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- 発行日時
- 2026-3-23 3:04
- 見出し
- 日高山脈全山縦走
- リンクURL
- http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-9421866.html
- 記事詳細
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日高山脈全山縦走(積雪期ピークハント/縦走/日高山脈)日程:2026-02-28〜2026-03-18メンバー: Iida_2017コース状況/その他周辺情報:日勝峠周辺、ピリカ〜十勝岳、豊似岳〜追分峠はトレースあり写真:夏尾根頭の棒1967峰ピパイロ方面うりゃあ野塚奥に見える1068がとりあえずの終点夏の大人気区間トヨニでシエスタ楽古岳にて やはりあの看板は葬られたようだ天馬街道1967峰17日目 稜線は続く全力で綴った日高へのラブレターピリカ「貴方」を「ギュッ」と抱きたくなってるあった!とおもったら…いい写真だが、実態はラッセルしんどすぎて意識朦朧ペテガリへ最終19日目の朝 海が聞こえるヒトだアイゼンがサクサク効くΩ15とオムシャ、Ωを作る必要?粋かどうかでしょうに芽室岳1903の分岐への稜線煙草の煙も夕焼けも、やけに目に染みたぜラッコの帽子も遥か遠く針金で修理。ベガとデナリが一番日高に似合う。なんか書いてあったこういうことです39へ11日目 今日も休めねえ、、、Ω14北トッタと以前6連泊した額平山ミゾレなので初日だけカッパ、おばちゃん配色ぼちぼち南斜面に雪の少ない所が出てきた二つ池の朝Ω3、この手のブロック取りやすい雪のほうが隙間を埋めにくいので不得手海12日目 また晴れかい広尾の街明かりが愛おしいコイカク岩稜青春の道朝夕これタ分岐上から。大雪まで見える笹が見えるところも出てきたあぁ春(飲んだ)北へと返る雁の列よく頑張った好きです神威3日目も無事終わった8の沢パッとしない天気ピラトコミ分岐へ、なんじゃいこりゃ!眩しいトッタベツ流域の山々リャンメンセッピ風が強すぎるトッター北トッタの岩稜の巻き4日目、朝の十勝平野ピパイロ分岐と1967峰サッシビチャリコイカク夏尾根から1823冴えない39の南面一直線の防風林が美しいオキシマップ18日目 蜃気楼か、日の出がずいぶん海上高い位置に見えるまきばの朝夕張芦別山域もバッチシスペイン流にSiestaを採用1903手前の岩稜は埋まって雪稜になっていたテント泊は△エサオマンピークのΩ6遠いよ10日目 いい天気で今日も休めない振り返ると芽室の向こうにウペトッタの向こうに幌尻帰りはアイゼンでピリカピーク、髪も眉も髭もすごいルベツネ方面さすがに登らんとね9日目 カムエクと思しきところ、残念2日目の朝39ピークにてコイボク本流沢中は穏やかそうで、冬に沢に泊ってのんびりすごすのも楽しそう、などと思う靴幅へΩ1 入口側をフライでふさぐのが定石芽室川沈む太陽もずいぶん後ろになった林道に出たお前は何処へうーん...最初の核心日だったが余裕なく写真も少ない好きです神威二つ池左手は札内川9の沢カール、右手はシュンベツ川カムエク沢対照的太陽から熱烈な歓迎を受けるかわいい後輩(アホ面×2)に見送られ1823へ神威かなソエマツにて、だいぶ顔が育ってきた快適Ω生活稜線に上がったとこ、ガスガスやっぱり「また会おう」と言ってしまった支七の沢、今年行きたい意識朦朧脱力ラッコ登りすごいラッセルルベツネ視界なし15日目 