
日程:2010年05月06日〜05月08日
メンバー:白石淳也(2000) ,澤田卓郎(2004)
ペルー南部 ビルカノータ山群記録 その2
PUCA PUNTA SOUTH FACE

5月6日 写真で見て、のぼりたいなと話していた山に行くことに。ようやく順応も終わり、クライミングができる。双眼鏡で偵察した結果、ルートは南壁のコルに突き上げるクーロアールに決定。現地でわかったのはこの山が「ぷか ぷんた」っていう名前だという事。ケチュア語で「赤い山」という事らしい。「ペルーの怪峰ぷかぷんたに挑む」などといいながら南壁基部のモレーン帯へアプローチ。標高4900mのHighCamp。星が美しい。
5月7日 晴 HCから壁までは安定した氷河で問題ない。壁に取り付いたあたりで明るくなってくる。コンテ、スタカットを交え60mロープで6〜7pほど氷雪壁を登り、コルに抜ける。ロックギアももっていったが側壁の岩はぼろぼろであまり有効でない、たまにスクリューが利く。稜線に抜ける最後はアックスの決まらない雪で雪を掘り進みながら稜線に抜ける。南半球なので南壁は日があたらない。稜線に抜けて北面にでると日がまぶしく暖かい。

あとは、稜線を頂上までいけば良いのだが、雪庇、隠されたベルクシュント、グサグサの雪、脆い岩稜、とテクニカルではないのだけれど気を抜けない稜線が続く。結局、ここから頂上まで3hほどかかった。そして、やっぱり頂上につくとガスに覆われる。毎度毎度頂上は白い。
来た道を慎重に戻り、コルの下降点につくころには夕暮れとなる。
南壁の下降は登ってきたクーロアールを土嚢袋埋めたり、氷を探してアバラコフ作ったり、岩角などで8ps懸垂下降して、クライムダウンして取り付きへ。真っ暗の中、テントに帰るともう深夜になっていた。
5月8日 恐怖の牧羊犬を恐れつつくたくたになった体でBCへ帰る。
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日程:2010年04月26日〜05月01日
メンバー:白石淳也(2000) ,澤田卓郎(2004)
2010年4月から白石、澤田の2名でペルー南部ビルカノータ山群というところで登山をしています。今までの記録の一部を投稿します。
?AUSANGATE(ノーマルルート)
4月26日 クスコという都会からバスにのり麓の村TINKIへ。ここからモトタクシー(バイクの二〜三人乗り)で奥の村PACCHANTAへ。バイクでの入山は気持ちよい。
27日 曇 PACCHANTA村→AZUL COCHA(青い湖の意)
約1.5h歩いて装備、食料をデポ(というか隠して)しておいたAZULCOCHAという湖畔へ。湖畔でC1。

28日 晴 AZULCOCHA→AUSANGATE BC(手前の湖)
5日分の食料、ガチャを用意して出発。気持ちのよい草原をアウサンガテを半周して、反対側のノーマルルートのBCへ向かう。この山域では放牧が行われており、のんびりしたアルパカや羊がたくさんいる。BC手前の湖のそばでC2、標高4800m。湖のすぐ横の小さな池にマスを見つけたので、追い込み漁をする。が、一向につかまらず、冷たいだけ。漁の厳しさを知る。
29日 薄曇 AUSANGATE BC→HC
BCを経てモレーン帯を登り、プラトーに突き上げるリッジを氷河末端のHIGH CAMPまで。標高は5400m。モレーン帯のガレ場には牙の生えた変わったウサギが生息している。

