写真:伏見、記録:岸本
11月5日、朝から小雨。

吹き晒しの雨の中で肉や野菜を焼くのを想像しただけで気分が萎える。電話で打ち合わせをした相田さんも思いは同じで、特に今回は相田さんと同期の西安信ご夫妻も参加とのことで、気が気ではないご様子。しかし執念にも似た事前偵察の結果、リゾートマンションから歩いて10分程の湖畔に、屋根つきの絶好のスポットを見つけてもらった。
ビールではなく赤ワインを全員に注いで、午後4時内藤支部長のカンパイの発声。ご来賓の西さんにも一言いただく。こうして続けて開催していると遠くからの賓客もみえて有難いことです。特上ロース、和牛サイコロ肉などアミに乗っけた先から無くなるも、平均年齢70才、一回りすると途端にペースは落ちる。がしかし、皆さんの酒のペースは快調で、密かに狙っていたカベルネの95年物と月桂冠特撰大吟醸は、気が付くと早々に空になっていた。
今回参加の多数派1957-59年の会員は名簿によると50名を越えるAACH史上では団塊の世代。お話を聞いていると今もそれぞれ体力に見合ったアウトドアの活動を楽しんでおられる様子で、私も寝泊まり道具と食するものを自ら背負って正統な登山を続けようと心した次第。特筆すべきは、ご参加いただいた西夫人からも安信さんのごく個人的な振舞いをお伺いすることができました。楽しかった。
終盤はプロトコル通り、山の四季、琵琶湖周航の歌、都ぞ弥生、カメラーデンリートを唱し、長旅の方もおられるので10時過ぎにお開きとする。琵琶湖での月見で今回初めて焚き火をしなかった。勿論降り続く雨のせいでもあるのだけれど、近江舞子あたりでも湖畔の雰囲気が徐々に変りつつあり、衛星写真に写るというほど盛大な焚き火は、もうできないかもしれない。
11月6日、土地柄しぐれに近い小雨模様。

ゆっくり目の朝食の後、皆様は三々五々と夫々の世界へ。湖はしんなりとなまり色に凪いでいた。
参加者(敬称略御免)
吉田(勝)57、相田58、西(安信)58ご夫妻、高橋(昭)59、田中(英)59、内藤59、渡辺(尚)59、
伏見61、名越63、福本66、岸本65
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10/22前夜祭:今村トーチカ、今村カケス、井上ボンタ、矢野ヘルス、下沢、竹田、伏島、前田カンイチとマリ(フランス人)、高田グジュ、安藤組長、岩間とモンゴルの先生、小泉会長、中村ゲットと私で16名。現役は11名で計27名。 10/23本祭り:山崎クンクン、白濱カリ公、三角が日帰り。

赤岩帰りの現役と朝里で買出し、15時に着くと水道の仮改修、薪割りが進められ、焚き火もついている。あいにくの小雨だがタ―プを張り現役と食事つくり。ラーメンサラダ、鹿肉(西さんから差し入れ)入りビーフシチュー、炊きこみご飯や焼き魚とメニューは豪華。1年目に料理センスのいいコナン君に似た古谷君がいて大いに助かる。他の現役も良く動いて調理をこなしていく。

峠越えも現役3人とOB数人。車組もそろい17時に乾杯。93歳になる今村トーチカも相変わらず元気な姿で近所と言う竹田氏の送迎で現れる(宿泊は朝里川温泉)。途中現役紅1点の吉澤に明日が誕生日というので、中村ゲットに買ってきてもらった誕生ケーキを出し、サプライズを演出。3年目の木城が水産で函館に行ってしまって貴重な女性なので、退部しないように特別サービスだ。

樽生ビール、ワイン、日本酒、ウィスキー…と差し入れ(美国小屋と鐙部長から)も含めて豪華だ。料理も次から次とうまくできているのと、皆食欲旺盛で残すことなくきれいに片付けた。雨にもめげず、焚き火を囲んでいつものとおり昔話やら現役との交流で、今回参加者も多く賑やかだった。ゲストのフランス人のマリもノリよく、ワイン通で上手な日本語で良くしゃべっていた。小さい時から3,000m級の山を登っていて北海道の山も連れて行って欲しいと言っていた。
翌朝はカシワウドンを食べ、外壁のオイルステインを塗布、薪割りも現役はよくこなす。