もうこのままいくぞ滑った後で怖い稜線を振り返るカムエクじゃいルベツネでガスに巻かれるカチポロ方面2月1日に埋めたデポさらに50センチは埋まってたエサオマンの西尾根からジャンクションピークまでがとりわけ美しいあぁ細めBカール夏尾根頭へ登り返し羊蹄も駒ケ岳も山親爺も起きたか春(虫)春39じゃいΩ窓から16日目の旭光ラッセルえぐいずっぼずぼ遠いピラミッドあたりから先の稜線海が近いカンバの尾根を気持ちよく登る(辛い)コイカクへ芽室岳トレースだカネサビルの階段最上部と全く同じメンタル日高にガンを飛ばす雪上仕様の軽トラ中ノ岳ーニシュオマナイ間、技術的にはこの辺が全山の核心部1823峰、辛いこうしてみるとまだまだ主稜線Aカール最初のピーク1573まで、ひどいラッセル野塚東峰から北アポイがだいぶ近い北日高の母、幌尻振り返る稜線は美しい23はこの画角が一番絵になる結局カムエクはガスの中嬉しい誤算、蛇足かとも思ったが確かにいい山だラッセル、雪庇、クレバスの三重奏C4=C5 すごい雪この向きで見てカムイとつけたと思うとうとうラッコが見えた1917峰広尾分岐から広尾岳14日目の朝 青の時間3度目の積雪期ペテガリ、はじめて晴れた落ちてた、ごっつあん一気に開けてフィナーレのある記念橋、風がなきゃテンバに最高感想:中札内でC0。現役Pのメイン下山と一緒になり、村の方々に宴会を開いてもらう。毎度毎度、本当にあったかい輪、縁。自分だけの為の登山が本当の登山だ、なんて思っていたけれど、頑張れる理由があること、下山を待ってくれる人たちがいること、周りにこうして面白がってもらえる、それらはとてもステキなことだ。1日目:日勝峠(10:45)ペケレベツ岳(14:05)ウエンザル手前Co1470(16:30)=Ω1雪のちガス 南岸Lの通過でミゾレなのでゆっくり起床、札幌へ帰る現役カーに乗っかり峠まで。拓郎をかけてくれる心遣いが嬉しい。ふたりの見送りを背に、いざ。日勝ピークへ行くスキーヤーのトレースから外れてしばらくするとペケレベツ。ここからウエンザルへはスノーシューのトレースがうっすらある。ラッセルもズボりもなく快調。14時頃から風。遅くまで動いてΩ1。イグルーの作り方が下手になっている...まずは一日一日丁寧にいこう。2日目:Ω1(6:15)ウエンザル岳(7:00)1498周辺(8:15~11:00)芽室岳(14:50)二つ池(15:30)=Ω2晴れ・風 バチバチの冬型で強風。ゆっくり出る。風にあおられながらジリジリ進むも、次第に耐風姿勢を強いられる時間も長くなり、行動開始から2時間でKO。十勝側に穴掘って休むこと3時間、風は依然強いが、太陽が出たので仕方なく再出発。強風に思った通りスノーシューの足が踏む出せないこともしばしば。西から東への大気の移動を全身で感じる。何とか芽室岳を越え、ピパイロ流域へ突入。夜まで風が残りそうなので、二つ池でΩ2。序盤で停滞するには勇気がいるので昨日今日と動いたが、2日とも0.7日分位しか動けていない。ま、長期山行でこんなことを考えても仕方ない。3日目:Ω2(5:30)1726(11:00)ルベシベ分岐(12:20)1967東コル(14:45)=Ω3晴れ・風 引き続き冬型で晴れ、昨日ほどではないが風もある。今日はピパイロ分岐の下くらいまで行きたい。足元はサクサクでよく進み、順調にルベシベ分岐を越える。1712周辺は少し岩が出ているがスノーシューのままで行ける。ピパイロ分岐の下で13時。今日からそろそろ天気図をとりたいので、ここで泊まるか少し迷ったが、ペース的に間に合いそうなこと、分岐近くに掘れそうな雪庇も見えることから分岐まで登ってしまうことにする。スノーシューのまま上まで行けた。そして正面にカムエクが登場、振り返ると芽室、その向こうにはウペペサンケ。ここからはトッタベツ流域だ。1967東コルの直前に急な岩稜の下りがあり、最後の最後でEP。下から見えていた北向き雪庇にシビアな北風が吹く中Ω3を作成。雪が硬くて大変だったがなんとか気象通報に間に合った。今夜も強風予報。明日は少しでも静かだと嬉しいのだが。4日目:Ω3(7:00)1967峰(7:40)北戸蔦別岳(9:30)戸蔦別岳(10:45~11:00)幌尻岳(12:50)戸蔦別岳(15:00)Co1700付近=C4晴れ 動ける天気であることは予想がついていたが、目覚ましの時点でビュービュー音がしていること、疲れていることからごろごろしてしまう。