30日 晴→雪 AUSANGATE HC→頂上→HC
HCを朝3時半に出発。月も出ていて天気は悪くない。すぐに氷河となり、クレバスを避けつつ頂上プラトー下にある壁へ。標高差130mくらいの雪壁を登り頂上プラトーへ。プラトーを所々ひざラッセルで進んでいくが、じょじょに天気が悪くなってくる。そのうちガスが濃くなり視界は50m程度にまでなる。そのうち予想に反して細い稜線になって来て少し不安を感じながらも。ピークへ向かい登っていく。そのうち尾根状になり、ラッセルを続けていくと最高点らしきところにつく。10時45分着。少しガスが晴れるときもあるのだが、基本的にガスの中。白い。標高は6400m弱。いつも頂上ではガスの中な気がするなどいいながら休憩。白石は頂上で笛を吹きたいとネパール製の笛を吹いている。実にしんどそう。30分ほどピークにいて、下降開始。
下降しだしてすこし行くと、視界も完全になくなり、アラレと風がでてくる。どうやら、雷雲の中にはいったようで体に「バチバチッ」と静電気が走るようになる。僕らはスノーバーをザックにつけガチャを身にまとい、歩く避雷針といういでたち。怖いのでとりあえず伏せてやりすごすが、頭を少しあげると「バチッ」と来て恐ろしかった。そのうち、アラレも弱くなったので下降を再開する。
プラトーに降りるあたりから、白石が「高所の影響か、意識が飛びそうになる」と不調を訴え始める。何というか。。。頂上で必死に笛の演奏なんかがんばるからだと思われる。幸い、休憩しつつ下ることで無事夕方HCに帰り着いた。
5月1日 晴時々曇→雨 HC→AZULCOCHA
HCからまた、アウサンガテを半周して、AZULCOCHAへと帰る。このあたりにいる牧羊犬は恐ろしい。見知らぬ人間が近づくと猛犬と化し、襲ってくる。途中で犬3匹に囲まれたり、2匹に追いかけられた末、川にボチャンしたりしながら、AZULCOCHAへ。
翌日からはPACCHANTA村にある温泉に入ったりしながらクスコへ行き、休養と次の山の準備を行う。
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日程:2010年05月02日 〜04日
メンバー:米山悟(1984) ,斎藤(1987)
天候:晴れ
コースタイム:一日目:札幌→斜里→玉石の沢登山口の除雪点(14:10)→右岸尾根Co.800m C1
二日目:C1(5:30)発→黒いピナクル基部でシーデポCo1220(7:10)→北壁トラバースして中央リッジ末端より登攀開始(8:45)→40+30m→白いバンド中央岩稜基部 (9:30)左岩壁方面へ1ピッチ出してトラバース偵察→右リッジ基部登攀開始(10:30)→(40m×4ピッチ)→山頂(11:30-12:00)→ 北稜クライムダウン→シーデポ地点(13:10-30)→C1(14:00)
三日目:C1(6:40)発→林道(7:00)→車(7:40)→下山→越川温泉→弟子屈→南千歳駅(17:00)→函館→青森
コース状況/その他周辺情報:天気快晴
三日の夕から翌朝にかけ強風
五月連休にしては雪の多い年。北壁のトラバース斜面やルンゼの氷雪の状態は申し分なし。ただし岩ルートの雪はもう既にない。

斜里岳は26年ぶり。今年の5月連休は雪が解けのこっているので、日高の奥地へ通じる谷からの遠距離アタックカールスキー作戦はやめて、壁登りにした。狙い通りにひと月近く前の状態があり、とても満足。岩ルートはもう氷雪が取れてしまっていたが、凍ったルンゼを両手アックスでじゃんじゃん登れる楽しい登攀を満喫した。そうそう毎年この時期こうはならないと思うよ。
斜里北壁の記録はいくつかあるようだけれど、ルート名などはあまり決まっていないように思う。今回の名前も便宜的なもの。北稜からの斜里は利尻の南稜を思い出すような格好いい山。こんな面白い場所がまだ北海道に残っていたか!ビート畑から

札幌から足寄経由で斜里へ。7時間。平野にそびえる斜里をみると北海道に憧れてきた20歳の頃を思い出す。風景は全く変わっていない。
玉石沢の入り口林道は前回も迷ってずいぶん歩いた。そのときの書き込みが地図にそのまま。雪の季節はとにかくスキーで直進すれば良い。
カンバとタンネの緩い斜面を登り、いい時間になった頃樹林限界。北壁が少し望めるよい天場。僕は風邪で咳がひどい。焚き火でバーボンを飲んでいたら治ってきた。ラジオは忌野清志郎一周忌で泣けるナンバーが続く。オホーツクに落日、平野に光、満天の星。

朝は国後の上に旭日。日が長い。さすが道東だ。3時半には明るい。風邪はすっかり治ってしまった。登攀道具を背負って出発。斜里北壁はまるでバルトロ氷河からみたガッシャブルム4峰のように神々しい。道東のG4と呼ぼう。北壁を愛でるこのルート、斜里の正面玄関と呼ぶにふさわしい。「ごめんくださ〜い」と言いたくなる。

北稜上のピナクルの基部でスキーをデポ。黒く見えたピナクルはハイマツだった。右に巻きながら最大の黒いピナクルの上に立つ。ここからの北壁はまるで利尻南稜のP2からの眺めを思い出す。はじめ北稜を往復の予定だったが、行けそうなので北壁の中に入り、中央リッジか右リッジをいこうということにこの場で決まる。
延々固い斜面のトラバース。潜るよりはマシだが斜度45度はあり高度感満点。日が当たらない北壁だから良い。

