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記事・消息・ 2007年9月14日 (金)

没原稿復活編ー知床学のすすめ(1985澤柿)
没原稿復活編.

北大広報誌リテラポプリに「知床学のすすめ」という連載がある.世界遺産に登録されるかどうかが話題になっていた2004年から始まり,2007年冬号の時点で10回を数えている.

地球生態学講座時代に,その初回から数回分の記事を依頼されたことがあって,教授らとともに取材旅行にでかけたりした.第一回は平川教授の記事で,これにのっている地図を描いて提供もした(この号には「神谷正男の仕事」ってのもあるヨ).

私自身にも原稿依頼があって,なんとかひねくりだして書いてみた.しかし,その後,編集部の都合かなんかで連絡が途絶えてしまい,また時期を逸したという面もあって,この原稿は結局没になってしまった.なんだか,私の原稿はこんなのばっかり...

このエントリーの前の二つの投稿にある,現役が知床や大雪山でコンフリクトに遭遇した記録を読んで,ボツになった原稿のことを思い出した.内容的には古くなってしまったところもあるし,結局未完成のままなのだけれど,コンフリクトを体験した現役たちへのエールを込めて,一応ここに未完成のまま復活させておくことにする.


【リテラポプリ・知床学のすすめ 没原稿:最終校正日は2005年1月25日】

「知床学を学ぶもの」

調査旅行で夏の知床半島を訪れた。相泊から船を出してもらって海上を進み、岬の先端に上陸してみたら、そこには草原に寝ころんで海を眺めている若者達がいた。羅臼から三日かけて海岸を歩いてきたのだという。さらに話を聞くと北大のワンダーフォーゲル部員だという。我々が北大の教員であることを知ると、彼らはなんだかばつが悪そうな表情を見せた。ひとけのない最果ての地で自分たちだけの岬を思いっきり堪能しようと思っていたのであろうから、そこに突然現れた我々は、彼らにしてみれば、とんだ邪魔者に映ったにちがいない。

北大は、研究と教育を担う場である。そこで学ぶ学生達は、教員とならんで忘れてはならない北大の重要な構成員である。彼らが大学で得るものは、キャンパスで日常的に受講する講義にとどまらず、公認・非公認の自主的あるいは個人的な課外活動によるところも決して小さくない。特に、北海道の雄大な大地への若き憧れも相まって、北大には野外活動系の学生サークルが多い。野外系サークルに籍を置いて全道の自然の中を巡り歩く北大生達は、バスやレンタカーで刹那的に観光地を訪れるツーリストとは明らかに性格を異にする。ガイドや案内板に頼ることなく、自分で計画をたて、自分の足で歩き、自分の目で見て、本当の自然を感じ取ろうとしている。さらには、野外で遭遇する様々な危険にも自分たちの責任で対処しようという心構えもできているのである。

近年、知床に限らず、保護を必要とされるような景勝地や国立公園では、マス・ツーリズムによるオーバーユースが問題視されている。同時に、一過性の観光よりも、もっと深く自然を理解して自然と共生する意識を高めるような「エコ・ツーリズム」の必要性も叫ばれるようになってきた。そのような社会情勢にあっても、岬で出会ったような北大生達を、オーバーユースの一因でもあり、またエコ・ツーリズムへの誘導を必要とするようなツーリストの範疇に当てはめてしまうのはどうも無理なようである。また、一方的に自然保護を叫ぶ活動家とも明確に一線を画しているといっても間違いはないだろう。彼らの中でも特にアクティブな者たちは、北海道の野山をくまなく歩き尽くし、比較対象ともなるべき多くの地域で多用な自然に触れ、経験もつんで、消化しきれない感慨や疑問を多く抱いていることだろう。私には、そういう彼らが、まだ何色にも染まっていない、いわばフィールド・エキスパートの卵であるように思える。