6時に再び目を覚ますと風も落ち着きドピーカンなので急いで出る。いやはや、だらしない...これを直さないことにはうまく進んでいかないぞ。Eストックで1967を登る。少し進んだ下りのワンポイントでピッケル出してバックステップで降りる。再びEストックに戻し、北トッタへ。北トッタ・トッタ間の岩稜は日高側を巻く。ここは難しいこともあるが、今回は雪がサクッとくるぶしまで入る好条件で、ピッケルを出すまでもなかった。快晴のトッタに着く。私くらいは登りなさい、と幌尻が呼ぶ。膝に悪い下り、ニセピークにうんざりする登りをこなして日高の最高峰へ。エサオマンの西尾根から札内JPまでの雪稜が言葉では表現しきれない美しさを見せている。この上空は帯広空港への航路なのか、ジェット機が頻繁に頭上を飛んでいく。トッタへの帰りをヨロヨロと歩いていると、今度は後ろからヘリコプターがやってきた。頭上かなり近くまでやってきて神威岳のほうへ飛んでった。なんだよなんだよ。トッタに復帰すると予報通りガスってきたので駆け足でカンバ帯まで降ろしてC4。テントに入ると小雪がちらちら。明日はさすがに停滞したいなあ。5日目:C4=C5雪 停滞。それなりに勢力のある南岸Lの通過により大雪。朝、夕と除雪に出る。それでも飛行機の音は聞こえるので、タイヘンな雪というほどでもないのだろうか。日中は「サイゴンから来た妻と娘(著:近藤紘一)」を読む。結構捗る。あとはラジオ。停滞日に聞くAir-G松尾さんの声はやはりいい。流れてきた竹原ピストルの新曲も◎。明日の午後位から冬型に移行して快晴強風のパターンに入れば無事にコイカクまで行けそうなのだが。新雪ズボズボで捗らなくなりそうなのが不安だ。6日目:C5(7:00)神威岳(10:30)エサオマントッタベツ岳(14:30)=Ω6ガス 大樹ではなんと67センチも降ったそうな!こちらも雪が止むまではテントを出たくないので二度寝。あまりの降雪にテントが潰れそうなので、仕方なく5時半に除雪と排泄に出る。両方を終えてテントに戻り、メシを食う頃には雪も落ち着いたので出発。視界は50~100m、風なし。予想通りの新雪に膝ラッセルを課せられる。うげ。神威まではそれでも平らなのでよかったが、神威からエサオマンへはラッセルに雪庇、巨大クラックも追加された三重苦。途中、どこかから変な声がするなと思って見上げると、隊列を組んだハクチョウが北東の空へと飛んで行った。最後の登りでEPにして何とかエサオマンまで。ようやく言えるぜ「俺とお前とエサオマン」(AACH語録お気に入りNo.1)。ピークにΩ作成している途中、作りかけのΩから一旦出ようとして雪庇下のカリカリ斜面を10m滑落した。アブネ〜。7日目:Ω6(6:30)1855峰(9:30)1917峰(11:30)カムエク北Co1720コル(13:30)=Ω7ガス めずしく朝きちんと起き、準備を終えるも外はガスガス。Ω内で体育座りをして過ごすも、1時間で寒くなったので出発してしまう。視界はひどいと5m程だが、雪庇の判断さえできればいいのでジリジリ進む。ただ、楽しくはない。一応作った計画では1760南西コルからカムエクまで3時間で行けることになっており驚愕。んな訳あるか。テキトーな過去の自分を呪う。1855峰からは岩稜が出てきてほどほどに緊張する。ガスは1917の下りくらいからはれ出す。ところが、右ヒザ頭の左上の靭帯?がハードユースの為だろうか、炎症を起こして痛み出す。何とかカムエクを明日数時間の射程圏内に入れたところで痛みの限界。行動中にすぐに腹が減るようになってきた。また、テンバでもちょっとした行動が雑になっていることが自分でも分かる。寒くてあまり寝られていないせいか、結構疲れが溜まってきている。痛み止めの薬を飲んでから寝る。ひとまずコイカクまでは...8日目:Ω7=Ω8ガス? 停滞。「低気圧の接近で全道的に厚い雲に覆われる」とのこと。5時過ぎに外の様子を窺おうとΩ入口に小穴をあける。途端風雪が吹き込み、一撃で萎えて寝る。