中央リッジの末端からザイルを出してスタート。トップは全部斉藤。ピンはすべて掘り出したカンバ。凍ったリッジ沿いに両手アックスで快適に2ピッチ上がり、雪のバンドにあがる。黒い岩壁帯の基部だ。岩壁帯7、8mを超えてしまえばあとはまた雪のルートになりそうだ。弱点を探して1ピッチ左へ進んでみる。が多角的にみると、傾斜がきつい岩壁は7、8mでは終わらず、もっと長いことがわかる。さすがにこれも真っ白な季節は、3月上旬あたりだろうか。岩登りルートより今回はダブルアックスでスカスカ行けるルートを、ということで、一番右のリッジのほうへまた40mトラバース。そのリッジの左脇のルンゼが調子良さそうだったのでそこを直上することにした。ザイルいっぱい4回で快適に上がり、山頂。

屈斜路湖や摩周湖のカルデラ、海別岳、それに南東には見たことのないペルーアンデスみたいな尖峰群がある。武佐岳と周辺の山群だ。絶景。斉藤が昔敢行した、摩周岳から知床岬までの3週間大縦走のやっと半分が見渡せる。よくやるよなあ。空前絶後だと思うよ、そんなことする人。

>北稜の下りは怖い。日が高くなって雪も腐りだし、五月の感じなってしまった。幅1m 以下の急な雪稜が続く。バックステップで下るが、アイゼンもアックスもずりずり決まらず。時間をかけて下る。一カ所アプザイレンする。スキーまでもどって BCまでは快適なスキー。あっというまに天場に戻って乾杯。
ラジオは去年と同じく岩槻さんが有楽町からラフォルジュルネを生中継やっていた。今年のお題はショパン。ベレゾフスキーのピアノ協奏曲。でも山の焚き火にはバッハの方がいいなあ。夕方から風が強まる。ツエルトの周りは雪が解け、寝床だけ盛り上がったので、幕が風で夜中に舞い上がり、目を開けたら外にいた。気温は高く、別に平気だった。

翌朝の下山はタンネとカンバのスラロームをしながらあっという間に降りてしまった。近所の越川温泉という共同浴場にて、地元のおやじと風呂の話。風呂に引いている熱すぎる源泉うめ用の沢の水、ためてあるところをよくシカが濁らせるとこぼしていた。「鹿の野郎がまた水浴びしやがったな!」なんていうんだ。「ここのお湯はホントに疲れがとれるんだ」と朝野良作業あがりのおじさんが言っていた。
セイコーマートで、下山牛乳1リットルイッキ飲みして、延々7時間かけ道東より帰還する。高速道路もできたけど、さすがに遠いよ。足寄の駅前目抜き通りの「両国」っていう蕎麦屋の豚丼とカツ丼がすごくうまかった。やはり蕎麦屋の丼ものはうまい。
武佐岳周辺の尖峰群一筆書き縦走の案も練った。夕張、トマムの道路がつながったら近くなるかも。
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日程:2010年03月21日〜22日
メンバー:米山悟(1984), 斎藤(1987)
天候:一日目:966mbの低気圧が北海道を通過で暴風
二日目:冬型で、1000m以上はガス風雪
タイム:一日目:車デポ美里別林道と留辺蘂足寄線の分岐(15:00)→・768北のコルCo730(16:00)でイグルー泊(製作に70分)
二日目:イグルー(7:10)→ペンケポンピリベッシリ沢から・1368北のコル(9:30)→クマネシリ岳東の絶壁下でシーデポ(11:30)→クマネシリ岳山頂(12:10-20)→シーデポ(12:50)→・1368北のコル(14:00)→イグルー(15:00-20)→車デポ(15:50)
コース状況/その他周辺情報:一般にはお勧めできない好きな人向けルート
ギアナ高地からのスキー滑降は最高に楽しい。
ギアナ高地をスキーで歩くのは地味に楽しい。
クマネシリ岳東岩壁はノーザイルぎりぎりの70m
クマネシリはアイヌ語で長い竿の意味らしい。この山、地図で見ると幅200ー500m、長さ10キロ以上の細長いテーブルマウンテンで、縁はほとんど絶壁に囲まれている。5年前、西隣の西クマネシリ(通称オッパイ山)から眺め、そのギアナ高地から西縁の尖った山頂を目指す計画を夢想した。今回は三連休の中日に強烈低気圧が来るので、3日山行を1+2日参考に分け、冬型でも天気がましな道東という事で突入。
前日、積丹の鉞山を登って、札幌から道東道を一路東へぶっ飛ばす。驚きの夢の道路だ。帯広まで今は2時間半だって。

