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書評・出版・ 2011年5月20日 (金)

(書評)裸の山 ナンガ・パルバット 米山悟(1984年入部)

裸の山 ナンガ・パルバット
山と渓谷社2010年

1970年ラインホルト・メスナーの26歳、最初の8000m峰登山。弟ギュンター・メスナーと難関の南面ルパール壁を登るが、山頂からの帰りに高所障害で弱ったギュンターと、北西面ディアミール壁を下山、末端まで降りたところで雪崩によりギュンター死亡、ラインホルトはボロボロになって一人下山する。その後14座8000mを完登したメスナーの8000m峰初陣だったが、この隊の隊長カール・マリア・ヘルリヒコファーと、山行報告の真偽と死者の名誉を争ってものすごく話がこじれ、メスナーの言い分は敗訴して絶版命令となっていた大変有名な山行。あとがきを読むと1991年にヘルリヒコファーは亡くなりその遺族とも話をつけたようで、その後メスナーはこの話を何度か書いている。13年程前に読んだ「ラインホルト・メスナー自伝(TBSブリタニカ)」を久しぶりに読めば、このとき既に詳しく書かれている。今比べると今回も核心部の記述はほとんど同じだ。メスナーはもう50冊も本を書いていて、この話はなんども触れられている。が、一応、1970年ナンガパルバット登山隊のメスナーによる山行記録としては一冊にまとまった本。あとがきによれば2001年頃、ドイツでまたこの「メスナーナンガパルバット論争」が蒸し返しで盛り上がったとのことで、それで出た本かも。それに映画化もされたので。日本では今年終盤に見られるらしい。

ヘルリヒコファーは、ナンガパルバットで伝説になったメルクルの義弟で、一貫してナンガパルバットを攻めた遠征プロモーターだが、本人はクライマーではない。1953年のヘルマン・ブールの初登頂の時にも遠征隊を率いたが、自主判断の単独アタックで英雄的に帰還したブールとやっぱりもめた。1980年代までのヒマラヤ遠征隊には、どこの国にもこういう人がいた。この時代までの傑出したクライマーたちはヘルリコファー的なものとのケンカ別れが一つのテーマだった。

ヘルリコファーとの確執はあまりに有名で、象徴的で、構図的な話題ではあるけれどもこの山行記録の真髄は弟の死を伴う彷徨体験ではなかろうか。

ラインホルト・メスナーがその後14座の快挙を成した超人になったのも、ギュンターを失い、飲まず食わずで一週間のこの体験が大きかったのではないか?この山行記録が他と違うのは、こどもの頃からザイルパートナーでつきあってきたギュンターと、ことばが無くても分かり合えるようなやりとりで高所にでかけ、下山してくる辺りのところ。高所と疲労による朦朧意識での記憶が、生きて帰れる自信に満ちているのが分かる。ただ、本当にいろんな事が悪く重なり、何かの成り行きで弟だけは死んでしまった。明らかに、メスナーにとっての苦悩は、いなくなってしまった弟との関わり方であって、ヘルリコファーや世間の醜聞ではない。

死者は、存在するのとは違った形で生きている者に強く働きかける。死者との付き合いの重要性は、その後の人生そのものであることもある。原真さんが弟を鹿島槍北壁で失ってから「山は私の人生の一部では無くなり人生のすべての問題を山を通して考える様になった」と述べていた。

Der nackte Berg.Nanga Parbat-Bruder,Tod und Einsamkeit
Rheinhold Messner 2002
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