖かくて天井崩落前回の翌日です。白馬岳北方稜線の朝日岳から、北東面の沢に滑り込んで標高差1000mの沢を休み無し47分でずんずん滑りました。楽しかったです。一週間くらいは誰も滑っていなかったみたいです。白高地沢橋のたもとでイグルー。積雪は十分ですが標高が1300mで前日より暖かかった。 こんなときは周りに壁だけ作って、天井はタープを張るのが良いのです。どうせ気温が高いと溶けて屋根が落ちるので。でも、良いブロックがたくさんとれたので、うっかり屋根を塞いでしまいました。やめておけばよかったです。
![]() ブロックはまあまあ固くて重かったけど、わりとしっかりしたものが切れたので、つい作ってしまったイグルー。The blocks were fairly solid and heavy, but they cut well and held together nicely, so I ended up building the igloo almost without thinking 炊事中から、ガソリンストーブの上の屋根ブロックからは雫が落ち始めていて、火を止めて寝袋を広げても雫は止まらず。そのまま眠ったら天井の一個が21時ころ腰の上に落ち、それを脇に置いてまた眠っていたら、あちこちで雫が落ち始めて寝床はずぶ濡れ。気温も低くなく風もないのに寒くて安眠できず。午前3時半には大規模に屋根が崩落して、起床しました。 やはり雫が落ちてきて火をけしてもとまらない時点で、もう屋根は撤去したほうがよいでしょう。何年やっていても、疲れちゃうと面倒になってしまって駄目ですね。 イグルー泊まりは季節の進行に応じて少しずつ対応が変わるところがまた、おもしろいです。 ![]() 翌朝の崩落あと。この程度に作っておいてタープを被せておけばよかったです。The collapsed roof the next morning. I should’ve just left it at this level and covered it with a tarp Warm Weather and a Collapsing Ceiling This happened the day after my last outing. I skied down from Mt. Asahi on the northern ridge of Mt. Shirouma, descending a 1,000-meter vertical drop on the northeast-facing gully without a break in just 47 minutes. It was a lot of fun. It looked like no one had skied there for about a week. I built an igloo at the foot of the Shirakōchizawa Bridge. There was plenty of snow, but at 1,300 meters elevation, it was warmer than the previous day. In conditions like this, it’s better to just build walls around you and use a tarp as the ceiling. When it’s warm, the roof will melt and collapse anyway. But since I managed to cut a lot of good snow blocks, I carelessly went ahead and built a roof. I should’ve known better. Even during cooking, drops of water started dripping from the ceiling blocks above the gasoline stove. Even after I turned off the stove and spread out my sleeping bag, the dripping didn’t stop. I fell asleep anyway, but around 9 p.m., one of the ceiling blocks fell onto my waist. I moved it aside and went back to sleep, but then drips started falling all over the place, soaking my bedding. Even though the temperature wasn’t that low and there was no wind, I was cold and couldn’t sleep well. Around 3:30 a.m., a large part of the roof collapsed, waking me up. Really, once drips start falling and don’t stop even after you turn off the stove, it’s probably best to just take the roof down. No matter how many years you’ve done this, when you’re tired, it’s easy to get lazy and make bad decisions. What’s fascinating about staying in an igloo is how the way you use it gradually changes with the progression of the season. |
| 2025-4-29 16:37 |
イグルースキー
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残雪期の失敗イグルーシリーズ?風バッタバタタープ
残雪期白馬はBC天国大型連休前半の白馬連峰北部山域に行ってきました。イグルー達人のイグルスキーでも、失敗イグルーで寝不足になりました。過剰な自信で攻め攻めの姿勢で最前線を歩いているので、参考にしてくださいね。 栂池からのルート、途中ロープウエイでは「センセイ!」と呼ばれました。一昨年のイグルー講習にきてくれていたBCさんで、きょうは蓮華温泉に下って周辺の滑降をする予定とか。その後イグルーも挑戦してくれていてうれしい限り。 栂池湿地平原から「船越の頭」に登って、小蓮華岳の南西の・2719の風下側に吹き溜まりの雪があったので、そこでイグルーをつくりました。きけば三国境周辺は風が強くて有名だそうで、あと30分歩いた先ならもう少し弱かったのにと今は思うけど、稜線は結構ガレが多くて、雪質としてはマシな感じに見えたので決めました。 ![]() 掘り下げ1段で十分ブロックが取れたので壁2段積んだ上は、もうスキーを載せて塞ぎ始める I got plenty of blocks with just one layer of digging, so after stacking up two layers for the wall, I went ahead and started capping it with my skis
スキー板で屋根をすばやく作る緩い傾斜地で斜面上方向に向かってブロックを切り出して進めていくと、下方向では30センチくらいの深さだったのが自動的に1メートルくらいの壁になり、風上側が安心の壁になります。それはいいのだけど結構疲れていたので、下に一段しかブロックを取らず、下2段目に進む元気が出なかった。なのでちょっと低い天井だけど、スキー板を載せて無理やり屋根ブロックを載せました。前回この方法ですぐ作れたのでまたやりました。 ![]() 風上を壁にできて吹き込みは無かったが、張りの不十分な張り綱が風でバタバタして猛烈にうるさかった The wall on the windward side kept the draft out just fine, but the guy lines weren’t tight enough, and they flapped like crazy in the wind?it was insanely noisy タープをかけて隙間風を防いだけど、うるさかった隙間を塞ぐのが面倒で、上からタープを被せ、4隅をピッケルやアイゼンを埋めて固定。風上側は裾の上にブロックを固めて載せておきました。早々に中へ入り込む。風が強くてタープがバッタンバッタンとオールナイトでうるさかったです。イグルーの強みはテントと違って静かなこと。防音性の強い雪の壁を通してもうるさい。張り綱を締めたつもりでしたが、朝見たら、甘かった風下側がちぎれてしまっていた。 あれだけ風が強いのならツエルトにしろタープにしろ、外ではなく内側に張って、強風による吸い着き効果でやればよかったです(過去記事)。疲れて頭が回らなかったなあ。 史上最悪イグルー@乗鞍岳 乗鞍岳・標高2640m、暴風域でのイグルー泊
春の気圧配置で、すごい風の日に乗鞍岳を独自ルートで山越えしました。相棒の長年の設計ラインで鋭鋒・烏帽子岳に直登する尾根です。美しい針葉樹林を10時間近くラッセルして山頂から火山台地に出たところで... igloosky.com 2025.03.23 それでも眺めは最高の場所でした。朝日を浴びる白馬連峰を窓から眺めることも出来ました。 ![]() やっぱりイグルーの強みは展望の良いところで泊まれること あんなうるさい風、テントだったら発狂クラスだ What I love about igloos is that you can sleep in places with killer views. That wind was so loud?if I’d been in a tent, I seriously would’ve lost my mind. Failed Igloo Series in the Lingering Snow Season ? Flapping Tarp in the WindHakuba in the Snowmelt Season ? Backcountry Heaven I headed out to the northern part of the Hakuba range during the first half of Golden Week. On the ropeway up from Tsugaike, someone suddenly called out, “Sensei!” From the Tsugaike marshland, I climbed up to Funakoshi-no-Kashira. Fast Roof Build with Skis It was a gentle slope, so I started cutting blocks upward along the slope. Tarp On Top = No Drafts, But So Noisy I didn’t feel like stuffing all the gaps with snow, so I just threw a tarp over the top, But nope. The wind was crazy, and the tarp kept flapping loudly all night long. With wind like that, I should’ve pitched the tarp (or even a bivy) inside the igloo instead of outside, Still, the view made it all worth it. https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-8076945.html |