ペンケポンピリベッシリ沢を倒木を使って渡渉。沢沿いに行くつもりだったが、一本北の、コルへ上がる沢に入った。コルで4時になったのでイグルーを作る。ざらざら崩れる、イグルーには一番不向きな雪質で、なかなか長細いブロックがとれず、苦労して70分かけて作る。積雪も30センチほどなので掘り下げも無し。今夜は低気圧通過。日本中が強風で騒いでいる。樹林帯の中でも、風で折れた小枝や大枝がどんどん落ちてくる。イグルーの近くのトドマツが、バキバキ言うと思っていたら、やっぱり折れた。太さ50センチ、年輪を数えたら100年近くはある。丈は15mほどか。強い風に森中が踊っている。強風の中、焚き火を敢行。はじめメタに着火するのに苦労したがごうごう燃えてあったまる。風は8時には嘘のように収まってしまった。あのタンネももう少し辛抱すれば長生きできたろうにな。焚き火、三日月、葡萄酒、カレー雑炊。

スキーで出発。一晩パウダースノウが降り積もり、脛までの軽いラッセル。延々登るルートはギアナ高地の1368北の最低コルから東に延びる尾根。これ以外の尾根はすべて台地直下が急になっている。この尾根だけが、サイトーが地図を見て嗅ぎ当てた唯一の弱点。ここも結構な急斜面でジグザグでラッセルする。サイトーがいつものようにバリバリ登って来ないので様子を聞くと、テレマークスキーはかかとが半分しか上がらんので大股でのラッセル、沈んだ時の足の引き抜きが山スキーのように自由にできず、はかどらないんだそうである。なるほどなあ。

期待マンマンのロストワールド、ギアナ高地たる稜線には、濃いタンネの森、風の強い西の縁沿いは太く低く育った古株のダケカンバが、リンゴ畑のよう。登りの尾根にはブル道があったがこのテーブルの上は派手な伐採の跡が無い。無人の聖域の香りがプンプンする。中生代の巨大生き物はいないか〜?鹿やクマの足跡も激しい風雪のため不明。自分のトレースもすぐ消えてしまう。
風雪はなかなかおさまらん。今日は道東、冬型でましな天気のはずだが。マイナス8度くらいで視界は500mより先利かない。そんな中2時間もスキーで北西に向って漫遊していると、白い闇の中にボ〜ッと黒い三角の壁が見えてきて嫌な予感。ここまで来てこんなのが出るなんて!

スキーをデポしてアイゼンピッケルで、壁に取りつく。藪をつかんでだましだまし登る。高度差70m、常識的にはザイルを出すところ。帰りは特に無いと怖いと思うよ、常識的には。
壁を抜けると細くない雪稜、それを抜けると最高点。風雪ガスで何も見えないが、観望して空想して実行した計画の貫徹は誇りだ。壁の下りは登り以上に蹴り込んで終える。帰りはシールを外してタンネの森を戻る。行きの半分時間でコルまで。ここから東尾根のスキー滑降は、傾斜とパウダーとその量がちょうどよく、楽しい滑降になった。結構入っているブル道が、良い斜面になっていて、歓声の下り。サイトーのテレマークスキーもこの場面では持ってきてよかったというところ。天場に下がるころは青空も見え、日もあたってきた。パッキングしてペンケポンピリベッシリ沢へと下る。

最寄りの温泉、芽登温泉に浸かる。古くからある山奥の一軒宿でお湯はぬるりん系の源泉掛け流し。お好みでアツアツ湯船もある。足寄から帯広へ向かう途上で夕焼けの空になった。十勝平野のポプラ並木が延々通り過ぎてゆく。
クマネシリをテーブルマウンテン側から登ろうという趣向はあまり無かろうし、山頂下の壁を見たらノーザイルで誰も行かないだろうから、たぶん初登だろうと思う。
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日程:2010年03月20日 (日帰り)
メンバー:米山悟(1984) , 斎藤(1987)
天候:濃厚なガスのち小雨小雪
コースタイム:珊内河口(9:30)→南尾根末端(10:30)→山頂(13:30-45)→林道の徒渉点(14:45)→車デポ(15:45)→珊内ぬくもり温泉n→寿司屋→銀山あめます山荘→札幌
お彼岸の三連休、真ん中の日に春の嵐ということで、楽しみにしていた三日間山行を変更し、1+2日山行にする。初日は後半天気下り坂予定で、積丹の怪峯、鉞山へ。むかーし昔、珊内川を泳ぎ下って見上げた鉞山は、高層ビルのような恰好だった。
ガスの中、珊内河口からうっすら見えたのが最後、それ以降は足元にしか見えない視界だった。珊内川右岸沿いに行くとすぐ道はおわり、スノシュウつけて半藪の雪面を行くと、左の方から林道がやってきた。別の入口があるようだ。その除雪終点に珊内温泉の源泉ポンプ小屋あり。林道はすぐに左岸に渡り、コンタ100の三俣を渡るあたりで沢に下り、本流を対岸に渡渉、鉞山南稜の末端に取りつく。沢の両岸は結構急で、すんなり行ける箇所は一カ所しかない。右岸に登ってしまうと南尾根は結構スキーでも行けそうな傾斜が延々続く。雪もしまっていて快調。
山頂下のコンタ650m超えたあたりから硬く急になるのでアイゼンピッケルに変える、がピッケルを車に置いてきちゃった。仕方ないので一本ストック持っていく。