9時過ぎに山崎、白浜氏が過ぎ、昨日現れなかった三角さんの危ない?運転で現る。前日に来なかった彼は朝里岳のシャングリラを壊して意気消沈しているのではと皆で心配していたが、元気な姿を見せ一安心。
白浜、山崎クンクン、今村カケスとヘルベチア委員会も開催。水源の池が流失しているので春に改修と天気の良い日にマットの虫干しが必要との話が出た。
来年は85周年。折りしも延期になったグブラー氏のご子息が訪問されるそう。まだまだ健在なヒュッテで100周年は軽く越えられるでしょう。
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北大の注文で40cmに切断した薪丸太を納品した。以前は10t車を2〜3年に1回納めていたのに最近では2t車で同じ位持つ。ベチアには国際スキー場上で三角さんの別荘?を解体した材も、勿体無いので焚火や焚付け用に運んである。10/23の祭りには皆で割って冬に備えましょう。

薪ストーブや焚火は我々の原点
空沼小屋へは万計山荘裏まで2t車で、小屋手前へは一輪車で運んだ。現在閉鎖中だが現役が維持管理用に利用しているということで注文があった。2小屋のため土佐産の3kgの斧を納品して、現役に渡されている筈なので、薪割り頑張って欲しい。樹種はカバノキとイタヤカエデが主なので割りやすく、硬いので火持ちも火力も良いでしょう。 おじじ(1972入)
五月末、アラスカのデナリ登頂後、そのとなりの山、Mt.フランシス西面の未踏ルートで雪崩事故だった。
白石君は2001年入部で、11年目。学生のころからヨセミテにでかけ、大岩壁クライミングの経験を積み重ね、ネパールヒマラヤ、パタゴニアと、卒業してからも好きな山登りを続けるため自分で働きながらお金と暮らしをやりくりして登り続けて来た。山岳部員なら一度は憧れる、理想のクライマー人生だ。いつか死ぬかもしれない。でも、こんなふうにしかやりたくない、こんなふうにしかやれない者は山岳部に多くいる。もちろんその才能が無くてはできはしない。自慢の後輩だった。
世間の人は哀れな事だなどといろいろ言うかもしれない。しかし死は人生の重要な一部であり、友人の多くは死者である。白石君が死の間際まで生の喜びを満喫していたのは間違いない。「命を大切に」という言葉はそういう意味だと僕はおもう。彼が持てる命の価値を知り、誰よりも大切に使っていたことが、羨ましいのである。
土曜日は、白石君の人生に共感できるものだけが集まったお別れ会だった。日取りが決まったのは間際だったが、函館から帯広から東京から、奈良から大阪から長崎から、六十人も来た。僕は夜行で札幌に着き、札幌駅から学内を久しぶりに北十八条のはずれまで歩いて行った。春の野草と薮に埋もれた山岳館にはきれいなお花がたくさん。彼が持っていたiPodかなんかの曲をかけ、格好いい白石写真を大判でたくさん貼って、ルームノートのヨタな書き込みを壁新聞にして延々6時間飲んだ。大きな声で歌も歌った。そのあとつるでまた数時間。
ネットを見れば白石君は2009年美瑛岳遭難の時のツアーのガイド等と書かれている間違い記事がほとんどだ。彼はガイドの資格も無いし、この遭難ツアーのガイドリーダーではない。このときもポーター役としてアルバイト参加していた立場だった。たまたま下山のところでガイドとは何かを知らない不注意なマスコミに囲まれて、彼は誠実だから問われるままに応え、問われるままに名乗ったのだろう。応えなかったリーダーは名前も知らない。
僕が函館山の麓に住んでいた四年前、函館山南壁でクライミングした帰りに、白石君とウラニンがアイヌネギを袋一杯に抱えて訪ねて来てくれた。ちょうど今頃の季節。アポ無し晩飯時訪問がうれしかった。世間での迷惑は、親近の証なのである。にこにこ笑って口数少なくご飯おかわりする白石君。たいしたものは無かったけれど。
ご家族親縁のみなさんには切ないことでしょうが、彼がみんなに愛され尊敬されていたことを何度でも話したいです。
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北海道大学東京同窓会の会報「フロンティア」38号に,山の会会員による下記の二件の記事が掲載されました.PDFでご覧いただけます.
平田更一
1月29日、今年は名古屋駅前、名鉄グラントホテル宴会場で執り行なう。
開始10分前に参加予定1名未着、もしやと思いご自宅に電話を入れると、悪い予感が的中、ご本人が電話口に。これからすぐ行く、とのこと。京都からは無理だと期待せずに開会。
内藤支部長のカンパイ、その後は渡辺(尚)さんから席順に3分間スピーチ。今回は東京から佐々木(正雄)さんと松本からは江島さんが参加されたので、久し振りに自己紹介も入念になされる。
心臓の弁を取替えた話、自ら撮影したネパールでの写真がン万枚になり整理に忙しい話、中国の南極観測と覇権主義について等など。合間に江島さんのみやげの地酒をふくむと、かすかに麹の香りが残り、懐かしい味がした。ご息女の突然の病死に対する内藤さんの哀惜は、子や孫を持つ我々の胸に不条理の影を残す。佐々木さんの東京支部の近況を聞き、岡島君の氷瀑登りの話に若者の残像をみる。年に一度、こうして皆様の話を聞いていると、生物多様性という言葉にアナロジーをみる思い。
川道さんが京都から新幹線をヒッチハイクしつつ閉会20分前に駆けつけ到着。とみるまに、四季が入り乱れた歌詞の「山の四季」を歌い、もう宴会時間が過ぎたとの注意もものかわ、名越さんが睦月なのに「都ぞ弥生」を主導する。十年一日が如しという言葉を実感。