| 2025-4-25 19:43 |
イグルースキー
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日高山脈本が出版されました イグルー史詳細解説です
1970年代〜80年代には日高山脈の航空撮影を含む大型写真集があり、冬期縦走の地形研究のため、大真面目にその写真を毎日見ていました。もとより登山道のない特殊山域だから、参考になる記録としては部室にあった手書きでヨレヨレの山行記録か、活字で読みやすいのは部報だけでした。 久しく経った今も、日高の最深部はまだまだ当時と変わらず無垢であるのが嬉しいです。頓挫した日高横断道路計画の経緯も記されています。 実のところ、登山愛好者でさえおいそれとは行けない日高の奥に、多くが求めるようなガイド本はつくれません。今回のように日高を扱う総合的な本が出版されるチャンスなど、ずっと無かったのではないだろうか。 そんな本に寄稿する僥倖をいただきました。 深い深い日高の、冬と夏の魅力を(小泉章夫、米山悟、松原憲彦)が書きました。美しい写真を沢山提供してくれた若手OBたちの21世紀の超人的冬期長距離縦走山行について、それから今では北大山岳部の得意技に育ったイグルーの生い立ちについても詳しく書きました。 地質、地形、アポイの植物の記事も、写真と図版の豊かな編集です。南日高の2つの山岳古道についても興味深くまとめられています。「日高山脈と人」をテーマに多面的なテーマを盛り込んだ本です。 表紙写真と巻頭には、山スキー部OBの伊藤健次さんの撮りたてホヤホヤ写真。雪渓の底をトコトコ歩くクマが見えるだろうか。 大きくて、重くなくて、手触りの良い本。 共同文化社 A Long-Awaited Book on the Hidaka Mountains Has Been Published Back in the 1970s and 80s, there were large-format photo collections of the Hidaka Mountains, some of which even included aerial photography. I used to study those photographs intently every day for winter traverse terrain research. Given that the region has no established hiking trails, the only references we had were either crumpled, handwritten trip reports left in the clubroom or the club bulletins, which were at least printed and easier to read. Even now, after all these years, I’m happy to see that the innermost parts of the Hidaka range remain untouched and pristine. The book also documents the background of the ill-fated plan for a Hidaka crossing road, which was eventually abandoned. In truth, it’s impossible to create the kind of hiking guide that most people expect for a place like the deep Hidaka?so remote that even experienced mountaineers can’t easily access it. I can’t recall another chance like this when such a comprehensive book on the Hidaka Mountains has been published. I was fortunate enough to contribute to this special volume. As a narrative of Hidaka’s story, it includes graphic-rich presentations of early expedition accounts from pioneers of the Hokkaido University Alpine Club’s formative years (Nobuyuki Sudo, Shugoro Ito, Osamu Aikawa), reports on accidents in Koikaku-sawa and Ju-no-sawa, the bear attack involving Fukuoka University, and the journeys of painter Chokkou Sakamoto. Three authors?Akio Koizumi, Satoru Yoneyama, and Norihiko Matsubara?wrote beautifully about the profound appeal of the Hidaka Mountains in both winter and summer. It also includes detailed descriptions of the nearly superhuman winter long-distance traverses carried out by young alumni in the 21st century, along with the origins and development of the igloo technique, which has become a hallmark of the Hokkaido University Alpine Club. In 1990, while simultaneously working on my graduation thesis, I hand-drew a bird’s-eye map of the Hidaka range as a large fold-out supplement to the 13th issue of the club’s bulletin. I’m delighted that this piece has been republished here, now beautifully colored 35 years later. As I gaze upon it, memories come flooding back?memories of walking along each of those drawn lines with great care and affection. The book also includes richly illustrated articles on geology, topography, and the flora of Mt. Apoi. There are fascinating explorations of two ancient mountain routes in the southern Hidaka region. Altogether, it’s a multifaceted book themed around “The Hidaka Mountains and People.” On the cover and at the beginning of the book are brand-new photographs by Kenji Ito, an alumnus of the alpine ski team. Look closely?you might spot a bear walking across a snowfield in one of them. It’s a large-format book, yet light in weight and pleasing to the touch. Published by Kyodo Bunka-sha |
| 2025-4-24 20:56 |
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【読書備忘】北海道の...
久しぶりの、日高山脈本が出版された。1970年代〜80年代には日高山脈の航空撮影を含む大型写真集があった。冬期縦走の地形研究のため、大真面目にその写真を毎日見ていた。もとより登山道のない特殊山域だから、参考になる記録としては部室にあった手書きでヨレヨレの山行記録か、活字で読みやすいのは部報だけだった。 久しく経った今も、日高の最深部はまだまだ当時と変わらず無垢であるのが嬉しい。頓挫した日高横断道路計画の経緯も記されている。 実のところ、登山愛好者でさえおいそれとは行けない日高の奥に、多くが求めるようなガイド本はつくれない。今回のように日高を扱う総合的な本が出版されるチャンスなど、ずっと無かったのではないだろうか。 そんな本に寄稿する僥倖をいただいた。 日高の物語として、いつでも読み返したい北大山岳部の黎明期の先人(須藤宣之助、伊藤秀五郎、相川修)たちの紀行文紹介、コイカク沢と十ノ沢の遭難、画家・坂本直行氏の足跡などをグラフィック豊かに辿る。 深い深い日高の、冬と夏の魅力を(小泉章夫、米山悟、松原憲彦)が書いた。美しい写真を沢山提供してくれた若手OBたちの21世紀の超人的冬期長距離縦走山行について、それから今では北大山岳部の得意技に育ったイグルーの生い立ちについても詳しく書いた。 1990年に卒業論文と同時に編集作業に没頭した北大山岳部部報13号の折込特大付録で、日高山脈の鳥瞰図を手描きで描いたものを、今回再掲載していただいた。35年も経って彩色されよみがえった力作を見ていると、一つ一つの線の上を歩いた時間を愛おしく思い出す。地質、地形、アポイの植物の記事も、写真と図版の豊かな編集だ。南日高の2つの山岳古道についても興味深くまとめられている。「日高山脈と人」をテーマに多面的なテーマを盛り込んだ本だ。 表紙写真と巻頭には、山スキー部OBの伊藤健次さんの撮りたてホヤホヤ写真。雪渓のカールボーデンをトコトコ歩くクマが見えるだろうか。 大きくて、重くなくて、手触りの良い本。 書店のほか、アマゾンでも購入可能になるとのこと。発売日は4月27日。 共同文化社 2025年5月15日 初版 編著者 黒川伸一 2700+税 |
| 2025-4-10 8:58 |
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出版のお知らせ 【北...