前詰めトラバースみたいな急雪面もあるが、なんといってもつかめるブッシュがあるのでピッケルが無くても行ける。靴の幅リッジ3〜4m続くのも2カ所あるが、ガスで全然谷底が見えないので、ちっとも怖くない。ストックでヨボヨボと水戸黄門みたいに渡る。そうこうするうち山頂。晴れていれば絶壁に腰掛け日本海を眺めたいところだが山頂踏めただけでも良し。そもそも晴れていたら来ない山だった。
下降は早かった。アイゼンを脱いでからはスノシュウもはかず、潜りもせず。藪の間隔も文句を言わなきゃ山スキーでも十分滑れる良い尾根。積雪期に三俣から南稜をまっすぐ登るルート、あまり記録を見ないが初登ではあるまいな。三輪さんの本「とっておき北海道の山」に小樽GCCの山西氏の記録がある。少し違うルートのようだ。

河口の珊内ぬくもり温泉に浸かる。函館の谷地頭温泉クラスのレッド風呂。赤いよ、手ぬぐいも真っ赤だ。四畳半ほどの湯船で伸びきる。風呂上がり、雨が降り出していた。強力低気圧の通過だ。神恵内で寿司をつまんで、銀山小屋によったら、この悪天で山に行かずにヒュッテンレーベンしていた50年代入部組OBがやっぱりいたいた〜。うらやましき老後だ。24年前にカトマンズでお会いして、10年前にも一度お会いしたヒシ・チョデンさんに再会しておどろいた。赤葡萄酒と青チーズをゴッツァンになって札幌へ。明日は道東、クマネシリを目指すので。
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【年月日】2010年4月8-10日(3-0)
【メンバー】小池(4
<時間とルート>
4/8:快晴・微風 ゲート(9:15)ポン暑寒出合(10:15)林道Co330(12:15)Co800(14:45)=C1
なんだかんだで単独になってしまった今回の山行、雪はしまっており、ノーラッセル。ゲート先では除雪車が作業しておりその脇を通過。林道は卒論について考えながら歩く(最後までいいテーマは思いつかず)。Co330からは林道にのったりはずれたりして・708まで。・708の台地はタンネもポツリポツリ生えている。ここいらが冬テン限界。明日まで天気が持ちそうなのでCo800のカンバが生えているところでC1.海に沈む夕日が見えるロマンティックなテン場。携帯通じる。
4/9:曇のち晴 視界∞ C1(6:30)雄冬(8:00)浜益(11:00)群別北東コル東Co1120(14:45〜16:25)=C2(17:00〜15)群別(17:40)
江戸時代にタイムスリップした夢をみる。ねつぼる。C1からCo970ポコまでの硬く急な所はツボで行く。Co1000からシーズリで行く。雄冬ピークは振られない風だが、天気視界は1日持つので進めることに。今後は基本的に気になる風で、コルやピークで振られる風になる。雄冬の平らなところでスキーにして留知暑寒川の源頭めがけて下る。雪質がよければ楽しい大斜面も気温が低くガリガリで膝が疲れる。浜益の登りは硬いし風が強いのでEPに変える。浜益先の稜線も硬いのでEPで通過。群別は北をCo1000からトラバース。北の広いところはカンバ生えてて泊まれそう。常時吹く強い風と久々の山行で、へろへろになりながらコル東へ滑り込む。思った以上にカンバがあり、尾根が南西の風を防いでくれる穏やかなところ。テントはって茶飲んで天気図書いて休む。さて行くかと群別アタックに出かける。群別の稜線へ上がるところは非常に急。前爪をきかして登る感じ。群別南東斜面にはきれいなシュプールが描かれていた。数日前のあったかい日に誰か来たようだ。ピークに着く頃はちょうど日暮れで、夕日に照らされた海が色付きの寒天のように滑らかだ。羊蹄とか望めた。帰りは一部BSして、滑停訓練しながらテン場まで。
4/10:晴れガス晴れ C2(5:50)稜線(7:45)暑寒別岳付近(9:20)Co540台地(11:15)神通橋(12:45)ゲート(13:00)
風は依然として強いが午前中は天気が持ちそうなので出発。ホンジャマ平はおろせば泊まれる。遠くには南暑寒別岳が見える。が慎重な審議の結果カットすることにする。稜線に上がったところで振られない風となり、暑寒にガスがかかり始める。EPにかえて進むことに。西側が切れてるがEPなら問題なくいける。程なくして振られる風視界50になる。ゆっくりと進み暑寒はねぐり北のポコまで。ここでガスが晴れる。少し下ったところでスキーに変える。気温も高くなり、いい感じの雪質になると思われた。しかし、2種類の雪質が存在し、急にブレーキがかかったり、アクセルが踏まれたりと変速し1回転しまくる。こける度に、スキーやるならエレガントか山スキーに行くべきだとつぶやく。単独だと独り言が多くなる。Co540からは磁石きって・283とのコルへ。その沢型を下って、「別」の字下の神通橋へ出る。そこから15分戻ってゲートまで。ゲートはコンタ尾根下にある。去年の春合宿の帰りに寄ったレストハウス雄冬に行く。煮付けはうまかった。
<パーティ>
天気も良く山が好きになれる山行だった。
*携帯(Soft Bank)は雄冬ピークでは通じたが、群別では通じなかった。暑寒はわからない。
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【年月日】2010/3/25-29(4-1)
【メンバー】L:田中宏(4 M:鹿島(2
<時間とルート>

