切り抜き詳細
- 発行日時
- 2026-8-16 2:16
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- 南ア・諸河内右俣〜加加森山〜リンチョウ・幻の大滝〜光岳〜信濃俣河内西沢〜大春木沢〜茶臼岳、仁田岳、易老岳〜易老渡
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- 南ア・諸河内右俣〜加加森山〜リンチョウ・幻の大滝〜光岳〜信濃俣河内西沢〜大春木沢〜茶臼岳、仁田岳、易老岳〜易老渡(沢登り/塩見・赤石・聖)日程:2026-08-11〜2026-08-15メンバー: macchan90 Iida_2017コースタイム:写真:Co2000からの小滝群Co2500二股屈曲部右岸ルンゼより見る、傾斜!リンチョウに降り立つ信濃俣河内西沢の下降C4遠山川はボルダー天国Co2220二股より光石その2を望むタマヒュンしに落ち口まで見に行くしょが(っ)ち2日目 諸河内SAでソースカツ丼食って帰る3日目 コレか〜トリカブト畑金を取られる駐車場(取られたとは言っていない)コレは右岸を登ったC3お手上げ一箇所紐垂らす山で白い歯を見せるということオレは考えちゃうね※ヤニで黄色くなっているから、ではないシカ道の発達した尾根を下降本流を少し遡行してC1無展望茶臼岳光石から加加森山の南の崩壊沢を望むぬめるCo1300からの滝その上も登れない滝が連続苔の森に吸い込まれる雨がショボショボ振り続けてゲキ寒加加森山のピー写は余裕なく無し感想: 本計画自体は五年程前に立案したものである。錫杖岩の開拓で知られるgaoro氏と二人で出掛けるつもりで今年7月下旬に計画改変したところ、8月に入ってから昨秋同行のiida2017君が北海道から参加表明してくれた。出発前日にgaoro氏が体調不良で不参加になったため、iida君との二人山行になった経緯がある。 ?諸河内右俣源頭部の略奪点、?幻の大滝、?信濃俣河内西沢源頭部という三点の興味が今山行の出発点にあった。今回それらを解明することが叶った、心に残る五日間の沢旅だった。 二日目の遡行時、宿酔もあってiida君に付いていけない自分に不甲斐無さを感じつつのやれやれな登高となった。息子ほどの歳の、先を行く彼がそんな折にふと26年前の自分と重なって見えた。北海道から戻り、本州のまっさらな白地図を携えて、北の大地で培った登山術を腕試しとばかり振りかざして今まさに自分だけの新たな登山を拓こうとする血気盛んで肉体躍動する若者として。嗚呼、私も歳を喰った。あと何年、こんな登山ができるだろうか。でも心強いザイルシャフトもやって来ることだ、私にはまだ登りたい山がある。 以下、各沢の説明で茶を濁す。●諸河内;「ショガッチは面白いよ〜」と畏兄成瀬氏から聞いたのは2003年のこと。加加良沢を計画、実践した際と記憶する。今回溯ったのは加加森山頂に到達できる右俣であり、真価は左俣にあるので沢登りに"映え"ではなく手応えを求める向きは左を採りましょう。源頭部では地図で略奪地形と見える地点も確認出来て満足した(?)。沢の踏み替えで霧に煙る山頂へ。●リンチョウ;響きの良いこの沢の語源や如何に? リンチョウは、かつての榎本っさんが褒めちぎっていた沢であり、触れ込み通りに野趣に富んだ沢であった。その野趣を上塗りするように立ち現れるのがカモシカであり、コンタライン(等高線)の消失した左岸支流の?幻の大滝、である。●?幻の大滝;四半世紀前に沢登りでの光岳登頂を地図から考えた際に二本の候補が挙がった。一つは下記した理由からの信濃俣河内西沢、そして山頂南東面の集水域最下部でコンタラインが消えている当沢である。ヒカゲ沢、ヒスイの滝と某サイトに有るが、名称の出典は不明。この大滝については上記成瀬氏が2006年7月号岳人誌に場所を伏せた上で掲載しているのを後に知る。そして大阪わらじの会パーティーが昨夏、当滝を訪れており、その掲載写真からこの大滝登攀が叶うまいかとロープと三ッ道具を携行して到達したのが山行三日目の事。しかし、残念なこと意外なことにハーケンを受け付けない手の岩質で、我々は呆気なく尻尾を丸めた。下から前衛15【60,20】5,15,7,10,/25,10,5,10,12と各mの、航空写真にも写らず等高線に反映されない程のそれらゴルジュ状連瀑は、サンナビキ谷左俣大滝で見たような鉛直方向の岩層を破る滝群と同様に思われた(/で右岸から左岸へと渡った)。飛瀑の上段、簾状三条の下段と、構成も均整もとれた見応えある大滝と言える。