国立公園の制定を機に、この春、日高山脈を巡る山と人の関りに焦点を当てた書籍が出版されます。内容は5章からなり、写真豊富な構成です。 「先縦者たちの感慨」として山岳部のパイオニア、須藤宣之助、伊藤秀五郎、相川修の紹介。 地形・植物の恵み、日高山脈百年物語として、ルームの登山史が多く触れられます。 また、「魅惑の登山フィールド」として積雪期登山を米山悟会員(1984年入部)が、渓谷登山を小泉章夫(1974年入部)、松原憲彦(1990年入部)会員が執筆します。 更に猿留山道と様似山道という古道、坂本直行氏に関する記事、日高の山々の登山案内と山麓施設の 紹介まで、日高山脈に関する新旧のテーマの記事が盛り込まれています。 近年の若手OBたちの相次ぐ日高全山縦走等の際の美しく厳しい山行写真もふんだんに使わせていただきました。 書店に並びましたら手にとっていただければ幸いです。 ![]() 表紙写真:伊藤健次(山スキー部OB) 発売日:2025年4月24日 出版社:共同文化社 2700円(税込2970円) |
| 2025-4-9 16:32 |
AACH現役
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2025.2.27-3.4?(4-2) 2年班プチメイン・トヨニ?ピリカ→十勝岳
〜耐え抜いてピリカ、駆け抜けて野塚〜 L杉山(3AL柴部(5M西園(3市川渡邊(2 <時間とルート> Day1:野塚トンネル十勝側(5:45)トヨニ岳(11:00)トヨニ岳北峰西側(12:15)=Ω1 晴れ。風はやや強め […]
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| 2025-4-9 15:05 |
イグルースキー
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この冬のイグルー記録、たくさん!
ヤマレコで表題に「イグルー」含む山行記録今季(途中)は70件ヤマレコの山行記録検索で表題に「イグルー」含む記録を検索するとたくさん、70件出てきました。表題に書いていない人も含めると、数え切れません。雪山登山界ではずいぶん増えました。 |
| 2025-4-6 22:16 |
AACH現役
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2025.3.12-18(5-2) 春メイン1年班増毛メイン
〜海への長い長い寄り道〜 L小野寺(3 AL齋藤(4M金子(2竹下鶴留(1 <時間とルート> Day1(3/12):丸山登山道入り口(6:30)丸山(7:40)夏道分岐(9:40)?察来山(11:00)・581の台地辺 […]
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| 2025-3-29 12:32 |
北大山岳館FaceBook
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春の風景。 山岳館の二階のクラブルームには 東に開いた窓があります。 今日 その窓から覗いてみると 白い道がサクシュコトニ川にかけた仮橋に向かって 続いていました。... 冬の間 沢山の人が踏み固めて、春になっても融けないで 残っている ”...
![]() 春の風景。 山岳館の二階のクラブルームには 東に開いた窓があります。 今日 その窓から覗いてみると 白い道がサクシュコトニ川にかけた仮橋に向かって 続いていました。 冬の間 沢山の人が踏み固めて、春になっても融けないで 残っている ”道” です。 雪が凍った道は、けっして歩き易い道じゃないけど 逸れると嵌まる ので みんな器用にその上を歩いていきます。 (結構それて雪や泥に嵌まることも多いのですが) 恵迪寮と北大の教養部や地下鉄十八条駅をつなぐ近道(*^_^*)。 のどかな春らしい構内の景色です(KY)。 |
| 2025-3-29 12:32 |
北大山岳館FaceBook
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春の風景。
春の風景。
山岳館の二階のクラブルームには 東に開いた窓があります。 今日 その窓から覗いてみると 白い道がサクシュコトニ川にかけた仮橋に向かって 続いていました。 冬の間 沢山の人が踏み固めて、春になっても融けないで 残っている ”道” です。 雪が凍った道は、けっして歩き易い道じゃないけど 逸れると嵌まる ので みんな器用にその上を歩いていきます。 (結構それて雪や泥に嵌まることも多いのですが) 恵迪寮と北大の教養部や地下鉄十八条駅をつなぐ近道(*^_^*)。 のどかな春らしい構内の景色です(KY)。 ![]() (Feed generated with FetchRSS) |
| 2025-3-25 15:10 |
山岳館
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北大山岳館 |
| 2025-3-23 20:03 |
イグルースキー
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史上最悪イグルー@乗鞍岳
乗鞍岳・標高2640m、暴風域でのイグルー泊春の気圧配置で、すごい風の日に乗鞍岳を独自ルートで山越えしました。相棒の長年の設計ラインで鋭鋒・烏帽子岳に直登する尾根です。美しい針葉樹林を10時間近くラッセルして山頂から火山台地に出たところで暴風域に入りました。テント(もっていないけど)ではぶっ飛ばされる事必定。 風で屋根が落とされてできない→スキーで屋根掛け![]() 翌朝撮影。この暴風では隙間は塞げず吹き込んだ雪はツエルトとの間を流れ落ち、側面から溜まった。屋根にスキーの先端が見える。 ![]() スキーを引っこ抜いてもブロックはくっついていて屋根は落ちなかった 乗鞍スカイラインはアイススクリューが要るほどの青氷。吹き溜まりにノコギリの入る積雪を見つけ、そこにイグルー作製開始。ブロックは下一段は切り出せるがその下は青氷。広くブロック供給場を設けて運んで組んでいく。三段目くらいで長いブロックを屋根かけすると、眼を離した隙に風で落とされる。落ちて皆半分に折れてしまう。3回くらい繰り返し落とされて、スキーとストックを梁にする方法に切り替える。あっという間に屋根完成。 風上側に二重にブロックを積んで隙間ふさぎいつもみたいに悠長に隙間ふさぎをできないので、風上側にはもう一重外側に壁を載せて二重の厚さにする。それでもこの地吹雪の粉雪は、隙間から吹き込むやつだ。前に富士山でやられた感じだ。相棒は始めブロック取りに勤しんでいたが、そのうち顔面にシュカブラができてメガネがアウト。目潰しの雪つぶてで、風上を見られない。ツエルト被って待っていてもらう。そのツエルトもぶっ飛ばされないようにかぶるのがまたタイヘン。 内張りのツエルトはベルヌーイの定理でピシッと張り付く中はやっぱり隙間から吹き込みまくりだ。でも中でツエルトを被ったら不思議なことが起こった。ツエルトが、固定もしないのに壁に張り付いて落ちて来ない。風で流速の早い外部はイグルー内よりも気圧が下がるせいだろう。飛行機の翼が上面の流速に吸われて浮き上がる「ベルヌーイの定理」である。中学生の頃から航空工学好きで知ってるんだ。ベルヌーイは翌朝まで続いた。でも風、弱まってほしかった・・。 イグルーの中は結局雪まみれ。でも風は音だけだ。壁とツエルトの間に入り込んだ吹込み雪が、外側からずんずん攻めてきた。両側は雪がつもり、吹き込んだ雪が寝袋の上に積もり、やがて体の下にも落ちて体温で溶けて冷たい水たまりになり、一晩中ブルブルだ。でも死ぬほどじゃない。風は時折ドカンドカンとパンチのように壁を叩く。壊れたらどうするかシミュレーションはしてある。でも壊れなかった。 膝の上でストーブを焚き、ミルクティーを何杯も飲んで晩飯も朝飯も終わり。明るくなっても風は止まず。ドボドボに濡れた寝袋をザックに突っ込んで、樹林限界まで鼻をつまんで脱出した。視界があるってありがたい。強風晴天のなか、安全圏へ下る。計画は半分だったけどあの風では仕方ない。なんとかやり通せてきた満足が大きい。 風が強く積雪が少ない場所のイグルー同じような状況は以前富士山で体験した。積雪が少ないので貧相なブロックの上、隙間から転がりまくったザラザラの雪粒が絶え間なく吹き込む。その時のメンツは「イグルー懲り懲り」に。今回は内側にツエルトで快適とまでは言えないがなんとか凌いだ。もっと大きいタープならば外側に被せて張る手もある。でも、固定する雪面が青氷なので、スクリューが要るしあの風ではちぎれて飛ばされそう。こういうところに泊まらないのがベストだけど、注文通りに行かないのが山だ。そうなったら手持ちでやりくりするしか無い。 山行記録: ほおのき平~烏帽子岳北西尾根~乗鞍岳スキー場 2025年03月20日(3日間) 槍・穂高・乗鞍, 積雪期ピークハント/縦走 / yoneyamaの山行記録 www.yamareco.com Igloo Night in the Storm Zone at Norikura-dake (Elevation 2,640m)Crossing Norikura-dake on a Unique Route in Fierce WindsDuring a spring weather pattern with intense winds, I traversed Norikura-dake via a unique route. My partner’s long-established route design follows a ridge leading directly up to the sharp peak of Eboshi-dake. We spent nearly ten hours breaking trail through beautiful coniferous forests before reaching the volcanic plateau at the summit, where we entered the storm zone. A tent (not that we had one) would have been blown away for sure. Roof Collapsing in the Wind → Ski Roof