1日目 札内ダム(7:00)札内ヒュッテ(8:00)七ノ沢出合(10:40~11:00)
左岸尾根末端(13:50)=C1
曇後雪。前日ダムでC0。除雪はコイカク夏道尾根登山口先のトンネルまで。そこからはクラストしていてラッセルなし。七ノ沢までいたるところで沢からの雪崩で幾度もデブリが堆積。斜度があり、かつクラストしていて緊張を強いられるtrv.となる。七ノ沢出合からは何度か渡渉。はじめの渡渉でLが裸足渡渉を行うが、消耗するので諦め、最後の渡渉でMは転石までのS.Bが崩壊し、全身ずぶ濡れとなり消耗。雪のちらつく中、左岸尾根末端でC1。

2日目 C1(6:15)Co1620 (12:00~偵察~12:40)Co1720付近(13:00)=C2
晴後雪。左岸尾根は最初急斜で登りづらい。ラッセルははじめバリズボ、後新雪により膝。だるい尾根をCo1620まで。途中、所々斜面が急でクラストした上に膝~腰くらいの新雪が積もった所がいくつかあり、一人づつ通過。Co1620付近に荷物を置いて少し上を偵察しに行く。Co1720付近で粘ることにして荷揚げ、C2。時折風強し。

3日目 C2(7:00)Co1750(7:20)=Ω3
晴後雪。明方まで続いた雪と突風は次第に良くなり、前面で午前中は晴。C2少し上でイグルーを作成し、イグルー3。午後からは深深と降りしきる雪。
4日目 Ω3(8:30)主稜線(10:50~12:50)カムエク(13:50)Ω3(16:30)=Ω4
移動高通過で晴れと見込むが、一向に天候が回復せず、雪。時間待ちをし、とりあえず国境稜線まで行くことにする。昨日の雪がクラストした斜面に積もり、急なところでは腰〜胸ラッセル、雪崩が怖い。弱テを何度か行い、一人づつ慎重に通過。・1903北東ポコにデポ旗1。

この辺りから国境稜線までは岩稜帯、西も東も硬くクラストした急斜、視界も2〜300と捲ける感じではなかった為、忠実に岩の上を行ったり、基部を捲いたりして通過。

国境稜線からは時折カムエクや北の稜線が見え、時間待ちをすることに。風は徐々に弱くなるが、視界は一向に回復せず、諦めてAt.に出かける。カムエクまでは広い尾根だが、ピーク直下は氷化し、アイゼンやピッケルが刺さりづらく、慎重に行く。ピークは真っ白で何も見えず、またかなり雪が吹きだまっていた。

