現役の報告・ 2008年4月4日 (金)
【報告】2007年度一年班春メイン山行 知床
【ルート】岬町〜硫黄山〜知床岳〜知床岬〜相泊
【年月日】2008年3月18ー24日(7ー0)
【メンバー】L白石(7 AL澤田(4 M小池 田中 野沢(1
【感想】
白石:充実した山行だった。Roomでメインが出せてうれしく思います。
澤田:現役最後のメイン、貫徹! パーティのみんな、お酒さん、ありがとう!
小池:非常に疲れました。やばかったス(特に2日目)。神秘的な岬が見れて良かった。
田中:流氷ロックと岩海苔がうまかった。いいメインでした。
野沢:山もいいけど海も最高でした。
【時間とルート】
3月17日 札幌ー岬町;知円別小学校=C0
L-sはバスで、Mは野沢の車で羅臼に集合した。校長先生にお願いして車を小学校にとめさせて頂いた。創立70周年にして、今年廃校になるという。
18日 ○ C0 4:30/6:50‐11:30 Co.900=Ω1
5時よりすでにテントの外は明るく、春メインと同時に知床という東方に来たと実感した。小学校裏から入山し尾根をのぼる。振り返ると、海岸から流氷までの沖合いに船が出漁していた。流氷の向こうには国後島がある。Co.900にイグルーを作ってΩ1とした。ケンネベツ川の谷間をワタリガラスが不思議な声で鳴きながら飛んでいった。
19日 ○ Ω1 4:00/5:50 - 7:10 Co.1350=シーデポ 7:30 - 9:10硫黄山 9:20 - 11:10 デポ地 11:20 - 16:00 ルシャ二股=C2
今日も天気は良く、移動Hが来ているうちにと、ルシャ二股まで行く予定で出発する。Co.1350付近で共同装備とスキーをデポし、Eストックで知円別分岐まで歩いた。ここからE.P.で進み、途中の岩峰は西側をまいた。田中は何度か足を滑らせ、ヒヤッとさせられる。硫黄山は西側からまわりこんで頂上へ。オホーツク海側は流氷にビッシリと覆われていた。まわりこんだ箇所はB.S.で下った。Mはネーベンを2つ食べられることに喜んでいた。荷物を回収してシーズリでCo.1350付近をtrv.し、ルシャ山を目指す。山頂で部歌をほぼ独唱し、OB方に黙祷をした。今年も積雪が少ないためか、ハイマツが尾根を覆っており、シールで踏んだりこいだりしながら前進。Co.500付近から適当な沢型を二股まで下った。
硫黄山ピークから知床岳を望む。まだまだ先は長いように感じられていた。
20日 ◎のち○ C2 5:00/7:10 - 14:30 Co.862北コル=C3
昨日の行動でM達が疲れていたため、朝はゆっくりと出発。Co.160の沢型からルシャ川の左股右岸尾根を経て、ラサ山コンタ尾根を登った。Co.720ポコの下りでツボにした以外、すべてシールで歩けた。タンネの下にテントを張ってC3。焚火をし、暗くなるまでのんびりした。
21日 ○ C3 3:30/6:00 - 9:10 1182西コル - 9:45知床岳 9:50 - 10:10 西コル 10:25 - 15:45 ウィーヌプリ南ポコ南コル=C4
天場からシーズリをしていくが、ハイマツ帯がうるさい。田中は靴擦れがひどく、痛そうだ。谷間にはガスがゆっくりと上がってきていたが、まだ晴れ間は続いていた。・1182西コルに荷物とスキーをデポし、知床岳を空身で往復した。コルからポロモイ台地に降りるまではシーズリで歩いた。ポロモイから先の尾根はクラストしているがシールで下った。コルはタンネが太く快適。P食が盛大に出された。夜中、キツネがテントを破ってラーメンを2袋持ち去った。
22日 ◎ C4 3:30/5:45 - 10:10 知床岬 11:10 -15:30 カブト岩南の入り江=C5
ハイマツが非常にうっとうしいので、ウィーヌプリより先は北側の沢型にルートをとって岬を目指すことにした。上部はシーズリ・ツボで沢底まで下り、そこからシールに変えた。段々と傾斜がなくなって、ウミネコの鳴き声に海岸が近いことが分かった。Co.200付近をtrv.して岬を目指した。雪はなく、笹原をシールであるいて岬に到達。今後天気が悪化することを考え、ウィーヌプリを再び乗越すより、下調べもしてあり、干潮の時間もちょうど合う海岸線を歩くこと方が安全で早いと判断し、ルートを変更して先へ進めた。カブト岩はルンゼを登下降して通過した。登りにfix有り。降り立った入り江には番屋があり、そこでC5。