ConstructionThe Norikura Skyline road was covered in blue ice, requiring ice screws for traction. We found a snowdrift with packable snow deep enough for a saw to cut through, and we began constructing our igloo there. The first row of blocks was easy to carve, but beneath that was solid blue ice. We widened the block supply area, transported them, and stacked them. Around the third row, we attempted to place long blocks as a roof, but the wind knocked them down the moment we looked away. Every time they fell, they snapped in half. After this happened three times, we switched to using skis and poles as beams. That worked like a charm, and the roof was up in no time. Double Layering the Windward Side to Seal GapsUnlike usual, I couldn’t afford to leisurely fill in the gaps. On the windward side, I added an extra exterior wall for a double-thickness defense. Even so, the powder snow carried by the ground blizzard kept infiltrating through the cracks?just like what happened to me on Mt. Fuji before. My partner was busy collecting blocks at first, but soon, his face was covered in frost formations (sastrugi), and his glasses became useless. The wind-driven snow kept striking his eyes, blinding him from looking upwind. I had him wait under a bivy sack, though even that was a struggle to keep from being blown away. Bivy sack Sticking to the Wall Thanks to Bernoulli’s PrincipleInside the igloo, snow was still blowing in from the gaps. But when we wrapped ourselves in a bivy sack, something curious happened?it clung to the walls without any support. The fast-moving wind outside created lower pressure compared to the inside, making the tarp stick to the surface. It was a real-life demonstration of Bernoulli’s principle?the same aerodynamic effect that makes an airplane wing generate lift. I’ve been interested in aeronautical engineering since middle school, so I recognized it immediately. Bernoulli’s effect lasted until morning. But I sure wished the wind would die down sooner… The Igloo Filled with Snow, but at Least the Wind Was Just NoiseThe snow that blew in between the walls and the bivy sack kept creeping inside. Snow piled up on both sides, covered my sleeping bag, and eventually fell underneath me, melted from my body heat, and turned into a freezing puddle. I shivered all night, but it wasn’t life-threatening. The wind occasionally slammed against the igloo like a powerful punch. I had simulated an emergency plan in case the walls collapsed, but fortunately, they held. I lit my stove on my lap, only drank multiple cups of milk tea, and skipped both dinner and breakfast. By morning, the wind was still howling. I stuffed my soaking wet sleeping bag into my backpack, had to bite the bullet and push through the storm to reach safety.The visibility was a blessing. Under clear but violently windy skies, we descended to safety. The trip was only half of what we planned, but given the conditions, that was inevitable. More than anything, I felt deeply satisfied that we managed to push through. Building an Igloo in Strong Winds with Minimal SnowI had encountered similar conditions before on Mt. Fuji. There, with little snow, we had to stack flimsy blocks while an endless stream of granular snow particles tumbled through the gaps. That time, my companions swore they were done with igloos for good. This time, the bivy sack inside made it somewhat bearable, though certainly not comfortable. A larger tarp might have helped if we had stretched it over the exterior, but anchoring it on blue ice would have required screws, and the wind would likely have shredded it anyway. Of course, the best option would be to avoid camping in such places. But mountains don’t always follow orders. When faced with the unexpected, you just have to make do with what you have. |
| 2025-3-18 3:15 |
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息を呑む
息を呑む
今年から北大に入学するみなさん 期待にむねをふくらませている日々を過ごしておられるのでしょうか? 大学生活 楽しみですね。 さて、今日の北大 ちょっと幻想的な風景を見せてくれました。 低気圧の通過の後、 風が止んで 少し重めの雪が降ると、 その雪が木々の枝にまとわりつきます。 風が吹いたり、 気温が上がったりすると すぐ消えてしまう風景ですが このタイミングに出会うと ちょっと得した気分になります。 写真は山岳館に向かう途中、理学部(博物館?)の横辺りからメインストリートを北に望んだ写真です。 写真では十分にうまく表現できないのですが、 ”息を呑む” 景色でした。 街のほぼ真ん中で こんな風景に出会える。 足元は悪かったけど、今日 北大や円山公園を訪れた人たちは シンプルに良かったとおもいました (^_^;)。(KY) ![]() (Feed generated with FetchRSS) |
| 2025-3-18 3:15 |
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息を呑む 今年から北大に入学するみなさん 期待にむねをふくらませている日々を過ごしておられるのでしょうか? 大学生活 楽しみですね。 さて、今日の北大 ちょっと幻想的な風景を見せてくれました。 低気圧の通過の後、 風が止んで 少し重めの雪...
