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対象モジュール: ブログ記事
件名 書評・凍れるいのち/(米山・1984)
要旨 書評・凍れるいのち 川嶋康男柏艪社2006.121962年暮れからの大雪山で、北海道学芸大学函館校(現・道教大函館校)山岳部が遭難した。10人遭難、リーダー1人のみ生還。北海道山岳史上最悪の事故だった。これまで報告書以来語らなかったリーダー野呂幸司の45年経てのインタ...
 



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Re:書評・凍れるいのち/(米山・1984
投稿者: 米山 投稿日時: 2007-3-10 23:26
確かに、部報10号では、愛山渓から白雲経由石狩岳、三国山、十勝三股への二年班パーティーの記録がありますね。まだ天気が良かった12月27日、忠別岳付近で会ったようです。部報10号は全体に記録が簡潔で、他の記録を見ても最小限の記述です。1965年3月、6人帰らなかった札内川10ノ沢雪崩遭難の年に出た部報で、ほとんどがその遭難捜索報告ですから、やはり編集に余裕も無かったことでしょう。

その札内川パーティーの沢田さんの遺書にも、山スキー部と行き会ったが、お互いにあいさつをすることも無く別れてしまった。あのときあいさつをしておけばよかった。と書いてありましたが、どうもルームは昔から山の中で他のパーティーにあってもあまり情報交換などしない傾向だったかもしれませんね。

「凍れるいのち」に関して当時同時代に登っていた人の感想が、ほとんど聞こえてこないという話をきいています。
 
 
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