私自身、学生時代から北海道の山々を登り歩いてきたアウトドア派である。知床にも数度足を運び、山頂ではなく岬の先端を終着点として目指す山登りを楽しんだ。だから、岬で出会った学生達の気持ちはよく分かるつもりである。そのような先輩として、岬で哲学的な思いを巡らせていた彼らにはあまり干渉しないように心がけたつもりであるが、一つだけ尋ねてみたいことがあった。知床半島は、北海道好きのアウトドア派であればだれもが一度は憧れる地であるが、世界遺産の候補地として脚光を浴びつつある現在では、従来以上の新たな付加価値を得るとともに、注目されるが故の問題も抱えるようになってきている。まさにその時期に、この岬を夏の山旅の目標地として選んだこと、その地に足を踏み入れていることの意味、そして、今の知床が彼らにどのように映っているのか、ということを、フィールド・エキスパートの卵たちに尋ねてみたかったのである。

その質問を彼らに繰り出すには、鹿による食害、土壌浸食、人為的攪乱など、この岬で起こっている問題についてまず講釈をたれる必要がある。そんなことを言い出せば、せっかくの旅の雰囲気も興ざめになってしまうことは目に見えていたし、まずは学生たちの率直な感覚を大事にしたいという気持ちもあったので、軽く説明するにとどめた。そのせいもあったのか、残念ながら、その場では彼らからめりはりのある回答は得られなかった。

しかし、きっと彼らは、ウトロへと戻る海岸を歩きながら、我々が投げかけた質問や解説した知床の現状について、自分なりの考えを巡らせていたに違いないし、そうあって欲しいと期待したい。岬を巡る道中で、「保護地域に何しに来たんですか!」なんてぶっきらぼうに叫ぶ保護活動家に出くわしたかも知れないし、黙々と番屋で生業に勤しむ地元の漁師さん達に出会ったかも知れない。何も考えずに無邪気に観光を楽しむツーリストに遭遇したかも知れない。自分たちで計画し、自分の足で歩いてきた知床である。その思い入れがあれば、抽象的な議論や小難しい理論に対しても、現実味を持って取り組む素養ができているはずである。しかも、大学へ戻れば、それぞれが専攻する分野で、知床について考える課題はいくらでも見つけることができるだろうし、その思考を手助けしてくれる知識や指導者や文献はそろっている。

これが、北大の持つポテンシャルである。ここを巣立った学生達が社会に出たとき、再訪する知床は学生時代とは異なった顔色を見せてくれていることだろう。そのときにどう考え知床とどう向き合うか。その姿勢を決定づける素地作りの場を提供するのも大学の役目である。しかし、複雑で変化の早い現代社会の様々な問題に対応するだけの知識や技術を身につけるには、学部で学ぶ四年間はあまりにも限られた時間でしかない。特に、環境問題には社会科学と自然科学の双方から取り組む必要がある。専門の殻にこもっていては総合的な解決は難しい。時には、何が正しくて何が間違っているか、という判断を、従来の価値観を越えた新たな価値観の創造を通して下さなければならない場合も多い。

大学院地球環境科学研究科の地球生態学講座では、2002年度から環境保全に関わるNPOや自然ガイドの指導者となるべき人材を養成するコースを開設した。このコースの特徴は、環境保全に関わる社会活動の中で自分自身が抱えている課題について、もっと勉強したいとか、集めたデータを活用したい、という明確な目的を持つ人をメインのターゲットとしていることである。その第一期生の一人として、知床国立公園羅臼ビジターセンターで臨時の仕事をしながら活動していた女性が入学してきた。彼女には知床での活動の中で抱いた疑問を解消したり、自身が取り組んできた課題をまとめたいという強い意思があった。新コースとして歓迎すべき入学者の一人であったわけである。

これまでの活動やコースで実施する研究内容についていろいろと話をしていくうちに、彼女もまた、学部生時代に野外活動系のサークルで北海道の自然を楽しんだ一人であることが判明した。彼女は、修士研究のテーマとして羅臼の海岸に飛来するワシの目視観測に取り組み、野外活動の経験で得たバイタリティを発揮して、ほぼ一冬に渡って一日も休むことなく調査を貫徹させた。流氷の接岸状況やワシの目視観測数が克明に記載された調査シートは百数十枚におよぶ。一人現地で調査に励む彼女の様子を見に冬の羅臼を訪れた折に、宿泊先で、こんな結果が得られました、とその調査票の束を見せられた。その時、調査票の解析から得られる結果の有望性を直感し、研究者魂を揺さぶられ、わくわくする感慨を覚えたのが忘れられない。