![]() 息を呑む 今年から北大に入学するみなさん 期待にむねをふくらませている日々を過ごしておられるのでしょうか? 大学生活 楽しみですね。 さて、今日の北大 ちょっと幻想的な風景を見せてくれました。 低気圧の通過の後、 風が止んで 少し重めの雪が降ると、 その雪が木々の枝にまとわりつきます。 風が吹いたり、 気温が上がったりすると すぐ消えてしまう風景ですが このタイミングに出会うと ちょっと得した気分になります。 写真は山岳館に向かう途中、理学部(博物館?)の横辺りからメインストリートを北に望んだ写真です。 写真では十分にうまく表現できないのですが、 ”息を呑む” 景色でした。 街のほぼ真ん中で こんな風景に出会える。 足元は悪かったけど、今日 北大や円山公園を訪れた人たちは シンプルに良かったとおもいました (^_^;)。(KY) |
| 2025-3-12 18:55 |
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今日の最高気温が12℃ 昨日も10℃。 消えてゆく雪を惜しんで?! ストーを持って管理当番の山岳館へ。 天気も良いし サクシュコトニ川の仮橋のあたりまでトコトコ。 川の畔でスケッチをされている方がおられたので、 ”今日は山岳館開いていますので、興味がお有り...
今日の最高気温が12℃ 昨日も10℃。 消えてゆく雪を惜しんで?! ストーを持って管理当番の山岳館へ。 天気も良いし サクシュコトニ川の仮橋のあたりまでトコトコ。 川の畔でスケッチをされている方がおられたので、 ”今日は山岳館開いていますので、興味がお有りならお寄りください”と お誘いだけしておきました。
グランドはまだ真っ白。 山岳館から南を望むと白銀の平原のむこうに平成ポプラ並木の東半分が目に入ります。 温かな日差し。山岳館の周りも確実に春が訪れています。(KY) ![]() (Feed generated with FetchRSS) |
| 2025-3-12 18:55 |
北大山岳館FaceBook
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今日の最高気温が12℃ 昨日も10℃。 消えてゆく雪を惜しんで?! ストーを持って管理当番の山岳館へ。 天気も良いし サクシュコトニ川の仮橋のあたりまでトコトコ。 川の畔でスケッチをされている方がおられたので、 ”今日は山岳館開いていますの...
![]() 今日の最高気温が12℃ 昨日も10℃。 消えてゆく雪を惜しんで?! ストーを持って管理当番の山岳館へ。 天気も良いし サクシュコトニ川の仮橋のあたりまでトコトコ。 川の畔でスケッチをされている方がおられたので、 ”今日は山岳館開いていますので、興味がお有りならお寄りください”と お誘いだけしておきました。 グランドはまだ真っ白。 山岳館から南を望むと白銀の平原のむこうに平成ポプラ並木の東半分が目に入ります。 温かな日差し。山岳館の周りも確実に春が訪れています。(KY) |
| 2025-3-10 4:56 |
イグルースキー
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シール尻尾の剥がれ防止細工
低温時のシールトラブル![]() テーピングテープでシール剥がれを処置。数時間は持つ。赤いシリコンベルトは厚い手袋でも操作できてとても重宝。針金で固定する仕掛けを作ったけど、金属疲労で折れた。横ずれもして外れる。In cold temperatures, ski skins can cause issues. I use taping tape to secure peeling skins?it lasts for a few hours. The red silicone belt is extremely useful as it can be operated even with thick gloves. I once made a mechanism to secure the skins with wire, but the metal fatigued and broke. It also shifted sideways and detached. 糊式のシールは、氷点下15℃以下くらいの低温になると粉雪が糊面に張り付いて、板とくっつかなくなります。特に滑ったり登り返したりを繰り返すような山行では、その着脱スピードも問われますが、このくっつかなるシールが、パーティーの足並みを乱します。シールが効かないと少しの上りでも登れなくなります。テーピングテープやシリコンベルトを巻いたりして対処します。これを知らずに絶望して、救助要請電話を掛けた人がいたニュースを数年内に聞きました。 北大の学生時代(40年前)のシールは糊式ではなくベルト締め式だったので、この心配はなかったのですが、最近は糊式が主流でベルト締め式はほぼ手に入らないです。 ![]() 止め金具が横ずれしないようにグラインダーで溝を切ったTo prevent the metal clip from shifting sideways, I used a grinder to carve a groove into the tail end of the ski. 糊式でもベルトが付いていればよいのですが、尻尾の部分は剥がれたら固定もできない詰めが甘い仕掛けのものが多いです。みんなどうしているのだろう。BCの人たちは一度シールを剥がして滑ったらもう貼って登ったりしないのか?あるいは厳冬期を想定していないのか?温暖化で低温日が減ったので知らないのか? 板の後ろを切って、シールの尻尾にゴムバンドつける![]() 針金は耐久性が無いので丸ゴムにしてみた。Since wire lacks durability, I replaced it with an elastic cord. 昔、ベルト式シールのときやったようにスキーのテールに切込みを入れ、引掛け金具が横ずれしないようにして、マルゴムで引っ張ってシールが剥がれないように細工をしました。今は電動グラインダーがあるので板に切れ込み入れるのも楽なものです。マルゴムくらいでは駄目だったら自転車のチューブにでもします。前回は針金だったが、何度も着脱していたら金属疲労で折れました。それに切り込みがなかったので、横ずれしてすぐ取れました。 道具を改良し、なおすのは楽しいです。 Troubles with Ski Skins in Low TemperaturesWhen temperatures drop below around -15°C, adhesive skins stop sticking because fine powder snow adheres to the glue surface, preventing them from attaching to the skis. This is especially problematic during ski tours that involve repeated ascents and descents, as the ability to quickly attach and remove skins is crucial. If skins fail to stick, even a small uphill section becomes impassable. I wrap taping tape or a silicone belt around the skins to deal with this issue. A few years ago, I heard a news story about someone who panicked upon facing this problem and called for rescue, unaware of these countermeasures. Back when I was a student at Hokkaido University (40 years ago), skins were belt-fastened rather than adhesive, so this issue didn’t exist. However, adhesive skins have become the mainstream, and belt-fastened skins are now almost impossible to find. Even with adhesive skins, it would be ideal if they came with a belt. However, many skins have a poorly designed tail section that lacks a way to secure it once it starts peeling. I wonder how others handle this. Do backcountry skiers remove their skins after one descent and never reattach them? Or do they simply not expect to ski in extreme winter conditions? Maybe they’re unaware of the issue due to fewer extremely cold days caused by global warming. I modified my skis by cutting the tail and attaching a rubber band to the skin’s tail.I used to make similar modifications back when belt-fastened skins were common. I cut a notch into the ski tail to prevent the metal hook from shifting sideways, then secured the skins with round rubber to prevent peeling. Nowadays, electric grinders make cutting notches in skis much easier. If elastic cord isn’t strong enough, I’ll try using a bicycle inner tube. Last time, I used wire, but repeated use caused metal fatigue, leading it to snap. Additionally, without a notch, the clip shifted sideways and detached easily. Modifying and improving gear is enjoyable. |
| 2025-3-7 8:01 |
イグルースキー
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少雪・寒冷地でのイグルーは外取り式で