23日 ◎ C5 2:30/4:50 - 12:45 モレイウシ川河口 13:00 -15:45 化石浜=C6
干潮時に化石浜南を通過すべく、早起きして出発。前日偵察しておいた念仏岩の登りは立った5m程度をMは空身で通過させた。下りは10mほど、木を支点にしてab.し、そこから斜面を捲き道沿いに下った。登り下りともfixがあった。ペキンの鼻手前のルンゼを詰めて尾根まで登った。ルンゼは傾斜あり緊張するが、雪が安定していたのでロープは出さなかった。台地上を横断し、ルンゼを下って海岸へ。船泊のへつりは問題なく、むしろメガネ岩手前がいやらしい。M空身で通過させた。干潮のピークは過ぎていたが、剣岩周辺は潮間帯がまだ出ており、歩いて通過。岩のりがたくさんあり、皆でむしゃむしゃ食べた。疲れたM達の冷たい視線を感じつつモイレウシ川(予定天場)を通過。
タケノコの岬状は穴があり、くぐって通過。そこからは巨岩帯になっており、くぐったりまいたりで化石浜へ。番屋でC6。流氷のオンザロックを飲んで就寝した。夜中、外に出ようとした小池を熊と勘違いし、野沢は周りをたたき散らした。
24日 ● C6 4:00/6:10 - 11:00 相泊
インナーとの間に漬物袋をはいて出発。化石浜南の入り江は、干潮によって出てきた岩を転石のようにして通過した。そこから少し行った小浜の南端はM空身でへつった。浜で休憩していると、アザラシがニュウと海面から顔を出した。観音岩は一部b.s.して下った。あとは小雨に追われるようにして相泊まで。
【パーティ】
L-s; 白石:特になし 澤田:ストック紛失
`M; 小池:特になし 田中:コッフェル忘れ、滑落未遂 野沢:特になし
【準備山行】
1回目 2/9〜11 羊蹄山 比羅夫〜真狩(3-0)シートラ、乗越し、イグルー
2回目 2/24 E赤岩(1-0)海岸歩き
3回目 3/1〜2 積丹乗越し(2-0)イグルー、乗越し
3月17日 札幌ー岬町;知円別小学校=C0
L-sはバスで、Mは野沢の車で羅臼に集合した。校長先生にお願いして車を小学校にとめさせて頂いた。創立70周年にして、今年廃校になるという。
18日 ○ C0 4:30/6:50‐11:30 Co.900=Ω1
5時よりすでにテントの外は明るく、春メインと同時に知床という東方に来たと実感した。小学校裏から入山し尾根をのぼる。振り返ると、海岸から流氷までの沖合いに船が出漁していた。流氷の向こうには国後島がある。Co.900にイグルーを作ってΩ1とした。ケンネベツ川の谷間をワタリガラスが不思議な声で鳴きながら飛んでいった。
19日 ○ Ω1 4:00/5:50 - 7:10 Co.1350=シーデポ 7:30 - 9:10硫黄山 9:20 - 11:10 デポ地 11:20 - 16:00 ルシャ二股=C2
今日も天気は良く、移動Hが来ているうちにと、ルシャ二股まで行く予定で出発する。Co.1350付近で共同装備とスキーをデポし、Eストックで知円別分岐まで歩いた。ここからE.P.で進み、途中の岩峰は西側をまいた。田中は何度か足を滑らせ、ヒヤッとさせられる。硫黄山は西側からまわりこんで頂上へ。オホーツク海側は流氷にビッシリと覆われていた。まわりこんだ箇所はB.S.で下った。Mはネーベンを2つ食べられることに喜んでいた。荷物を回収してシーズリでCo.1350付近をtrv.し、ルシャ山を目指す。山頂で部歌をほぼ独唱し、OB方に黙祷をした。今年も積雪が少ないためか、ハイマツが尾根を覆っており、シールで踏んだりこいだりしながら前進。Co.500付近から適当な沢型を二股まで下った。
硫黄山ピークから知床岳を望む。まだまだ先は長いように感じられていた。
20日 ◎のち○ C2 5:00/7:10 - 14:30 Co.862北コル=C3
昨日の行動でM達が疲れていたため、朝はゆっくりと出発。Co.160の沢型からルシャ川の左股右岸尾根を経て、ラサ山コンタ尾根を登った。Co.720ポコの下りでツボにした以外、すべてシールで歩けた。タンネの下にテントを張ってC3。焚火をし、暗くなるまでのんびりした。