7時くらいに再び様子を見るつもりだったが、ぐっすり寝てしまい、次に目を覚ますとまさかの10時。外は明るく穏やかな気もするが真相は不明。停滞と決めたので風の音がしてくれたほうが嬉しいのだが、あまり吹かないどころか午後からは完ペキな無風。とにかくよく寝た。ラジオによると日本海側や道北は大荒れらしい。明日以降は冬型で好天だといいのだが。というよりオレ自身に気合が入るといいのだが。9日目:Ω8(5:45)カムイエクウチカウシ山(6:30)ピラミッド峰(8:00)1823峰(12:15)ピラトコミ分岐(14:00)コイカク夏尾根頭(16:20)デポ地Co1550付近(16:40)=C9ガスのち晴れ Ωは風下の入口に雪が1m程吹き溜まっており、天井から脱出。やはり昨日は結構降ったようで安心。今日は冬型で曇り時々晴れの予報だったが、出てみると視界10m強風。しかし出ると決めてしまったので出る。朝イチでカムエクへ。視界がなく雪庇を必要以上に避けるせいで、雪の溜まったズボズボの斜面に突っ込んでしまう。と、上から50cmの層が足元から下でスパッと切れ、カムエク沢へ消えていった。アヒィ。気を取り直してしばらく登ると、なんだかよく分からないが一番高いところに着いた。コンパス方向を変えてピラミッドを越え、1807右岸尾根頭を小さくネグると、次は大好きなピーク1823だ。しかし、ここからがかなりシンドかった。アイゼンとスノーシューの履き替えを何度もさせられる。1823は見えたと思ってから全然つかない。スノーシューで膝ラッセルさせられる始末。結局視界も微妙なままヒラヒラで越えた。ピラトコミ分岐まではさらに大変。昨日のLとその前の南岸Lの雪がちょっとしたポコに大量に乗っかっており、えげつない傾斜でえげつないラッセルをさせられる。こんなのワタシはじめて〜!だんだん腿の靭帯も痛み始める。分岐を越えるとようやく少し正直な稜線になり、13時過ぎにコイカク岩稜の下に着く。明日デポ回収と39アタックをするなら、今日コイカクまで登り切ってしまいたいので、天気図は諦めてコイカク岩稜に取り付く。途中振り返ると岩稜から1823へと続く稜線が美しい。問題なく登りきるが、稜上は爆風でとてもΩを掘れる状況にない。ヨレ切った体でデポ地まで夏尾根を降りる。と、下降開始5秒でベタに滑落。すぐにピッケルで止まったからよかったが、相当キテいる。20分ほどでデポ地のピンテを発見、頑張って掘り出し、整地してテントを張るともう18時過ぎ。とっても疲れた長い一日、1823が少し嫌いになった。夜もテントを煽る風の音で全然寝られない。10日目:C9(6:00)コイカクシュサツナイ岳(6:40)ヤオロマップ岳(9:20)1839峰(12:00)ヤオロマップ岳(14:20)ヤオロの東Co1700付近(14:40)=Ω10晴れ 久しぶりの晴れ。1823峰や十勝平野がよく見える。と、思ったらヤオロに着くころにはガス。気温低めで風もあって嫌な感じ。でもまあ、何とかなるしょとヤオロに食料等デポして1839アタックへ。くじょぐじょ両面雪庇だが、丁寧に歩けばスノーシューでもある程度行ける。前衛峰の登りからEストック、このあたりからガスがはれ出す。直下のかなり急な斜面からはピッケルも出し、前爪を蹴り込んで登る。様々な思い出のある1839峰、最後の最後は晴れてくれた。ピー写をパシャパシャと取り、ヤオロへ帰る。帰りはトレースがある分沈まず、結局ヤオロピークまでアイゼンで戻れた。デポをザックに詰めて西風の稜線からとっとと退散。再び重くなった背中とバックステップも出てくる割にはズボズボの下りにウンザリしていると、ガスガス&降雪に。これ幸いとΩを作ってもぐりこむ。やっぱりΩカイテキ!「日高山脈のピークで打線組んでみた」をやったら結構盛り上がりそう、1839は四番サード的なカッコよさがある、1967は足の速い一番っぽい、などと下らないことを考える夜。足先が冷たく、熱を奪われている感じで全然寝られなかった。それでもなんだかんだ明日から後半戦だ。