今回は積雪60cm先週はイグルー山行ニ連発。うちひとつは松本市の東山で標高2000m弱の山です。この山域は、積雪が多くはない上に寒冷地なので、新雪が溶ける機会が無く、上から重さで押される機会もないまま時間が経った感じです。積雪は多いところで60cmほどです。でも十分作れます。 いつも講習会では1.5m×1.5mの湯船の足元だけからブロックを切り出して積んでいきますが、これは積雪が十分あって使える層の厚さが30cm×2〜3段の場所です。今回は積雪60cmでしたが、表面10cmはサラサラ層、下部10cmは地面の熱でザラメ化して笹や小枝が入っていてブロックにはならない層でしたから中間部の厚さ40cmがブロックに使えました。 ![]() ノコギリは刃が40cmです。ちょうど刃の後ろ部分の層が「かるかた雪」です。ここだけを使います。The saw blade is 40 cm long. The layer just behind the blade is the ideal “karukata snow.” We only use this part. 少雪地・寒冷地でのイグルーは外取り式で一人用1.5×1.5だと、下の積雪が十分でない場合下一段で取り終わるので、上一段積んだらもう中からはブロックを取れません。イグルーの湯船の外に出入自由な廊下を伸ばして、ブロック供給場所を近接させて作ります。廊下を伸ばしながらブロックを取ります。そこが斜面ならば傾斜の上の方に供給地を作るほうが、切ったブロックを持ち運ぶのに楽です。たいてい入口は斜面下側に作るので、入口とは別に裏口を作るのが良いです。 また下が浅いということは、雪面下で拡げる余裕があまり無いので、あらかじめ1.5m×1.7〜1.8mくらいに作っておかないと足が伸ばせなくなります。 良い層さえあれば、壁や天井に囲まれていないぶん、外の作業は非常にやりやすく、長くて丈夫なブロックがばんばん切り出せます。まとめて切って、運び込んで置いて、最後にまとめて屋根を組み立てるのもおすすめです。裏の「勝手口」は、大きいブロックさえあればあっという間に塞げます。 ![]() 湯船から下一段切り出して、もう笹が出てきた。上一段目しかできていないので、切り出し場を求めて「廊下」を作り始めます。After cutting the first layer of blocks from the “bathtub” area, bamboo grass started appearing. With only the first layer completed, I needed another source for blocks, so I began extending a “hallway” to create a new cutting area. ![]() イグルー側から見た廊下の先の「ブロック切り出し場」これまではサイコロ状を切り出し続け、最初の長細いブロックを切って転がしたところ。View from the igloo: The end of the hallway where blocks are cut. So far, I’ve been cutting cube-shaped blocks. Here, the first long block has been cut and rolled. ![]() 「切り出し場」からイグルーを「廊下」越しに見たところ。廊下を通って長いブロックを屋根として積む。View from the cutting area: Looking back at the igloo across the hallway. Long blocks are transported through the hallway and stacked as the roof. ![]() 手を使ってやさしく手前に転がした。スコップでやってはいけない。両脇がハの字に切れている。これを優しく立てて、ノコで縦切りRolling the block: Using hands to gently roll it forward. Never use a shovel for this step. The sides of the block are cut in a V-shape. Carefully stand it upright and cut it vertically with the saw.
おさらいです。大きな長いブロックの切り方1 確実にノコで切れ目を合わせ、切り離したうえで 2 脇をハの字に切って、手前側に転がすように倒す。ショベルは指をいれる隙間に拡げるために使う。ショベルで力を使うとブロックが壊れる。必ず手で転がす。 3 慎重に立てる。重いので腰を落として体を寄せて慎重に 4 ノコで縦割りにする。切った時に倒れないように左手で両ブロックを抑える。 イグルー作りは12月〜5月の時期に応じて、積雪状況に応じて、工夫がいろいろ変わります。奥が深いですね。 ![]() 窓はもちろん富士山側にして、最後まで夕景を楽しむ。日が暮れたらサムいから、この隙間を埋めておしまい。Of course, the window faces Mount Fuji, so I can enjoy the sunset until the very end. Once the sun sets, it gets cold, so I’ll fill in this gap and call it a day. This Time, the Snow Depth Was 60cmLast week, I had two consecutive igloo expeditions. One of them was in the Higashiyama area of Matsumoto City, on a mountain with an altitude of just under 2000 meters. This region does not have heavy snowfall, and since it is a cold area, the fresh snow never gets a chance to melt. Over time, it also doesn’t get compacted by the weight of more snow from above. The deepest snow I found was about 60 cm. However, that was still enough to build an igloo. In our usual training sessions, we cut blocks only from the foot area of a 1.5m × 1.5m “bathtub” space and stack them. This method works when there is sufficient snow depth, with a usable snow layer of 30 cm stacked in two or three layers. This time, the snow depth was 60 cm, but the top 10 cm was a loose powder layer, and the bottom 10 cm had become granular due to ground heat, mixed with bamboo grass and small twigs, making it unsuitable for blocks. That left a 40 cm thick middle layer that was usable for cutting blocks. External Block-Cutting Method for Igloos in Low-Snow and Cold-Snow AreasFor a one-person 1.5m × 1.5m igloo, if the snow depth is insufficient, the first layer of blocks will be exhausted quickly, and after stacking the second layer, there will be no way to cut more blocks from inside. To solve this, we extend a hallway outside the “bathtub” area of the igloo, allowing free movement in and out and placing the block supply point nearby. The blocks are cut as we extend the hallway. If the location is on a slope, it’s easier to transport the cut blocks if the supply area is placed uphill. Since the entrance is usually made on the lower slope side, it’s a good idea to create a separate back entrance. Additionally, when the snow depth is shallow, there isn’t much room to expand below the snow surface. To ensure enough legroom, the igloo should be built slightly larger in advance, around 1.5m × 1.7?1.8m. As long as the snow layer is good, working outside is much easier since there are no walls or ceilings to restrict movement. Long and sturdy blocks can be cut one after another. A recommended approach is to cut and transport multiple blocks in one go, place them in position, and then assemble the roof all at once at the end. The back “service entrance” can be quickly sealed with just a few large blocks. Review: How to Cut Large, Long Blocks
Building igloos requires different techniques depending on the season (December to May) and the snow conditions. There’s always something new to learn?it’s a deep and fascinating process. |
| 2025-2-25 20:32 |
イグルースキー
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Ωイグルー講習@名古屋労山三団体