帰りは、B.Sも交え、慎重に下る。時折見える北の稜線が美しい。岩稜帯、急斜面は慎重に通過。

5日目 Ω4(7:20)左岸尾根末端(8:30)七ノ沢出合(9:50~10:00)札内ダム
(13:50)
晴。Mの発言により、泣く泣く下ることにする。一瞬で尾根末端まで行き、そこからはひたすら林道を歩く。ラッセルは深い所で脛。渡渉点では降り口の雪の崩壊により、またもやMが着水する。沢型には、新たなデブリが堆積している所があり、慎重に進む。除雪終点手前でクマの足跡を発見し、遅れ気味のMと合流後、少し行くとデブリの真ん中で案の定ヒグマと遭遇。急斜面を駆け上がって行くが、雪崩れてきそうで怖い。とりあえずクマと一緒に埋没するのは嫌なので、Mに先に安全圏まで行かせて、クマが上のほうまで行ってからLが通過した。時折後ろを警戒しながら道路を歩き、下山。
<パーティー>
小山行。
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【年月日】2010年3月8−15日(5−0)
【メンバー】L小池(3 AL平塚(6 M井ノ上 岡戸 木城(1
<時間とルート>
1日目:林道Co360(7:20)熊の沢源頭=Ω1(13:10)
弱い冬型 曇時々雪 ラッセルはスネ
山スキー部のアンニョンさんに送ってもらう。紅葉川の林道は橋を渡ったところまで入れた。地図上一つ目の砂防ダムからほぼ西に進んだため、予定より一本西側の沢型に入ってしまう。そこで、コンタ尾根をのぼり半面山を目指すことにする。途中1年目にも前を行ってもらう。半面山直下の白いところは一人づつ通過するが、上部までカンバがあり白い部分も十数mだったので特にナダレは怖そうではなかった。熊の沢源頭でΩ1.
2日目:Ω1(6:00)芦別ピーク(8:00〜10)ポントナ(10:30)鉢盛山(14:00)最低コル手前Co1120=C2(15:10)
冬型ゆるみ小さい高気圧が通過するが若干のへり・寒気流入のため(なのか)天候は安定せず 曇→晴→ガス→晴 ラッセルはスネ
雲峰からシートラにする。芦別の登りは途中まで硬かった。

スネラッセルになるあたりで岩が出ているところまでトラバースし、斜上して南東尾根にでる。一人づつ間をあけて通過する。

劇的に晴れた芦別ピークで写真を撮りポントナへ。芦別からの下りはほぼ夏道上をいくが、一箇所急なところがありBSで下る。

ポントナ手前の急斜面で視界100m。ポントナからの下りはわかりづらいのでネーベン食って待ってたら晴れた。Co1460 でシートラ解除し、その先の岩稜、ポコはことごとく西をねぐり鉢盛山まで。鉢盛山直下は硬かったのでシーズリで行く。鉢盛下りのタンネ帯でC2.夜はのっこし祝い。昨日、入山祝いでMから1人1本づつビールがでたが、今日もべつのMからビールがでる。
3日目:C2(6:20)・1262(8:10〜30)・1415引き返し(9:10)・1262北Co1180(9:50)
関東沖に南岸低気圧 曇 ラッセルはスネ
南岸Lが来る前にと・1415を目指す。・1262付近で荷物デポしAt装備で出かける。・1415付近で気になる〜振られない風となる。東風だったので南斜面を登れば風を防げるかもと思ったが、さほど変わんない。数分登ったところで先頭小池の手前に亀裂が入り雪崩れる。小池は近くのカンバにつかまり止ったが、2番手の木城は5m、3番手の井ノ上は2m流される。このとき井ノ上のひざに木城のアイゼンがささる。規模は深さ15cm横5m縦5m、太いカンバがまばらに生えているところでの雪崩れであった。風を避けるため尾根上ではなく斜面上をいってしまったのも原因の1つである。風も強いので引き返すことにする。・1262北のタンネ帯でC3。元気な1年目はスキーをしており、遠くでは夕張マッターホルンからの風鳴りが聞こえる。

4日目:C3(8:00)・1290(11:00)夕張の肩(12:30~50)ピーク(13:30)・1190手前コル=C4(15:15 )
南岸低気圧が東へ抜け高気圧が張り出す 快晴微風 ラッセルはスネ
写真赤矢印がなだれた部分。
・1415はナダレが怖いのでカットすることに。冬型がきまり天気が悪いと予想していたため出発を8時にするが、予想以上に高気圧が張り出し、すかっぱれの山日和となる。

気持ちの良い雪原を歩く。1年目はわざわざねぐったポコでさえ直登し、スキー滑降を楽しんでいた。・1304まではまばらにタンネが生えており悪天でも行動できそうであった。しかし、その先は・1290までパヤパヤ程度にしかカンバが生えていなかった。