11日目:C10(7:30)1599峰(9:40)ルベツネ山(13:30)ペテガリCカールのコル付近(14:40)=C11晴れのち雪 寝不足。とりあえず目覚ましを無視したが、外は無風な様子なのでしぶしぶ起床。晴れている...停滞できない...昨夕からの雪で昨日のトレースが消えている...どんだけ降るんだよ...朝から強烈なラッセルでスノーシューが膝まで埋まる。1599を越え、ルベツネへ。ここもエグいラッセル。最後の登りの前に細い岩稜がありEP。ピークを踏み、アイゼンのままCカールのコルまで降りてΩ作成。場所が悪く、ハイマツが出てきたので入口雪庇側に大胆にスコップを入れたら崩壊。仕方なくテント泊にする。ポールのゴム紐が伸びきっていてまごついたせいもあり、結局天気図に間に合わなかった。早めに行動を切り上げた意味がない。7時間動いてはいるが、進まないのでそんな気もしない。毎日、気づくとテンバにいる気がする。行動食は午前中に食べきってしまうし、テント内でも湯こぼしなどしてしまうし精彩を欠く。自己肯定感ダダ下がりの一日だった。疲れている!グズグズと惰性で進めてはいるものの、先が見えない。まだ中盤ということがとても辛い。正直もう終わりたい。あと最長で10日?とにかく明日は停滞させてくれ。12日目:C11(6:00)ペテガリ岳(7:30)1314(9:30~10:30)中ノ岳(13:15)ニュシュオマナイ岳手前Co1300(16:15)=C12晴れ・無風 今日も休めない。今日はニシュオマナイの先まで行きたい。まずはペテガリへ。アイゼンで出たが、ズボるのですぐにスノーシューに。ピークからはピリカあたりまでよく見える。振り返ると39も。1573から1469の稜線はひどいラッセル。1314までガツンと降り、ここでシエスタを採用。30分程ザックに倒れ込み大休止。ラジオを聞きながらほげほげ過ごし復活。中ノ岳へ。ここはわりと素直な登り。最後までスノーシューのまま行ったが、結構おっかなかった。ピークから風衝地をしばらく下りると細く急な岩稜・雪稜となりEPにする。ズボズボでしんどい。おまけに行動食はシエスタで食べきっているので腹ペコ。稜線が太くなってスノーシューにしてもラッセルをさせられる雪。気温が高く風がないのが唯一の救いだが、休憩の度にザックに倒れ込み、気づくと5分ほど意識が飛んでいる。右膝の痛みも再発、根性で進むが1300で限界。全山って大変なんだ、とようやく身をもって分かってきた。明日以降、今日の高温で雪が締まってくれることを期待していたが、天気概況はまた低気圧の到来を告げている。頼むからもう降らないでくれ。13日目:C12=C13風 夜中から荒れだし、目覚ましの音も聞こえず、明け方にはフライも吹っ飛びかける強風になる。視界はニシュオマナイまで見えるだけあるが、風は昼までずっと強い。Ωだったら出発する気になったのかもしれないが、テントで泊まると必要以上に風が気になる。食料の消費と回復のために停滞でいいことにする。客観的にはあと行動6停滞2程度と余裕があるのだろうが、当事者としてはそんな余裕はないし、終わりが見えてきたことで焦りや計算が出てしまうので精神的に疲れる。ここ数日は毎日残りの予定を書きなおしてしまう。14日目:C13(5:20)ニシュオマナイ岳(5:50)神威岳(8:20)靴幅山(10:30)ソエマツ岳(13:20)ピリカヌプリ手前Co1420(15:30)=Ω14晴れ・無風 朝早く出る。ニシュオマナイまでやさしい青の時間が流れる。ここからだんだん稜線が広くなり、昨日までとは打って変わって快調に進む。ここ数日の日射と強風の影響で、雪もスノーシュー向きの程よく締まった状態。十勝周辺で雪崩事故が連発したらしいが、それもナットクという感じ。南日高の中で割と好きなピーク、神威岳を越え、靴幅山へ。靴幅リッジでEP。まあまあ細いが問題なし。ソエマツ方面に少し下ってからEP解除。ソエマツはニセピークからが割と遠く疲弊するが、振り返るたびに神威の南面が元気をくれる。ソエマツを下ると稜線はさらに広くなる。