今季7回目の講習です3年ほど前に松本フォーラムの講習に来てくれた水谷さんが、名古屋労山の山岳会に声をかけて17人を連れてきました。当初名古屋から近い野麦スキー場のリフトトップ少し先(もちろん場外)で初めてやってみたいとおもっていたのですが、事前に電話で主催者がスキー場にあいさつしたら、強烈な反対とのことでいつもの安定の乗鞍岳(もちろん場外)に変更。 ・・・スキー場運営者は怖いと私は思いました。
今回の感想イグルスキーが36分で仕上げてデモ。その後各自で実施。気温が低くて心配したけど、途中で日も射し風もなく、きょうも良い講習日和になりました。二度目の水谷さんは今回屋根塞ぎに急速に大成功して大いに喜ぶ。他にも次々に成功者が続く。 積雪は2m以上あり、ブロックが失敗気味の人はどんどん下に掘り進み、天井に手が届かない件が続出しました。トレンチを使ったブロック切りがうまく行っていませんでした。 ●ノコギリで切れ目を丁寧に合わせる。 を改めて穴に入ってやってみせると随分捗りました。 ノコギリが30センチより短い24センチの人がたくさんいて、やはりブロックが小さすぎでした。屋根が塞がらなかった。先にできた人にノコを借りて、後半その違いを知りました。短いノコギリでは、イグルーはできません。 失敗は成功の元なので、失敗すると学びは強く残ると思います。次をそれぞれでやってくれれば、すごく飛躍があると思います。 出来上がった人からマイイグルーでラーメンを食べる。ラーメンのかほりが会場を漂いました。 ![]() まだ屋根が塞がってないけど、腹が減っては戦はできぬ。The roof isn’t sealed yet, but one cannot fight on an empty stomach. ![]() 完成後の温かいお茶、おいしいよ。A warm cup of tea after completion tastes delicious. ゲレンデはスキーで一気に降りました。平田駅まで送ってもらい、波田、今井方面から見る鉢伏山や東の山が日を浴びて美しかったです。この冬は長い寒気の底です。
![]() 個別イグルーを地下でトンネル続きにしています。迷路みたいだよ。The individual igloos are connected underground by tunnels. It’s like a maze! Igloo workshop@Nagoya rousan three groupsImpressions from This SessionIgloo-ski demonstrated the process in 36 minutes, and then everyone tried it on their own. I was worried about the low temperature, but the sun came out, and there was no wind, making it another great day for training. Mizutani-san, in her second attempt, quickly succeeded in sealing the roof this time and was absolutely delighted. Many others followed, successfully completing their igloos one after another. The snow depth was over 2 meters, and those struggling with block-making kept digging deeper. As a result, many couldn’t reach the ceiling. The trench-cutting method for making blocks wasn’t working well. Key points for improvement:
After demonstrating these techniques inside the hole, things progressed much more smoothly. Many people were using 24 cm saws instead of the recommended 30 cm ones, resulting in blocks that were too small, making it impossible to close the roof. Later, those who had finished lent their saws to others, helping them realize the difference. It became clear that igloos cannot be built properly with short saws. Failures lead to success. The lessons learned from mistakes are deeply ingrained, and if everyone applies them in their next attempt, I believe they will make significant progress. Once the igloos were completed, people enjoyed ramen inside their own igloos. The aroma of ramen filled the air at the site. |
| 2025-2-23 9:50 |
投稿記事
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関西支部2025年新年宴...
日時:2月8日(土) 13-15時
場所:名古屋駅新幹線口「本まぐろと名古屋飯 花かるた」 参加者:吉田勝(1957)、渡辺興(58)、高橋昭(59)、渡辺尚(59)、伏見(61)、須田(62)、名越(63)夫妻、岸本(65)、江島(79)、太田(80)、岡島(83) 近畿東海は小春日和が続いていたのに当日は冬本番、関ヶ原は本格的な降雪で私は新大阪からではなく、急遽難波から奈良を突っ切り近鉄で名古屋に向かうも伊勢湾側も雪。それでも参加者はお一人を除き何とか定刻に集まりビールで乾杯。 ![]() 今回は東京から渡辺会長が、100周年記念事業の実行委員長として”お仕事の話”をするために参加された。100周年記念の通史について、 1)人物譚のうち関西支部関連の執筆、2)関西支部の支部史の執筆 をそれぞれ依頼された。また事業全般の内容、進捗具合、寄付集めなどを話していただき有意義でした。私(1965)より年下の会員は渡辺会長が関西支部で活動の頃のことは全く知りませんが、第三者的にこの会を眺めていると1970-80年代の支部の集まりの雰囲気が分かるような気がしました。 |
| 2025-2-8 13:28 |
北大山岳館FaceBook
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講演会のご紹介
講演会のご紹介
直前になってしまいましたが 講演会のご紹介です。 昨年のこの時期、 北大山岳OBの成田啓さんと竹中源弥さんによる、 冬の日高の直登沢登攀の講演を当山岳館でお聞きすることができました。 https://www.facebook.com/photo?fbid=948025783890679&set=a.434019535291309 このときの おふたりのうち 竹中さんが 昨年の5〜6月にかけて信州大学山岳部のOBのおふたりと北米のデナリ峰(6190m)に南壁から南に派生した長大な稜線の初踏破を成し遂げられました。 この報告会が 日本山岳会北海道支部が主催で開かれます(北大山の会共催、秀岳荘とりんゆう観光協賛) 開催日は2月18日(火)で、このフェイスブック上では 直前のご紹介となり 申し訳ありませんm(_ _)m。 すでに この講演会への参加を予定されている方も多いかと思いますが、まだ余裕があるとのことでしたので、ご紹介しておきます。 (2月11日までに写真右隅のQRコードを読み取って申し込みをお願いします) (KY) ![]() (Feed generated with FetchRSS) |
| 2025-2-8 13:28 |
北大山岳館FaceBook
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講演会のご紹介 直前になってしまいましたが 講演会のご紹介です。 昨年のこの時期、 北大山岳OBの成田啓さんと竹中源弥さんによる、 冬の日高の直登沢登攀の講演を当山岳館でお聞きすることができました。... https://www.faceb...
![]() 講演会のご紹介 直前になってしまいましたが 講演会のご紹介です。 昨年のこの時期、 北大山岳OBの成田啓さんと竹中源弥さんによる、 冬の日高の直登沢登攀の講演を当山岳館でお聞きすることができました。 https://www.facebook.com/photo?fbid=948025783890679&set=a.434019535291309 このときの おふたりのうち 竹中さんが 昨年の5〜6月にかけて信州大学山岳部のOBのおふたりと北米のデナリ峰(6190m)に南壁から南に派生した長大な稜線の初踏破を成し遂げられました。 この報告会が 日本山岳会北海道支部が主催で開かれます(北大山の会共催、秀岳荘とりんゆう観光協賛) 開催日は2月18日(火)で、このフェイスブック上では 直前のご紹介となり 申し訳ありませんm(_ _)m。 すでに この講演会への参加を予定されている方も多いかと思いますが、まだ余裕があるとのことでしたので、ご紹介しておきます。 (2月11日までに写真右隅のQRコードを読み取って申し込みをお願いします) (KY) |
| 2025-2-5 11:20 |
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第97回ヘルヴェチア祭...
現役9名、OB6名の参加あり(右端は躯体調査の宮島ゲスト)。 以前は10月末だったが雪崩講習会が重なったり、最近の少雪傾向で冬山の準備山行もまだなのでこの時期となった。 初日は積雪のため道道入口の除雪からスタート。気温は上がり作業にはちょうど良い日和。暗くなっても 煙突掃除等に励んだ後、夜の食事は現役女子が主導し、 予算オーバーながら食通OBもうならせる山の居酒屋的 贅沢メニューで好評だった。 焚火を囲んだ懇談の中では、豊富な経験あるOBの話が現役の胸に響いたよう。 あると良い、氷や冬壁の登攀についてOBの指導を得たい、 小人数で2つの小屋管理は負担」等の声があった。 開催の2週前に無意根尻小屋が焼失してしまったことを受けて、特に煙突まわりは重点的に掃除および外部突出部の補強。 昨年も煙突掃除は実施していたがかなり煤がたまっていたため、 やはり毎年の掃除が必要。 祭り当日は玄関ドア隙間埋め、不用品撤去、防腐剤塗布、掃除、 ワックスがけして最後に集合して部歌[山の四季」を合唱。 |
| 2025-1-30 20:06 |
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【読書備忘】未踏峰と...