時間的にも余裕があったため今日中に夕張をアタックして、・1190あたりでとまることにする。夕張の肩にシーデポし空身でアタック。ALはスコップとかもってアタック。夕張山頂からは今までの道のりが望め、はるか遠くには大雪・十勝、日高が見渡せた。肩からはトラバってCo1300ポコと北東尾根のコルに出る。南富良野の「富」の字からのトラバースはたしかにほぼ全天で行けそう。カンバがパヤパヤしてた。・1190手前コルでC4。ノー停滞だったので夜はパー食があふれる。ALのザックからは一升瓶が飛びでる。
5日目:C4(6:10)林道(10:30〜50)金山駅(12:20〜13:50)
午後から低気圧が接近 曇 ラッセルはスネ
小夕張手前からその先の細いところまでシーズリツボで行く。・881先も急なのでシーズリツボで。登山口付近には集材場があり、林道には除雪が入っていた。ポントナとの出合でM木城がヒッチを成功させ、ほか2名と国道まで送ってもらう。遅れた小池、岡戸は歩いて金山駅まで。
<パーティ>
春メインほぼ貫徹。
<感想>
L:準山からメインまで非常に天気に恵まれた。意外と平塚さんと相性いいのかも。
AL:最後に、思い残すことのないメインになりました。ヒッチハイクは木城に頼みましょう!!
井ノ上:ピーク、スキー、天気、木城様に踏みつけられた、いろいろ気持ちいい春メインだった。
岡戸:4日目の晴天が気持ちよかった。焚き火もできたし、スキーも楽しかったです。
木城:あっという間の5日間でした。
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【年月日】2010年3月3−5日(3−0)
【メンバー】L田中省(3 AL小池(3

<時間とルート>
3日 林道入り口(8:15)−Co960(9:10)−有明山南西コル(12:45)−Co1520(13:50)=C1
天気ユキ。ラッセルは踝。国道沿いの林道入り口から入山。・716を経由しCo960から林道をそれてコンタ尾根を南東方向へ。Co1320 付近の台地から同コンタに有明山西尾根まで行く。沢の源頭は木が生えていて雪崩大丈夫。そこから磁石をきって南西のコルまで。時間があるので天場をあげることにし・1521東のカンバ限界でC1。

4日 C1(6:20)−比麻良山(7:50−8:00)−軍艦山(9:30)ニセカウ(10:45−11:00)−芦の台(13:45)−・1032北西の二股(15:00)−次の二股(15:40)=C2
晴れ→ガス→快晴。回復傾向の読みで出発。テントを出ると太陽と月が同じ空に浮かんでいた。出てすぐ硬くなりシーズリEP。視界は∞。気になる風。比麻良山の北は広いので視界がいるだろう。ピーク北は吹きだまっていて穴ほれそう。ここで軍艦が姿を現す。比麻良山は軍艦山の絶好の写真ポイント。ニセカウは雲の中だ。比麻良山〜次のJ.P.間は北からの吹上が強く振られる風。

J.P.を過ぎると風は収まり岩峰が2つ出てきたためシートラにする。岩峰は問題なし。白い斜面を登ると10mの雪稜があるがそれほど細くない。むしろその先の南側がきれている斜面が、北側に小雪屁出ていて少しいやらしい。

軍艦山ピークを越えると岩峰がいくつか。いずれも基部をまける。ここで一時視界なくなるが少しすると劇的に晴れだし、岩峰先でニセピークが壁となって現れる。まっすぐ登ってコルを経てニセカウピークまで。J.P.〜ニセピーク間は各ポコ東側斜面が吹きだまっていた。

ピークからは大雪を含め四方が一望でき感激。青空には一条の飛行機雲が伸びている。適宜楽しんだ後、北尾根へ向かう。

北尾根は上部岩が連続するが全て西側を簡単に行ける。Co1550でシートラ解除。Co1520に岩峰があり西側を高めにまく。芦の台までだるい尾根が続く。
芦の台からは快調にスキーで北西尾根を二股まで行くつもりだったがスキーがダンゴになり不快調そのもの。二股の林道は左股沿いに地図上よりも延びている。林道を行き次の二股でC2。
5日 C2(6:20)−中越(7:20)
林道を国道まで。モービルのトレースでラッセルなし。下山口は携帯が通じる。中越駅は電車は止まらないが人が常駐している。ヒッチで車を回収したが今年中に上を高速が開通するらしく今後は交通量が減るものと思われる。
<パーティ>小山行。軍艦山は東から見たほうがカッコイイ。
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