名鉄グラントホテルの会計を済ませた時フト、宮路さんがご存命なら会費が安くなっていたのかと、せこい事を考え、2年前には原さんとこの近くで別れたことを思い出した。 (岸本 記)
出席者(敬称略、入部西暦年)
吉田57、神戸59、高橋(昭)59、田中(英)59、内藤59、渡辺(尚)59、佐々木(正)61、伏見61、川道62、須田62、名越63、福本66、江島78、岡島83、岸本65
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峠越えした人:井上ボンタ、下沢、矢野ヘルス、竹田、高田グジュ、アキオ会長
車の人:サンカク、安藤組長、岩間(と友人)、高篠おじじプラス現役8名 合計19名
夕方夜差し入れ:今村カケス夫婦(翌日よりネパールトレッキング)
当日参加:山田マユミ、山崎クンクン、白濱カリ公ら3名

前夜祭は暗くなる18時近く生ビールで乾杯。交通事故で亡くなった渡部老人の追悼もこめてアキオ会長が献杯。料理は野菜ドレッシングの他、ダッジオーブンで炊き込みご飯、手羽鶏と野菜のポトフとサツマイモ。さらにちゃんこ鍋やまぐろのカマと豪華。
幹事の高篠がヘルベチア委員会発足の事務連絡。次に今村トーチカからの祭の日程を早く連絡せよという苦言の手紙を披露。毎年の行事として10月の第4週目という事に決定を総会や会報で示すことに。さらにサンカクの国際スキー場上の白井岳を望むシャングリラの不法建築に撤去命令が出ているので、協力して解体の手伝いを誰かに頼もう・・・という話で盛り上がる。

いつものとおり焚き火を囲んでグダグダと昔話や、現役と交流をしながら、十六夜のおぼろ月の下、12時過ぎまで今回は歌も歌わず(しかし竹田さんかが山の歌をハーモニカで吹いてくれてた)に殆んどの酒を飲みつくした。
翌朝皆で水源とホースを点検。水源を直し2箇所でソケットの外れを仮に繋ぐと水が出るではないか!春になって水が減ったら修理を約束。薪も冬は持ちそうだが春になったら2tは納品する(以上今日サークル会館にお願いした)。

朝飯の煮込みうどんを食べていると大先輩3名が現れたので、いよいよ本祭りの開催。といっても簡単な紹介と記念撮影。その後第1回ヘルベチア委員会を開催。委員は4名欠席で、現役小屋管の高橋君と私と白濱さん、相談役のクンクンの4名で。ホースの修理品、鍋やランプ、薪などの備品のサークル会館への注文依頼、峠からの登山道の草刈(ヘルベチア基金を使う)、春と秋に水のホースの設置と撤去など、管理含めて今後とも現役と連携をとって、維持管理に努めることを約束した。次の委員会は7月の総会の日を予定。
帰りは朝里峠あるいは定山渓経由で車に分乗。定山渓は紅葉が見事であったが今日はいきなりの雪で真っ白になっている筈。会計はもあり、現役タダでOB会費3,000円、計33,000円と今年も去年も山田先生の差し入れと残合わせて58,102円。出費は58,693円でトントン。案内の葉書代1,500円のみヘルベチア基金から出してもらうことにします。
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宴会開始時間の少し前に別部屋で結婚式が終わったところとかで、2階の会場に登る階段は花びらが敷き詰められ、踊り場には純白のレ−スでアーチがかかり、その中を通ってやや気恥ずかしい集合となりました。
支部長内藤さんのカンパイの号砲一発で、宴開始。最初に原真さん、大井幸雄さんと渡辺眞之さんに黙祷をささげる。