あとは海を遠くに眺めながらだらだら歩く。14時頃、のんびりと穏やかな日高の港を眺める。いよいよ穏やかで落ち着いた暮らしにシフトしてもいいなという気になってくる。さすがの日高大好きっずも15時半からピリカの登りをやる気にはなかなかならないのでテンバる。Ωを作りながらシュラフ類を乾かしてみるが効果は不明。今日も完璧なΩを作成。「ただ繋げるだけ」「だけ」なのは確かにそうなのだが、それこそが大変。14日もやると分かる。今までの最長11日とはわけが違う。また一つ、自分と日高の間に新しいものが生まれた嬉しさを感じて眠りにつく。15日目:Ω14(5:40)ピリカヌプリ(6:30)トヨニ岳南峰(10:30~11:00)野塚岳東峰(14:30)オムシャヌプリ手前Co1180(15:45)=Ω15晴れ 今日もいい天気。野塚付近を目標に出る。アイゼンサクサクピリカピーク。下りきってからも履き替えが面倒なので1512までそのままで行く。ピークからうっすらトレースがあるなと思っていると前から人が。入山後初めて、久しぶりにしゃべった。その後も続々と。この日全部で20人くらい会っただろうか。そういえば今日は土曜日だもね。みんな応援してくれる。ホワイトデーということでスニッカーズをくれた人も。一組だけ泊まり装備のパーティーもあり、その中の楽しいおばちゃんとは「やっぱ山は泊まんなきゃ、みんな泊まればいいのに」と話が合う。トヨニから少し下って30分のシエスタ。ザックの上で爆睡して回復。トヨニの下りから雪が腐りはじめる。疲れた足腰で結構おっかない。左右もそれなりに切れており、事故が多いのもナットク。天馬街道のパーキングには大量の車、大人気だ。野塚西峰に14:00。今日(結局下山まで)最後の一人と話す。名前まで聞いてくれ、応援してくれて嬉しい。俺も渋いルート取りをしている彼女に「いい山やってますね」の一言ぐらい言えれば良かったなと、後になって思う。そのあとオムシャのコルまでと思ったが16時前に気力体力の限界。今日も完璧なΩを作成。テンバで聞く大相撲春場所が毎日面白い。今日は人とたくさんしゃべって心が回復した。明日は楽古越えだ!16日目:Ω15(5:40)オムシャヌプリ西峰(6:30)十勝岳(9:30)楽古岳(13:00)1886付近(13:40)=Ω16ガス 海と雲の隙間から見える日の出とともに出発。朝の稜線はガリガリ。オムシャからなんとか3時間で十勝岳。1285を越えたところで、体から空気が抜けたように力が入らなくなってしまう。空腹とかそういうレベルの話ではなくなってきた。よろよろと楽古へ向かうが、ストックを握る手に力が入らない。最後の急な登りは視界10m位。なんとかこなして十勝から3時間半でピーク着。下りはハイマツが出ているが急なのでアイデンに替え、降りきってからスノーシューに戻す。平らになると今度は目が疲れているのか、雪面の印影がつかめない。ガスのせいもあるとは思うが、目の前の傾斜変化やちょっとした段差に気づくことができず、何度もズッコケる。今日含め、あと4日のつもりだったが、+1日はやむなしとして早めに行動終了。Ωを掘って長く休むことにする。もうぜんぜん頭がはたらかない。力を使うところすべてが疲れている。歩く力、考える力以外にも。今日顕著だったのが、おしっこを我慢する力。普段なら我慢とも思わない位の尿意でおしっこが我慢できない。もう忍耐力だけで頑張っている。ぐえぇ。17日目:Ω17(5:40)広尾岳分岐(11:40)戻り(13:00)1068(16:45)=C17曇りのち晴れ 朝のうちは気温が低くカリカリなのでアイゼンで出る。あまり頑張りすぎないほうが結局よく進む気がする。標高1200くらいより上と十勝側はガスの中。全道的に高気圧圏内とのことだが、こういう時に限って曇るのが十勝。あまり頑張らずジリジリ歩いて広尾岳分岐1186。ザックデポして空身でアタック1.5時間、戻ってきて13時。まだ元気なので、この日2つ目の行動食を開け、行けそうなところまで進む。