乞う登攀実践記録。●信濃俣河内西沢;光岳東面台地であるセンジヶ原、静高平に降った雨は、三吉平からどちらへ流下するのか? 現地踏査での答えは易老沢のようだったが、ここも略奪を受けた地形に思われた(?)。そんな名残の苔蒸す平流部を経て流下した穏やかな流れは、我々をいつしか開豁な本流へと誘った。その西沢出合でニアミスしたペアとは、易老岳東の尾根で再会して言葉を交わした。よっ、御同輩。○第二の光石;三日目の標高2220m泊地から望めた岩尾根こそが「光石」の下段もう一つの岩塊"テカリ石"であり、その岩稜を登って左にトラバースすると本命の光石基部に到達できる、はず。これまた乞う登攀実践記録(とっ捕まるかも知れませんが)。1日目 車から30分で諸河内出合C1。山とか音楽とか男とか、よく分からない話をしながら飲みまくった。うぅ…タバコが旨そう…。久々の沢泊で音が気になる夜。2日目 スーパー二日酔いで辛い。諸河内右俣には2カ所滝があるだけで、コレといったポイントはない。上部はジャリジャリで足が決まりにくい。オマケに朝から止まない雨のせいで寒い。詰めはほとんど加加森山にピタ。寒いのでピークをさっさと後にして、・2312南東の崩壊地形からリンチョウへ降りる。つもりだったが下降点が分かりづらく、ひとつ北の鋭い沢を降りてしまう、情けねぇ〜。下部は降りられない函滝が続いたが、幸い鹿道の発達した左岸尾根が使えた。リンチョウ出合でC2。一日中雨降りだったものの焚火はサッとついた、さすがぁ〜。翌日への緊張感と共に乾ききらない服でペラいシュラフに潜る。今日も一晩中沢の音が気になる。ハードな沢ヤに戻れるのか、戻りたいのか、思い悩む夜。3日目 いよいよヒカゲ沢に入る。と、ものの数10mで大滝が見える。上段20m、下段60mほどだろうか。水量も割と多く、幅もあって貫禄がある。上段はハングしており話にならない。下段も傾斜が厳しい上にプロテクションが取れる岩質・形状でなく、登れそうにない。なんというか、いくら観察しても"登れるもの"として頭が捉えてこない。右岸のルンゼから巻く。振り返った時には、既に登れる可能性は微塵も感じられない、登れるかも知れないなんて考えていた自分はおかしかった、という滝になっていた。滝下で可能性を探っていた時間、自分は狂気の中にいた。その狂気から醒めてしまったらもう負けなのだ。今回は正しく負けた、負けて正しかったと思う。思う…。オレは一体何をしに来たのか?できると分かったことだけをやって、なんの意味があるのか?大滝を巻き上がっても登れない函滝が連続、ほぼ全て巻く。最後にひとつだけ登ったものの、それも巻ける滝を敢えて難しく対処しただけで、逆にムナシさがあった。そんなこんなでまあまあ悪い沢だったが、Co2000くらいから沢が開けてきて、Co2220二股でC3。テン場からは第二の光石がかっこよく見える。このままだと日数が余るので、翌日は信濃俣河内にのっこすことにする。俺も地図を印刷する時、何となく日数が余って行くことになる気がして信濃俣河内を範囲に入れていた、気が合うな〜。この沢・この日の感じ方は二人それぞれ結構違っただろうなと思う。それが良い悪いじゃなく。4日目 静かな苔の森を詰めて稜線へ。光岳・光石・イザルガ岳を踏んで信濃俣河内へ。入り口は明瞭。この源頭も雰囲気のいい苔の森。次第にガラッとしてきて下部は函滝が連続。左岸から巻く。広い本流に出る。有名なだけあって雰囲気はいい(最上部だけど)。また今度、釣り道具とクライミングシューズを持って下部からじっくり遊びに来たい。今日も正味4,5時間行動。27歳でこんなにおだやかな山をやっていていいのか?そして今夜も焚き火を眺めながら、また辛いことを思いついてしまった。5日目 山行中一番遅くまで寝てた。最後のラーメンを啜って出る。この沢もロクに調べていなかったが、予想通りCo2000くらいに滝。今日も滝や函といった"なにかある"を地図から嗅ぎ取る松原さんのセンスに唸る。最後は楽なところを選ぶと希望峰の左に詰め上がった。空身でピークをポンポン踏んで車へ。行動時間の長さと沢で寝る数は満足度を高める重要な要素だ、ということを再確認した。奥山でタープを張って焚火を眺めて4泊し、2,3回のっこすと深みが出る。いつまでもこうして山とおおらかに付き合っていきたい。そして、これから本州の山とどう付き合っていくのか、考える入り口として価値ある山行だった。うっしゃ〜
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