地球環境科学を専門とする大学院のカリキュラムの中で我々教員が指導できるのは、事実を見極める訓練を受けた専門家として、いかに自然を評価し事実を確定するか、という自然科学の理念とその手法についてである。事実の確定とは、正しさの評価と表裏一体の問題でもある。従って、研究の末にたどり着いた結論は多くの専門家によって批判的に検討される必要があり、そのプロセスを通じてようやく一つの「正しさ」としての地位を得ることになる。そういうことを大学院で教えるのである。

こういうと、まるで象牙の塔にこもった研究者像を起想されてしまいそうだが、多様な価値観や意見が交錯する環境問題においては、確実な事柄を一つ一つ積み重ねていくことも重要なことであり、様々な利害が対立する社会の中での環境保全活動の実践現場ではなかなかなしえないこととして、大学が果たすべき役割であると考えている。昨今では社会活動の中でも学ぶ機会はいくらでもある。しかし、大学院に戻って学びなおそうとする入学生たちの姿勢の背景には、利害を超えた「真理としての正しさ」への欲求がある。それはまた、環境問題に関わる得体の知れぬ権威や影響力のある活動家の意見への疑問の裏返しでもあり、真実の自然を伝えたい、という誠意に基づく意思であるようにも思える。

彼女の修士論文は優秀な成績で審査を通過したものの、学会誌に発表するまでには至っていない。その意味では、外部の専門家によるピアレビューを受けていないので、結論を事実として確定するには残念ながら十分な条件を満たしているとはいえないかもしれない。しかし、修士論文への取り組みを通して、科学的に事実を明らかにし、その意味するところに考察を加えるという訓練を行ったことは、今後の彼女の知床での環境保全活動に有効に働くことであろう。

知床は、自然遺産の候補地として様々な問題が議論されているところだが、人の営みと自然との共生が主要なテーマになっているという点では、まさに環境問題の側面を備えているといえるだろう。環境問題には、いつでるとも知れぬ学者の議論の結論を待っていては手遅れになってしまう緊急の課題も存在することは確かである。しかし、それは正しさをないがしろにしてよいという免罪符にはならない。むしろ、将来にわたって禍根を残さないためにも、訓練された専門性や専門家どうしの相互批判によって確定された「正しさ」に基づく判断力を持つことを目指さなければならない。

世界遺産とは、いわば、国際機関によってお墨付きを得た絶対的な価値であり、人類が共有して後世に伝えていかなければならないものとしての正しさを有するものである。この是非については議論の余地はない。しかし、特定の建造物や地域に世界遺産という価値を適用させるには、様々な対立や問題が介在する現実的な過程を経なければならないのも事実である。そのような問題を解決するためには、たとえば社会科学と自然科学を融合させるなど、専門家にもこれまでにない展開が必要とされることになる。これは、世界遺産という絶対的価値が、我々に新たな価値観の創造を要求しているのだ、とも取れはしないだろうか。

新たな価値観を創造する必要はあるにせよ、いやそういう不安定な時代である今こそ、大学は教育・研究機関として、地道で慎重な科学的態度を貫く役割を担っていくべきであろう。そのような態度は、純粋な学生達に普遍的な探求心を身につけさせ、現実社会と向き合っていく力を与えるのにも必要であると思う。本稿で紹介したような地域や真理への個人レベルの情熱と、アカデミックな厳密性の上に「知床学」が発展していくことを望みたい。北大はそのポテンシャルを十分に備えている。

(未完成)


  • コメント (5)

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コメント一覧
米山   投稿日時 2007-9-20 7:14
きのうは書き込みだけしてすぐ泣く子に呼ばれたので、前の三つのコメントを見ていなかったから、話が飛んでいます。