このあたりから標高はとうとう1000mを切るが、まだ日高の稜線らしさは十分に感じられる。その上、特に広尾岳から1086の間は街や林道が再び遠ざかり、カンバが稜線のすぐ近くまで来ており、原始を感じる良い区間だ。とはいえ主稜線の終わりがあいまいで困る。計画では1086を終わりにして猿留川沿いの林道に降りることにしている。1086で稜線はいったん東西に分岐するが、どちらも尾根な気もするし、稜線な気もする。そんなことをずっと考えてしまう。ということは、ここから林道に下ってしまうことにはやはり納得がいっていないのかもしれない。どこかやり残し感がある証拠かもしれない。が、まあよい、そんなことを言ってもきりがない。切りよく夕暮れ時に着けそうな1086まで頑張る。途中、ズボりがちな区間もあったが、雪庇側の堅い所を選んで歩き、結局一日アイゼンで動けたため、スノーシューに比べてだいぶ足が楽だった。ここまで来たらやっぱりあと2日で下山できるだろうか。テントを張りながら眺めていた太陽が自分よりずいぶん後ろに沈んでいった。18日目:C17(6:00)猿留川林道418の先(7:30)記念橋(12:30~14:30)豊似岳北尾根Co740ポコのコル=C18晴れ 朝の準備中、ラジオからはブルーハーツの「君のため」。いい一日になりそうだ。ここで一度日高の稜線に別れを告げる。718を過ぎたあたりで木がうるさくなったので、林道めがけて南東に降りる。猿留川林道はかなりしっかりしているが、昼が近づくにつれて雪が濡れてズボり出す。重たいザラメ雪に心まで疲れる。AMラジオを流し、気を紛らわせながらなんとか記念橋まで。茶を沸かし、ラジオを聞き、眠る。今日は甲本ヒロトの63歳の誕生日らしく、ブルーハーツの曲がよく流れる。2時間休憩したのち、明日下山すべく豊似の北尾根に取り掛かる。取り付きはかなり急だが、落ち着いたリズムを意識して登り、何とか740のポコまで。この山行は、俺から日高への「ラブレター」だ。19日目:C18(5:20)豊似岳(6:50)オキシマップ山(8:00)追分峠(10:15)道道34号分岐(11:30)襟裳岬(15:00)晴れ 目を覚ますと外から船外機の音。最終日。カリカリの尾根を登りきると遥か後方に楽古のトンガリ帽子が見える。そして正面には。はじめて目にする岬。いよいよだ。ここで嬉しい大誤算、オキシマップ経由で追分峠までまさかのトレースあり。最後に再び稜線を振り返り、「さらば」と一言。でもそのあと「また会おう」と結局行ってしまう。やっぱりダメだった。牧場跡を少し歩き、雪の少し融け残った道をつぼ足にして追分峠へ。電話をもって入山していないので、下山連絡のために少し遠回りだが公衆電話のある日高側へ降りる。街に近づくにつれ、爆増する情報量。つい先ほどまで杭の1本、看板1つに一喜一憂していたので単調な道路歩きが全く苦にならない。山から街へを感じられるこんな終わり方がいつだって好きだ。国道が海に出たところで休憩。岬まであと12km。再び歩き出し、岬まで残り5kmほどの東洋小学校向かいの公衆電話に入る。が、なんと不通。公衆電話でそれやっちゃダメでしょNTTサン。結局近くの民家の方にスマホを貸していただき、下山連絡を入れる。一人で山をやっているようでいて、結局こうして色んな人に、そのやさしさに、世話になっているんだ。と、また実感できたからまあいいや。岬まで最後の1ピッチ。予想はしていたが、やっぱり今更特に感慨はなかった。「もうこういう山は辞める」なんて言わない。結局俺はこういう山が好きだ。もう十分わかった。自分の中で大きなものだったこの山行の存在や意味について。「この山行があったからこそ、周囲をより思える、山についてもそれ以外のことについても本当に大切なことは何かということを考えられる人間に成長したな」と、10年20年後に振り返った時に思える、そういう山行になったらいいなと、していきたいなと。そんなまとまりのないことをなんとなく考えながら、西日差す海を眺めながら、岬へと歩いた。さて、これから、どこでなにをしようか。