21日 ○ C3 3:30/6:00 - 9:10 1182西コル - 9:45知床岳 9:50 - 10:10 西コル 10:25 - 15:45 ウィーヌプリ南ポコ南コル=C4
天場からシーズリをしていくが、ハイマツ帯がうるさい。田中は靴擦れがひどく、痛そうだ。谷間にはガスがゆっくりと上がってきていたが、まだ晴れ間は続いていた。・1182西コルに荷物とスキーをデポし、知床岳を空身で往復した。コルからポロモイ台地に降りるまではシーズリで歩いた。ポロモイから先の尾根はクラストしているがシールで下った。コルはタンネが太く快適。P食が盛大に出された。夜中、キツネがテントを破ってラーメンを2袋持ち去った。
22日 ◎ C4 3:30/5:45 - 10:10 知床岬 11:10 -15:30 カブト岩南の入り江=C5
ハイマツが非常にうっとうしいので、ウィーヌプリより先は北側の沢型にルートをとって岬を目指すことにした。上部はシーズリ・ツボで沢底まで下り、そこからシールに変えた。段々と傾斜がなくなって、ウミネコの鳴き声に海岸が近いことが分かった。Co.200付近をtrv.して岬を目指した。雪はなく、笹原をシールであるいて岬に到達。今後天気が悪化することを考え、ウィーヌプリを再び乗越すより、下調べもしてあり、干潮の時間もちょうど合う海岸線を歩くこと方が安全で早いと判断し、ルートを変更して先へ進めた。カブト岩はルンゼを登下降して通過した。登りにfix有り。降り立った入り江には番屋があり、そこでC5。
23日 ◎ C5 2:30/4:50 - 12:45 モレイウシ川河口 13:00 -15:45 化石浜=C6
干潮時に化石浜南を通過すべく、早起きして出発。前日偵察しておいた念仏岩の登りは立った5m程度をMは空身で通過させた。下りは10mほど、木を支点にしてab.し、そこから斜面を捲き道沿いに下った。登り下りともfixがあった。ペキンの鼻手前のルンゼを詰めて尾根まで登った。ルンゼは傾斜あり緊張するが、雪が安定していたのでロープは出さなかった。台地上を横断し、ルンゼを下って海岸へ。船泊のへつりは問題なく、むしろメガネ岩手前がいやらしい。M空身で通過させた。干潮のピークは過ぎていたが、剣岩周辺は潮間帯がまだ出ており、歩いて通過。岩のりがたくさんあり、皆でむしゃむしゃ食べた。疲れたM達の冷たい視線を感じつつモイレウシ川(予定天場)を通過。
タケノコの岬状は穴があり、くぐって通過。そこからは巨岩帯になっており、くぐったりまいたりで化石浜へ。番屋でC6。流氷のオンザロックを飲んで就寝した。夜中、外に出ようとした小池を熊と勘違いし、野沢は周りをたたき散らした。
24日 ● C6 4:00/6:10 - 11:00 相泊
インナーとの間に漬物袋をはいて出発。化石浜南の入り江は、干潮によって出てきた岩を転石のようにして通過した。そこから少し行った小浜の南端はM空身でへつった。浜で休憩していると、アザラシがニュウと海面から顔を出した。観音岩は一部b.s.して下った。あとは小雨に追われるようにして相泊まで。
【パーティ】
L-s; 白石:特になし 澤田:ストック紛失
`M; 小池:特になし 田中:コッフェル忘れ、滑落未遂 野沢:特になし
【準備山行】
1回目 2/9〜11 羊蹄山 比羅夫〜真狩(3-0)シートラ、乗越し、イグルー
2回目 2/24 E赤岩(1-0)海岸歩き
3回目 3/1〜2 積丹乗越し(2-0)イグルー、乗越し
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コメント一覧
末武
投稿日時 2008-6-17 0:19
私たちの29年前とほぼ同じ計画のようで、つい読ませてもらいました。岬町小学校が閉校ですか。用務員さんのお宅に一晩お世話になったことを思い出します。海岸歩きはなかなか楽しいようですね。アザラシがその辺に出てきたりしていいなあ。今でも現役の人たちに知床人気が高い訳がわかるような気がします。岬までいつか行ってみたいものです。
米山
投稿日時 2008-4-4 23:22
今年は流氷たっぷり天気周期も良しで知床当たり年でしたね。白石、澤田は今年も現役の面倒見頼むぜ。
一年目もざくざく呼び込もう。
一年目もざくざく呼び込もう。