さて、山頂でヘリにあっちゃったとか岬でモーター舟にあっちゃったとか、長万部岳でスノーモービルにあっちゃったとかは確かに不愉快ですが、山頂はみんなのものだし、挨拶ぐらいはしたほうがいいよ、Naokiくん。

学外OBで、いかに山頂を美しいストーリーで攻めるかばっかり考えている僕たちとは違って、学生を、その後のフィールド研究者の卵と見るさわがきの話は、そうだよな、そっちのほうがスジだったよ、と思った。

世の中は、ろくに山奥を歩いたこともなく、雨の日に焚き火を付けたこともない人達が大半で、「なんちゃって大自然」の世界遺産で満足する人達がいろんな決まりを決めている。何かを変えられるとしたら、現場を踏んだ研究者の出す結果くらいなもんでしょう。アカデミズムはわかりにくすぎ、ジャーナリズムはわかりやすすぎだけれども。

ともかくコンフリクト(ケンカのことだろ?)は、クマに会うより不愉快だ。台無しになるのは敵のせいではなく、自分の心のせいだと思う。山行を美しく決めるには笑顔であいさつだ。
米山   投稿日時 2007-9-19 22:50
未完成とのことだけれども、知床に関してはいま流動中で、どうなって行くやらとは思う。なかなか着地点はないもんだが。

山を登っていた20年を考えると、今のような知床が今後どうなっていくのかわかったものじゃない。日高の林道事情なんか、今のようになっていると昔は想像できなかった。20年経って登れればいい。しかしたいていの人は山をやめていくし、知床岬まで歩いて行くような計画を企画できるのは学生の数年間だけだ。

クマに会う以上に注意深く、話の通じない相手に出くわさないよう計画を練るべきだ。
Naoki   投稿日時 2007-9-19 22:32
超早いレスポンスですね。。。

いや,ぼくがいいたかったのはですね,
Academicはそれはそれとしていいんですけど,
岬に到達した当事者としては,もうどうしようもなく不快なんですよ。
言い換えれば,困難を極めてやっと到達したsummitに,
同時にヘリでどっかの調査隊が降りてきていろいろ話しかけられたみたいなもんです。
苦労して自力でたどり着いた憧れの場所が文明の機械を使った輩に犯されているんですよ。
私なら話しかけられなくても不快だし,多分相手にしないですが。

権威が横行しないように,「権威と現実」を知っている人にはがんばってほしいとは思っています。
問題ないことが問題とされてしまう曲がった現実の方が問題だと私は思っています。
さわがき   投稿日時 2007-9-19 22:05
だから,そっとしておいた,と言ってるじゃん.たぶん本人たちは私たちに会ったこともよく覚えていないと思うよ.わたしも基本的にはキミの気持ちといっしょだよ.
ただ,一方的な権威が横行しがちな昨今の風潮からすれば,問題を起こせばはげしく突っ込まれる可能性も覚悟しなきゃいけない,というほうの「現実」も自覚すべきでしょう.
まあ私の立場はあくまで学内OBなんでね.AACHのAの意味をもう一度考えてみたらどうかとも思います.
いづれにせよ,コメントどうもありがとう.
naoki   投稿日時 2007-9-19 21:53
非常に無粋ですね。
もし自分が岬でそんなことを言われたら興ざめの極地です。
配慮して浅くとどめたとしても。

この場では議論とかするつもりはありませんが,
Roomが持つセンスや他団体の活動方針が,
一般的に蔓延しているツーリズムとしてのアウトドアと
一線を画しているのを理解しているのであれば,
岬でそういうことをしてしまったというのはなんとも言えず残念なことです。
ワンゲルのやつらがかわいそうだ。

「知っている人」は「知っている人としての働き」をしてほしいと思います。
何が問題なのかが分かっているのであればこそ。

件の監視員(?)は違いが分からずに,
安易な手段を用いるツーリストと混同していたのだろうと思う。
そういう人がいるというのはこの社会では仕方のないことだとも思う。
もし社会全体がそうなったら,どんなにつまらない社会なのだろうと思う。

このコラムを読んで,学術的な話もあるのだろうが,人間が生きているこの現実を見てほしいと思いました。
 
 
 
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