著者・中村保氏は1934年生まれ。一橋大山岳部で1960年代にペルー、ボリビアアンデスで初登攀など実績を残したあと、1990年からは秘境、横断山脈の研究を続け、著書を連発してきたことで知られる。「ヒマラヤの東」「深い浸食の国」「チベットのアルプス」など。この地域の地理に関して世界で最も詳しい人ではないだろうか。若い頃は先端クライマーで、サラリーマンも勤め上げ、晩年からこの横断山脈未踏山域の研究踏査と、言う事無しの人生だと思う。ナカニシヤ出版 2021年 8800円 226p アルパインクライマーよ、世界最後の辺境にはこれだけの未踏峰が未だあるのだよ!と呼びかけているようだ。 交通インフラ的にも、国情的にも近づくだけで一苦労の山域のため、「クライミングに専念したい人」には高嶺の花というか、むしろ「面倒くさい地域」ではあるが、その反面、情報過疎、記録無しの未踏ルート、未踏山頂ににあふれている。これぞ探検魂を発火させるエリアなのだ。でも、鋭鋒ばかりでテクニカルにはヤバそうだ。だからクライミングに専念している人にこそ登ってほしい山ばかりなのだ。青い四角形の部分の詳細地図が掲載されている。 巻頭にある著者作の表では、6000m台の未踏峰は概算375峰で、5000mに目を向ければ無尽蔵とのこと。本は日本語英語の併記。英語読者にも向けられている。空撮を含む写真はもちろん素晴らしいが、地形図が豊富だ。中国領がほとんどなので尾根型と谷記号のみで等高線まではないが、苦労して集めたものなのだろう。見ているだけでうっとりする。色鉛筆で模写して憶えたくなる図だ。 「三川山域」の紹介を私なりに概説すると、横断山脈とは、東から大河が南北に三本流れている。●揚子江(長江)上流部名・金沙江(チンシャジャン)→東シナ海(上海)へ ●メコン川 上流部名・瀾滄江(ランツァンジャン)→南シナ海(ベトナム)へ ●サルウィン川 上流部名・怒江(ヌジャン)→インド洋(ミャンマー)へ +更に1本の ●イラワジ(エーヤワディー)川支流の独龍江(ダロンジャン)→インド洋(ミャンマー)へ にギュギュッと圧縮され挟まれた山脈が東からタテに合計4本。地球上で最もしわくちゃな地域だ。 7000m峰の貢嗄山(ミニャコンカ)、6000m峰の梅里雪山(メイリシュエシャン・カワカブ)は日本隊も関わり知られているけれど、その他にもこんなにたくさん未踏の山頂もルートもある。 横断山脈に加えて、ヤルツァンポ川→ブラマプトラ川→ベンガル湾の大屈曲部周辺の山々の紹介もある。ここは7000m峰のナムチャバルワとギャラペリだけは日本隊にも縁があり知られているが、その他の山々、それにブータンヒマラヤのガンケルプンズムと周辺、チベット高原のニェンチェンタングラ山脈と、かなり広範囲が対象。 改革開放の80年代後半から90年代半ばにかけ、日中登山界は親しかった。私はNHKの番組取材で1991年ナムチャバルワ、1996年チョモラーリの登山隊に加わった。この時期は日本山岳会、ヒマラヤ協会を始め多くの登山隊がチベット未踏峰に向かったが、90年代終わりくらいからは尖閣諸島問題やチベット問題などもあり、また、日本の海外登山層の変化もあり、このエリアへの関心はそれ以来ずっと高まらないままの印象だ。 中村氏の集大成は ヒマラヤの東 山岳地図帳 日本山岳会創立110周年記念出版 日英中国語ナカニシヤ出版 2016年刊 10000円 今回はそのよりぬきで写真セレクト版というかんじだろうか。前作は地図が主体で日中英3ヶ国語で文章豊富。今回の本は、文章は少なめで写真が大判。6000m未踏峰の一覧が特徴的。 日中英語の表記で、中国語音のアルファベット表記は少しクセがあり素直に読むと違う音の字がある。しかもチベット語に漢字を当てたその漢字音韻をアルファベット表記したものなので、かなりひっくり返っていて、とてもカタカナに表記する勇気がない。中国語(北京語)のカタカナ表記は、対応する日本語カナが無くていつも苦労する。と思えば有名峰や大きな山脈名以外の、個々の山頂名などは漢字化されず、チベット音そのままアルファベット表記も多い。漢族がまだ表記していないということかもしれない。 東チベット、念青唐古拉山東部(北東部) p80 Pk5630m峰とPk5640m峰 Gonrpu Gl.Y'iong Tsangpo p81 Hayungarpo6388m 北面 Nye Qu north of Y'iong village 東南チベット、カンリガルポ山群 280km東部 p112 Pk6350m峰北東面 Lhagu氷河中流より p113 Pk5480m峰北面 Lhagu氷河中流より 東南チベット、カンリガルポ山群 280km東部 p116 Pk6726m峰 カンリガルポ山脈の第三高峰(後ろ)、Zyaddo峰6025m(手前) p117 Lhagu氷河、Gongyada 6432m(左)、Zeh 6127m(右) 深い浸食の国Geuzong山塊(Dungri Garpo,Damyon) p134 DungriGarpo6090m(左)、PK6070m峰(右) Markamの西から見た北東面 p135 DungriGarpo6090m北東面 Yu Qu盆地 深い浸食の国ー梅里雪山山群 p144 Holy Mianzim6054m(左)Jiajiren-an(Five Crown Peaks)5470m(右)梅里雪山 雲南西藏境 p145 Jiajiren-an(Five Crown Peaks)5470m 東面 梅里雪山 |
| 2025-1-21 15:35 |
AACH現役
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2024.12.27~1.2(6-1) 2年班冬メイン 南日高
〜南日高の空に染まったよ、あと初日の出も見たよ〜 L杉山AL小野寺(3M金子玉木(2 <時間とルート> Day1:林道ゲート(8:00)神威山荘(15:00)=C1 晴れ。暖かい。今までよりも大分手前で通行止めになってい […]
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| 2025-1-21 15:33 |
AACH現役
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2024.12.28-2026.1.1(5-0) 1年班冬メイン 道北
〜天塩から眺める初日の出の美しかったこと〜 L柴部(5AL宮下(2020西園(3M渡邊(2竹下鶴留(1G市川(2 〈時間とルート〉 DAY1:上紋峠(9:00)?925南コル(10:30)?1094(14:00)=C1 […]
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楽しかったって行ってくれた。



























































久しぶりの、日高山脈本が出版されました
















