わざわざ札幌から小泉会長が参加。まずは札幌の近況や現役の活動とともに空沼小屋の現状を話してもらう。湖畔に立つこの小屋のシルエットはいつまでも心に残っているが、その再建についてはお金や人手、大学との関係、更には長期ビジョンなどをどうまとめて折り合いをつけるのか、安間さんの尽力に我々は声の応援だけでいいのか、等など出された料理の「海の幸タルタル仕立てスモークサーモン包み」を頬張りながら考えた。

また昔関西支部が利用していた芦峅のトンコの小屋について、名越さんから現状報告がありました。今はトンコの奥さんが農作業の時に利用するぐらいだとか。ここを訪れることももうないのでしょうか。

昨秋の関西支部の月見の会は参加者が5名しかなく、ほとんどの皆様とは1年ぶりの顔合わせです。各人はこの一年の山登り、旅行談や仕事の話が中心で、現役の頃の話題となると記憶も老眼並みにぼんやりしてしまい、とつ戻りつ取り止めがない。でも一応会場の貸しきり時間までには、何とか全員話終え、集合写真もとることが出来て区切りはつきました。そろそろお開き。

が、小泉会長が参加するというので、会いたさ見たさに忙しさも忘れ榊原さんが会場に駆けつけたのは、延長してもらった宴会終了時刻の20分前。「10分で君の分の料理を平らげ、デカンタのワインを飲み、と同時に自己紹介をすること」とギリシャ神話並みの難題。更に彼からも会費をきっちり取って午後8時半、今年の関西支部新年宴会は終了。
最後に榊原さんには何だか悪いことをしたような気がしていましたが、帰りの電車の中で小泉さんから彼の現役のころのエピソードをニ三聞き、まあおおらかに許してくれるだろうと、ほろ酔い気分で家路に着いたのでありました。 (岸本 記)
参加者(敬称略):吉田(1957)、窪田(58)、高橋昭、内藤、渡辺尚(以上59)、益田(61)、川道、須田(以上62)、名越(63)、福本(66)、石松(73)、小泉(74)、榊原(76)、岡島(83)、岸本(65)
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天候に恵まれた心地良い晩秋のヘルベチア2日間でした。
今村カケス、下沢、矢野ヘルス、町田、伏島コーシャク、高田グジュ、小泉アキオ会長、工藤サスネらは草刈されて快調になった銭函峠越えで。三角と私は車、現役7名は小樽赤岩から買出し後、総勢17名が集まる。
メニューはおつまみと野菜サラダ、ビーフシチュー。さらにダッジオーブンでキノコご飯、手羽元と野菜でポトフを順番に作る。まずは樽ビールにて小泉会長の音頭で「ベチアの女神に乾杯!」。現役と私の合作料理は好評で「今までベチアでこんなにうまいものを食ったのは初めて」と皆に褒められ、苦労の甲斐があった。

最後に三角持参の大カボチャを同じくオーブンで砂糖とジャムを混ぜてオーブンを焚き火に突っ込むとこれまた美味!

現役1年に紅一点の女性から自己紹介がスタート。あとはいつもの年寄りの愚痴とも助言とも分らないお説教やら昔話。酒の勢いで記憶も定かでないが山の歌や寮歌を合唱。夜は冷えて星もきれいだったとか。朝には氷が張り、焚き火の脇で寝ていた現役の寝袋の上は真っ白。
翌朝は薪割りからスタート、老いも若きも技と力を競った。朝食メニューはウドン煮込み。これまた二日酔いの朝には最適、好評。
持参の重い斧を2丁持ってきたので薪割りもテンポが早い。約2tのイタヤやアカシアの薪を割り終わる9時半頃、車でお迎えの岩間夫婦ら登場。今回定山渓寄り四峰トンネルの亀裂騒ぎで国際スキー場で通行止めのゲートがあったが、通行証無くても通してくれたそう。さらに10時には山田、クンクン、白濱、沢尻(部外)らも現る。
記念写真を撮ると20名を越えたベチア祭りで、今年も82年になるそうで毎年たぶん欠かさず続けているこの祭りと小屋が健全である事を感謝。ただしカケスは早めに帰りも峠へ向かい(走って)何と2時間半で桂岡の自宅に帰ったそう。
小屋は新マットが入り快調。なお沢水を釣ってるホースが壊れていて来春の補修が必要。また今回の会計は下記のとおりだが山田(真弓)先生からのご厚志や総会懇親会の残など頂き、参加費は1,000円で間に合うところ会長が「返却せずベチアの基金に入れなさい」という一声で、約2万の残を組み入れる事にした。感謝します。
最後に小屋ノートの最新ページに先日亡くなられた大井さんが泊まった時の本人コメントが書いてあり感無量。その後に書き込む事を皆遠慮してしまった事を付け加える。
ヘルベチア委員 高篠(1972入)
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